拝啓、×××殿(06)



「シンク謡士」
「なに」
「実はお願いがありまして」
「命乞いなら聞かないけど?」
「娘のことです」
「安心しなよ、一緒に殺してやるさ」
「シンク謡士はレプリカを処分しに来たのでしょう? 娘は、レプリカではありませんよ」
「ハァ??」

 食事を終えて娘が席を外したところで、男はまた妙なことを言いだした。

「あれだけ似ておいて他人の空似だとでも言うつもり? 馬鹿馬鹿しい! 娘を助けたいならそのご立派な頭脳でもっとそれらしい言い訳を出すんだね」

 ボクが挑発混じりにそう言っても、男は微笑んで食後の紅茶を傾けるだけだ。その曖昧な笑みに一体何を隠しているのかと唇を引き結ぶ。
 互いに黙ったところで男が立ち上がった。ゆっくりとベッドに歩み寄り、その足元にしゃがみこむ。
 場所を変えながらベッドの木枠をノックしていたかと思うと、ある場所を叩いたことで小さな引き出しが現れた。隠し戸か。こんな小屋に不釣り合いな細工だ。
 そこから取り出されたのは小さな子瓶だ。中身は限りなく少ない。恐らく舌の上を少し滑って終わる程度の量。
 男はそれを手に持って戻ってくると、小瓶をテーブルの上に置いた。

「心筋系の毒です。古いですが、まだ使えるでしょう」
「親子で心中してくれるってならボクも手間が省けて助かるよ、アリガトウ」
「明日の朝、これを飲みます。それまでに娘がレプリカでないと証明出来たら……娘を、ルビアを、ダアトに連れて行ってやってくれませんか」
「何でボクがそんな面倒なことを」
「私を殺したと、娘に復讐されるのも手間では? 受け入れて下さるなら、諸々の処分もさせます。シンク謡士を恨まぬよう、言い含めておきましょう」

 男の提案に思案する。あれだけ似ているのに赤の他人なんてありえない。
 ……はったりか? いや、まだ何か隠している?

 目を眇めて男を見ても、青白い顔で微笑んでいる姿は食事の前と寸分たがわない。
 だが確かに男の言う通り、レプリカでないなら処分理由はなくなる。それでも導師イオンとそっくりの女など、厄介の種でしかない。

「……いいよ。ただし、証明できないなら二人とも殺す。あいつがアンタの言うことを聞かずにボクに歯向かっても殺す。せいぜい言い聞かせることだね」
「ありがとうございます」
「ただし」

 礼を言う男ににんまりと笑みを浮かべてやる。
 今、ボクが見逃したとしても、だ。

「ボクにアンタたちの処分を命じた奴がどう結論付けるかは知らない。レプリカでなくとも処分しろというなら、ボクはあれを殺す」
「……ダアトが駄目ならマルクトにでも逃げるように、言っておきましょうか」
「うまく逃げられるといいね?」

 眉尻を下げる男に小さく笑いながらそんな未来はやってこないだろうと思った。
 ダアトの玄関はダアト港のみ。そこさえ押さえてしまえば逃亡など不可能だ。

 例え娘がレプリカでなくとも、導師イオンのレプリカのことを知っているならこいつは確実に処分せねばならない。
 ボクは確実に男を殺すことを優先し、万が一あの娘がレプリカでなかった場合はヴァンの判断に委ねることにした。
 盗み聞いていた際にあの野生児のような娘がどれだけボクと父親の会話を理解できていたかは不明だが、まあ十中八九処分されるだろう。
 ボク一人であれを相手取るとなると手間が勝る。帰路が確保できて、自分からヴァンの元に向かってくれるというのであればちょうどいい。
 山の中ならともかく、こちらのテリトリーなら確実に勝てる。自分で処刑台に上がってくれるというのであればこっちも楽でいい。

「ま、生き延びられたなら神託の盾への入団の仕方ノックの仕方くらいは教えてやるさ。あの身軽さは兵士として使い勝手がよさそうだ」
「それを娘が望むのならば、心強いことです」

 男が微笑み、僕が嗤う。
 未来なんて決まってる。どうせそんなもの、ない。

 そうして話がまとまったところで娘がお湯を張った桶とタオルを持って戻ってきた。ボクの身体を拭くためのものだという。
 まあこの小屋に風呂なんてものが存在していないのは解っていたので黙って受け取る。
 客人に対する気遣いなのか小屋の中を区切るように布が張られたので、湯が冷めないうちにさっさと身体を拭くことにした。

「ルビア、だいぶ髪が伸びたね。そろそろ切るかい?」
「うん? いいよ、前髪は一緒にくくった方が楽だし」
「じゃあ後ろの毛先を揃えてあげよう。ほら、おいで」
「ふふ、はあい」

 布の向こうから親子の会話が聞こえる。それだけで理解できた。なるほど、本当にあれはレプリカではないらしい。
 きっと明日の朝には解離せずに残っている若葉の色をした髪を証拠として見せられるのだろう。

 一体どういう絡繰りなのか。父親が元研究者なら、あいつが手を加えたせいという可能性もあるが……。
 問いただしておいた方が良いか考えて、それが事実ならそのせいでまたレプリカの研究が進むというのも癪で、ボクはあえて考えるのをやめた。
 どうでもいい。どうせ死ぬなら、関係ない。

