君が馬鹿で良かった。(05)



「あの……こんなところで兄弟喧嘩ですか? 危ないですから、やめたほうがいいのでは……」
「むぐ」

 慈愛に満ちた言葉に苛立ちを覚える。
 素早く導師の背後に目を向けるが、導師守護役の姿はない。導師が一人で何をしているのかとまた舌打ちが漏れそうになった。

「ご心配なく。共に神託の盾ですので」

 自分でも棘のある声になったと思うが、気遣うことすら癪だった。敬語を使ってるだけマシだろう。
 それよりボクの腕の中で藻掻くルビアの方が問題だ。状況が理解できていないのか抵抗が強い。

「大人しくしてろ馬鹿!」
「ムィィイイ……ッ!!」

 小声で叱責するもまた訳の分からない鳴き声をあげている。
 例え行動原理が獣でもお前は人間のはずだろうが。

「それより導師イオン、守護役は?」
「あ……アニスは、隣室に。今は一人になりたいと、少し席を外してもらったところで」
「導師イオン? 七番目の?」

 藻掻くのをぴたりとやめたかと思えば爆弾を投下するかのようにとんでもない発言をしたルビアにイオンの顔が強張った。
 慌ててルビアに拳骨を落とす。力加減をせずに殴ったのもあって流石に効いたのか、痛みに身もだえている。そのまま気絶してくれ。

「……シンク、そちらの、方は」
「あんたには関係ない。代替品が知ることじゃない」

 守護役がいないのならばいいだろうと敬語もやめ、震える声を切り捨てればイオンは解りやすく怯んだ。
 声のした方へとそろそろと伸ばされるルビアの手をはたき落とし、これ以上余計なことを喋らないよう顔を胸へと押し付ける。
 息が出来ないのか藻掻いていたが知るものか。これで気絶してくれ、頼むから。
 が、ボクの切なる祈りは誰も聞き届けてくれないらしい。流石に窒息は嫌だったらしいルビアから、勢いよく頭突きを喰らった。

「いっで!!」
「息出来ないだろ! 馬鹿!!」

 もろに顎に喰らったところで緩んだ腕の中からルビアが顔を出した。
 ぜいぜいと息をしながらルビアがイオンを見て、イオンもまたルビアを見て目を見開く。
 これだけ近ければ暗かろうが関係ない。お互いに自分とよく似た顔をしっかりと認識で来たことだろう。

「あなた、は……」
「兄さんも見てたなら止めてよ! 息できなかったんだけど!」
「えっ。あ、は、はい。すみません?? え? 僕が、兄さん?? シンクではなく……?」
「これ以上ややこしくするな馬鹿!!」
「いったい!!」
「ぼ、暴力はいけません! 話し合いましょう!」
「うるっさい! あんたは黙ってて!」
「すみません、でも殴ったらかわいそ」
「この程度で大人しくなるならこっちも苦労してないんだよ馬鹿!」

 またルビアの発言のせいで余計に場が混乱した。これどうやって収集つければいいんだ。
 頭を抱えたいがそんな暇などない。イオンに突撃しようとするルビアの襟首をつかみ、イオンを睨む。
 仮面越しでもボクの怒気は感じ取れたのだろう。肩を跳ねさせるイオンに今度こそ舌打ちが漏れた。

「これはアンタには関係ない。被験者の関係者だからね」
「ぁ……」
「分かったら大人しく口を噤んでな。偽物だってバレて困るのはアンタだろ」
「で、でも……」
「なに? 処分されたいの?」

 ボクの言葉にイオンは青ざめ、怯んだ。
 嘲笑してやればボクとイオンの間にルビアが割って入る。
 解りやすくムッとしている顔にいら立ちが募った。

「喧嘩してるのは僕! イオン兄さんに八つ当たりするのは違うだろ!」
「はぁ??」

 何故そいつを庇うのかと、また腹の底から腹が立ってくる。碌に話したこともないくせに。今が初対面のくせに。
 だいたいボクがしてるのはいじめでも八つ当たりでもない。ルビアの失言の尻ぬぐいで、ただの釘指しだ。
 拳を握ってわなわなと震える。そもそも、だ。

「お前もボクの妹だって言うならイオンを庇うなよ!」
「は? 何言ってるの? 何でシンクって時折馬鹿になるの? シンクが兄さんならイオンも兄さんだし、そもそも僕は家族じゃないって言ったのシンクだろ」

 何を馬鹿なことを言っているのかといわんばかりの口調についに苛立ちが限界を超え、その顔をぶん殴るために拳をふるう。
 が、いつかのようにあっさりと避けられ、ぽかんとしているイオンの顔が見えた。
 それを背景に追撃で蹴りを喰らわせようとするが、身軽なルビアは猿みたいに攻撃を避けるものだから一向に苛立ちは収まらない。

「お前の! せいだろうが!!」
「意味わかんない。どれのこと?」
「全部だよ馬鹿!」
「シンクが勝手に怒ってるだけだろ。僕のせいにするな!」
「それもこれもお前が最初の約束を守らないからこんなことになってるんだろうが!」
「シンクが兄さんだから僕はダアトに来たんだ。だからシンクが兄さんじゃないなら約束なんて知らな」
「あ……危ないからこんなところで喧嘩はやめましょうって言ってるじゃないですか!!」

 身軽にボクの攻撃を避け続けるルビアと口喧嘩を続けていたところでイオンが声を張り上げた。
 二人そろってぴたりと口を噤み、イオンを見る。二人分の視線にびくりと怯えるイオンにルビアが近寄り、イオンの腕をとってぎゅっとしがみついたかと思うとボクに向かって舌を出してきた。イオンはルビアの奇行に理解が追い付かず、目を瞬かせている。ふふん、とルビアが笑った。
 ほんと腹立つなアイツ……!

