君が馬鹿で良かった。(01)
ルビアがボクの妹として正式に神託の盾の士官学校に通うことになった。
ボク等の髪色は珍しいし、お互い顔を隠している。その時点でボクの関係者だと思う人間は多いだろう。
連想されるのが避けられないのならば無暗に無関係と主張するよりも生き別れの妹とした方が自然だ、と言うのがヴァンの言い分だった。
ルビアはボクを兄と呼ぶし、それを頑なに拒否し続ければ不必要な疑惑の目を集めることになるとも。
まあ言わんとすることは解る。
ボクもルビアも導師イオンの関係者であることがバレるのは宜しくない。ルビアもきちんと言い含めたせいかイオンを兄だと吹聴していないらしい。
ボクの前では七番目の兄さんと呼ぶことはあるが、それでも外ではきちんと口を閉じていると聞いている。
そのような経緯で、大変不服ではあるものの、ボクはルビアを妹と認めることになった。
お陰で寮の部屋もばれた。今からイオンに押し付けちゃ駄目だろうか。アリエッタでもいい。山育ち同士、気が合うに違いない。
とはいえルビアは士官学校に通う訓練生で、ボクは第五師団の師団長だ。
監視と誘導も兼ねていずれ第五師団に入れると言われてはいるものの、接点らしい接点は殆どない。
仕事を淡々とこなすだけの日常は平穏で静かだ。これが少しでも長く続けばいいと願う。ルビアが来たら絶対に騒がしくなる。
まあプライベートでは勝手にボクの部屋に来て騒いでくんだけど。仕事中のが心穏やかってどういうことだよ。
「にーいさん!」
「ノックくらいしろ!」
「したよ!」
「返事を聞いてから入れって言ってるんだよ馬鹿!」
今日も今日とてボクの妹は騒がしい。
ヴァンの依怙贔屓だろうと第五師団師団長にして参謀総長という地位に就いているボクは、それなりに良い部屋を与えられている。
新兵たちは相部屋だがボクは一人部屋。数少ない仮面を外して過ごせる空間にもルビアはずかずかと入ってくる。
「学校はどうしたのさ」
「課題終わらせて暇だったんだ。ねえ、訓練付き合ってよ。連携が難しいんだ」
「また? お前いつになったら成長するわけ?」
「だってみんな下手なんだよ。弱っちい」
「お前が下手の間違いじゃないの。というか久々の休みなんだからゆっくりさせろ。兄だってんなら労れ」
「兄さん休み少ないの?」
「お前と違ってボクは忙しいんだよ」
「二十九地区には来てたのに?」
「あれも仕事だ馬鹿」
勝手にソファに座って仮面を外すルビアにため息をつく。
ずっとソロで山の巡回をしていたというルビアはパーティ戦が壊滅的に下手だ。
ボクとダアトに向かう最中に基礎は教えたが、所詮付け焼刃。だからこそ学校に放り込んだというのに、士官学校での教えが身につかないのか、はたまた教官が無能なのか。ルビアは度々ボクに連携の訓練をねだる。
徐々に良くなってきてはいるものの、学校で学んでいることが身についているようには見えない。やっぱり教官が無能なのかもしれない。
試しに他の授業に関して聞いてみるものの、座学に関してはほぼ満点に近い数字を出しているようだ。
まあ士官学校はより多くの人材を登用するために読み書き計算の出来ない者も受け入れている。
大きな町でなければ幼年学校などない。だから田舎から働きに出てきたやつは辛うじて自分の名前が書けるだけ、なんてのも珍しくないのだ。
しかし神託の盾に入るならば最低限の読み書き計算が出来ねば困ると、学校ではその辺りを最初に習う。
そもそも神託の盾の士官学校は幹部育成のための学校ではなく最低限軍人として必要なことを叩き込む訓練所のようなものだ。フォミクリー技術者の父を持つルビアからしたらつまらない授業だろう。
譜術も使えるようになったらしい。第七音素の素養もあったようで、最近は簡単な治癒術も使えるようになったという。
ただ本人曰く詠唱して譜術を発動させるよりもナイフを持って突っ込んだ方が早いとのことで、訓練ではめったに使わないらしい。そこは訓練なんだから練習しておけと叱っておいた。
地頭は良い。戦闘力もある。治癒術も使える上に身軽で単独行動が得意。使い勝手は良さそうだから部下に居たら便利だとは思うが、それでもこの騒がしさが全てを台無しにしている。
ボクの師団に来るのが決まっているのだから、士官学校ではもう少し規律というものを叩き込んでもらう方が良いのかもしれない。
相も変わらず一人でしゃべり続けるルビアを見てため息が漏れた。
