拝啓、×××殿(07)



「似てるわけだ」

 ため息をつく。
 まいった。これで完全にこいつを殺せなくなった。被験者イオンの血縁を勝手に殺したとなれば最悪ボクが処分されかねない。
 ヴァンは身内に引き入れた人間には情が深い。勿論必要とあれば切り捨てることを躊躇わないだけの冷徹さも持っている。
 だが既に死んでいるとはいえ被験者イオンは確実にヴァンにとって身内の枠に入っている子供で、その子供の唯一の血縁となった妹をボクの一存で切り捨てるわけにはいかない。

 今ここで殺して、何食わぬ顔でレプリカイオンを始末してきたと報告すれば……という考えも脳裏によぎる。
 しかしすぐにかぶりを振った。確実に、バレる。そこまでヴァンは甘くない。

 仕方ない。元々ヴァンの判断を仰ぐつもりだったのだ。予定通りにすればいい。それで殺せと言われたら殺せばいい。それだけの話。
 そう割り切ったものの、どれだけの情報を持っているかは確認する必要があるか、と再度嘆息した。
 最初はただの野生児かと思ったが、今の様子からはとてもそうは見えない。多分、こんな山奥暮らしでも多少の知恵は与えられている。なにせ父親があれだ。

「……じゃ、ボクがその兄さんのレプリカだってことは?」
「パパと話してたの聞いてたから知ってる」
「ふうん。お前、レプリカのこと理解できるだけの頭はあったんだ」
「パパの本棚に本があったし……僕、幼年学校も出てないけど、そこまで馬鹿じゃないよ」

 むしろ幼年学校を出た程度ではフォミクリーの論文など理解できないだろう。
 やはり父親からそれなりに教育を受けていたようで、レプリカについてもきちんと理解していることが伺えた。

「ダアトに行っても下手に吹聴しないでよ。面倒なことになる」
「フォミクリーは開発者であるバルフォア博士が封印指定してるって聞いた。何でダアトで復活してるのか知らないけど、内緒にしたいことくらいわかるよ」
「なら黙ってて」
「まあ、シンク兄さんの頼みなら」
「……は?」

 すごく気持ち悪い言葉が聞こえた気がして隣を見る。
 僕を見てにまにまと笑う姿がとても腹が立った。

「ボクが、なんだって?」
「兄さん。僕の兄さんのレプリカなら、シンク謡士は僕の新しい兄さんってことだよね」
「……生憎とボクは失敗作でね。兄弟が欲しけりゃ他を当たりな」
「失敗作だろうと遺伝子構造的に類似した血縁なのは間違いないだろ。レプリカは音素振動数こそ違えど身体的特徴や遺伝的な要素はほぼ同一なんだから。ほら、やっぱり僕の兄さんだ」
「小賢しくて腹立たしいな、お前」
「お前じゃないよ。ルビア」

 そう訂正されて、そういえばあの父親がそんな風に呼んでいたなと思い出す。
 レプリカの名前なんてどうでもいいと思ってたからすっかり忘れていた。

 だがレプリカだろうが妹だろうが、遺伝子的に血縁だろうと言われると反論できない。事実だからだ。心情的には拒否一択だが。
 眉間に皺を寄せていると、ルビアがボクの肩に頭を乗せて来る。ボクが振り払おうとするよりも先に、ルビアぐりぐりと額を押し付けられながら甘ったれた声を上げた。

「ねえ、あとで消火活動手伝ってよ。パパの蔵書が全部燃えたかも確認しないと」
「それはいいけど、離れろ」
「あとね、ちょっとだけでいいからさ……なんも聞こえないふりしてて」
「はあ? うわっ!?」

 それはどういう意味か問う前に、ルビアの腕がボクの胴に絡みついた。
 押し倒すようにしてしがみ付いてくるルビアに巻き込まれる。地面に背中をついたところで、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえた。泣いてるらしい。
 身体に絡みつく腕を何とかはがそうとしてみたが、存外力が強くて振りほどけない。それどころか余計に強くしがみ付かれて、骨が軋むような抱擁を受けたボクは諦める以外の選択肢を取り上げられてしまった。

「面倒だから早く泣き止んでくれない?」
「意地悪」

 すんすんと鼻をすすりながら文句を言われるが、文句を言いたいのはこっちだ。
 はあ、とため息をついて後頭部で手を組んで空を見上げる。まだぱちぱちと木材が燃える音が聞こえる。
 基礎は石造りとはいえ、燃え尽きるまではまだ時間がかかるだろう。

 ぎちぎちと締め付けるような抱擁に、家が燃え終わる前にボクが絞め殺されそうだなと思いながらぼんやりと譜石帯を眺める。
 時折聞こえる父親を呼ぶ声を無視しながら、ここにきて得た情報を頭の中で整理し、ダアトに帰還してからのスケジュールを考える。
 報告すべき内容とどうでもいい情報を頭の中で選別し終えたあたりで、ようやくルビアは顔を上げた。

