君が馬鹿で良かった。(06)
「……出てくったってお前の存在はもうヴァンに知られてる。山に籠ってても処分しろと言われたボクはお前を処分しなきゃいけない」
「すればいいじゃない。シンク相手でも山なら負ける気しないけどね」
「まあ確かにあそこでお前を殺すのは手間取りそうだけどさ」
背中に感じる温もりと重み。その鼓動を止める瞬間を想像する。
目から光がなくなって、ボクに伸ばされる腕が落ちて、ぴくりとも動かなくなる。安易に想像できた。
殺せと言われればボクは躊躇うことなくこいつを殺せるだろう。
「山に籠れるなら静かに暮らすつもりなんだけどな。七番目の兄さんとも会えた。ハグも、ばいばいもできた。ならもういい。ダアトに居なくてもいい。預言っていうのが結局何なのかは……わかんなかったけど」
「前にも言っただろ。お前と同じくそったれだよ」
「僕まだダアトに来てそんなに経ってないけど、ダアトでその発言が良くないって言うのは流石にわかってるよ」
「ボクだって表立って言ってるわけじゃないけど?」
「じゃあ秘密?」
「そうだよ」
「ふふ、そっか」
機嫌よさそうに笑ったルビアにうなじのあたりに頬ずりされる。
くすぐったくて身を捩れば、また小さく笑われた。
「秘密と言えば、なんでイオンを七番目なんて呼んだのさ。お前ならそれがタブーなことくらい解ってただろ」
「窓を開ける前に顔見られたかもって思って。お前の秘密を知ってるぞって言えば、七番目の兄さんだって僕のこと下手に吹聴できないだろ?」
「ああ、一応そこまで考えてのことだったのか」
「僕は七番目の兄さんのことを黙ってる代わりに、七番目の兄さんは僕のことを黙ってる。これならお互い様だよね?」
「そうかもしれないけど、冷や冷やさせないでくれる。あれがレプリカなのは秘密なんだからさ」
「解ってるよ。出てっても七番目の兄さんのことも言わない」
「……本気で出てくつもりなんだ」
「シンクが家族じゃないなら、ここに居る理由がないもの」
その言葉にボクは足を止めていた。
それはつまり、ルビアがダアトに居る理由はボクということだ。
「……解ってるだろ。ボクだってレプリカだ。例えお前の兄と近似した存在だろうと、所詮紛い物。お前と家族になんてなれない。どれだけお前がボクを兄と呼ぼうと、上っ面でしかない。血が繋がっているっていったって、それすらも偽物なんだ。お前が兄と呼ぶべきは被験者だけだ」
「シンクはそう考えるんだ」
「そうだよ。偽物の関係をボクの前にぶらさげるな。そんなの、ただの家族ごっこでしかないんだよ」
「良いじゃない。家族ごっこでも。やってく内に本当に家族になれるよ。僕はそうなりたい」
「そんなのお前のお人形遊びじゃないか。ボクにそれに付き合えって言いたいわけ?」
「違うよ。一緒に暮らしていれば家族になれるんだよ。少なくとも、村はそうだった。一人じゃ生きていけないから、みんなで手を取り合って共同体で暮らすんだ。僕とパパは山で暮らしていたけど、そんな風に呼んでもらうことはなかったけど、それでも村のみんなは間違いなく家族みたいなものだったよ」
「……そう」
「そうだよ。時間を重ねれば、赤の他人だって家族になれる。なら僕とシンクだって一緒に居ればもう家族だ。被験者の兄さんっていう接点を経てこうやって一緒に居るなら、家族になれる。シンクは一番僕の家族になれる人だ。少なくとも……僕は、そう思ってたよ」
……一応こいつがボクの部屋に突撃してくるのにも意味があったのか。今更ながらそんなことを知った。
同じ時間を重ねて、兄と呼ぶ回数を重ねて、家族だと言い張ることでこいつはボクと家族になろうとしていたのか。
どうも父親と同じで、こいつは肝心なことは口に出さない性質らしい。普段どうでもいいことばかり喋るくせに。
ああ、違うか。一緒に居た父親は自分の行動原理なんて解ってたから、わざわざ口にする必要がなかっただけか。
訓練場の件もそうだ。他人に対して『何故そんな行動をとったのか』を説明するという点がすっぽ抜けているのだ。本当に面倒くさいなこいつ。
「……ボクはレプリカだって言ってるだろ」
「でも、僕はシンクと家族になりたいよ。一人ぼっちにしないで」
僅かに湿った声でルビアがボクにしがみついてくる。
父親を亡くした子供が、唯一縋れる相手に縋っているだけだ。それだけの話。
それをボクに求めるなんて、ほんと馬鹿なやつ。
「お前も師団で居場所が出来たらボクのことなんてどうでもよくなる。世間知らずだろうと戦えるなら構わないって奴等がいる。そこに放り込んでやるから可愛がってもらえばいい。そうやって従順に神託の盾に貢献すれば、ヴァンだってお前を処分しろとは言わない筈だ」
「……ねえ、なんでシンクは自分のことになると馬鹿になるの?」
「はァ????」
ボクが折角穏便な手段を提案してやってるってのに何でそうなる??
