「殺さないで」「嫌だよ」(5)
どっと疲れた食事を終えてレストランを出る。
お金を払われそうな雰囲気を察してこっそり自分の分を払っておいたのだが、案の定師団長はちょっとムッとしていた。
私は友人だろうと恋人相手だろうと食事代は折半派ですと言えば納得していたが。
また手を繋がれて人通りの少なくなった市街を歩く。寮まで送ってくれるらしい。
レムの落ちた市街地の道は薄暗く、店や家から覗く僅かな灯りだけが頼りだ。すぐに人通りもなくなる。
ぽつぽつと話をしながら、師団長はいつもよりもゆっくりと歩いていた。
「ルビアはさ」
「はい」
「男と付き合ったことある?」
「ありません。槍と仕事が恋人みたいなものでしたし」
「そっか。僕が初めてか」
別に師団長はまだ恋人じゃありませんが。
ぐっとツッコミを呑み込んでそうですねと返事をした。棒読みになったのは許してほしい。
「僕もそうなんだよね」
「そうなんですか」
「うん。だからルビアを知りたいと思うけど、どこまで踏み込んでいいか解らない。触れたいと思うけど、どこまで手を伸ばしていいか解らない。無粋に手を伸ばして君に嫌われるのも嫌だ。こういうのも最適解があれば楽なのに……」
そう言って師団長は私の手をにぎにぎと握る。
散々殺すだのなんだの物騒なことを言っていたが、師団長なりに私のことを尊重してくれようとしていたのだと解ってちょっとだけ肩の力が抜けた。
この人だって手探りなんだな、と。ちょっと感覚はずれてるけど、それでも私のことを好いてくれているのだな、とも。
だから私もぎゅっと師団長の手を握り返してみる。手袋越しに肉刺のある硬い掌が感じ取れた。
「大丈夫ですよ。師団長はお互いの価値観の擦り合わせから始めて、意見を尊重し合えるのが理想だって言ってたじゃないですか」
「だって、恋人ってそういうものなんだろ?」
「そうですね。といっても私も伝聞でしか知りませんが……最初から理想に当てはめようとして、こうしろ、こうあれ、と言わないだけ、師団長は良い人だと思います」
「そっか。ルビアはそう考えるんだ」
「はい。一方的に理想を押し付けられても良いことなんてありません」
「……そうだね」
隣を歩く師団長を見下ろせば、ふわふわとした緑色の髪と、そこから伸びる金色の仮面が見える。
けれどすぐに私を見上げるから、機嫌がよさそうに口端を上げた笑みが覗いた。
「それで、お前はやっぱり僕を師団長って呼ぶんだね? 禁止って言ったのに」
「え? あっ。すみません、つい癖で」
「ふうん? まあ理由は何だろうと、禁止事項を破ったなら罰は必要だよね」
「殺さないで」
「お前、僕を殺人鬼か何かだと勘違いしてない?」
反射的に懇願すればため息をつかれた。
こうなったのは師団長のせいだと言いたいが、言ったら言ったでだって事実しか言ってないだろとけろっとした顔で言われそうで嫌だ。
「まあいいや。それじゃあ罰ね」
「えっ」
するりと指が解かれた。師団長が仮面を外す。レムが沈んで薄暗くなり人通りがないとはいえ、こんな市街地で師団長が仮面を外したことに驚いて固まってしまう。
すぐに私の首に腕が回され、抱き寄せられて僅かに腰を折る。師団長が背伸びをする。ちゅっとリップ音を響かせて触れるだけのキスがされた。
「えっ」
すぐに腕がほどかれる。素早く仮面がつけなおされた。時間に換算すれば三十秒程度の、あっという間のことだった。
理解が追い付かないまま目をぱちくりさせる。私今何をされもうした??
「……えっ?」
「それ、もしかして鳴き声か何かだったりする?」
けろりとした師団長にようやく自分が何をされたのか理解が追い付き、頬が熱くなる。
顔を覆おうと上げかけた手はまた絡めとられた。ふふん、と師団長の機嫌がよさそうな声が聞こえる。
きっと満足げな顔をしているのだろう。恥ずかしくて見れないけど。
「これ、罰なんですか?」
「恋人でもない男にキスをされるのは、女として十分嫌なことじゃないの?」
あ、自分がまだ恋人じゃないって自覚があったんですね。
こてりと首をかしげながら言われた台詞にそんな感想を抱く。
多分、今までで一番効いたアプローチだった。と言えば師団長はもっとしてこようとするのだろう。
だから声には出さず、けれど腰のあたりがもぞもぞして居心地が悪いので師団長の手をにぎにぎと握り返す。
「それは……いえ、なんでもありません」
「そ?」
また指を絡めながら歩き出す。師団長は私を寮まで送って、そのまま帰っていった。
好意を抱かれてるんだろうな、というのは告白された時よりもよっぽど伝わってきたので、師団長の作戦は成功しているといえなくもない食事だった。
……まあ、ずれてることは否めないけれども。
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