君が馬鹿で良かった。(02)
あいつがボクの部屋に突撃してくるせいで顔はちょくちょく見ていたのだが、六神将を集め細々とした連絡事項を伝え終えたところでヴァンから面倒な提案を受けた。
「たまには妹の様子でも見に行ってやったらどうだ」
ヴァン自身が妹を可愛がっているせいか、どうもヴァンは妹というものはすべからく可愛いがるべき生き物だとでも思っている節がある。
他人の兄弟関係なんぞどうでもいいが、ボクにその法則を当てはめないでもらいたい。
しかし六神将の他の面子もヴァンの提案になんら疑問を抱いていないらしい。あるいは興味がないのか。
ため息をついたボクがヴァンの提案を断ろうとしたところで、ラルゴがちょうどいいと言わんばかりに声を上げた。
「なんだ、士官学校に行くのか。俺も覗いてみたいと思ってみたところだ。一緒に行こう」
「……勝手に行けばいいだろ」
「シンクの妹が居るなら書類上の成績だけじゃなく、人柄なんかも聞けるだろう? 最近入ってくる奴等はどうも骨がなくてな。今は弱くても向上心があるなら引き抜く価値はある」
つまりルビアを紹介するためにボクが同伴することは決定事項らしい。勝手に今後の予定を決められたことが面倒でたまらない。しかしここで断ってもまた別の面倒が発生しそうだ。
どうもラルゴは家族というものに理想を抱いている節がある。後々余計なお節介をかけられるよりはさっさと済ませてしまった方が良いだろうと思考を切り替えた。
ついでに教官の指導方法についても観察してみるか。無能なら首を挿げ替える必要がある。連携の仕方くらいさっさと叩きこめ、まったく。
ラルゴと連れ立って士官学校へと足を伸ばす。戦闘訓練をするだけあって多少町の中心部からは離れてはいるものの、馬車を使えばさほど時間もかからない。
こういう時ある程度の立場を得ているのは便利だなと思いつつ、事務所に顔を出して今の訓練生の様子を聞けば、ちょうど外で訓練をしているところだという。
見学を申し出れば緊張気味に野外訓練場へと案内された。
「妹とは仲が良いのか?」
「別に。一緒に育ったわけでもないしね。休みの度に突撃してくるのが鬱陶しいくらいさ」
「向こうはお前と仲良くしたいということだろう? 余り無碍に扱ってやるな」
「突然現れた妹に無遠慮に距離を詰められておきながら仲良くしろだなんて無茶言わないでくれる。適度な距離感ってものを知ってほしいね」
そうしてボクに近寄らなければなお良い。
皮肉たっぷりに言ってやったのに、ラルゴからは何故か生温い目で見られた。絶対に誤解されている気がする。
「それでも、家族だろう?」
「あんたの理想を押し付けないでくれない? ボクはそんなもの要らない」
ラルゴの言葉を切り捨て、野外訓練場へと足を運ぶ。
そこには整列する訓練生と、それに指示を出す若い教官。そして少し離れたところでそれを見守る壮年の男が居た。
若い方は知らないが、壮年の男の方は見覚えがある。案内役の事務員に手を振って帰るように指示をした後、男──ロランへと声をかけた。
「さぼり?」
「これはシンク様にラルゴ様。お久しぶりです」
ロランは以前第五師団に居た男だった。オールラウンダーな彼は元々士官学校によく呼ばれていたのだが、昨年年齢を理由に退役した後は士官学校に再就職したと聞いている。
人当たりもよく武器も一通り扱える。ソロでもパーティでも使える男は結構に重宝した記憶があった。
「さぼりではなく新人の指導中ですよ。まあ私が見ているのは訓練生ではなく教官の方ですがね」
「そ。見込みは?」
「熱意はあります。ただ柔軟さが足りない」
「ならお前が叩いてやるしかないね。折れるならそこまでだ」
「相変わらず厳しいことを言う」
ボクの言葉に苦く笑うロランの視線が訓練生たちの方へと向けられる。
釣られるようにボクらもまた同じ服を着た生徒達へと視線をやれば、数人ごとに別れているところだった。パーティを組んでいるようだ。
その中に緑色の頭を見つける。遠目に見てもあの髪色は目立つ。それに仮面も付けているとなればなおさらに。
少し迷った後、剣士が一人と杖持ちが二人のパーティに紛れ込むことに成功していた。
「シンク様、お聞きしても宜しいですか?」
「なに」
「あの緑の髪の少女……ルビアというのですが、シンク様の血縁かなにかで?」
「……聞いてないの?」
