拝啓、×××殿(05)



 意識が浮上する。ずきずきと頭が痛むのを知覚して、同時に意識を失う前の記憶が蘇って。

「お前女かよ!!」

 思わず飛び起きて叫んだところで自分が小屋の中に置いてあったベッドに寝かされていることを知った。
 見れば驚いたようにこちらを見る男とがいる。あの野生児のような格好から変わり、今はまともな衣服を着ていた。
 続けて視界がクリアなことに気付くが、自分の素性はとっくにバレていることを思い出して顔を隠すことを諦めた。
 視線だけで仮面を探せばベッドサイドに置いてあるので、単純に眠るのに邪魔だろうからと外されたのだろう。

「目が覚めましたか。体調はいかがでしょう」
「……別に」
「然様で」

 慇懃に声をかけて来る男の後ろで娘がふいとそっぽを向く。
 見れば今は僅かな膨らみが服の上からでも見て取れた。僕と出会った時は山間を動き回るには邪魔だからと潰していたのかもしれない。
 ……最初からそうしていれば誤解せずに済んだものを。

 そしてはたと気付く。あの村のクソババァが笑っていたのはボクが性別を誤解していたからだろう。
 解ってたなら訂正しろよ、と今更ながら怒りが湧く。

 近寄ってきた男がベッドの端に腰かけ、ボクに一言断ってから脈をとり、水桶の当たった頭を指先でなぞる。
 突如始まった診察は突っぱねても良かったが、男の背後で娘が腕を組んでこちらを睨みつけているためになんとなく振り払えなかった。

「脈は正常。綺麗にたんこぶになってますから、恐らく大丈夫だとは思います。ですが場所が場所ですので……念のため、村に降りたら治癒術をかけてもらうか、医者にかかった方が良いかと」
「あっそ」
「娘が失礼しました」
「……そいつ、女だったのか」
「息子だと言った覚えはありませんが」

 そう言われて今までの会話を思い返してみるが、確かに息子だとは言っていない。ボクと同じレプリカということでボクが男だと思い込んでいただけだ。
 それでも騙されたと思ってしまう。性別が反転したレプリカが居たなんて聞いてない。体格差があるのは男女差だったか。もう少し年齢が上なら一目で解っただろうに。

 眉間に皺を寄せて少女を睨みつけるように見る、あちらもまたボクを睨んでくる。女だと解って改めて顔を見てみれば、フェイスラインがボクよりも柔らかい……気がする。
 同年代の女なんて周囲に余りいないから馴染みがなさ過ぎて解らない。リグレットくらい解りやすい女なら間違えないのに。

「お食事はとれそうですか?」
「……もらう」
「では食事にしましょうか。ルビア、準備してくれるかい?」
「わかった」

 軽い足音を立てながら娘が席を立つ。その背中を見送ってから、男が改めてボクを見た。

「嫁入り前の娘の肌を見られたことは、父として遺憾ではあるのですが……」
「……」
「客人が居ながら無防備に水浴びをしていたあの子にも非はありますし、シンク謡士に怪我をさせてしまったことも加味して、ここは相殺ということでいかがでしょうか」
「……それでいい」

 言いたいことは山ほどあるが、裸を見てしまったことは事実だ。反論をごくんと呑み込んで相殺という言葉に頷いておく。
 僕の返答に男は頷き、ことさらゆっくりとした口調で話を続けた。

「もう夜も更けます。今日は泊まっていかれるとして……話は、どうしましょうか」
「こっちはまだ聞きたいことがある」
「そうですね。私も、まだ……いえ」

 そこで言葉を切った男は思案するように目を伏せた。
 そしてきつく手を握ったかと思うと、もう聞きたいことはないと告げる。

「シンク謡士が知りたいことは……答えられる限り、答えましょう」

 答えると言ったくせに男はゆっくりと立ち上がった。そして本棚へと歩み寄ると、本を一冊抜き取って戻ってくる。
 差し出された本はフォミクリー理論をまとめた、ジェイド・バルフォア博士の著書。
 何度も読んだのだろう。擦り切れているそれをぱらぱらとめくり、栞替わりなのか間に挟んであった写真を取り出す。
 その写真を差し出され、僕は目を見開いた。

「私がレプリカを知っていることについては、これで理解いただけるかと」

 それは集合写真だった。
 ジェイド・バルフォア。ディスト。知っている顔が白衣を着て並んでいる。
 知らない顔も多い。けれどその中の一つに、今よりも健康的な顔をした目の前の男の顔が間違いなくあった。

「アンタ……研究者か」
「元、ですが。十年以上前に、マルクトを出て……こちらに、移住してきたので」

 フォミクリー開発の研究者。沸々と憎悪が湧き上がる。困ったように眉尻を下げる目の前の男を今すぐ殺してやりたかった。
 だが合点がいった。すり替えを察知したのも、娘を救助していた理由もこれで説明がつく。

「私はバルフォア博士やネイス博士のような、天才ではありません。あの研究にも、殆ど寄与できませんでした。本物の天才の前では、私のように小賢しいだけの男は、ただの凡愚になり下がる」
「だから、レプリカを生み出した罪は自分にはないって?」

