君が馬鹿で良かった。(03)
「ルビア」
「なに?」
「ラルゴが強いのは解るね?」
「うん。防御力も高そう。スピードはないけど一撃が重いタイプじゃないかな」
「正解。付け足すなら攻撃範囲も広い。一度鎌を振り上げたら防御じゃなく十分な距離をとって避けるべきだ。お前がすべき行動は?」
「兄さんの指示を聞く」
「間違っちゃいない。何でそう思った?」
「兄さんが上官だから」
「よろしい。次、お前ならどう攻めるのが最適だと思う?」
「兄さんがメインアタッカー。僕は援護」
「理由は?」
「僕の方が一撃が軽いからダメージが通りにくい。山なら隠れたところから弓で首か頭を狙うけど、相対するなら相性が悪い。けど兄さんの攻撃なら通るだろ? それなら僕は援護に回った方がいい。譜術はまだ簡単なのしか使えないから目くらましと割り切る。弓でかく乱しつつ、可能なら視界外からナイフで攻撃できればダメージリソースにはなりえると思う」
「うん、合格」
自分の力量も把握出来ている。現状分析は充分だろう。
拳を掌に打ち付ければ、ラルゴの準備も出来たようだ。
「ボクが譜術を使う時はお前が突っ込め」
「はい!」
準備を終えて相対したところで、ロランが合図を皮切りに一気に距離を詰めて蹴りを叩き込む。避けるまでもないと腕で防御をされた。
体格差もある。パワーも圧倒的にラルゴの方が上。その上硬い。確かにボクやルビアみたいなタイプとは相性が悪い。
しかしだからといって攻略法がないわけじゃない。スピードと手数で攻めるのが最適。
反撃する余裕を与えないように連撃を叩き込む傍ら、ラルゴが降り上げようとした鎌に視界外から弓が当てられた。解りやすいけん制にラルゴの口端が上がる。
その鎌を足場に飛び上がり、首に膝を叩きこもうとしたのだが流石に避けられた。やはり急所は喰らいたくないらしい。
そこに振ってくるタービュランス。味方識別の施されたボクにはただの風だしラルゴにもダメージらしいダメージはないが、視界を遮るだけなら十分。
上に飛び上がって背後からもう一度首を狙う。頸動脈を狙ったのに、僅かに体を捻って致命傷を避けられてしまう。当たったのはラルゴの肩だった。
それどころか腕が振るわれ、巨木のような腕がボクを振り払う。まともに喰らえばまだ子供のこの身体は簡単に吹っ飛ばされるだろう。けれどうまく使えば離脱に使える。腕を足場にその場から飛びのく。
「良い連携だ!」
「ルビア!」
「はい!」
楽し気にラルゴが吠えた。
ラルゴの腕から逃れたところでそのまま距離をとり、前衛交代。
ナイフを抜いたルビアが突っ込む横で音素を集めて詠唱を開始する。スピード重視の無詠唱でもいいが、威力が落ちる。それに訓練生に実戦を見せるためならば何をしてるか解らせるためにも短縮詠唱の方がいいだろう。
「雷雲よ刃となれ!」
パリ、という軽い音と共に電流が肌の上を駆け巡る。ラルゴの上に収束した音素が紫電をまとった刃の形を得たかと思うと、断罪の刃となってそのまま振り下ろされる。
流石にまずいと思ったのか避けようとしたラルゴにルビアが突っ込む。恐らく足止めをしたかったのだろうが、ルビアの軽い身体は簡単に吹き飛ばされた。
が、空中で体勢を立て直し、またラルゴに突っ込んでいく。猫みたいな奴だな、と内心思いながらも続けて詠唱。
足止めも兼ねてグラビディを放ちたかったのだが、ラルゴのターゲットがボクに移った。即座に詠唱をやめて離脱したところで、ラルゴのこめかみ目掛けて矢が飛来する。相変わらず急所を狙うことに躊躇いがない。いいことだ。
「むっ!?」
「そこ!」
とはいえ訓練生用の矢だ。矢じりはついていないし、致命傷には至らない。ラルゴから言わせれば精々鬱陶しい虫程度の威力しかない。
矢を腕で振り払った隙を狙って顔面に拳を叩き込む。額に入った拳は確かに手ごたえがあった。が、浅い。
聞こえる詠唱はセイントバブル。弾ける無数の水塊は、やはり微々たるダメージだ。しかしラルゴがボクを捕まえようと伸びてきた腕から逃れるには充分。