「生憎と何も」
「そう。妹だよ。存在を知ったのは最近だけど」
「然様でしたか。どおりで。シンク様がご指導を?」
「存在を知ったのは最近だって言ったろ。第二十九地区出身、山育ち」
「ああ、なるほど。それで」
あいつ、ボクのこともここじゃ話してないのか。
ボクの返答で疑問が解決したらしいロランは顎を撫でながら思案顔になる。
「なに? 問題児?」
「シンク様のご家族を貶すつもりはありませんが……問題児と言えば問題児ですな」
「別にボクに遠慮する必要はない。問題を起こすならぶん殴ればいい」
「ご冗談を。自分より強い相手に立ち向かえる無鉄砲さが持てるのは若いものの特権ですよ」
そう言ってロランが豪快に笑う。
それに対して今まで聞き役に徹していたラルゴが口を挟んだ。
「ほう。強いのか?」
「下手な兵士よりよほど。ただその分、弱い人間の気持ちが解らない。山育ちと聞いて納得しました。ずっとソロで戦っていたのでは?」
「ご名答。山の巡回と不審者の捕縛はあいつの仕事だったらしいよ」
「身軽なわけだ」
「なるほどな、パーティ戦ができないのか」
「教官と相性が悪いというのもあります。あれはまだ新人な分、強い人間の気持ちが解らない」
生徒たちに指導する教官の声がここまで届いてくる。
背後にいる一般市民を守ることを想定した模擬戦。最適行動をとれるか否か判断すると、はきはきとした声が伝えていた。
ルビアの混じっているパーティが一番最初に前に出た。合図と共にルビアが突っ込んで相手のパーティを無力化する。その時間は三分もかかってない。
まあさっきの指示ならそうなるだろうな、と納得するのと同時に教官がルビアを叱りにかかる。他のパーティメンバーも不服そうにルビアに文句を言っていた。
しかしルビアは何故叱られているのか解っていないようだった。叱られながら首をかしげている。
「確かに、相性が悪そうだ」
「好意的に解釈するなら型にはめ、同じレベル帯の奴等をまとめて指導するのはよく出来ている……と、言えるだろうな。ド素人を軍人に仕立て上げるなら最適だ」
「けど柔軟性が足りない」
だからルビアみたいな最初から強い奴と相性が悪い。
ロランがため息をつき、ルビアを叱り続けている教官の方へと足を向ける。
説教を中断させて何かしら言っているが、ヒートアップした男はルビアを指差して怒り続けていた。
「さっさとシンクのところで引き取った方が良いんじゃないか」
「依怙贔屓しろって? 冗談」
「だが実力的には既に師団員の中でも上位レベルだろう?」
「入れるとしても連携と規律を叩き込んでからじゃないと無理だ。敬語も碌に使えない。だから士官学校に入れたってのに」
ため息をついて頭をかくボクにラルゴがまた微笑ましそうな顔になった。
「引き取る気はあるんだな」
「閣下から手綱を握るように言われてる」
「確かに、じゃじゃ馬だな」
ボクとラルゴの視線の先ではルビアが若い教官に言い返し、殴られそうになったのをひょいと避けて逆に蹴っ飛ばしていた。
規律もなにもあったものじゃない光景だ。ここが軍の訓練校だって解ってんのかアイツ。
「だがここで腐らせるにはあの身体能力は勿体ないだろう。シンクが嫌なら第一師団で引き取っても良いぞ。総長には俺から言っておく」
「こっちにも事情があるんだよ。ったく……」
呆れていたところでラルゴから予想外の提案を受けた。ルビアをラルゴのところに引っ張られるわけにはいかない。素顔を見られたら面倒なことになる。
仕方なしにボクも足を向ければ、若い教官がルビアに向かってまた怒鳴りつけていた。が、ルビアはそっぽを向いて欠片も聞いちゃいない。
大方自分より弱い男の言うことなんて聞く気もないのだろう。ロランが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。
なんとも頭が痛くなる光景に今すぐ踵を返したい気持ちを堪えながら近寄れば、ボク等に気付いたルビアが小さく笑う。跳ね上がって喜ばないあたり、ボクたちの存在には気付いていたらしい。
「ロラン、さっさとこの事態を何とかしろ」
「無茶言わんでください、シンク様。いっそのことシンク様のところで引き取ってもらえませんか。基礎は教えました。覚悟の類はとっくにできてる。あとは実地で教えた方が早いです、確実に」