 布団を握り締める僕の前で男は写真を本に挟みなおす。
 地を這うような声で問いかければ、男はゆるりと首を横に振る。

「それでも細々した確認作業は、私の仕事でした。生体レプリカの体調チェックも、私の仕事の一つでした」

 過去を懐かしむように目を細める。
 しかし再度ボクを見た青い目には、悔恨はない。その目には見たことのない感情が乗っている。
 興味でもない。憧憬でもない。嫉妬でもない。
 ……何故、ボクをそんな目で見る。

「あの頃のレプリカは、あらゆる意味で脆弱でした。しかしシンク謡士は……健康体に見えます。私は研究を離れて久しいので、断言はできませんが……ネイス博士は、レプリカの脆弱性を克服したのですね。このままなら、シンク謡士はレプリカだからと早世することもないでしょう」
「ボクを作ったのはネイス博士じゃないけど?」
「≪死霊使いネクロマンサー≫の二つ名は、こんな田舎でも聞こえてきます。この時点でバルフォア博士は外れ。他の研究者は、単独で研究を進める理由がありません。私は天才ではありませんが、それでも情報さえ揃えば解るものはありますよ」
「ああ、そう」

 フェイクにも引っかからない。ボクを作ったのがディストだと確信しているらしい。
 元同僚なら性格も把握してるだろうし、まあおかしくはない。

「身体を、大事にしてください」
「おぞましいことを言わないでくれる。こんな世界で長生きしろって?」

 青白い顔で微笑む男を見る。開発に携わった研究者の一人として、贖罪としてボクのことを案じているつもりなのか。
 幸せに、なんて言ったら今すぐくびり殺してやる。

「私はそう、願ってますよ」

 けれど柔らかく笑う男は、最後までただボクに健やかであれと言うだけだった。
 意味が解らない。そんなもの、何の意味もないというのに。

「二人とも、ご飯で来たよ」

 見計らっていたかのように娘がトレイを持って小屋に入ってくる。トレイの上には鍋やパン、水差しなのが所狭しと並べられていた。
 ボクを気遣う手を振り払い、自分の足でベッドから降りてテーブルに着く。目の前に置かれた深めの木皿には、なみなみと注がれたスープ。大きめにカットされた野菜や肉がごろごろ入っていた。

「はい、パパの分」
「ありがとう」

 逆に男のスープに入った野菜や肉は小さめにカットされていた。娘なりの気遣いということか。
 パンを配り、水の注がれたコップを差し出し、娘もまたボクと同じくゴロゴロと野菜や肉の入ったスープを前に席に着く。
 親子は無言で指を組んで祈りを捧げたあと、スプーンを手に取って食事を始めた。

「うん。今日も美味しいよ。ルビアは料理が上手になったね」
「ほんと? 美味しい?」
「とても。もう僕より上手だね。いつでもお嫁に行ける」
「パパを置いてお嫁に行ったりしないよ」
「お嫁じゃなくても、家を出ていいんだよ。ルビアの人生はルビアのものだ。そしたら僕は村でお世話になるからね」

 目の前っで繰り広げられる茶番を無視してスプーンを動かす。導師と同じ顔をした女が嫁になんて行けるものか。
 このままメシが不味くなるような茶番が続けられるのかと思ったが、予想外なことに娘の方がボクに話を振ってきた。

「シンク謡士はダアトから来たんだろ? 僕ほとんど知らないんだ。どんなとこ? 強い人いっぱいいる?」
「……仮にも神託の盾の本部があるんだ。強い奴は居るさ」
「僕より強い?」
「当たり前だろ」
「ルビア、多分シンク謡士はお前と同じか、それより強いとも。烈風の二つ名をいただく方だからね」

 知ってたのか。
 父親の注釈に娘は訝しげな顔をした。

「あっさり気絶したのに?」
「あれはお前が!」
「……誰だって不覚をとることはあるものだからね」

 娘の主張に父親の目が生温いものになった。
 よくよく見ればボクよりも大きな目が、本当かと疑うようにこちらを見る。

「……チッ。お前程度、すぐに殺せる」
「僕だって簡単に殺されるほど弱くないよ」
「この山の中ではそうだろうさ。でも外に出れば違う。何なら試してやろうか?」
「いいよ、だったらすぐにでも」
「二人とも、今は食事中だ。ちゃんと座って食べなさい」

 立ち上がりかけたボクたちを、父親がぴしゃりと叱った。
 渋々席に座りなおす娘にボクもまた腰を下ろす。

「腕比べは良いが、ご飯はちゃんと食べなさい」
「はあい」
「……」
「シンク謡士も、軍人なら身体は資本でしょう」
「……言われなくたって食べられる時に食べるさ」

 ボクまで叱ってくる男に鬱陶しいという主張を隠さず答えてスプーンを動かす。シンプルな味付けのスープを淡々と口に運ぶ。
 その後も娘がボクに話しかけて喧嘩になりかけ、父親がたしなめるというのが何度か続いた。最後のあたりは父親なんて生温い目で見ていた。
 ボクを茶番に巻き込むな。ボクはお前等を殺しに来たんだって本当に解ってんのかこいつ等。


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