また距離をとるボクの目の前で、水塊によるダメージなど存在しないとでもいうように大鎌が降り上げられる。一撃でも食らえば戦線崩壊しかねない死神の鎌が持ち上がった。
「もらった!」
「そう、それでいい」
鎌を振り上げるラルゴの背後に、ルビアがナイフを構えて突っ込んでいた。死角からの一撃必殺は山育ちのルビアが最も得意とする戦法だろう。
鎌が振り下ろされるよりも先にラルゴの肩に乗り上げ首に組み付いて、その頸動脈にぴたりと刃先が宛がわれ、
「そこまで!!」
その刃が肌の上を滑るよりも先に、ロランの声が響いた。
途端に手綱でも引かれたかのようにルビアの手が止まる。どうやら上官の言葉に即座に反応できる程度にはいろいろと叩き込まれているらしい。
ラルゴもまた鎌を下ろし、その首に足を引っ掻けて組み付いていたルビアがバランスをとるためによろめいた。
「はっはっは! 二人とも速いな! 流石に揃ってちょこまかされると追い付けんわ!」
「ちょこまかって何さ、ったく。ルビアもさっさと降りな」
「はい!」
返事だけは一人前だな。
ラルゴの背後に飛び降りたルビアが足取りも軽くボクに歩み寄ってくる。仮面をつけた顔はその目が見えなくても何を言いたいのか解る。
さあ褒めてくれといわんばかりの雰囲気を隠しもしないルビアにため息をぐっと堪えた。
「悪くなかった。譜術、さっさと威力上げられるようにするんだね」
「はい!!」
「新兵なら十分すぎるだろう。弓の精度も良い。状況判断も的確だ。パワーが足りないのが残念だが、スピードで補えている。うちに欲しいくらいだ」
そう言って鎌を背負いなおしたラルゴがわしゃわしゃとルビアの頭を撫でる。が、ぐわんぐわんと頭が揺れていた。
ラルゴも手加減をしているのだろうが、それでもルビアが小さすぎるのが原因だろう。
ラルゴが手を離しても、くちゃくちゃになった髪のままルビアは放心していた。ぼけっとしたまま反応を返さないルビアに思わずラルゴと一緒に顔を覗き込む。
「どうした? 痛かったか?」
「ちょっと、何呆けてんのさ」
「パパ……」
「ああ、父親思い出しただけか」
多分仮面の下では今頃目に涙が溜まっているのだろう。
小さく震えながらぐずぐずと鼻をすすりだすルビアを置いて見学していたロラン達の方に歩み寄る。
訓練生たちがビクついているのを無視し、サットンにこのままルビアを引き取るから手続きをするように再度命じる。
「……解りました。第五師団で間違いないでしょうか」
「そうだよ。そのまま書類受け取るから」
「早急に用意します」
踵を返すサットンを見送ってから、ロランが訓練生たちに向かって声を張り上げる。
先程の模擬戦を見て何を感じたか、急所を狙うのに躊躇ってはいけない理由などをとつとつと語っている。ルビアを睨んでいた生徒も今では真剣にロランの言葉を聞いていた。
切り替えは出来ている。あとは経験を積んで、何度か死線を潜り抜ければ兵士としてもやっていけるだろう。
最後に貴重な機会なのでボクに対して質問があればすると良いと言ったあたりで、さっさとこの場から離れるべきだったと後悔したけれども。
「詠唱短縮のコツはありますか?」
「その譜術を完全に理解し、音素を十全に扱える自信がつくまでやらないこと」
「模擬戦でも相手を殺してしまったらと思うと怖いのですが、容赦なく戦えるようになるにはどうしたらいいですか?」
「いっぺん郊外に魔物狩りでも行けば? そこで死にかければ躊躇いなんてなくなるよ。相手を気遣ってる時点で戦闘に向いてないね。そもそも訓練生の模擬戦程度じゃよっぽど死者なんて出ないから不要な心配だよ」
「咄嗟の判断に迷う時はどうしたらいいですか?」
「軍事行動中ならまず上官の判断を疑うな。訓練ならひたすら数をこなせば嫌でも迷わなくなる」
「はい! シンク様みたいに強くなるにはどうしたらいいですか!?」
