拝啓、×××殿(03)



「ただいま! パパ、うさぎとれたよ! あとお客さん連れてきた!」

 また道とも呼べない道を突き進み、たどり着いた先にあったのはあの村長の小屋よりも小さく、しかし頑丈そうな作りをした石と木を組み合わせた小屋だった。
 少し離れた位置に井戸もあり、水に苦労はしていないことが伺える。
 勢いよくドアを開けて帰宅を告げた少年のあとに続いて家に足を踏み入れれば、簡素ながら人の生活痕が伺える空間が確かにあった。

「お帰り、ルビア。お客さんがいるのかい?」
「うん。拾った!」

 人を拾得物扱いするな。
 どこまでも失礼な子供に奥歯を噛みつつ、父と呼ばれた男を見る。息子の声に答えるのはゆったりとした柔らかなテノール。少し白髪の混じった金髪と、柔和な青い目を持つひょろりとした男だった。こけた頬から身体が悪いとは本当らしいと察する。
 息子と違ってまだ服らしい服を着ているが、袖から覗く手首は病的に細い。もしかしたら何か病気を抱えているのかもしれない。
 きゃらきゃらと笑いながらまとわりつく子供の頭を撫でながら、その碧眼がボクを見た。

「神託の盾の人なんだって。パパに用事があるって言ってた」
「そうかい。なら話を聞かないとね。お前はその兎を食べられるように準備してくれるかい?」
「わかった! スープに入れようか。パパが早く元気になるように! 僕がご飯作るよ」
「それは楽しみだ」

 甘ったれた口調の子供の頭を乱雑に混ぜて、兎を片手に出ていく背中を見送る。外で捌くのだろう。
 入り口に立っていたボクの横をすり抜けていったのを確認した後、改めて父親がボクを見た。

「神託の盾の方ですか」
「ローレライ教団神託の盾騎士団第五師団師団長のシンク謡士だ」
「……これは、また。こんな山奥まで来るのは大変だったでしょう。どのようなご用件でしょうか」
「そうだね……」

 教団嫌いと聞いていた割には丁寧な対応だったが、関係ない。ぱきん、と威嚇するように指の骨を鳴らす。
 こいつの首を手折るのは簡単そうだ。父親の死体を見て激昂した子供など、赤子の手をひねるよりも簡単に殺せる。そうすれば任務は完了。
 レプリカは死体も残らないし、父親の方は山にでも放っておけば後は魔物が食い荒らして始末してくれるだろう。
 そう算段を付けたところで、青い瞳が柔らかく細められる。そして予想外のことを言い放った。

「導師イオンのレプリカの件ですか?」
「……よく解ってるじゃないか。だったら、」
「パパ! お客さんのご飯もいる!?」

 飛び掛かろうとしたところで、背後から勢いよく飛び込んできた影に出ばなをくじかれる。
 つんのめりかけたボクを置いて、柔らかく笑んだ男が勿論さと朗らかに答えた。

「わかった! パパ、座ったら? また体調悪くなるよ」
「そうだね、そうしようか」

 一言だけ父親を気遣って、子供は嵐のように去って行く。
 舌打ちを零してから再度構えをとろうとしたところで、緩んだ空気を切り替えるように父親はさてと呟いた。

「目的は、私の始末?」
「……理解してるなら話が早い。どこでレプリカを拾ったのか知らないけどさあ、恨むならレプリカを拾って自分の子供にした過去の自分を恨むんだね」

 はっ、と嘲笑交じりに言ってやる。
 導師イオンと同じ顔をした子供なんて面倒事を運びこむに決まってる。多少知恵が回ればそれくらい簡単に予想が出来る筈だ。
 だからこそこんな山奥に引っ込んでいたんだろうと思ったのに、何故か父親はボクの発言に目を丸くした。
 あのクソババァといい、この男といい、何故そんな反応をするのか。

 ふっと男が笑う。そしてゆるりと小屋の中を見渡した。
 何か企んでいるのかとボクもまた小屋の中を素早く見渡すが、小屋の中にあるのはベッドが二つにテーブルが一つと椅子が四脚。そして手作りらしい本棚とチェストが一つずつ。
 武器をしまっていそうなのはチェストだが、男は本棚に向かってのんびりと歩きだす。殺しに来たというボクを置いて、骨ばった指先が整然と並べられた本の背表紙をなぞる。
 視線だけでその動きを追っていたからこそ気付いた。その背に書かれている著者名は、ジェイド・バルフォア。
 ……まさか拾ったのがレプリカだと知って、わざわざ禁書を取り寄せたのか?

