「殺さないで」「嫌だよ」(8)
「返事、仕事終わってからでいいですか」
「わかった」
朝。業務連絡と基礎訓練を終えた後にそれだけ言えば、師団長はあっさりと頷いた。
やっぱり師団長ってどこかズレてるよなあと思いつつ、いつも通りに仕事をしていつも通りに師団員達に檄を飛ばす。
そうして一日の業務を終え、執務室で互いに仕事道具を片付けたところで師団長が歩み寄ってきた。
椅子に座っていた私の膝の上を陣取り、仮面が外される。肩の上を滑っていく掌と腕。私の後頭部で師団長の指が組まれて、頭が固定される。
そんな日常の延長みたいな感覚で接触してこないでほしい。びっくりして反応できなかったわ。
「それじゃ、仕事も終わったし……返事を聞こうか」
「この体勢なんですか?」
「お前が逃げられないように」
「全力で逃げるべきって言ったの師団長なのに」
「逃がす気はないとも言った筈だけど? 何? 逃げるの?」
「殺さないで」
「それは……お前の返答次第かな」
にんまりと笑う姿は拒絶されることを想定していないように見える。まあ私が断れば即座に殺すつもりのようだから、間違ってはいない。
告白の返答が是だろうが否だろうが、私はこの人のものになるのだ。それが生きたままなのか、物言わぬ死体かの違いでしかないのだろう。
はあ、とため息が漏れる。師団長付きの補佐官になった時は師団長とこんな関係になるなんて思いもしていなかった。
ただまだ成長しきっていない師団長を見て、女のくせに背が高いとまた嫌味を言われるのは嫌だなあと、その程度のことしか考えてなかったのに。
「私は、生きて師団長の隣に居たいと思います」
「……それは、僕の恋人になるってことでいい?」
「はい」
「そう。それは僕が好きだから?」
「死にたくないが三割、この人の隣に居たいが七割ってところでしょうか」
「へえ? 愛してるからじゃないんだ?」
「殺さないで」
「お前はそればかりだね。そこまで狭量になった覚えはないよ」
くふくふと含み笑いをする師団長の手が私の髪を撫でる。
そのまま頬の上を滑って、黒手袋のされた指先が私の唇をそっと押した。
「僕の恋人になるなら、僕はもうお前のことを好きにするよ」
「もう充分している気がしますが」
「前も話したけど、恋人だから許される身体的接触を希望する。こういうこととかね」
そう言ってぐっと腰を押し当てて来る師団長にカッと頬が熱を持った。
抱きたい、と言われたことが恥ずかしくて手で顔を覆おうとした。けれど手首を掴まれ、赤らんだ顔を下から覗き込まれる。
私は今どんな表情をしているのだろう。師団長は凄く楽しそうだけど、私は自分の心臓がドンドコうるさくて仕方がない。
「お前が僕を愛してなかろうが関係ない。恋人になった僕にはその権利がある。違う?」
「ちが、いませんが……その、すみません。恥ずかしくて。もう少し手加減していただいても?」
「嫌じゃない?」
「……何分他人を身体の中に受け入れる経験は初めてのことなので、覚悟を決める時間はいただきたいですが……今想像しても、嫌悪感はありません」
「そう。その程度の好意は持たれてるんだね」
「でなきゃ昨晩の内にとっくに逃げてます」
「それもそうか」
私の言葉に納得したらしい師団長にようやく手を開放される。
開放された手をどこに置こうか迷って、おずおずと師団長の身体に腕を回せば師団長は満足げに笑った。
「プライベートな時間の共有について希望は?」
「適宜相談で。ただ私にも友人付き合いがありますので、先約がある場合はそちらを優先させていただきたく」
「妥当だね。身体的接触については?」
「先程も言いましたが好意云々ではなく、心臓がもたないので段階を踏んでいただけると助かります」
「そうだね。過程を楽しむのも醍醐味らしいから。NGは?」
「殺さないで」
「嫌だよ。僕のものになるなら、地獄までついてきて」
業務連絡みたいなやり取りをしていた筈なのに、愛してるなんて言葉よりもよほど重い言葉に心臓がぎゅうとなった。
この人本当に私が欲しいんだなあ、なんて変なところで実感する。あれ? もしかして私もずれてる?
けれどそれに関しての返答は、恋なんてしてなかろうともうとっくに決まっている。
「お供しますよ、地獄の底まで」
私の返答に師団長が笑う。
近づいてきた唇を受け止めるために、ゆっくりと目を閉じた。
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