拝啓、×××殿(09)



 あれから一方的に話しかけて来るルビアをひたすらに無視した。
 反応すればするほどつけあがると思ったからだが、ボクが無視し続けても延々と話しかけてくる。
 余りにも鬱陶しくて何度か怒鳴りつけたが、何故かにこにこと笑うものだから余計に苛立ちが増した。

 炎の勢いがだいぶ衰えたところで譜術を使って消火し、燃え残っているものがないか確認をしてから山を降りる。
 一人では降りられないというルビアの言葉通り、下山ルートもさんざんだった。崖を飛び降りた先で蔓に隠されたトンネルを抜けるなんて、初見じゃ解る筈もない。
 そうして時間をかけて下山したところで、先に告げられていた通りにあのクソババァの居る村へと立ち寄る。旅装束を纏ったルビアを見てクソババァは全て察したらしい。

「行くんかい」
「うん。兄さんがダアトまで連れてってくれるっていうから」
「兄じゃない」
「そうかい。埋葬に人をやったほうがええかね?」
「ううん。全部燃やしたから。それでも一応、明日か明後日あたりにもう一度見に行ってもらっていい? 譜術で消火したから火は残ってないと思うけど、念のために」
「そうだね、その方がええやろうね……いつでも帰っておいで。あんた達兄弟なら大歓迎さ」
「兄じゃないって言ってるだろ」
「ありがとう、おばあ。山から手を引くことになってごめんなさい。僕がやるって言ったのに」
「気にするこたぁない。ダアトでも元気でやるんだよ。たまには顔見せなぁ」
「おばあも元気でね」
「二度と来ないよクソババァ」

 ボクを無視して話す二人に舌打ちを零し、最後にかけられた言葉に悪態をついて中指を立てる。
 そんなボクに怒るでもなく、元気で良いと大口を開けて笑うクソババァに見送られ、ボク等は村を発った。

 山を駆けまわっていただけあってルビアは健脚で、同時に道中会敵した魔物や盗賊は歯牙にもかけない程度には強かった。ナイフと小弓を使って近・中距離戦を楽にこなす。
 ただずっと一人で戦ってきた弊害だろう。連携のれの字も知らない動きに随分と振り回された。
 死角から放たれた弓にひやりとしたのは一度や二度ではない。流石にフレンドリーファイアはごめんだと何度か教えれば多少立ち回りは良くなったが。
 もしヴァンがこいつを生かすことを選び、かつルビアが神託の盾への入団を希望するのであれば、この辺りは士官学校で叩き込んでもらう必要があるだろう。

 歩きながら。野営中。ぽつぽつと会話もする。
 馬鹿ではないし一度言い聞かせれば理解するのは話していて楽だが、何度訂正しても兄さんと呼んでくることだけが鬱陶しい。
 無視をすれば大声で呼ぶせいで魔物が近寄ってくる。解っていて繰り返すあたり本当に良い性格をしている。ボクの根負けを狙っているのだろうが、ダアトに帰るまでだと自分に言い聞かせて何とか耐える。
 これが妹だなんて絶対にごめんだ。被験者の代わりに兄と呼んでくるわけでもないのが余計に腹が立つ。

 唯一の利点は兄と呼ばれた時に素直に返事をすればきちんとボクの言うことを聞くことくらいか。
 ダアトに近くなったあたりで顔を隠せと言えば荷物から取り出したレザーマスクを着用し、他言無用を命じてヴァンのことを話せば黙って頷いた。
 これでいい。後はヴァンに委ねよう。

 長い前髪を降ろして目元を隠し、マスクを付けた顔は陰気で近寄りがたい。
 これなら導師と同じ顔と思われることもないだろうと、ダアトに到着したところでそのまま神託の盾本部へと足を運ぶ。
 旅装束のままヴァンの執務室へと向かえば、リグレットを控えさせデスクに着いたヴァンがボクを出迎えた。

「帰ったか。ご苦労だった」

 ひとまずボクを労ったヴァンが、視線だけでその同行者は誰かと問いかけてくる。
 疲れもあって勝手に来客用のソファに腰かければ、ルビアもまたボクの隣にちょこんと座った。お前は立ってろよ。
 はあ、とため息をついて眉をしかめるリグレットを見る。ひとまず怒られることはないようなので、先に報告をすることにした。