「聞いてよイオン兄さん、シンク兄さんが酷いんだ。僕のこと要らないって言うんだ。家族なのに。酷いだろ?」
「え? あ、はい。そうですね……?」
「イオンを巻き込むな。お前も理解してないくせに同意するな。こいつが調子に乗るだろ」
「アッ、すみません……」
「謝らなくていいよ。シンクが理不尽なんだ。僕はシンクが居るからダアトに来たのに、兄と呼ぶなって言うなら最初の約束を守る必要もないだろ? それなのに向こうの都合ばっかり押し付けてきてさ、酷いよね」
「えっと……約束を破るのは、いけないことでは?」
「イオン兄さんまでそんなこと言うの!? 酷いよ!」
「えっ、すみません。でも約束は守らないといけないと思いますよ」
「こいつに同意するのは癪だけどね、そもそもお前が約束したのはヴァンだろ。仮にも神託の盾が主席総長との約束を破るような真似をするんじゃないよ馬鹿」
「それも兄さんがいけないんだろ! 僕のこと要らないって言ったくせに! 僕兄さんと一緒に働きたいから頑張ってきたのに!」
「それは……っ」
「家族は大事にしなきゃいけないんだ。イオン兄さんだってそう思うだろ?」
「それは……はい。そうですね。家族は大切です」
「ほら! イオン兄さんもこう言ってる!」
「だからお前も事情も知らないくせに口を挟むな!」
「アッ、すみません……」

 ため息が漏れた。
 つい感情的になってしまったが、少し冷静になってきた。混乱を極めた現状にどうしてやろうかと髪をかきまぜる。頭が痛くなってきた。
 とにかく、ルビアはボクが要らないと言ったことが大層不服らしい。兄じゃないなら言うことを聞く必要はないとも言っている。
 ならここはボクが大人になるべきなのだろう。ヴァンから手綱を握れと言われているのに、それが出来ないのは困る。

「……悪かった」

 そう、謝罪する。
 きょとんとしたルビアがこちらを見た。

「少し感情的になった。お前のことは……ちゃんと妹だと思ってる。だから、ほら」

 未だイオンの腕にしがみ付いているルビアに手を差し出す。ルビアはそんなボクに何か言い返そうと口を開き、すぐにやめてムスッとした顔をした。
 そしてイオンをちらっと見たかと思うと、抱き込んでいた腕を開放してイオンをぎゅっと抱きしめる。
 突然の抱擁にイオンが目を丸くしているのが見えてまたイラっとしたが、すぐに離れてボクの方へとやってきた。最後の別れのつもりだったのかもしれない。
 ルビアがボクを選んだことに密かにホッと息を吐いたところで、ルビアはボクに向かって両手を差し出した。その両手は何だよ。

「シンクがおんぶしてくれるなら許してあげる」
「お前なぁ……!」

 ボクがここまでしているのにまだ我儘を言うのかとまた怒りが沸々と湧いてきたが、ここでまた言い合いになって喧嘩したら謝った意味がない。
 文句をぐっと呑み込んで背中を向けてしゃがみこむ。行動を制限できると思えばいい。これで逃げられる心配もない。
 ルビアはいつの間にか落としていた仮面を拾ってつけなおすと、そのままボクにおぶさってきた。
 思っていたよりも軽い身体を背負って立ち上がれば、ルビアがボクの背で顔を上げてイオンに向かって手を振る。

「ばいばい、イオン兄さん。風邪ひかないようにね」
「あ、はい。さようなら……?」
「……言っとくけど、」
「解ってます。ここでのことは誰にも言いません」
「そう。解ってるならいい。処分されたくなきゃ大人しく口を噤んでることだね」
「はい……ただ、その、ルビアは」
「お前が知る必要はない」

 イオンの疑問を無視し、ルビアを背負ったまま屋根から飛び降りる。
 さっさと寮まで帰ろう。帰ったら説教だと思っていたら、背後からルビアがぎゅっとボクにしがみついてきた。

「シンクはうそつきだね」
「……何が」
「悪かったなんて思ってないくせに。僕を七番目の兄さんから引きはがしたいから言っただけだろ」
「……解ってるくせに、ついてきたんだ?」

 耳元から聞こえる声はさっきまでの感情的な姿からは想像できないほど落ち着いていた。
 屋根の上を走りながら何故ルビアがそんな選択をしたか考える。密やかな笑い声が聞こえた。

「こうしたら、シンクとゆっくり話せるかなって思って」

 その言葉に足を止める。
 振り返れば仮面をつけた顔が微笑みを浮かべていた。

「シンクが本当に嫌なら、僕はダアトを出てくよ。シンクのことも言わない。マルクトに行く。それが駄目なら村に戻る。山の中なら顔を隠さなくてもいいだろ?」

 ルビアの提案にボクはゆっくりと歩き出す。
 胸の内はまたぐるぐるとしていた。


前へ | 次へ
ALICE+