The only one in this world.(02)
ヴァンに連れてこられた場所は森の入り口にある小さな小屋だった。
森の管理小屋らしく、今は誰も使っていないという。その割には中は綺麗で、同時に綺麗な女性が既に小屋の中に居た。
女性は私達の登場に笑みらしきものを浮かべかけ、同時にシンクと私を見て困惑を浮かべる。どういうことか問うように視線がヴァンへと移った。
「……閣下、これは、一体?」
「面白いことになったぞ、リグレット。詳しくは後程説明するが、まずは彼女にこの小屋について説明を」
「は? お前、女?」
「え? 女だよ?」
「嘘だろ……」
「気づいていなかったのか。能力的には問題なかったが、性別が反転した四番目だ」
シンクは私の性別に目を見開いて驚き、ヴァンは飄々と説明していた。
どうやらシンクのぼやきを漏れ聞くに、自分と同じレプリカなのだから男だろうと思い込んでいたらしい。
道中でこの身体がフォミクリーという技術で作られた複製体であることや、現代のことについては多少教えられていた。
そして刷り込み技術とやらであらかじめ頭に叩き込まれていた知識も合わさって、現在の自分の状況はそれなりに把握していると思っている。
それでも前世の記憶と混ざって判断に困ることもあったが、それも生活していく内に落ち着いていくだろう。
同時にシンク達が同じ時間を繰り返していることも聞いた。
つまり私は転生、あるいは前世の記憶で今世の意識が上書きされた状態で、シンク達はループしているということだ。同じ二回目の生でも大分違いがあった。
途中かみ合っているように見えた会話は絶妙にかみ合わないまま進んでいたわけだ。ややこしい。
リグレットと呼ばれた女性はこの小屋にシンクを招くことを前提に準備をしてくれていたらしい。
ただ私という存在はイレギュラーなので、小屋に用意されているものは全て一人分だった。私の分の衣類や追加の食材など、至急届けさせるというヴァンに頷いておく。
「ただ流石に家はすぐに用意できない。すまないがしばらくは二人で暮らしてくれ」
「ベッドも一つしかないんだけど?」
「え? 一緒に使えば良くない?」
「あんた異性と一緒に寝て平気なわけ?」
「この身体なら別に。子供だし」
シンクから平べったい目で見られるが、自分の腕を改めて見てみてもひょろひょろとした腕はどう見ても女からは程遠い。
私からシンクをそういう目で見る気もない。というか十二歳の子供に発情する趣味はない。
だから私は平気だけどシンクが嫌なら別の方法を考えると言えば、シンクは腕を組んで深々とため息をついた。
「あんたが良いなら構わない。どうせしばらくは出られないだろうしね」
「そうなの?」
「前と同じなら寝込むことになる。まだ鍛えていない身体で火山の中を動き回ったんだから、まあ当然の結果だよね。大人しく治療に専念するさ」
「疲労由来の熱なら治すよ?」
「怪我ならともかく、病気に治癒術は効かないだろ」
「あ、今はそうなんだ。あるよ、病気に効く治癒術」
私の言葉にシンクは緑の目をまた真ん丸に見開き、ヴァンとリグレットも驚いたようにこちらを見る。
リグレットへの説明も兼ねて改めて互いの知識を擦り合わせたところ、どうやら現代の治癒術は怪我に特化しているらしかった。
話を聞いていく内に、原因はすぐに判明する。人体に関する理解が浅すぎるのだ。
体内にあるフォンスロットや音素回路の状態を可視化する術、各臓器の機能に対する理解、ウイルスと細菌の違いなどなど。病気を治療するのに必要な知識が失伝している。
そりゃ病気に対する治癒術が存在しないと言われるわけだと納得してしまった。
「創世歴時代の技術というのはすさまじいな……」
「私は治癒術特化型だったからというもあるけど、第七音素を用いた治癒術は身体の機能を元に戻すものだから、大抵の病や怪我は治せるよ。全て、とは言えないけど」
「それでも万能ではないと?」
「うん。例えば若い癌患者なんかは転移スピードが速すぎて治療が追い付かなかったし、障気の発生によって新たに生まれた障気蝕害は私が死ぬまでに治療法が確立されなかったから治療できない」
「そのガンとやらは解らないが、障気蝕害は創世歴時代でも不治の病だったのか」
ヴァンは私の説明に顎に手を当ててしばし考え込んでいたが、時間が遅いこともあってかそれ以上言及することなく今日は解散することになった。
ヴァンとリグレットが出ていった後に改めて治癒術を使って身体を回復させる。見た目は綺麗になったが、身体の疲労は濃い。
シンクの言う通りこのままだと体調を崩すのは間違いない。いくら治癒術で治せるとはいえ、しばらくは無理はできないだろう。
「あんたの治癒術は精度が違うわけか。どうりで効きがいいわけだ」
完全回復した身体を見下ろしながらシンクがぼやく。
手を開閉する仕草は火山でも見たものだ。あの時からシンクは治癒術の違いを感じていたらしい。
「まだ痛む?」
「いや。先にシャワーもらうよ」
「うん」
念のために聞いてみるもシンクはそっけない態度でそのままシャワーを浴びに行ってしまった。
小さな小屋に浴室なんてものはない。衝立の向こう側に湯船が一つと固定されたシャワーが一つ。そしてトイレが並んでいるだけだ。
