SS詰め合わせ(生誕)
初対面の印象は、あまりよくなかった。
導師イオンのレプリカ。禁忌の技術によって生まれた模造品。廃棄された失敗作。それなのにこのレプリカは、火山の中で自力で生き延びていたのだという。
現在導師を名乗る“イオンレプリカ”の予備として、モース様よりそれを生かすよう命を賜ったのだ。
大変光栄なことではあるものの、導師と同じ顔をしていながらまるで白痴のように頭の悪い子供の面倒をみなければならないことに嫌悪感を抱いたことを覚えている。
幸いなことに、廃棄品の子供は大変素直だった。
身体を身ぎれいにし、人間らしい食事のとり方を覚えさせ、言葉を教えてコミュニケーション能力を養うのには随分と苦労した。
私に子育ての経験はない。伝え聞く限り普通の子供を育てるよりはずっと楽だったように思う。
それでも体格の良い子供を風呂に突っ込むのは大変だったし、食べ物を鷲掴みにして口に運ぶのをたしなめた回数は両手両足の指の数では到底足りなかった。
しかしこの廃棄品には大役があるのだ。
いずれ惑星預言を詠み、人類を未曾有の繁栄へと導くための道筋を指し示す、という大役が。
そのためには廃棄品を人間もどきにする必要があるというモース様の意向は痛い程理解できたから、私は与えられた命を全うすることに全力を注いだ。
それなのに。
ああ、それなのに。
──何故逝かれてしまったのですが、モース様。
始祖ユリアよ。
敬虔なる信徒を手招きたい貴方のお気持ちは痛い程解ります。
それでもあの方は、間違いなく我々の導だったのです……。
モース様が立ち上げた新生ローレライ教団はレプリカイオンと手を組んだ者達によって駆逐され、モース様はお亡くなりになられた。
世界が預言からの脱却を目指す中、それでも我等は陰に潜み、モース様の意志を継ぐべく力を蓄えていた。
だってそうだろう。
プラネットストームを停止する?
それによって預言のない世界になる?
馬鹿馬鹿しい!
創世歴時代に創られた音素の永続供給機関を何故停止する必要がある。そんなことをしてもデメリットしかないというのに。
プラネットストームを止めてしまえば預言が詠めなくなるだけではない。譜業は使えなくなり、譜術もグレードダウンしてしまうことは避けられない。
それが意味するのは人類が積み上げてきた文明の退化だ。どうせまた貴族が国民に不便を強いて、自分たちの懐だけを潤そうとしているに違いない。
やはり預言が必要なのだ。
人類を未曾有の繁栄へと導く預言が!
我々はモース様の意志を継ぎ、新生ローレライ教団を再建するべく動いた。
私は廃棄品を再利用すべく、モース様の教えを徹底的に教え込み、旗頭とすべく教育方針を変えた。
幸い教育は成功し、素直な性質の廃棄品は導師イオンとうり二つの容姿を存分に活用し、密かに信者を集めている。
預言を求める人は数多と居るのだ。救いがなければ人は生きられない。それなのに預言を廃するなど!
