拝啓、×××殿(04)



 テーブルを乗り越え、無駄な肉どころか必要な筋肉すら削げ落ちかけている首に手を伸ばす。
 掴みかかって押し倒し、体重をかけて動きを封じ、首を鷲掴みにして、手折る。たったそれだけのこと。
 時間にすれば僅か。それこそ烈風の名を二つ名を貰うに値する速度で襲い掛かったつもりだった。

 現に男は椅子ごと倒れ、したたかに頭を打ち付けて床に倒れこむ。後はその首を抑え込んで、酸欠で藻掻くよりも先に骨を折ってやればいい。
 それだけのことなのに、空気を裂く音に反射的にその場から飛びのく。とすりと弓矢が壁に突き刺さった。飛びのかなければボクのこめかみを正確に撃ち抜いていただろう。

「チッ!」

 バックステップで距離をとれば、小屋に駆けこんできた子供が父親を背にナイフを引き抜く。接近戦では弓は不利と判断したらしい。
 憎たらしい瞳を殺意でギラギラと輝かせ、可能な限り身を低くしてこちらを威嚇している。その背後では男が頭を抑えながらゆっくりと上体を起こしていた。

「ルビア……僕たちの話を、盗み聞きをしていたね……? 悪い子だ」
「ごめんなさいパパ。でもあの子、駄目だよ。おばあの袋をとってからずっと血の匂いがするんだ。ずっと。きっとたくさん殺してる」
「ルビア、軍人とはそういうものさ。それが、お仕事なんだ。それを分かっているから、家に招待したんじゃないのかい?」
「だって……ここなら、一人じゃ帰れない。正しい道を知らなきゃ山から降りられない。僕のテリトリーだ」

 冷えた殺意を立ち上らせながら、甘ったれた口調でボクを嗤うレプリカ。
 ボクを家に案内したのも、料理のためと言って席を外したのも、全て思惑あってのことだと解って苛立ちが増した。

「もういい。二人とも殺す。それで仕事は終わる」

 終わった後に家探しでもして、レプリカがらみの本は燃やす。面倒だが、それでいいだろう。
 殺意を立ち上らせるボクに警戒するようにレプリカが歯をむき出しにして威嚇してくる。殺すのは骨が折れそうだが、対人戦ならボクの方が経験値は上のはず。
 そう思ったのに、立ち上がった男がルビアの肩をそっと抑えた。

「駄目だよ、ルビア。僕の前で……殺し合いなんて、しないでくれないか」
「パパは下がってて」
「今回は僕が悪かったんだよ。だからルビアも下がって。シンク謡士も、どうぞお席に。そういえば、お茶も淹れていませんでしたね。お客様に失礼しました」
「パパ!」
「ルビア、お茶を淹れてくれるかい。おばあがくれた茶葉があっただろう。あれを出してくれるかな」

 父親の言葉にレプリカは迷っているようだった。
 ボクと父親の間で視線を往復させて、本当に手を引いたものか判断しかねているようだ。でもまだ殺意は消えてない。

「ルビア、僕もまだお話しなきゃいけないことがあるんだよ」

 それはまだ欲しい情報があるということか。あるいは渡せる情報があるから命だけは助けてくれとでも?
 少し迷った末に、ボクもまた構えを解く。それしかないならそうするが、家探しは面倒くさい。こんな山間じゃ火をつけて処分も出来ない。
 反射的に仕掛けたのはボクの方だが、交渉がまだ続けられるなら必要な労力は可能な限り削減したい。

 ボクから戦う意思が消えたのを見て、息子の方もまたようやくナイフを収めた。
 それでもボクをキッと睨みつけてから、何かあったらすぐ呼ぶように父親に言い含め、倒れた椅子を戻して小屋から出ていく。
 最後までボクを睨みつけていた。まあ当たり前かもしれないが。

 男が椅子に座りなおし、ボクもまた向かいに腰かける。
 先程ボクに殺されかけたことなどなかったかのように、男は柔らかく笑った。

「さて」
「ボクのことをどこで知った。情報入手ルート、共有相手、目的、全て話せ」
「シンク謡士とは、今日が初対面ですが……」
「誤魔化すな」
「誤魔化してませんとも。声を聞いて、解っただけですよ」

 声。
 その説明にまた舌打ちが漏れる。
 意図的に低い声で話すように習慣づけてはいたが、目の前の男には通じなかったらしい。
 当然か。多少高低差はあれど、常日頃から似通った声を聞いているのだから。

「情報入手ルートは、特にありません。私達親子が揃ってこの山を下りるのは、年に一度だけですから。共有相手も同様です。目的は……なんの、でしょうか」
「とぼけるな、お前がレプリカを連れ帰ってこうして囲ってる理由だ」

 これだけ情報を揃えておきながら、情報網は無しだなんて言われても信用できるものか。
 苛立ちを乗せて詰問しても、男は苦く笑うばかりだ。何かボクに聞きたいこと、言いたいことがあるんじゃなかったのか。

「それは……ない、ですねえ」
「はァ? まさか理由なく拾ったって? 善意だとでも言うつもり? 馬鹿馬鹿しい」
「それでも無いものはない、としか。そろそろ、私も質問しても?」
「お前にその権利があると思ってるの?」
「そういう約束ですから」

 皮肉をたっぷりと込めて言ってやったのに、男はのほほんと笑って答える。
 どうも嫌味や皮肉が通じない。腕を組んで顎で話を促せば、男はテーブルの上で指先を動かしながらうろりと視線を彷徨わせる。