衝立越しに響く水音を聞きながら、リグレットに説明されたキッチン周りをまじまじと眺める。
二千年以上前、外殻大地を作り上げた際に人類は文明を放棄することを選んだ。そうしなければ同じ過ちを犯しかねないと判断したからだ。
あの頃は戦争が多かった。人々は終末に向かって邁進していた。もし次に同規模の戦争が起きれば、確実に人類は亡ぶ。
誰もがそう簡単に予測できたから、人々は文明を退化させることで今後世界を覆うであろう戦火を強制的に縮小させ、滅びの道筋から逸れようとした。
障気に満ち溶けかけた大地を天に打ち上げるという途方もないことを成した後だからこそ、誰もが不便になることを呑み込んだ。
そうでなければ便利な生活を手放すことに頷くわけがない。実際、技術を手放すことに不満を持つ人々は多かった。
それでも選択したのだ。未来のために。
二千年という月日を経てなおこうして人類が繁栄していることを考えても、あの時代の人々がとった選択肢は間違ってはいなかったのだと思う。
実際、キッチン周りを見ても外殻大地が出来たばかりの頃より使いやすくて便利そうだ。こうやって失った文明を少しずつ再構築してきたのだろう。二千年という途方もない時間をかけて。
「何してんのさ」
キッチンを眺めながら過去に思いをはせていると、早々にシャワーを終えたらしいシンクが髪を拭きながら衝立の奥から姿を現す。
なんとなしに考えていたことをそのまま告げれば、ふうんとさして興味もなさそうな反応だけ返された。
一緒に暮らすことを承諾しておいてなんだが、シンクという少年がよく解らない。
「あんたの居た学院とやらもなくなったの?」
「規模は縮小したし多くの技術が禁術判定を受けたけど、存続はしたよ。原始的な治療方法よりも、やっぱり治癒術の方が効きはいいから」
「そう。まあこの先どうなるかは解らないけど、あんたの治癒術は一生食べていけるレベルのものだ。ここを放り出されても何とかなるんじゃない」
「そうだといいなぁ。正直ヴァンさんのこともよく解らなくて……このまま頼りっぱなしでいいのか悩んでるんだよね」
「言っただろ。アイツは頭のいかれた聖女の子孫様だって。それが全てさ。それよりあんたもシャワー浴びれば。着替えはそこ」
「うん。ありがと」
シンクが指差したチェストの棚から着替えを拝借してシャワーを浴びる。皮が張ったばかりの肌を熱いお湯が滑っていくのは結構に痛かった。
それでも熱いお湯で汚れを落とせばさっぱりする。シャワーを出てから水分をとるころには疲労もピークで、食事もしないままシンクと共にベッドにもぐりこむ。
狭いベッドだが大人になり切っていない未完成の身体を二つ収める分には問題なく、おやすみなさいと声をかけて二人で眠った。
翌日目が覚めれば案の定二人そろって発熱していたため、ふらつく頭でシンクの診察をして治癒術をかける。
微熱程度になったシンクにベッドを譲ってもらい、私はもそもそとベッドにもぐりこんだ。
「ちょっと、あんたの回復は?」
「自分の身体は、診れないから……病気は治せないの。怪我なら、治せるんだけど」
「絶妙に不便だな……」
「それでも多少回復速度を上げたり、治癒機能の補助なんかは、できるから……回復期間は、人より短いんだよ」
「……そう。ならそれまで食事は僕が作るから、ちゃんと食べてよ」
「うん。ありがとう。シンクは優しいね」
「気持ち悪いこと言わないでくれる。僕を拾ったのはあんたなんだから、僕の使い道をちゃんと考えてもらわなきゃ困るってだけさ」
ひぃふぅと浅い息をしながら、冷めた瞳でこちらを見下ろすシンクを見る。
拾った。使い道。その言葉にああと納得した。この子は、自意識が道具なのか。レプリカだから。
この身体を作ったフォミクリーという技術の類似技術は、創世歴時代にも存在した。戦争の兵士とすべく大量に生み出されていたコピー体達のことを思いだす。
レプリカよりも量産に優れていたが、作り上げられたコピー体達はシンクのようにはっきりとした自我は持っていなかった。それでも長年生きた伸びた個体が今のシンクと似たようなことを言っていたことを覚えている。
あの手の個体に自立を促すのは不可能に近かった。コピー体とレプリカの差異は数多と見られるが、きっとシンクに自分の意思で生きればいいと言っても届かないのだろう。
「そっか。じゃあ、私が死ぬまで、よろしくね。しばらく死ぬ気はないから、長いこと付き合わせちゃうかもしれないけど」
「どうだか。ま、あんたがくたばったらヴァンのとこにでも行くさ」
それでもシンクは私が死んだら終わりだときちんと見切りをつけている。上官を失った途端に何もできなくなるか、自爆特攻しかできなかった彼等よりずっとマシだ。時間をかけて自我を育んだら、一個の人間として独立できる可能性は十分にある
それまでは……一緒に居よう。それはきっと、あの時手を差し出した私の義務だ。
そう結論付けた私はシンクの言葉に頷き、食事まで一眠りすると言って目を閉じる。返事はなかったが、私の意識はゆっくりと夢の中に落ちていった。
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