「殺さないで」「嫌だよ」(1)



 仮面があっても、視線ってのは案外感じるものだ。
 師団長の補佐官として勤めてそれなりに経つこともあり、師団長がこちらを見ている時はなんとなく解るようになった。
 まあ何か用がある時は師団長は必ず私を見上げるか指でちょいちょいと呼んで屈めと命じて来るので、視線だけで何かを求められることは殆どないのだが……。

 なんか、めっちゃ見られてる……。
 補佐官として同じ部屋で執務をしてるだけなのに、いつも通りの筈なのに、ジッとこちらを見て来る師団長の視線がちくちくと刺さっている。居心地が悪い。私何かした??
 余りにも視線が痛くて少しもたつく指先を懸命に動かすが、その精度は格段に落ちている。いつもならば叱責されてもおかしくないのに、今日は黙って見られているだけだ。
 もしかして何かの査定中だったりする? 私審査されてる? 昇進試験のための事前チェックか何か??

「ねえ」
「は、はい!」

 余りにも解りやすい視線に頭の中が忙しくなっていたところで、師団長から声をかけられた。
 思わず返答の声がひっくり返ったが、そこに触れる気はないらしい。

「お前はさ、何で神託の盾に入ったんだっけ?」
「えっと、自分の体格を生かしつつ、突っかかってくる奴等を見返したかったからです」
「ああ、背が高いからって嫌味を言われてたんだったか」
「はい。女のくせに、とよく言われたので。ならもっと見下してやろうとヒールも履くようになりました」
「確かに、僕もお前を見上げないと顔が見えない」

 腕を組んだ師団長がうんと一つ頷く。何故この会話が始まったのか解らない。
 あと師団長が見上げないと私の顔が見えないのは主に仮面のせいだと思います、師団長。

「一般的に自分より背の高い女を嫌う男が多い、っていうのはお前も前に言ってたけど」
「ええ、はい」
「逆に女は自分より背の低い男は恋愛対象として見辛い、とも聞く」
「まあ、そういう意見もありますね……?」
「お前はどうなの?」
「えっと、特に気にしたことはないですね。ヒールを履いているとだいたいの男性は同程度か見下ろす形になりますし」
「ふうん……」

 師団長が顎に手を当てて背もたれに身体を預ける。
 これはあれだろうか。師団の調整か何か、とか? 私をどこの小隊に放り投げるべきか考えてたりする??
 ……それは、嫌だな。

 話の着地点が見えなくて、書類をデスクに置いて師団長に向き直る。
 こんなもやもやした気分のままでは仕事も出来ない。はっきりさせようと師団長に問いかけた。

「あの、質問の意図をお伺いしても宜しいですか? 私をどこかの小隊に入れるために人間関係の調整に悩んでいるとか?」
「違うけど?」
「なら、何故急に……業務に関係のない質問を?」
「うん? そうだね……」

 私の質問に師団長は少し考えた後、椅子から立ち上がって私の元へと歩み寄ってきた。合わせて私も立ち上がろうとして、しかし掌を向けられたのでそのまま椅子に腰を下ろす。
 私の前までやってきた師団長にじっと見降ろされるも、仮面のせいで視線が絡み合わず、やはり意図が読めない。黒手袋に覆われた掌が私の頬をそっと撫でた。

「あのう……?」
「うん。僕はお前が好きみたいだ」
「へ?」
「聞こえなかった? お前が好きだって言ってるんだよ。人間的な好意ではなく、恋愛的なもの。男から女に向ける恋情。あるいは下劣な欲情。それをお前に抱いてる」

 淡々と告げられた言葉が理解しきれずに目を見開いたまま固まってしまう。私は今、告白されたらしい。
 それってもっとこう、甘いものじゃないのか。照れたりとか、勇気を振り絞ってとか。そういったシチュエーションでされるものじゃないのか。
 いや違うそうじゃない。

「師団長が、私を?」
「そう」
「ええと、男女的に、好きだと?」
「だからそう言ってる」
「本気ですか?」
「お前、僕の言葉を疑うの?」

 ふっ、と師団長が笑った。
 親指がそっと頬を滑って唇に触れる。ゆっくりと下唇を撫でるその動きが妙に艶めかしい。
 頭がうまく働かない。喉奥に言葉がへばりついているようだ。

「疑う、といいますか……信じられない、といいます、か」
「僕の気持ちを、僕の言葉で表現してるのに、信じられないんだ?」

 師団長が私の膝の上に跨る。仮面が外された顔を見下ろした瞬間、私は息をのんだ。
 にい、と唇が歪む。愉悦に細められる若葉の色をした瞳と、見たことのある顔に今度こそ私の思考は停止する。
 頭が真っ白で、何でとかどうしてとか、そんな疑問すら浮かばない。付いていけない私の前で師団長が喉を鳴らして笑う。

「まあ、いいけど」
「し、だんちょ……?」
「もう逃がす気ないし」

 そう言って私の首に腕を回したかと思うと、そのままかぶりつくように唇をぶつけられた。
 ああ、ほんと。意味が解らない。


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