振り返れば心底分からないというように首をかしげるルビアの顔があった。
「シンクが自分をレプリカで偽物だと思っていても、僕はそう思ってないって言ってるじゃない。僕にとってシンクは兄さんであってほしくて、家族になりたいんだって。要らないって言われるのは嫌だって。それなのに何でシンクが僕の価値観を勝手に決めて、僕の思考を決めつけるの。シンクの価値観や考えを否定する気はないけど、シンクも僕の考えや価値観を無いものにしないでよ。それこそシンクの言うくそったれじゃないか」
「……は」
「生育環境によって価値観に差が出るのは当然のことで、村とダアトの当たり前が違うことくらい僕だっていい加減理解してる。でも僕にとって家族は大事なもので、それはダアトに来ても変わらなくて、僕の中ではシンクがレプリカであることよりも重要度は高いんだよ。ねえ、僕シンクが兄さんのレプリカであることくらい解ってるよ? その上で何度も兄さんって呼んだよね? もしかしてシンクってそんなことも解らない馬鹿なの? シンクにとってシンクは紛い物かもしれないけど、僕にとってはシンクは兄さんになって欲しい人なんだよ。何回言えば解るの??」
「ば、馬鹿はお前だろ! ボクはそれを分かった上で」
「僕を要らないって言ったの?」
そうだよ、お前みたいな妹は要らない。どこへなりとも行ってしまえ。そして勝手に野垂れ死ねばいい。
そう言おうと思ったのに、喉奥で言葉が絡まって出てこない。喉をつまらせるボクの背中からルビアが滑り落ちた。
ボクの前に回ってくる、ボクよりも僅かに小さな体。仮面をつけた顔がボクを見る。
「シンクは馬鹿みたいだからもう一回言うよ? 僕はシンクに兄さんになってほしい。家族になって。僕を一人ぼっちにしないで」
「……お前は、」
「例えシンクにとって僕との関係が偽物で紛い物で作り物でも、僕にとっては違う。僕が兄さんになって欲しいのはシンクだ」
胸の内がぐるぐるした。
そんな重たい感情を、ボクに向けるな。空っぽのボクに、そんな愛情紛いのものを注ぎ込むな。
父親といいこいつといい、例えヴァンにどやされようとやっぱり殺しておくべきだったんだ。こんな奴等。
名状しがたい感情に振り回されて何も言えなくなる。手で顔を覆ってその場にしゃがみこむ。
所詮こいつは依存対象が欲しいだけだ。それがたまたまボクだっただけだ。
そうだ。導師守護役にでも推薦すればいい。礼儀作法さえ叩きこめばなんとかなるだろう。そうすればイオンという兄と一緒に居られればボクのことなんて。だから。
「お前、なんて」
要らない。そう言う前に、足音がした。
顔を上げればじりじりとルビアが屋根の端に向かっていた。何をする気だと身構えるボクに向かってルビアが微笑む。
細い身体が屋根から放り出される。あの身軽さだ。確かに高い場所に居るが、受け身くらいとれる。何なら無傷で着地だってできるだろう。
頭じゃ解っているのに、気付けば動いていた。宙に投げ出された身体に手を伸ばす。追いかけた時には届かなかった手も、今度はしっかりとルビアの腕を掴んでいた。
ぶらりとルビアの身体が宙で揺れる。
突然負荷のかかった筋肉が文句を言うように軋む。当然だ。軽かろうと人一人分の体重を腕一本で支えれば嫌でも筋が痛む。
けれど音素による筋力強化はボクにとって慣れたもので、素早く腕を強化すればすぐに痛みはなくなる。
ボクに捕まれた腕一本でぶらさったルビアはゆらゆらと揺れながら、ボクを見上げて笑っていた。
「要らないなら、離せばいい」