 身体を拭き終えれば後はもう寝るだけだ。小屋の音素灯が消されて真っ暗になる。
 同じベッドにもぐりこんだ親子の密やかな会話が微かに聞こえてきたが、少し盗み聞いてみてもただの親子の会話だった。
 大きくなっただの、約束通りあのクソババァのところに行くようにだの、ボクには関係ない会話のようだ。聞く価値もないと判断して目を閉じる。
 ぐっすり眠ることはできずとも、仮眠程度は寝ておかねば身体がもたない。意識を落とすように眠る。
 少しでも何か刺激があればすぐに目覚めるような浅い眠りだったが、それでも朝までベッドの中で身体を休めることが出来たことは僥倖だった。

 ルナが沈み、レムが顔を出す。
 朝日が差し込んだことで覚醒した体を起こし、テーブルを見る。
 ハンカチの上に乗せられた若葉色の髪は、解離していなかった。

「……面倒だ」

 ああ、本当に。

 それからまた娘が作った朝食を食べ、親子が揃ってダアトに行く荷物を詰めるのを見守る。
 父親は本当に娘に言い聞かせたらしい。荷造りをする親子をぼんやりと眺めた。へそくりらしい金も渡されている。まあ、大事だな。使う機会があるかはともかくとして。
 あるいは自分が死ぬことを黙っているのかと思ったが、旅装束に着替えた娘と父親は最後の抱擁をする。
 互いに愛しているよと言ってさよならを告げる姿は何とも滑稽だった。どうせ近い内に娘も後を追うのだから、しばしの別れでしかないってのに。

「もういい? 後片付けもあるんだ。さっさと終わらせてくれる?」

 束の間の別れを惜しむ親子に近寄って先を急かす。
 男は娘の肩に手を乗せて僕を見降ろす。

「シンク謡士」
「なに」
「娘を頼みます」
「ダアトまでだ」
「はい」

 ボクの言葉に男は微笑み、何故かボクにも手を伸ばした。
 骨ばった腕がボクの身体を抱きしめる。細い体に見合わぬ、力強い腕だった。
 一瞬何をされたのか理解できなくて、思わず固まってしまう。

「来てくれたのがシンクで良かった。僕に会いに来てくれて、ありがとう」
「……は?」

 囁かれた言葉の意味が解らず、ひょろい身体を突飛ばす。
 二、三歩よろめいた男を睨み上げれば、その顔は散々見てきた微笑み顔。

「どういうつもり」
「ただの自己満足、ですよ」

 それだけ告げた男はテーブルに向かい、席に着いて毒を煽る。そして背もたれに身体を預け、目を瞑った。
 娘はそれを見届けた後にボクの腕をとると、父親の最期を見ることなく荷物を抱えて小屋を出る。
 心筋系の毒なら胸の痛みに苦しむことになる。その死にざまを見たくないのかと思ったが、ボクの腕を掴んだままどんどん小屋から離れていく。

「ちょっと、話聞いてないの? アイツの荷物を」
「ねえシンク謡士、預言って何?」
「はあ?」

 落ち着いた声だった。
 突然の質問にボクがいぶかしむ間にもどんどん足を動かして、やがて適当な岩の影に潜り込む。
 しゃがみこんだこいつがボクの腕を離さないせいでボクまで引っ張り込まれてしまった。何でこいつ女のくせにこんなに力強いんだ。

「パパは、預言が嫌いだった」

 ボクの片腕を抱え込んだまま懐に手を突っ込む。
 取り出したのは懐中時計だ。蓋を開け、動かない秒針を反時計回りにくるくると回しだす。

「ママは預言のせいで心を壊したんだって聞いてる」

 何がしたいのか解らない。
 けれど懐中時計の表面に譜陣が刻まれているのが見えて、ボクは抵抗をやめた。

「産んだばかりの兄さんを、預言だからって取り上げられたんだってさ」

 ああ、と納得する。それでこいつはこんなにも似ているんだ。
 くるくると秒針が回る。第五音素が収束する気配。岩に背中を預ける。
 カチリと何かが嵌まる微かな音。

 轟音がした。
 肌を叩く振動が収まった後に岩の影から顔を出せば、さっきまで居た小屋が轟々と燃えていた。あれなら全部燃えるか。
 目視で確認したところで顔を引っ込めてもう一度腰を下ろす。
 隣を見れば懐中時計を片手に、父親の身体を吹っ飛ばした子供が膝に顔を埋めて小さく身体を丸めていた。

「……大好きなパパの死体、バラッバラになっちゃったけど?」
「お墓に埋めたらユリアとローレライの元に行くんだろ。ママの身体も燃やしたから、パパも燃やさなきゃ同じところに逝けないじゃないか」
「火葬にしちゃ随分と派手だね」
「全部処分するためのものだから」
「ふうん。前から仕込んでたんだ」
「うん」

 むしろ自分の死体の処分まで、以前から言い含めていたのだろう。
 ボクが来て、それを実行しただけってことか。ボクに娘には言い含めておくと言い切れるわけだ。
 そう納得したところでもう一度隣を見る。その顔は膝に埋められたままだが、気にせず問いかけた。

「お前、導師イオンの妹か」

 ボクの問いかけに、女は顔を上げる。
 ゆるりと唇が弧を描いた。

「正解」


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