「だろうね。ラルゴともそう話していたところさ」
またため息が漏れる。ロランの言葉に若い教官がボクを睨みつけた。
それでもボクに向かって怒鳴りつけないだけの理性はあるらしい。ロランがボクとラルゴのことを生徒たちに説明するのを横目に、若い教官に声をかける。
「名前は?」
「サットンです」
「そう。サットン、ルビアは第五師団で引き取る。手続きを」
「それはできません」
きっぱりと告げるサットンに仮面の奥で眉をしかめる。
こちらの方が地位は上だと言うのに、どうやら噛みついてくるつもりらしい。ロランの言う通り、熱意はあるようだ。
「理由は?」
「基礎しかできていません。独断専行が過ぎる。とても軍でやっていけるとは思えません」
「お前の指導不足をこっちで尻ぬぐいしてやるって言ってるのに随分と大口叩くじゃないか」
「ですからこちらで充分叩き込んでから」
「ああ、ボクの言い方が悪かった。お前の教え方が下手くそだからこっちで引き取るって言ってるんだよ。解ったら黙ってろ」
ボクの言い方にカチンときたらしいサットンが顔をしかめる。
サットンが何か言う前にルビアを指で呼べば、忠犬宜しく近寄ってきたルビアに命じた。
「さっきの模擬戦、単独で突っ込んだ理由を述べろ」
「敵はさほど強くない。でもパーティメンバーにとっては同等。なら一番強い僕がさっさと敵を倒して、後方で一般市民を守ってもらったほうが確実だと思ったから、です」
想像通りの返答を聞いたボクの横でサットンがルビアに噛みつく。
サットンはパーティメンバーとの連携し、敵と戦うことを想定していたのだと言う。つまり剣士が前に出て、ルビアがかく乱し、後衛がその援護をしつつ火力を担う。
お手本みたいなパーティ戦は同レベル帯の兵士が集まっている場合の最適解ではある。実際、サットンや他の訓練生が思い描いていたパーティ戦はそれなのだろう。
まったく、視野が狭い。
「サットン」
「っ……なにか」
「あの指示の出し方じゃボクだってそうするね。お前の想定していた結果にならなかったからって怒鳴るな、見苦しい」
「みぐ!?」
「一人だけ高レベル帯の人間が戦闘を請け負い、残りが非戦闘員の護衛を請け負う。これも充分連携の内だと思うけど?」
「ですが!」
「そもそもルビアは一人だけレベルが高い。それを訓練生の中に放り込むなら最初から補佐に回るよう指示するなり、パーティリーダーの権限を与えるなりする方が効率的だ。その方が嫌でも視野が広がる。お前の柔軟性が足りない皺寄せを訓練生に押し付けるな。それじゃ育つものも育たない。田舎から出てきた、最初からある程度レベルのある奴等が潰されるのはこっちとしても不本意だ」
「……シンク様のお言葉はごもっともです。しかし軍に入るのならば一兵士として周囲に合わせることも出来なければ」
「だから、その合わせるための指導方法が下手くそだからこっちで引き取るって言ってるんだよ。お前耳と頭ついてる?」
噛みついてくるサットンにイライラし始めたところでロランが間に割って入ってきた。
まあまあとボクとサットンを宥め、どうせならばと一つ提案をしてくる。
「要は同レベル帯の兵士と連携が取れればいいという話でしょう。シンク様とパーティを組み、ラルゴ様と戦う。これでいかがです?」
「ふうん。野外訓練はもういいわけ?」
「強者の戦闘を間近で見られる。下手な模擬戦より得るものは多いでしょう。未だ対人戦を知らない訓練生たちが戦いというものを肌で感じられる機会は多くありません。実戦を前にそれを肌で感じられるチャンスを逃す方が愚かです」
「そういうことならボクは構わない。ラルゴ、あんたは?」
「俺も構わんぞ。楽しそうだからな。ルビアだったか。胸を貸してやるから本気でかかってこい」
「ほんと? やったーー!」
「敬語!!」
胸を叩いて請け負うラルゴにルビアが飛び跳ねて喜ぶ。
ボクの叱責に身を縮めながらも話がまとまったところで訓練生たちが訓練場の隅へとぞろぞろと移動していった。
中にはルビアを睨みつけている者も居る。よっぽど嫌われていたらしい。
準備運動をするラルゴと相対しながら僕も軽く身体をほぐす。ルビアとはたまに連携訓練をしていたから、まあ酷いことにはならないだろう。
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