「レプリカは居なかった。これは被験者の妹」
「なに?」
「居たのはフォミクリー開発に携わった元研究者で、被験者イオンの父親と娘だったよ。父親は毎年ローレライ大祭に息子の顔を見に来ていた時に色々察してたらしくて、娘をダアトに連れていくのと引き換えに自害。レプリカ絡みの禁書だの遺品だのなんだのと一緒に木っ端微塵、死亡済み。娘の行く末をアンタに委ねることも了承してるから、あとはアンタが判断してよ。レプリカのことも、今後のことも、全部理解してる。抵抗するかは知らない」
「ほう……」
「顔見せてやりな」

 興味深そうにルビアを見るヴァンに、ルビアに声をかければ髪を後ろで雑にくくってからレザーマスクを外す。
 丸い目をぱちくりとさせ、ボクよりも丸みを帯びた顔でヴァンを見返した。

「……似ているな。よく、似ている」
「初めまして?」
「ああ、確かに。初めましてだな。ヴァン。ヴァン・グランツだ。イオン様とは生前親しくさせてもらっていた」
「ルビア、です。え、と……イオン兄さんの妹、です」

 続けてたどたどしい敬語で父と母の名を告げるルビアに、ヴァンが一つ頷く。知っている名だったのかもしれない。
 ヴァンは顎に手を当てて少し考えた後、デスクから立ち上がって向かいのソファへと腰を下ろした。

「いくつか聞いても?」
「はい」
「君は、預言のことをどう思う?」
「くそったれ?」
「くそったれか。何故?」
「シンク兄さんがそう言ってた」
「シンク兄さん?」
「だからその呼び方をやめろ」

 目を瞬かせるヴァンを横目に、もう何度目か解らないツッコミをするがルビアは聞く耳を持たない。
 やめろ。リグレットもヴァンと一緒になってこっちを見るな。
 二人の反応を気にせず、ルビアは言葉を続ける。

「切っても切れないもの。僕たち家族を引っ掻き回したもの」
「なるほど。確かにくそったれだな」
「パパも預言は嫌いだった。ママは預言を憎んでたって聞いてる。でもそれは全部伝聞でしかないから、僕は預言がどんなものか。ちゃんと知りたい」
「だから、ダアトへ?」
「うん。駄目ならマルクトに行きなさいって言われてる。安心して、レプリカのことは言わない。シンク兄さんに何かあったら悲しいもの」
「そうか」
「だから、その呼び方をやめろ」

 もう無理だと解っていても訂正をする。
 やはり無視された。

「今居る導師イオンのことは聞いているか?」
「七番目の兄さん?」
「そうだ。聞いているようだな。しかしそうか。そう考えるのか。君にとってシンクは被験者の代わりではないのか?」
「レプリカに導師イオンというラベリングを付与しても、足跡という因果は続いてない。どれだけ酷似していたとしても、レプリカは同一人物にはなりえない。けど血縁ではある。だからシンクは新しい兄さん。今の導師イオンは、七番目の兄さん」
「面白い考え方だな」

 ルビアの言葉にヴァンが口角を上げる。
 その反応で解った。どうやらルビアは生かされるらしい。

「ダアトに住むなら神託の盾に入団を?」
「うん。僕幼年学校も出てないから、普通に働くのは難しいだろうし」
「理不尽だろうが、君は導師イオンにとてもよく似ている。ダアトで働くなら顔を隠してもらうことになる。不便だぞ」
「いいよ。それでシンク兄さんと一緒に居られるなら」
「とっとと出てけ」
「そうか。シンクと共に居たいか。なら無事入団出来たら第五師団へ入れるようにしておこう」
「本当? ありがとう!」
「冗談だろ……勘弁してよ」
「リグレット。入団するにあたってのことを教えてやってくれ。女性ならではのこともあろう。二十九地区とダアトでは生活も大きく違うからな。シンク、少し聞きたいことがある。こちらへ」