「ザレッホ火山でも行けば。命の保証はしないけど」
「師団長に訓練をつけてもらったらルビアみたいに強くなれますか」
面倒な質問に答えていたところでルビアの名前が出て思わず口を噤む。
が、所詮それだけだった。
「ボクはあいつに訓練を付けた覚えはない。連携訓練に付き合わされることはあったけどね」
「じゃあ何でアイツあんなに強いんですか!? おかしいでしょう!」
「何もおかしくない。お前らがトモダチと遊んでいる幼少期にアイツは狩人から弓を習ってナイフを磨き、レンアイだの流行りの小説だのに現を抜かしている間にもアイツは山で潜伏している犯罪者を捕縛し、魔物と戦ってきた。それだけだ」
ボクの返答に質問した訓練生が口を噤む。悔し気に下唇を噛み締める姿に笑みを作る。
「悔しかったらお前も血反吐を吐くくらいに鍛えればいい。寝食を限界まで削って、余暇を全部訓練に回せ。生きるか死ぬかの瀬戸際で常に武器を握り締めて生きろ。そうすれば追い付けるかもね。まあその分常識も何もかもなくすだろうからそれでもいいなら、だけど」
「……常識は欲しいです」
「だろうね。正常な判断だ。ボクも常識知らずの新兵は面倒だからそのままでいろ。例外はあれだけで充分だよ」
ため息交じりのボクの発言に訓練生たちがドッと笑った。
空気が弛緩したところでロランが手を叩いて場を切り替える。
「要は強くなりたければたゆまぬ訓練が必要だということだ。シンク様の言う通り、ルビアは例外だから自分と比べなくていい。育った環境が違いすぎるから比較にならん。個としての強さはルビアが飛びぬけているが、そもそも同じレベル帯の人間と連携をとってパーティ戦を挑めるのがお前たちの強みで、軍の強みとは数だ。その点でいえばルビアよりもお前たちの方が優れていると言えるし、俺達が教えているのはそういうことだ。それを忘れないように」
「「「はい!」」」
ロランが話を締めたところでサットンが書類を持ってやってくる。
間違いがないか確認をしてサインをしたところでようやく事務手続きが終わった。これでルビアを引き取れる。
後は神託の盾の訓練場に放り込んで揉ませるしかないだろう。それでもここみたいに孤立はするだろうけど。
ロランとサットンに神託の盾本部に帰ることを告げ、ラルゴにも声をかけるためにそちらを見やる。
そちらでは何故かラルゴがルビアを肩車して遊んでいた。人が働いている間に何やってんだあいつ等。
「……何してんのさ」
「ん? ああ、少し遊んでいた。話は終わったか?」
「まあね。ルビア、お前は第五師団で引き取ることになった。私物を回収してきな」
「兄さんの師団に行けるの? やったぁ!」
「喜ぶな。士官学校だとお前の存在は面倒すぎるからボクが引き取ることになってるってのに」
「良かったなぁ。第五師団に慣れたら第一師団にも遊びに来るといい。稽古をつけてやろう」
「ありがとう、ラルゴ様! 絶対遊びに行くからね!」
「行くな。はしゃぐな。さっさと動け」
「はぁい!」
ラルゴの肩から降りたルビアがラルゴに礼を告げ、意気揚々と校舎へと走り出す。
そこであることを思いだしたボクは、その背中に向かって声を張り上げた。
「ああ、それが終わったら訓練場周辺を十周走ってこい。あと今日は夕食抜き!」
「えぇ!? なんで!?」
「上官に対する暴力と敬語が使えてない罰に決まってるだろ!」
「模擬戦は兄さんだって納得してたじゃないか!」
「そっちじゃない。サットン蹴っ飛ばしてただろ。お前より弱かろうがあれは教官でお前より上官なんだよ馬鹿!」
「そんな!」
「はっはっは! 頑張れ! 上下関係は大事だぞ!」
ショックを受けるルビアにラルゴが笑う。
先程とは真逆ににしょんぼりと肩を落として校舎に向かうルビアに、やり取りを聞いていた訓練生たちがまた笑っていた。
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