「殺さないで」「嫌だよ」(6)



 翌日。師団長はいつも通りだった。いつも通り仕事をこなし、いつも通り師団員を張り倒していた。
 公私の分け方が余りにも完璧すぎて、私が告白されたのはやっぱり夢だったんじゃ? なんて考えてミスした私をいつも通り叱っていた。いや、あんたのせいだって。
 ただ、経緯はあえて省くが……師団長と一緒にロッカーにぎゅうぎゅう詰めにされたのは、いつも通りではない。

「……師団長、大変不躾なお願いをして申し訳ないのですが」
「なに」
「仮面を外して貰っていいですか、先端が肌に食い込んで痛いです」
「……わかった」

 身長差故どうしようもないのだが、上を向いている師団長の仮面が肩にガスガスと刺さって痛かった。
 かといって身体を離したり方向転換できるほどロッカーの中は広くない。多分師団長も密着しないよう気を付けてくれているとは思うのだが、それでも痛いものは痛い。
 最悪いきなりドアが開かれたら私が師団長を抱きこめばいいかと判断してダメもとでお願いすれば、師団長は狭いロッカーの中で器用に仮面を外してくれる。本当にすみません。

「で、どうしましょうか」
「……まあ、事故だからね。罰は与えないとして……人を呼びに行ったあいつらが救援を呼ぶのを待つしかない」
「中から壊すのは無しですか?」
「お前、このロッカーの上に何が乗せられてたか覚えてないの?」

 呆れた声で言われて、ロッカーの上に積んでいたものを思い出す。

「アッ、薬品……」
「頭からかぶりたい?」
「遠慮します」
「僕もさ。大人しく救援を待つんだね」
「はい」

 つまり、助けが来るまで師団長とこのままらしい。先日告白された側としてはとても居心地が悪かった。
 いや、でも師団長は公私をしっかり分けている。今は仕事中だから手を出されたりはしないはず……。
 そう思ってたのに、師団長の手がそっと私の腰に回された。びくりと身体を跳ねさせる私の胸元に、師団長の頭が押し付けられる。

「あ、あの……」
「すごいね。心臓、どきどき言ってる」
「そりゃ、まあ……心臓もドンドコ言いますよ、こんな状態じゃ」
「前も思ったけど、何その表現。可愛くないなあ」

 可愛くないと言いながらも師団長の口調は優しい。
 師団長が私の胸に耳を当てて心音を聞いているのかと思うとまた心拍数が上がった気がした。
 おかしい。私は好意を抱かれる側の筈だ。なんで好意を抱いている筈の師団長の方がこんなに冷静なんだ。
 これじゃあどっちが恋をしてるかなんてわかりゃしない。

「師団長は、その、こんな状況でも冷静ですよね」
「そう見える?」
「はい」
「ふうん」

 私の言葉に腰に回されていた師団長の手が動く。壁に手をついていた私の手を掬い上げて、そのまま上へと持ち上げられて。
 何をするのか聞くよりも早く、私の手は師団長の胸に押し付けられていた。軍服越しに感じる心音は、私と同じくらい早い。

「そう見える?」

 再度繰り返される質問。
 見下ろせば、艶めいた笑みを浮かべる師団長が居る。
 こんなに心臓は早鐘を打っているのに、この人はちっとも顔に出ないらしい。

「見た目、だけは」
「そう。なら覚えておきな。僕はもう、ずっと君を意識してる」
「知りませんでした」
「だろうね。今も……もっと君に触れたくて仕方がない」
「じゅ、充分触れあってるのでは」
「もっとできるだろ、こんな風に」

 そう言って伸ばされた腕が私の頭を抱えこんだ。
 背伸びをした師団長の唇が震える私の唇から零れる吐息を食む。
 身を引こうにも逃げ場はなく、ガタンとロッカーが揺れる音がしただけだ。

「ほら、できただろ? もっとしとく?」
「ごっ、ご遠慮申し上げます……っ!」
「そ? 残念。ま、君のその顔が見れただけいいか。ごちそうさま」
「お粗末さまでした!!」

 やけくそ気味に叫ぶ私に師団長がくすくすと笑う。
 その胸の下では心臓が早鐘を打っているとは思えないほど、師団長の表情も態度も余裕綽々に見える。

「私ばかり動揺してる気がします……」
「いいね、もっと意識してよ」
「充分してます……」
「それが聞けただけ、閉じ込められたかいはあったかな?」

 ふは、と師団長が笑った。
 真っ赤な顔で俯く私は何一つ笑えなかった。

 あっ、俯いたら顔丸見えじゃん! 私のお馬鹿!!


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