 無言で控えていたリグレットに声をかけ、ヴァンが立ち上がる。
 ため息と共にボクも立ち上がり、隣室へと向かうヴァンの後に続いた。

「面白いものを拾って来たな」
「殺していい?」
「イオン様の妹御だ。無碍にはできん。素質もありそうだ」
「それは否定しない。山育ちだから猿みたいに身軽だ。戦闘の腕だけならボクと張る。連携はクソだし常識知らずの世間知らずだけど……頭もいい。レプリカのことも理解してる」
「計画への勧誘は出来そうか?」
「正気? ……根は素直だ。まだ染まってない。父親が預言嫌いだったせいで、一度も預言を詠んでもらった事がないらしいからね。ま、あんたが誘導すれば出来るんじゃないの?」
「ふむ」

 ヴァンが後ろ手に手を組んで考え込む。
 あれを生かそうが殺そうが好きにすればいいが、頼むからボクに関わらせないでほしい。

「使えるやもしれん。監視しつつ、誘導しろ」
「……ほかに回しちゃ駄目? 山育ちだし、アリエッタとかどう?」
「兄の側に居たいと言っていたからな。お前が適任だ」
「勘弁してよ……」

 肺の中の酸素を全部吐き出す勢いでため息をつき、頭痛がしそうな頭を抑える。
 そんなボクを見て何故かヴァンは笑っている。

「妹とは可愛いものだろう?」
「ぜんっぜん可愛くない。むしろ殺意しかない」
「それに、お前の言うことなら素直に聞くだろう?」
「……まあ、そうだね」

 道中のことを思い出しながら渋々頷けばヴァンはまた声を上げて笑った。ボクは何も笑えない。この苦虫を噛み潰したような顔が見えないんだろうか。そーだね。仮面付けてるもんね。見えないよね。くそが。
 結局ボクが面倒を見ることになって、またため息が出る。そこで話を切り上げて部屋に戻れば、ルビアはリグレットと談笑していた。が、ボクを見てパッと顔を明るくする。

「シンク兄さん」
「その呼び方をやめろ」
「寮に入れてくれるって! 兄さんの部屋も教えてよ、遊びに行くから」
「ぜっっったい教えない」
「後で教えてあげるわ」
「ありがとう!」
「リグレット!」
「良いじゃない。兄弟なんでしょう?」
「そうだよ!!」
「違う!!」

 揃って違う主張をするボク等にリグレットとヴァンは微笑ましそうな顔をしていた。だからその顔をやめろ。
 そのままヴァンに諸々案内してやるように言われ、揃って執務室を出る。
 薄暗い廊下をご機嫌に歩くルビアとは真逆に、頭痛が常駐しそうな未来を察してボクは不機嫌だ。

「あ、ねえ兄さん」
「兄じゃない。なに」
「僕の蜂蜜酒は? いい加減ちょうだいよ」

 一瞬何のことかと考えかけ、そもそもあの家を訪れた時のお題目を思い出した。
 色々ありすぎたせいで、クソババァから預かった瓶は未だにボクの荷物の底で眠っている。
 けれど駄目だという理由も教えた筈なのに、こいつの頭なら当然それも覚えている筈なのに、当然のようにそれを要求してくるルビアにまた沸々と怒りが湧いてくる。

「誰がやるかバーーカ!!」
「えぇ! なんで!!」
「お前が未成年だからだよ! 没収!!」
「僕のなのに!! もしかして兄さん飲んじゃったの?」
「飲むわけないだろ! 捨てるんだよ!!」
「なんでそんな酷いこと言うの!」
「酷いのはお前の頭だ馬鹿!!」

 喧嘩しながら薄暗い廊下を歩く。
 何事かと言うようにすれ違いざまに何人かの兵士に振り返られたが、知ったこっちゃない。
 これからこれが日常になるなんて、今からもう頭痛がしてる。

「妹だっていうなら兄の言うことくらい聞けよ!」
「蜂蜜酒は別!!」
「くそったれ!!」

 腕にしがみ付いてくるルビアに思わず叫ぶ。
 何が楽しいのか、ルビアはきゃらきゃらと笑っていた。

「これからよろしくね、シンク兄さん!」
「ボクの妹だっていうなら馬車馬みたいに働かせて、使い潰してやるからな!」

 ああもう、本当にくそったれだよ。ちくしょう!!



拝啓、×××殿



 新しくできた妹は、今日も今日とてやかましい。



前へ | 次へ
ALICE+