君が馬鹿で良かった。(04)
「早い気もするが、まあよかろう。実力が伴っているなら何も言うことはない」
神託の盾本部に帰還してヴァンに報告をすると、書類を受理したヴァンにそう言われた。
ただ生温い目でこちらを見ている辺り、言葉にしていない思惑が透けて見えている。決して好きで引き取ったわけではないというのに。
「どう運用するつもりだ?」
「戦闘好きの奴等の中にでも放り込むさ。あいつは自分より弱い奴の言うことは聞かないみたいだからね」
「まるで野生動物だな」
「事実その通りだよ。行動原理が獣と一緒。それなのに下手に賢いからたちが悪い」
腕を組んでため息をつくボクにヴァンは頷き、制御は出来そうかと聞いてくる。
一応ボクの言うことは素直に聞くと言えば、合格ラインに達していたのかならば良いとだけ返された。
「繰り上げ入団は肩身が狭かろう。いくつか任務を見繕っておこう」
「実力を見せつけてうるさい奴等を黙らせる機会をやれって? そこまでしてやる義理はある?」
「繰り上げさせたお前の実力も疑われるぞ。妹を依怙贔屓したと思われるよりお前の意向に合っていると思うが?」
反論の言葉が詰まった。ただでさえ子供が師団長をしているということでうるさい奴等が多いのは事実。
そこにルビアのせいでまた文句をつけて来る奴が増えるとなれば面倒が増えるに違いない。
「野生動物の手綱を握れるのは自分だけだと師団員に教えてやれ」
「……わかったよ。はぁ」
「ふっ。懐かれるのは慣れないか?」
「鬱陶しいだけだね」
「そう言ってやるな。それに慣れれば可愛いものだろう?」
「全然。兄さん兄さんって、騒がしい上にやかましい」
「確かに、話を聞く限りおしとやかなタイプではないな」
朗らかに笑うヴァンにため息を零し、そのまま退室する。
窓から外を見ればだいぶレムが傾いていた。食堂で食事でも摂って部屋に帰ろう。事務仕事は溜めこんでいないから明日処理しても問題ないだろう。
そう思って食堂に足を向ければ、そこは食事を摂りに来ている師団員でごった返していた。
人ごみの鬱陶しさに舌打ちをもらしそうになりながらも適当な品を皿に放り投げてパンを引っ掴む。
バイキング方式は楽でいい。どうせ腹に入れば一緒なのだ。
空いている席はないかと食堂を見渡していると、テーブルの一角がまるでサークルでもできているかのように空いている。
嫌な予感にその中心の人物を見れば、食事も忘れてべらべらと何か喋っているディストとそれに対して相槌を打っているルビアがいた。
だから、どうして、そんなピンポイントで面倒なところに突っ込んでいくんだ……!
「ちょっと、やかましいよ」
近づいてみれば案の定フォミクリーについて話していたので、割って入って話を中断させる。
理解できる人間は少なかれど、一応フォミクリーは発案者であるバルフォア博士によって禁忌指定されている。
ダアトで復活していることは秘匿事項なのだからこんな往来で話していいことではないというのに。
「あ、兄さんもご飯?」
「お前は水だけか」
「兄さんが罰としてご飯抜きって言うから……」
そこはちゃんと守るのか。しゅんとするルビアにそんな感想を抱く。
ディストが何をやらかしたのか聞いているのを横目に席に着く。人目は気になるが、ここまでくればもう一緒だ。それならさっさと腹に詰め込んでしまいたい。
「なるほどなるほど。それならばこのディスト様の話し方を真似すると良いでしょう!」
「そっか! 確かにディスト様ずっと敬語だ!」
「これの真似はしなくていい。むしろ近づくな」
「なんで? ディスト様話してて面白いのに」
「そうでしょうそうでしょう! 貴方もなかなか賢いですよ。この私の話についてくることのできる人間はなかなかいませんからねぇ! シンクのところから追い出されたら是非第二師団においでなさい。色々と教えてあげましょう!」