気付けば肩で息をしていた。そこに突き放すような物言いで言われ、思わず掴んでいた手に力を込めてしまう。ルビアが痛みに顔を歪めたのを見てざまあみろと思った。
放せばいいのに。それで終わるのに。そうすればきっとこの胸の内の名前が解らない感情だって消えるはずだ。
頭じゃ解ってるのに指先はきつく握りしめたままほどけなくて、歯噛みするボクをルビアが下で笑っている。
「嫌いだよ。お前なんて嫌いだ」
「じゃあ離して」
「……ボクの妹だっていうなら、もうちょっと賢くなれよ」
「シンクは馬鹿みたいだから、ちょうどいいんじゃない?」
「お前と一緒にするな」
長い長いため息が漏れた。絞り出した自分の声は何とも情けなかった。
結局、ボクは手を離せなくて、言葉にできない感情を喉の奥に詰め込むしかなくて、ぐるぐると渦巻く胸の内を空っぽにするに至らなかった。
わかってる。この手を放したって、きっとこの感情はもう消えてくれない。なんて煩わしい。頭の中がぐちゃぐちゃのまま、ルビアの身体を引き上げる。
屋根の上に足を付けたルビアは、その場に座り込むボクの隣に腰かける。気付けばルナは顔を出し、いろんな家から灯りが漏れているのがよく見えた。
昔、あの灯りの一つ一つに家庭がありそこに家族が居るのだと聞いたことがある。
あれは確か神託の盾の訓練の時の話だった筈だ。自分達神託の盾はそれを守るために存在するのだという兵士の演説を、ボクは自分には無縁のものだと聞き流していた。
それなのにルビアはボクにあの灯りの一つになれという。そんなもの、理解できないっていうのに。
右隣に体温を感じながらぼうっと自分の掌を見下ろす。
未だ家族が何かなんて理解できない。でもボクは手を放せなかった。きっとそれは無意識下でのボクの答えなのだろう。
例えボク自身が要らないと感じていても、人間を模して造られたこの身体は温もりを欲しているのかもしれない。
なんて煩わしいことだろう。失敗作のくせにそんなものだけは一人前に求めるなんて!
「シンク?」
「……滑稽だって笑えばいい。ボクは……結局放せなかった」
「……笑わない。僕は離さないでくれて嬉しかった」
「家族なんて……ボクは知らない」
「それでいいんだよ。家族の形なんて決まってない。僕とパパが作っていた家族の形と、同じ形に嵌る必要はない。シンクとパパは別人だもの。僕とシンクで、新しい家族の形を作ればいいんだよ」
「それは……随分といびつな形になりそうだ」
「いいんだよ。正解なんてないんだから」
「そう」
「そうだよ」
ルビアがボクの肩に甘えるように頬を擦り寄せてくる。
そうだ。基本的に甘ったれなのだ、こいつは。ボクなんかに甘える馬鹿なやつ。
そのくせ甘える相手の考えを察するのは下手で、無遠慮にボクに手を伸ばしてくる。
「ねえシンク」
「なに」
「兄さんって呼んでもいい?」
「……好きにすれば」
「もう要らないって言わない?」
一人ぼっちにしないで。
そう言うようにルビアの腕がボクの右腕に絡みつく。
見ればルビアがじっとボクを見ている。
色んなことが頭の中を駆け巡った。
手を放せなかった滑稽な自分。
イオン兄さんと呼ぶルビアの姿。
手綱をとれと言うヴァンの言葉。
「言わない」
気付けば自分の口からするりと言葉が漏れていた。
何故自分がそう言ったのか解らなくて、パッと顔を明るくするルビアにまた俯く。
腹立たしくて煩わしくて忌まわしい。
こんなボクを兄と呼ぶなんて、やっぱりルビアは馬鹿なんだろう。
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