「……何故、導師イオンのレプリカたちが生まれたのでしょうか?」
「被験者に聞きなよ、そんなの。って言いたいところだけど、とっくにくたばってるからね。もう誰も知らないんじゃない?」
「そう、ですか……」
「ただ自分のレプリカを導師の地位に就けるように言ったのは被験者の指示だ。だから今の導師はアンタが気付いた通り、七番目のレプリカさ。それ以外は知らない。興味もない」

 そう言ったところで木製のトレイにティーセットを乗せた息子がやってくる。
 ボクの前に乱暴にカップを置かれ、紅茶の香りが鼻孔を擽った。野生児みたいな恰好をしているくせに、お茶を淹れることは出来るらしい。
 父親の前には丁寧にカップを置くと、トレイを抱えながらおずおずと声を上げる。

「パパ、まだお話長い?」
「そうだね、まだかかりそうだ」
「じゃあ、シンク謡士は家に泊まる?」
「は?」
「そうだね。そうなるだろうね」
「ちょっと」
「じゃあ、シンク謡士が僕のベッドで、僕はパパのベッドで一緒に寝てもいい?」
「勝手に決めるな」
「そうだね、久しぶりに一緒に寝ようか」
「人の話を聞け!」
「やったぁ!」
「無視するな!」
「ルビア、そうと決まったらちゃんとお客さんの分も晩御飯を作るんだよ」
「えぇ……ハァイ」

 勝手に今日の宿泊地が決められたことに抗議の声を上げるが、子供はボクに舌を出してまた小屋を出て行ってしまう。
 仕方なしに仮面越しに男を睨みつければ、苦笑交じりに安全のためにも泊まっていった方が良いと言われてしまった。

「この山で魔物除けが施され、夜を越せる場所はこの小屋だけですから。私を殺して寝床を奪う選択肢もありますが……死体と夜を超すのはおすすめしません」
「チッ」
「一宿一飯の対価は連続で質問させてもらうことで良いですよ」

 にこにこと言われた台詞に仮面の下で顔を歪めてまた舌打ちを漏らす。この男、穏やかそうに見えて自分のペースを頑なに崩さない。
 仕方ないのでもう一度先を促せば、男はカップに口をつけて唇を湿らせてから次の質問に移った。

「シンク謡士は、何故神託の盾に?」
「アンタには関係ない……けど、まあいい。拾われたからさ。ボクは廃棄処分品の中でも身体能力が高かったから、そこに価値を見出された。それだけだ」
「そう、ですか。ダアトを離れようと思ったことはないのですか? 顔を隠しながら暮らすのは……不便でしょう」

 それこそお前には関係ない。
 そう言おうとして、この男も預言嫌いだと言っていたクソババァの言葉を思い出す。
 だから身を乗り出し、テーブルに肘をついて言ってやった。

「生き辛かろうが何だろうが、預言を消すためにはダアトがちょうどいいんだよ」
「預言を、消す……?」

 あたりだ。ようやくあのクソババァのところに寄ったのが役に立った。
 僅かに眉間に皺を寄せている。初めて表情を崩した男に口角が上がる。

「そうさ。あんたも嫌いなんだろ、預言」
「ええ、まあ。あれは……いつ訪れるとも知れない未来のため、というお題目の元に今の人間から奪ってばかりですから」
「ハハッ、よく解ってるじゃないか。でもいずれ変わるよ。いずれ、ね。被験者の導師イオンもそれがお望みだった。いずれボク等は世界ごと、預言を消す」
「何故……そんなに、預言を?」
「決まってるだろ。預言がなきゃこんな愚かしい生を受けずに済んだからだ」

 吐き捨てるように言ってやれば、男はゆっくりと目を瞬かせた。
 さてどんな反応をするかと見ていたのだが、一度だけ目を伏せた男はすぐに元の表情を取り戻してボクを見る。

「答えて下さって、ありがとうございます。恐らく険しい道のりになるでしょう。その間、シンク謡士が健やかにあれるよう、祈っております」
「……ボクの話聞いてた?」
「はい。世界を敵に回すのは大変でしょうが、頑張って下さい」
「お前等も殺すって言ってるんだけど? そんなことも解らないくらい頭悪いわけ?」
「理解できていますとも。私は応援することしかできませんが……どうか、余り無理をされませんよう」

 毒気のない笑みを浮かべて応援され、力が抜ける。こいつの頭の中は一体何が詰まってるんだ。おがくずか。
 深くため息をついた後、カップの中身を一気に煽った。無駄にうまいのがなんか腹立つな。

 どうもペースを崩せない。会話の主導権が握れない。空気と気分をリセットさせるため、ボクは一旦席を立って小屋を出た。
 あいつらをさっさと殺して家に火をつけるという選択肢がもう一度頭に浮かぶが、安全に一夜過ごす場所がなくなることと、一人では下山できないと言っていた子供の言い分が気にかかる。
 ちょうどいいから問いただしておこうと、水音を頼りに井戸の方へと足を運べば髪を降ろした息子が水浴びをしていた。足が止まる。

「……は」

 思わず漏れた吐息にも似た声は、きちんと相手の耳にも届いたらしい。
 髪から水滴を滴らせながら勢いよくこちらを見る子供の胸には、男にはないはずの膨らみがある。
 余りにも予想外な光景に目を見開き、はくりと息をのむ。

「お前……おんっ!?」

 怒りに顔を歪め、ボクと同じ顔をした女が腕を振りかぶる。
 飛んできた水桶を避けられなかったことは、多分一生の不覚と言う奴だ。



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