ローレライ教団は預言の管理者である。正義は間違いなく、我々にあった。
預言を与え、信者を増やし続けた我々の雌伏の時はもうすぐ終わる。近々我等は旧ローレライ教団に乗り込み、宣戦布告をするだろう。
我等こそが預言の管理者であり、ダアトで導師イオンを名乗る模造品は偽物であると全世界に知らしめるのだ。
そのためにももう一度あの廃棄品によくよく言い含めねばならぬと、私は彼の部屋を訪れていた。
「“イオン”」
窓もない小さな部屋は、預言士の最高位である導師の居室としては余りにも貧相だ。
しかしモース様の意志を継いだ正統なるイオンは、清貧と質素を好み、贅沢を望まないことを理由に与えた部屋を使い続けている。
これこそ我らが頂く導師に相応しい。廃棄品であることだけが不満だが、それも周囲に言わなければ分からないこと。
「近々、旧ローレライ教団を訪れることになった」
私が部屋に足を踏み入れた時、導師イオンは跪き、始祖ユリアを模った石造に祈りを捧げていた。
私の訪問を感知してなお祈ることを止めない彼に声をかける。怒ることはしない。そう教育したのだから、その反応が正しい。
導師イオンは誰よりも何よりも預言を尊び、始祖ユリアに感謝し、ローレライに祈る存在でなければならないのだから。
「その時お前は正統なる導師として、あの偽物の導師と相対することになるだろう」
イオンの名を継いだ廃棄品が顔を上げる。
胸の前で組まれていた指がほどかれ、白磁の少年がゆっくりと振り返る。
大地の緑を思わせる瞳が私を見る。その唇は静かに引き結ばれている。
「だが、お前が“導師イオン”だ。お前こそが、本物の導師イオンなのだ。それを知らしめ、世界を預言で導くことこそお前の使命だと心に刻んでおきなさい」
イオンはゆったりとした動作で立ち上がり、音叉を模したペンダントにそっと手を当てる。
私の言葉を染みこませるように僅かな時間だけ目を伏せたかと思うと、次に顔を上げた時にはその深緑の瞳にはゆるぎない意志が灯っていた。
ぞくりと、悪寒が走る。
「それが、モース様のご意志なんだよね」
「……そうだ」
「そう。なら僕は偽物の僕を廃し、預言を取り戻し、人々を導くよ」
「それでいい。それでこそ、導師イオンだ」
はっきりと宣言された言葉に満足感を覚える。よくここまで仕上がってくれたと。今までの苦労が報われた気がした。
先程の悪寒は部屋が冷えているせいだろうと考えて、部屋を温めるよう指示を出そうと考える。今体調を崩されたら困る。
この導師イオンは我等の導として必要なのだ。
「ねえ」
「ん? どうした?」
「法衣を、用意して欲しいんだ。黒の法衣を。僕はそれを着てダアトに行く」
「黒の法衣だと? 何を馬鹿なことを。導師の法衣は白と決まっている」
「いいや、黒だ。黒にして」
「イオン」
突如我儘を言い始めた導師イオンに私は眉をしかめた。
始祖ユリアの代弁者である導師が纏う色は白こそ相応しい。だというのにこれは黒を纏うと言い張る。
たしなめようとした私の声を遮り、再度イオンは断言した。
「モース様のご意志を継ぐ僕は、裳を示す黒こそ相応しい。預言を否定しながら預言の管理者を名乗るローレライ教団よりも、誰よりも預言を尊び預言で人類を導こうとしたモース様のご意志を継ぐ僕等こそが、正統なるローレライ教団だと周囲に知らしめるために」
その言葉に、私は目を見開いた。確かに、その通りだと思ったのだ。
同時にただの廃棄品でしかなかった彼は、既に導師イオンとして我等を導くお方となっていたのだと理解する。
身体の芯がじんと痺れるような感動を覚える。あの野生児のような時代を知っていただけに、驚いてしまう。
「お前は、僕の願いを叶えてくれるだろう?」
イオンが微笑む。慈愛に満ちた、導師に相応しい笑みを見せる。
ああ、これは模造品などではない。廃棄品などではない。彼はもう、モース様の意志を継ぐ正統なる導師イオンだ。
歓喜に胸を震わせながら、私は彼に跪く。最早私が手を引かずとも、彼は多くの人々を導けるだろう。
「畏まりました。イオン様の仰せの通りに」
「頼んだよ」
自信に満ちた声に御意と返事をする。
そして早急にイオン様の願いを叶えるべく、私は部屋を後にした。
ああ、モース様。貴方が彼の世話を命じて下さったこと、心より感謝します!
我等の導は今、完成したのです!!
全ては始祖ユリアとローレライの導きのままに!!
ローレライ教団に栄えあれ!
人類の未来に栄光あれ!
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