「もう。僕今日入ったばっかりなのにもう追い出される話しないで! 意地悪!」
「意地悪じゃありません。勧誘です」
「追い出すならダアトから追い出すに決まってるだろ馬鹿」
「だから追い出さないでってば!」
「だったら敬語くらいまともに使えるようになってくんない?」
「むぅ、じゃあディスト様の真似する。しばらくディスト様のところ通ってもいい? ですか?」
「ええ、歓迎しますよ!」
「するな。行くな。近寄るな。何かあったらボクが呼び出されるんだから大人しくしてろ馬鹿」
「心の狭い兄ですねえ。本当にシンクが兄で良いんですか?」
「良いも何もシンクは兄さんだろ?」
メガネのブリッジを押し上げながら問いかけるディストに対し、当然のようにルビアが返す。
恐らくヴァンからボクとルビアの関係も聞いているのだろう。内心何を考えているのか。こんな失敗作を兄と呼ぶなんて奇特な奴だとでも思ってるのかもしれない。
スプーンを動かし、食事と共に苦いものを呑み込む。そうだ。兄と呼ばれようがボクは所詮レプリカで、失敗作でしかない。それを兄と慕うこいつが異常なんだ。
兄が欲しいならイオンを慕えばいい。どうせ一師団員が導師と話すことなんて出来ないんだから、遠くから眺めるだけで終わるんだし。ああ、なんだか腹が立ってきた。
「ボクはお前みたいな妹なんか要らない」
そう告げた声は思っていたよりも冷たいものになった。固まるルビアを無視し、食事を詰め込み水を飲み干して立ち上がる。伸びてきた手を避けながらさっさと食堂をあとにする。
兄さん、と呼ばれた声は無視した。ボクを、兄と呼ぶな。まがい物のこの身を慕っていたとしても、幻想みたいなものだ。父親を失って、ボクしか縋る相手がいないから呼んでるだけだ。
戦闘馬鹿の集団に放り込めば、ルビアだって友人の一人や二人出来るだろう。あそこの判断基準は強いか否かだ。世間知らずだろうが関係ない。腕が立つならば仲間として迎えられる。
そうして自分の居場所を作ればボクのことなんてすぐに忘れるに決まってる。だったら今の内から突き放しておけば、ルビアだってすぐそっちに馴染むだろう。ボクの元に来ることだってなくなるだろう。
「兄さん! 兄さんってば!」
「うるさいんだよ!」
追いかけてきたらしいルビアに腕を掴まれたがそれも振り払う。
振り返れば情けなく口元を歪めたルビアがこちらを見ていた。仮面で目元は解らないが、泣きそうな顔でもしているのかもしれない。
「所詮お前とボクは出会って一年も経ってないんだ。それなのに兄さん兄さんと、部屋まで押しかけてきて、鬱陶しい!」
「ご、ごめ……」
「ヴァンに言われなきゃお前の面倒なんて誰が見るか! 幸いラルゴやディストから勧誘を受けてるんだ。お前からそっちに行ってくれるなら大歓迎さ!」
「しんく、にいさん……」
「ねえ、何回言ったら解るわけ? ボクを兄と呼ぶな」
「でも、兄さんは、兄さんで」
「お前の家族ごっこにボクを巻き込むなって言ってるんだよ。頭の悪い奴だな」
舌打ちを漏らせばルビアの手が持ち上げられ、しかし行き場をなくして自分の服をぎゅうと掴む。
今にも泣き出しそうなのか、唇が小さく戦慄いているのが見えた。
胸の内がぐるぐるする。こんな感情は知らない。ああ、イライラする。
「だいたいお前はまだ一般兵なんだ。師団長であるボクになれなれしく話しかけてくるんじゃな」
「兄さんのばか!!!」
ボクが言い終わる前にルビアが自分の仮面を外してボクにぶん投げてきた。
まさかそんな暴挙に出るとは思っていなかったため、避け損ねた仮面がカァンといい音を立てながらボクの仮面とぶつかる。
ひっくり返りそうになった身体を慌てて立て直したところで、素顔のままのルビアが廊下を駆けていくのが見えた。
アイツ、素顔のまま行きやがった!!