「……ありがと」
「離れろ」
「ん」

 瞼を赤く腫らしたルビアの温もりが離れていく。幸い撥水加工のされた軍服に涙が染みこんでいることはなかった。
 鼻水が付けられていないか確認してから、身体を起こしてながらも虚脱状態になったルビアを見る。
 ……これ、本当に動けるのか。ダアトまでボクが面倒見なきゃいけないとか言うんじゃないだろうな。

「燃えてるのを確認し終わったら下山する」
「うん。ダアトに行くまでに村に寄ってよ。山を下りるっておばあに伝えないと」
「必要?」
「ある程度魔物や野生動物を間引いて、山に潜んでいる逃亡者や犯罪者が居ないかどうか確認して回るのも僕の仕事だったから。僕が出来なくなる分、仕事を再分配してもらわないといけない」
「そ」

 杞憂だったか。思っていたよりもしっかりとした受け答えにそう判断した。
 再度小屋を見るがまだ鎮火する様子はない。譜術で消火してもいいが、燃え残られても面倒だ。もう少しここに居なきゃいけないらしい。
 地面に座ったままあぐらをかく。何度か鼻をすすったあと、ルビアも僕の隣で腰を下ろした。

「そもそもなんであんな譜陣を仕掛けてたわけ?」
「パパの蔵書には禁書指定されたものもあったし……万が一盗賊が家に押しかけて来た時の対策と、あとマルクトに居た頃は導師の血縁ってだけで何かと面倒だったからって聞いてる」
「ああ、そういうこと」

 確かに、面倒だろう。例え生まれてすぐ取り上げられた子供だとしても、導師にお近づきになりたい人間からすれば格好の餌だ。後ろ暗い奴は導師に実両親のことを伝えて脅すなりなんなりしようとしたに違いない。
 生まれてすぐ預言によって引き離された、なんて。解りやすい悲劇だ。利用手段は山ほどある。例え一度も会った事がなくても。むしろだからこそ、導師の気を引けると思う奴は絶対に居る。
 教団嫌いの原因の一端はそのあたりにもあるのだろうな、となんとなく察した。教団がそのあたりのフォローをしているとは思えないからだ。せいぜい子供を取り上げる際に多少の金銭を握らせて終わりだったに違いない。
 引き取りに行く時も大勢で押しかけただろうから、周囲に内緒にすることもできなかっただろうし。

 それでこんな山奥に住んでいたんだろうな。
 預言から遠くて、程よくダアトに近い。煩わしい人間関係から遠ざかり、それでも年に一度息子の顔も見に行ける。
 不便だが、預言に振り回さた人間から言わせればその程度、といったところか。

「お前の父親は余程預言が嫌いだったみたいだね」
「うん。せめていつ死ぬか教えてくれるなら聞く価値もあるんだろうけどねって笑ってた」
「そりゃ無理だ」
「らしいね。僕は詠んでもらったことないから、よく解らないけど」
「ないんだ」
「こんな田舎に預言士なんて滅多に来ないもの」
「そりゃそうか。お前は兄と違って第七音譜術士じゃないんだっけ?」
「……多分?」
「随分と曖昧な返答だな」
「試したことないから。治癒術とか、使えたら便利そうだなって思うけど」
「まあ、便利だろうね」
「シンク謡士は?」
「失敗作だって聞いてたんだろ。生憎とボクもさっぱりさ。だから廃棄された」
「ふうん。レプリカ何体作られたの?」
「七」
「七体も作ったなら凄いお金かかっただろうに。内六体を廃棄だなんて、教団ってお金持ちなの?」
「お前が気にするところはそこでいいわけ?」

 明らかにずれた質問に思わず突っ込む。ルビアは何故そんなことを言われるか解らないというようにきょとんとしていた。
 憐れまれたり可哀想だと言われるよりは楽だが、確実に感覚がずれている。あの父親とこの山に二人で暮らしていた弊害に違いない。
 暇つぶしも兼ねて喋っていたものの、被験者の妹なだけあって地頭がいいのは間違いないが、コミュニケーション能力が全くと言っていいほど育ってないのではないか。
 素直で理屈っぽく、感情を隠さない。もしダアトで生き延びられたとしても、すぐに孤立するだろう。
 ま、ボクには関係ないか。

「お金は大事だろ?」
「まあ、そうだね。否定はしない。でもこんな山奥じゃ金を使う機会なんてほとんどないだろ」
「そうでもない。油や調味料なんかは村に降りないと買えないから。ダアトの方が安いけど、重いからそんなに持ち帰れないし」
「ああ、ローレライ大祭に来てたんだったか」
「うん。導師が預言を詠むだろ? パパはいつも熱心に見てたよ。だからレプリカとすり替わったって気付いたんだろうね。僕はちっとも解らなかったけど」
「そう簡単に見破られちゃ困るんだよ。秘密なんだから。誰にも言うなよ」
「シンク兄さんがそう言うなら」
「その呼び方をやめろ」

 ボクが嫌そうに言えばルビアはにんまりと笑う。
 殴ろうとした手はあっさりと避けられた。


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