「殺さないで」「嫌だよ」(7)



 ロッカーから救出され、ひいひい言いながら仕事を終えたところで今日は外に食事へと誘われることはなかった。
 その代わり食堂で一緒に食事をとったし、終わった後にちょっと出ようと誘われたけども。

 私、それを面倒に思わない程度にはこの人のこと嫌いじゃないんだよな。
 仕事を終え、夕食を食べてほどよく疲れた身体を引きずってのデートのお誘いも嫌だと思わない程度には、この人のことが好きなんだと思う。
 ただそれが恋かと聞かれたら、わからないけど。

 水筒を持ってやってきた師団長と神託の盾本部を出る。外は既にまっくらだ。空を見上げればぽっかりとルナが浮いている。
 こんな夜中にどこに行くのかと聞けば、師団長がにやりと笑って屋根を指差す。
 なるほど確かにそこなら人目もなかろうと、私達は揃って屋根の上へと跳び上がった。

「流石にレムが落ちると寒いね。こっち来な」
「はい」

 師団長が案内してくれたのは周辺に窓もないためにのぞき見される心配もない、ローレライ教団の屋根の上の一角だった。
 互いにくっつくようにして腰を下ろす。寒さをしのぐため、なるべく体温を分け合うようにくっついて眠るのは野営の基本だ。
 そのため呼ばれたら素直にくっついて座ってしまったのだが、これ良かったんだろうか。座ってから気付いた。遅くない? 私の脳みそまだストライキしてる?

「ん」
「あ、どうも」

 カップを渡され、反射的に受け取る。意識しているのが自分だけのようでなんだか恥ずかしい。
 水筒の中身は紅茶だったようで、まだ熱いそれにちょっとだけ口を付ける。身体の中を通っていく熱にぶるりと震えた。

「ルビアは、さ」
「はい」
「何で僕が導師と同じ顔をしてるか、って。聞かないの?」

 同じくカップを片手にした師団長の質問に、私は目をぱちくりさせた。そういえば何でだ??
 正直なことを言うなら、師団長から向けられる好意を受け止めるのに精いっぱいでそんなこと気にしていなかった。
 やっぱり私の脳みそはまだストライキを起こしているのかもしれない。
 けれどまあ、改めて考えてみてもそうなのかあ、と思う程度だ。生き辛そうだな、とも思うけれど。

「まあ、師団……失礼。シンクはシンクなので??」
「ふうん?」
「あとシンクからのアプローチにいっぱいいっぱいだったので……そこまで考える余裕がなかった、というのが本音です」
「お前の脳みそちゃんと働いてる? 結構大事なことだと思うんだけど」
「私も同じ心配をしていたところです」

 案の定頭の心配をされたことに空笑いを零す。
 師団長はカップを傾けた後、金色の仮面を外した。
 導師イオンと同じ顔が露わになる。若葉の色をした瞳が私を射抜いた。

「こうやって真正面から見ても、同じこと言える?」

 まだ大人になり切れていないまろやかなフェイスラインが露わになっている。
 唇を引き結んでまっすぐに私を見る師団長の視線はとても強かった。
 けれど僅かに揺れる瞳の奥に怯えを見て、私は開きっぱなしになっていた口を閉じる。
 そしてはっきりと宣言した。

「師団長は、師団長です」
「……そう」

 絡んでいた視線がほどける。持っていたカップを取り上げられた。なんで。
 師団長もカップを屋根に置いて、片腕が私の首に回される。近づいてくる顔にキスをされると解った。

「名前で呼べって言ってるのに」

 呆れたような声と共に唇が重なる。咄嗟に背後で手をついたが、今度は逃げなかった。
 それに気を良くしたのか、両腕が私の頭を抱きかかえるように伸ばされ何度もキスをされる。角度を変えて繰り返される口づけは、ほんのりと紅茶の香りがする。
 目を閉じて唇を受け止めていたのだが、離れた温もりが戻ってこないことに目を開ければ若葉の色をした瞳がじっと私を見つめていた。

「……明日」
「……はい」
「返事してよね」
「……はい」

 もう答えなんて出ているようなものだろうに、師団長は念を押してくる。
 また重ねられた唇に、そっと目を閉じた。


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