「待て! 顔かくせ馬鹿!!」
慌てて仮面を拾って追いかけるが全力疾走しているせいでなかなか追い付けない。幸いすれ違う人間は居なかったものの、窓から飛び出していった小柄な体を追いかける。
ボクよりもスピード型の人間はなかなかいない。そのせいで追い付けないということ自体、滅多にない。胸中があらぶってるのはそのせいに違いない。
手を伸ばしても触れそうで触れられない背中に焦燥感が募る。何でボクがあいつを追いかけなきゃいけないんだ。遠ざけたかった筈なのに!!
「ルビア! 止まれ!!」
ボクの声にもルビアは足を止めなかった。
あいつがボクの言うことを聞かなかったのなんて初めてで、それほど感情的になっているのだと知る。
どれだけ強かろうが所詮は十三歳だ。頭を撫でられただけで亡くなった父親を連想して呆然とするような、未熟な精神の持ち主。
また舌打ちを漏らしたボクの前でルビアが屋根の上へと飛び上がる。その程度で振り切れると思ったら大間違いだからな!
「ルビア!」
「シンクなんか知らない!」
耳に届いた涙声は、もうボクを兄と呼んでいなかった。
二人で屋根の上を駆けまわる。気付けばもうレムは顔を隠していて、ルナが顔を出し始めている。
人目がないことだけが幸いで、それでも神託の盾本部を飛び出して教団の方まで来てしまっている。
夜になったとはいえまだ寝静まるという時間ではない。だいぶ高いところまできたが、それでも窓越しに覗きこまれれば終わりだ。人に見られたらまずい。
「この……っ! じゃじゃ馬が!!」
腕に付けていた紐をほどき、足に向けて投げつける。
案の定足に絡みついた紐に、ルビアは盛大にスッ転んだ。顔面から突っ込んだけど知るか。
立ち上がって逃げようとするルビアの腕を掴み、膝に手をついて息を整える。これだけ全力疾走したのなんていつぶりだろうか。
肩で息をするボクの横でルビアもまた胸を上下させながら……それでもボクから逃れようと藻掻いていた。
「やだ! 離して! シンクの馬鹿! ばかばか、ばーーか!」
「五歳児より語彙力ないな……」
「ンイィイイイィイイ!!」
「何それ鳴き声?」
あまりにも拙い罵倒に一気に力が抜ける。
ボクの腕をはがそうと必死になっているが、力はこっちの方が上だ。絶対に離してなんかやらないからな。
「ほら、仮面」
息も落ち着いてきたところで未だ無駄なあがきを続けるルビアに仮面を差し出す。
ルビアは仮面を見て、ボクを見て、そのままそっぽを向いた。カチンとくる。
「ここで働くなら顔を隠せってヴァンに言われてただろ」
「知らない」
「素顔で働くつもり?」
「兄さんがいないとこで働くつもりなんてないし」
「そ。ダアトから出てくって?」
「……そうだね、マルクト行く」
「はっ! 嫌なことがあったらすぐ逃げ出すような甘えた根性で働けるわけないだろ。野垂れ死ぬのがオチだ」
「それでも! それでも……側にいるのに、家族じゃないなんて言われるなら出てく!!」
導師イオンと酷似した顔で、涙目になりながらこちらを睨みつけて来るルビア。
そのフェイスラインはボクのものよりもまろやかで、瞳は僅かに大きい。首筋は細く、喉仏はない。小柄な体を包む大きめの軍服を脱げば多少の凹凸が出始めていることを知っている。
ボクと違うオリジナル。被験者の妹。そう、ボクの妹じゃない。これは元々ボクに与えられるものじゃない。
「……お前は、」
言いかけたところで、蝶番の軋む音がした。
しまった、と後悔してももう遅い。ルビアに集中しすぎた。周辺への警戒を怠っていた。
慌ててルビアを腕の中に抱き込んで顔を隠す。慌てて音のした方を見れば、導師イオンが窓を開けてこちらを見ていた。
最悪だ。
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