「……兄さん疲れてる?」
「当たり前だ。久々の休みだって言っただろ」
「そっか……じゃあ訓練は無理か。僕ご飯作ろうか? 食堂行くの億劫だろ。キッチン使うよ。何食べたい?」
「はあ……なんでもいい」
「兄さん、それはご飯作る人には絶対言っちゃいけない言葉らしいよ。村のミアが言ってた。何でもいいって言うくせに出したものに文句を言われると一番むかつくんだって」
「はあ? 何でもいいって言ってるんだから文句つけるわけないだろ」
「そうだよね。でもミアの旦那さんはこれの気分じゃなかったとか言うんだって。それで夫婦げんかになるんだって。喧嘩すれば家が壊れるって解ってるんだから、話し合えばいいのにさ」
夫婦げんかで家が壊れるってなんだ。
ツッコミを呑み込み、勝手にキッチンに立つルビアをぼうっと眺める。確かに仮面をつけて食堂に行くのは億劫なので好きにさせることにしたのだ。
食材を勝手に漁ってさっさと料理を作り始めるあたり、あくまでも聞きかじった知識であってルビア自身は何でもいいという言葉には何も思わないのだろう。
慣れた手つきで食材を切って鍋に放り込んでいる姿は見慣れたものだ。いや、なんで見慣れてるんだ。見慣れてるほどコイツここに来てるのか。
「お前さ、ボクのとこばっか来てないでたまには別のところに行ったら? 士官学校で友達の一人や二人できただろ」
「んー……話がさ、合わなくて」
「話が合わない?」
「うん。雑貨屋さんの小物が可愛いとか、新しい服がほしいとか……そういう感情がわかんないんだよね。ダアトのお店の話されても分からないし、流行りの小説とか……読んだことないし」
「……まあ、お前の育った環境を考えればそうだろうけど」
「誰と誰が付き合ってるとか興味ないし。教官がかっこいいって言われても僕は全然そう思えなくて。でもそう言うと、変って言われるんだ。だから話しててあんまり楽しくない」
「そう……」
「兄さんの方がずっとかっこいいのに」
「は?」
どうやら以前想定してた通り人間関係の構築がうまくいっていないようだと思った矢先、ボクを引き合いに出されて思わず声が上ずる。
士官学校の教官がどんな奴かは知らないが、何故ボクと比較するのか。
「なんでボク?」
「だってあの教官、多分僕より弱いよ。兄さんよりも弱い」
「お前にとってかっこいいの基準って強さなわけ?」
「弱くてかっこいい男の人っているの? かっこいいって要は子供を作る相手に相応しいか否かって話だろ? 僕、子供産むなら僕より強い男の人の子供がいい。でないと出産と育児で弱った時に子供を守ってもらえないじゃないか。あ、パパより頭が良い人なら僕より弱くてもいいかな?」
「あ、そう……」
やっぱりこいつの基準ずれてるな……。
というか、情緒が育ってないのか。言ってることが野生動物のそれだ。
「多分お前の知り合いの言っているのは顔の美醜の話だと思うけど?」
「役立たずの美形より有能な不細工の方がよくない? 顔なんて傷一つつけばおしまいなんだからさ」
「お前は……まあ、お前の価値観に口を出すつもりはないけど」
話が合わないわけだ。そもそも根本的な価値観が違う。
生き残ることを第一に暮らしてきた山育ちと、平穏な街の中でぬくぬくと過ごしてきた奴等と話が合うわけがない。
そりゃ友達も出来ないわけだとため息をつきながら、出来上がった食事を皿に盛っていく姿を眺める。
どうやら一緒に食事をとるつもりらしく、二人分の食事がテーブルに並べられていく。これもまあ、いつものことだから口出しはしない。
「ねえ、兄さんより強い人か、パパより賢い人っている?」
「居るに決まってるだろ」
「じゃあ子供産みたくなったら紹介してよ。お金貯まったら早めに産んでおきたいんだ」
「……お前自身が子供のくせに何言ってんの?」
「もう産める年だけど」
「村じゃそうだったかもしれないけど、町じゃ早すぎる。せめて十八を超えてから言うんだね」
「早めに産んでおいた方が歳をとってから楽だって聞いたんだけどな」
吹き出しそうになったのを何とかこらえ、良いから食事を摂れと無理やり話題を終わらせる。
士官学校の座学に『一般常識』という科目を増やすべきだとヴァンに進言する必要があるかもしれない。
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