「殺さないで」「嫌だよ」(3)
ひとまず話にきりがついたところで、私達は仕事に戻った。
甘い雰囲気になるどころか命の危機を感じる告白に動揺を隠せず何度かミスをしてしまい、普通に叱られた。
私情を仕事に持ち込む気はないという宣言通り、師団長はいつも通りに戻った。つまり動揺しているのは私だけということだ。
しかし時間が経過すれば嫌でも冷静さは戻ってくる。
仕事でミスをしながら師団長の言葉を改めて咀嚼し、自分の置かれている状況を見つめなおす。
師団長は私が好きらしい。お断りすれば多分殺される。逃げればワンチャン生き延びられるが、師団長相手に逃げられる気がしない。
つまりこれ実質選択肢は一つしかないのでは……と気付く頃には定時になっていた。
仕事はまだ残っている。朝に設定した消化目標には到達していないが、とても残業する気にはなれない。
ため息をついたところで師団長が終業を宣言したので、これ幸いと私は仕事を放り投げた。こんな心境で仕事が出来るか。
「さて、仕事も終わりだね」
「はい。お疲れ様でした」
「この後の予定は?」
「特にありません。食事をして寮に帰ります」
「そう。じゃあ一緒に食事でも行こうか」
「はい。……はい?」
仕事道具を片付けながらつい流れで頷いてしまったが、理解した途端声がひっくり返る。
しかしそんな私に気付いているのか、はたまた気付いていて無視しているのか。
師団長もまた仕事道具を片付け終えたところで目を白黒させる私に言及することなく立ち上がった。
「ただ外食はあまりしないから解らなくてね。いい店知ってる? 個室があるところがいいんだけど」
「え? 外食? 一緒にですか?」
「そうだけど?」
「何故??」
「何故って、お前が返答を保留にしたからアプローチ」
「アプローチ」
アプローチってなんだっけ??
理解が追い付かず目を瞬かせる私に師団長が小さく笑う。
「僕はお前が返事をするまで何もしないとは言ってない」
「そう、ですね??」
「だからアプローチ。それじゃあ、デートと行こうか。とりあえず店は歩きながら探そう。お前の頭は働いてないみたいだし」
さも私が馬鹿みたいに言ってますが、師団長のせいですけど??
くすくすと笑う師団長が動けない私の手を取る。指を絡められ、びくりと肩が跳ねた。
「いいね」
「な、にが」
「そのまま僕を意識してよ」
「え」
「どうせ今まで僕のこと男だと思ってなかったんだろ?」
「あ……え、と」
「いいよ。これから意識してくれれば」
ぎゅっと手が握られた。かっと頬が熱くなる。
そのまま師団長に手を引かれる形で、私達は執務室を出た。
この手を、振りほどいてもいいのだろうか。むしろ振りほどけるのだろうか。私の腕力で。
色んな意味でどきどきしながら神託の盾本部の廊下を歩く。
時折すれ違う師団員達から視線を向けられるが、そちらに意識を割けるほど今の私には余裕がない。
「あ、あの。師団長」
「なに?」
「その、この手は一体?」
「エスコート……ってほど良いものでもないね。まあ僕がお前に触れたいだけだよ」
「お……おぉ……!」
なんか師団長が普通に甘いこと言ってるな!?!? そうだよね! 私告白受けたんだもんね!?!?
私を見上げる師団長の微笑みを見てようやく自分がこの人にアプローチを受けているのだと実感をし始めた。
ふわふわとした緑色の髪と金色の仮面。そして僅かに見える笑みを模った唇にどっと心臓が跳ねる。
「それとさ」
「は、はい」
「ここからはプライベートなんだから、師団長って呼ぶの禁止ね」
「えっ、では、どう……お呼びすれば?」
「どうって、普通に名前で呼べばいいだろ」
「名前、名前……?」
「まさか僕の名前忘れたの?」
「覚えてますよ??」
「じゃあ言って。ほら」
「シンク師団長です」
師団長の命令口調に反射的に答えてしまったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
師団長という敬称を再度外すように言われたが、何故か舌がもつれてしまう。
あーだのうーだの言う私を、師団長は何故か楽しそうに見上げている。
「ほら、呼んでよ」
「しっ、えっ、シ……えっ? えっ??」
「ルビア」
「はい」
「復唱」
「はい」
「シンク」
「シンク」
「そう。もう僕のこと呼べるね?」
「し、しんく……」
「出来るじゃないか」
名前すら呼べない私に焦れたのだろう。
仕事の時のように復唱を求められ、反射的に応えたところで師団長がからりと笑った。
「僕のこと、ちゃんと名前で呼ぶんだよ、ルビア」
「は、はい……」
楽しそうに笑いながら念を押す師団長に、そうとしか言えない。
口の中だけでシンクという名前を転がすけれど、やっぱり舌がもつれる。
何とか慣れようと何度も口の中で復唱する私を見て、また師団長は笑った。
前へ | 次へ
ALICE+