The only one in this world.(05)
翌日以降のシンクは通常通りに戻っていた。
シンクは年齢の割に感情のコントロールが抜群にうまい。前世で軍人だったせいだろうか。
二日三日経っても何もなかったかのように今まで通りの日常を繰り返す姿は、あの夜のような感情の乱れは欠片も見られなかった。
「ねえ、この肉生焼けなんだけど」
「え、ごめん。焼き直すね」
私に対して言葉がぶっきらぼうなのも以前からのことなので、決して嫌味とか八つ当たりではない筈だ。そう思いたい。
生焼けだという肉の乗った皿を受け取り、焼いた肉をフライパンに戻したところでシンクが席を立って私の背後までやってきた。
「シンク?」
「……前から思ってたんだけど」
振り返った私の頬の上をシンクの指が滑る。
その指先が私の眦をそっと撫でた。
「あんた、視力劣化してるんじゃないの?」
「え?」
「暗闇ですぐ転ぶし、採取の時も果物は匂いを嗅いで判断してただろ。今肉が生焼けだったのも、殆ど見えてないからじゃないの」
「……驚いた。シンク、私のことよく見てるんだね」
「誤魔化してるつもり?」
「まさか。けど強いて言うならシンクが眉間に皺を寄せているのはよく見えてるよ」
苦笑交じりの私の言葉にシンクは不愉快気に眉根を寄せた。シンクの反応に内心まずったなぁと思いながら、視線を下げて考える。
なんとなしにシンクの掌に自分の掌を重ねて頬ずりしてみれば、ぴくりと反応されたもののその掌が逃げることはない。
シンクを見れば眉根を寄せながらもまっすぐに私を見下ろしていて、私はこの場を誤魔化すことを諦めた。
「……そうだね。シンクには話しておこうかな」
「なにを」
「……記憶を取り戻して以来、視覚から色彩が消えたの。多分、記憶量の多さに脳がオーバーフローを起こして、エラーを吐いてるんだと思う」
ゆるりとシンクの緑の目が見開かれる。
眉尻を下げて苦笑を漏らしながら、ずっと黙っていた事実を告げる。
「でもね、シンクの色は解るの」
「……どういうこと?」
「私の世界はモノクロになってしまったけれど、自分と、シンクの色だけは……ちゃんと見えてるの。不思議だよね」
重ねていた手を離し、シンクの髪に触れる。柔らかな深緑色の髪は、今の私にとって知覚できる数少ない色彩の一つだ。
シンクはうろりと視線を彷徨わせると、躊躇いながらも戦慄く唇を開いた。
「それは……僕等が、レプリカだから?」
「さあ? 解らないけど、前に言ったでしょう? 一緒に暮らせてるだけで助かるって。あれは、そういうこと」
私の言葉にシンクは眉間の皺を深くすると、ため息をついて私の肩に額を預け、腰に腕を回してきた。
緩く抱きしめられる体勢になり、なんとなく私からも抱きしめ返してみる。
「それなら、もっと早く言えよ。僕の使い道を考えるのはアンタの義務だろ」
「私の義務なの?」
「僕がこういう生き方しか知らないレプリカだって解った上で一緒に暮らしてるのはどこの誰さ」
「私だねえ」
「だったら隠すな。僕にあんたの不調を補うことを求めるなら情報共有を怠るな。あんたは……道具をうまく使える人間のはずだ。僕をうまく使えよ」
「ん……ごめん」
「僕に手を差し伸べたのは、アンタだ。それを忘れるな」
「そうだね……うん。そうだね、私には手を差し伸べた責任がある。シンクの言う通りだ」
ぎゅう、とシンクに抱きしめられる。
迷子になった子供のようだなと思いながらも、シンクの気が済むまで好きにさせた。
それから改めて食事を終えたところでヴァンが来て、オリジナルの治療のために小屋を出る。
暗い通路を通る際、シンクは不器用に私をエスコートしてくれた。正直暗がりは殆ど真っ暗闇に見えていたからありがたい。
さて今日は何処まで治療を進められるかと考えていると、ヴァンがちらちらと私を見ながら気まずげに口を開いた。
「一つ、謝らなければならないことがある」
「なんでしょう?」
「君の事情をイオン様に話した。許可も取らず申し訳ないと思うが、追及から逃れられなくてな」
「それは仕方ないでしょう。彼の立場なら当然の疑問です」
「僕のことは?」
「お前のことは話していない。身体能力の高さを惜しんだ私が生き延びていたところを拾った、とだけ」
「そう」
「その時には既に彼女と共に在ったため、以降一緒に暮らしている……ということは言ったが、その程度は構わんだろう?」
「ああ」