「どうやら行き違いがあるようですね」
「行き違いだって?」
「ええ。それも、とても大きな」
「言い訳にして杜撰が過ぎるね」
「まさか。ただの事実ですよ。それとも私が何を知っているか、確かめる必要もないと切り捨てますか?」
「……無理矢理吐かせれば問題ない」
「そうですね。ですが私と違ってあの子は強いですよ。あの子は第七音譜術士セブンスフォニマーでこそありませんが、非常に才に恵まれました。ありがたいことに、村の方々も寄ってたかって鍛えてくれましたよ」

 なるほど、ボクと同じ預言関連の素質が劣化した個体なのか。
 なら譜陣が刻まれ軍人として生きてきたボクの方が強いと思ったが、道中のことを思い出してそれは慢心だと考え直した。
 もしボクが父親を殺したことに激昂せずに離脱を選ばれたらまずい。山の中に逃げ込まれては圧倒的にボクが不利だ。

「何が言いたい」

 仕方なく、対話を選ぶ。
 男は青い瞳を柔らかく細めると、椅子を引いてテーブルに着いた。

「話を聞かせてくれませんか」
「あんたに話すことなんて何もないね」
「貴方が話してくれれば代わりに私も話しましょう。死人に口なし。何を話そうが最後に私を殺せば問題ない。違いますか」

 確かにその通りだ。だがそれではボクにメリットがありすぎる。
 何を企んでいるのか。仮面越しに探るように青い瞳を見ても、その目には殺意どころか敵意もない。

 読めない。だが情報を持っていることを匂わせて来るあたり、情報収集をおろそかにも出来ない。
 そう判断したボクは渋々テーブルに着いた。唇を引き結んで腕を組む。非常に癪ではあるものの、男はボクが対話を選んだことに満足げに頷いた。

「何を話せって言うのさ」
「そうですね。ではまず、被験者イオンが今どうしているのか……お聞きしても?」
「とっくに死んだけど?」
「それはレプリカ情報を抜いたせいで?」
「いいや、病で死んだんだよ。なに、レプリカのことは知ってるくせに知らなかったの?」
「ええ、まあ。そうでしたか……」

 鼻で笑ってやれば男は笑みを消し、目を閉じて胸の前で指を組む。そうしてしばし祈りを捧げていた。被験者イオンの死を悼んでいるつもりか。
 その姿を冷めた目で見つめながら考える。被験者イオンの死については知らなかった。こいつの情報源はどこだ。

 大抵の人間は、レプリカを見て即座にフォミクリーのことを思いだしたりしない。よく似た兄弟と思うのがせいぜいだ。
 それなのにバルフォア博士の著書があるところから見ても、今のこいつはあの子供が導師イオンのレプリカだと間違いなく知っている。
 フォミクリーの情報をあらかじめ持っていた、あるいはどこからか入手した。どちらかは解らないが、理解した上でイオンレプリカを手元で育てている。そう考えるのが妥当。
 そしてこちらにそれ以外の情報を持っていると匂わせている辺り、もしかしたらヴァンの計画の一端でも掴んだか。

 ……情報経路を吐かせて、他に漏らしてないかも確認しないと。面倒な。
 再度舌打ちを漏らして仕事が増えたことに口の中で悪態を転がす。
 ただレプリカを拾った不運な男だったなら、さっさと始末して終わりだったのに。さて、どう問いただすか。

「ボクの番だ。導師イオンのレプリカのことをどこで知った」
「そうですね……導師イオンがレプリカと入れ替わっているのではないか、と気付いたのはおよそ二年前のローレライ大祭になります。毎年年明けにダアトへ足を運んでいるので」

 目を開けた男に詰問を投げかければ、思っていた以上に素直に答えた。
 ゆったりとした口調が七番目のイオンレプリカを想起させて少しばかり気分が悪い。

「そこで入れ替わるのを見たと?」
「まさか。でも皆口々に言ってましたよ。最近の導師イオンはとみにお優しいと」
「チッ」

 つまり何も知らない状態で、違和感と僅かな情報からレプリカとのすり替えを察知したと。どうやら思っていた以上に頭の回る男らしい。
 やはりそれ以前にフォミクリー技術のことを知っていたとみるべきで、だからこその疑念だろう。情報を抜いたら早々に始末すべきだ。

「私の番ですね。作られたレプリカは一人だけではないでしょう。他の子供たちはどうなりましたか?」
「ハッ!」

 今度こそまごうことなき嘲笑が漏れた。足を組んで仮面越しに男を睥睨する。同情のつもりかと言おうとして、その目が余りにも真剣なことに気付く。
 ……憐憫の類ではない。それを知って何をどうしたい。

「……廃棄されたよ。火山の火口に放り込まれて」
「全員?」
「一人目は被験者が殺したらしいけどね。生き残りはいない」

 ……妙な質問だ。
 そも男がレプリカを拾ったのなら火山のことは予測していてしかるべきだ。自分だってヴァンが来なければ恐らく火山で死んでいた。
 刷り込みがされて自我の薄いレプリカが、なんとか即死を逃れるまでは解る。だがあの火山から脱出してフィールドを抜け、街中をうろついていたなんてありえない。
 この賢しい男がどこでレプリカを拾ったのか知らないが、少なくともザレッホ火山近辺であるはず。それなのに何故そんなことを聞く? 知らないふりか?

 そこまで考えたところで、ふっと男が頬を緩めた。青い瞳が細められる。何故ボクにそんな視線を向けるかが解らない。
 仮面の奥で訝しげな顔をする僕の前で、薄い唇がゆったりと言葉を紡ぐ。

「情報交換に頷いておきながら、嘘をつくのは如何なものかと」
「へえ? ボクが嘘をついてるって?」
「ええ。生き残りは居るのでしょう?」
「ああ、アンタの子供のこと? 確かに、悪かったよ。全部死んだものだと思ってたから忘れてた」
「いいえ、そちらではなく」

 ゆるりと、指先が持ちあげられる。

「私の、目の前に」

 ひたりとボクを指す生じろい指先に、ボクは反射的に目の前の男に襲い掛かっていた。


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