そんなやり取りをした後に辿り着いた部屋では、既にイオンが身体を起こして待っていた。以前と違い、興味津々と言った顔で私を見る。
軽いあいさつの後に雑談交じりに身体の状態を聞けば、私が来る前と大して変わらないことが告げられた。それだけでイオンは病気の進行が止まったと感じているようだ。
「食事も睡眠もちゃんととって、体力の維持はする。可能なら運動も。だから出来る限り治療を進めてほしい」
「体調を診ながら進めましょう。治療自体が負担になるのも事実ですから」
「……わかった」
最速で治療をしてほしいという要望に諾と返さなかったことにイオンは不満げな顔をしたが、文句は言わなかったのでそのまま問診を始める。
脈をとり、心音を聞き、呼吸音を確認する。あらかたのチェックが終わったところで、手を差し伸べれば骨と皮だけの掌が重ねられた。
イオンを見れば、僅かに強張った顔で頷かれる。なので音素を通し、前回の続きから治療を開始した。
以前と違い、イオンはうめき声一つ上げなかった。
そのことに内心舌を巻く。かなりの苦痛を覚えている筈なのに、それを抑え込める屈強な精神は並の子供が持っていていいものではない。どんな生活を送ってきたのやら。
イオンの表情と音素の流れに集中しながら進められるところまで治療を進める。本人の希望を考慮して、これ以上は無理だろうというところまで治療を続けた。
「はい。今日の分は終了です」
「……っは、はあ……っ! 前より、きっつい……!」
「出来る限り治療を進めてほしいとのことでしたから。今日はきちんとご飯を食べて休んでください。体力の回復に最低でも三日はかかるでしょう。動きたくなるかもしれませんが、ベッドから出ないように」
「わかった」
ハンカチを取り出し、汗を拭ってやる。肩で息をして前髪を額に貼り付けながらも、イオンは勝ち気に笑った。
いい傾向だ。本人の健康になってやるという気概は治療にも大きくかかわる。私も微笑み返せば、イオンはそのままベッドに倒れこんだ。
疲れたというように長く息を吐くイオンに布団をかけてやる。
「ねえ」
「はい」
「ヴァンから聞きだしたんだけど、創世歴時代を生きた人間の記憶を持ってるんだって?」
「ええ、そうですよ。貴方の治療も、その時代の技術です」
「そっか。聞いていい?」
「なんでしょう?」
「創世歴時代の人間から見て、今の預言に支配された時代はどう見える?」
預言。また預言だ。
シンクといいイオンといい、私の居た頃と預言の在り方が大きく変わっていることを漠然と感じる。
「さて、私は小屋から殆ど離れることがありません。町にも出ていません。ですからまだこの時代のことは知識でしか知らないんです」
「そっか。じゃあ、質問を変える」
「どうぞ」
「僕の、導師の死は預言に詠まれている。あんたはユリアの預言を覆すことに何か思うところはないの?」
「特には。預言はその人の行く末を僅かに照らす導でしかありません。死の預言が詠まれていると言いますが、例えイオンが生き延びたとしてもまた新たな預言が詠まれるだけでしょう」
「僕が生き延びても、僕の預言は続くの?」
「続きますよ。預言なんて当たる確率の高い占いみたいなものでしょう。少なくとも私はそう思ってますよ」
「占い……」
私の言葉にイオンはぱちぱちと目を瞬かせた。
そんな反応をされる意味が解らず首を傾げる。
「預言には強制力があるんじゃないの?」
「そうなんですか?」
「違うの?」
「少なくとも、私の知る限り預言は簡単にひっくり返りますよ。生き延びると言われていた人が死ぬことも、死ぬと言われていた人が生き延びたことも、何回もありましたから」
「……そっか。そう、なんだ」
私の言葉を聞いたイオンは長く長く息を吐いて目を閉じる。
その眦から一筋だけ涙が零れ落ちた後、何も言わなくなったイオンに私達は部屋を後にした。
帰り道、またシンクにエスコートをされながら暗く狭い通路を歩く。
先導するヴァンが振り返ることなく私に問いかけて来る。
「預言に、強制力はないのか?」
「私が知る限りはありませんね。ユリアもそんなことは一言も言っていませんでした」
「……そうか。では……私は、何と戦っていたのだろうな……」
そう言葉を零し、ヴァンもまたそれきり何も言わなくなる。
どういうことかとシンクを見れば、彼は無言で眉間に皺を寄せていた。
この時代の預言は、一体どういう扱いをされているんだろう。
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