The only one in this world.(06)



「シンクと少し話がしたいのだが、良いだろうか?」

 ある日、イオンの治療を終えていつものように小屋に送ってくれたヴァンが、私を見下ろしながらそんなことを言ってきた。
 構いませんと答えかけたところで、シンクが私とヴァンの間を遮るように割り入ってくる。

「ヴァン、前にも言った筈だ。僕が今回手を取ったのはアンタじゃない。こいつだ」
「少しお前の意見が聞きたいだけだ」
「僕から言えるのは一つだけさ。僕を巻き込むってことはこいつも巻き込むってことだ」
「……そうか。わかった。一緒に話そう」

 え? 私巻き込まれるの?
 一人置いていかれたと思ったら会話の舞台に引きずり上げられ、理解が追い付かないまま三人でテーブルを囲む。
 まず前提として、前回の生で実行しようとしたというレプリカ大地計画について説明された。

 正直に言おう。話が壮大すぎて聞いてすぐに理解が追い付かなかった。
 全人類を殺してレプリカに入れ替えるというだけでも驚きなのに、更に大地を丸ごとレプリカに入れ替えるって何?
 即座に必要な第七音素の量を計算してしまう自分の脳みそが恨めしい。こめかみを揉みながら、一通りの説明を終えたらしいヴァンに声を絞り出す。

「それを、今回も実行するのにシンクの力が必要、ということでしょうか……?」
「いや、今回はレプリカ大地計画は実行しない」
「失敗するって解り切ってるのにまた同じ轍を踏むようなことをする男じゃないよ、こいつは」

 ヴァンの言葉を肯定するようにシンクが言い、ヴァンもそれに頷く。
 それならば何故、という私の疑問をくみ取ったのか、俯いたヴァンの言葉は分かりやすく弱々しいものだった。

「私は、今でもこの世界はおかしいと思っている」

 ヴァンは、この世界が預言に支配されていると言う。
 この小屋とイオンの部屋しか知らない私にはその言葉がどれだけ本当のことなのか解らない。
 けれどヴァンはこの預言に取りつかれた世界を壊し、新しい世界を創造することで預言への復讐を成し遂げたいと思っていた。

 しかし私が預言に強制力などないと言ったことが、ヴァンの復讐心に罅を入れた。入れてしまった。
 ならば今まで自分が憎んできたものは何だ。自分が憎むべきものは何だ。
 そう悩んだヴァンは思考が煮詰まっているのを感じて、シンクに相談を持ち掛けようとしていたらしい。

「ええと。何故、そこでシンクに?」
「シンクも私の同志だったからだな」
「よく言うよ。都合のいい道具としか思ってなかったくせに」
「だがお前の憎悪は本物だ。そうだろう?」

 そう言い切るヴァンにシンクが舌打ちを零した。
 なるほど。要は感情のやり場をなくして、自分の中の復讐心を持て余してしまっているのか。

 私の専門は肉体の治癒なので、精神的なものに関しては門外漢もいいところだ。
 補助譜術の中には精神に作用するものもあるしいくつか習得しているものの、正直なところ彼のケアの仕方などさっぱり解らないというのが本音だった。
 さて、どう返答したものか。対応に困った私に、ヴァンは苦笑交じりに口を開く。

「ああ、責任感を感じているなら、それは間違いだ。私が預言への憎悪を疑問視したのは君の言葉もあるが、同時に前回の生を踏まえてのことでもある」
「前回の生、ですか?」
「ああ。以前の生で私はローレライをこの身に取り込んだ。そのせいかは解らないが、とどめを刺された後も私の意識はローレライの元に残っていた」
「え?」
「その後ローレライは解放されたが、その時にあの意識集合体が言っていたのだ。自分の見た未来を僅かでも覆すとは、驚嘆に値する。とな」

 ローレライを身体に取り込んだとか、死んでも意識が残っていたとか驚きしかない前振りに私はなんと言っていいか解らなかったのだが、それよりも別のところにシンクが食いついた。
 目を見開き、食い気味にヴァンに問いかける。

「つまりローレライは預言が覆せることを肯定したってこと?」
「そうだ。ローレライが見た未来というのは、ユリアが詠んだ預言のことだろう。そしてルビアが言っていた、生死の預言が覆るのを何度も見てきたという言葉……。預言は覆せる。未来は変えられるのだ」

 力強く宣言したヴァンが、テーブルの上で拳を握り締める。
 それは私にとっては当然のことだったが、ヴァンにとっては天変地異にでもあったかのような驚きの事実であったらしい。

「ユリアの預言は多少歪んだところでものともしないと思っていた。差異はあれど、強制的に詠まれた未来へと引き戻されるのだと。だがローレライ本人が言い切り、かついくつもの事例を見てきた人間が居るというのであれば、本当に強制力などないのだろう」
「ならヴァン、あんたはそれを踏まえてどうしたいのさ」
「そうだな……今のところ、このまま滅びに向かうのは癪だと思ってはいるが、さて」
「迷っているのですね」

 私の言葉にヴァンは目を閉じて首肯した。
 隣でシンクがお行儀悪くテーブルに肘をつき、掌に顎を乗せて目を細める。

「ああ。どうしたものかと。少なくとも前回の私の計画は悪手だとは思っている。預言を覆したいのならば、もっと大胆に変えるべきだろう。この場合、私の敵は預言を実現させたい者達になる」
「あんたの前回の計画はある程度預言に沿うことを前提としてるから……まあ悪手だね。ある程度進めたところでこっちが処分されたらそれこそ滅びまで一直線だ」
「そうでなくとも今度は必要以上に敵を増やす行為は避けたい。邪魔者は思っていないところから湧いてくるものだと学ばされたからな……」
「確かに。あのレプリカがあそこまで噛みついてくるのは予想外だった。お陰で僕まで殺された」

 殺された、という割にはシンクの口調に憎悪はなかった。その口調から読み取れるのは自嘲と、僅かな驚き。言葉通り予想外だったのだろう。
 そのまま二人が前回の生について話し始めたので、前回を知らない私は黙って聞き役に徹する。
 話を聞いて解ったのは、使い捨てするつもりだったレプリカの子が急成長を告げてヴァン達の計画を阻止したらしいということだ。ヴァンの口ぶりからも完全に予想外だったことが解る。
 前回の生の反省点をあらかた洗い出したところで、二人の話題は預言を覆すにはどうしたらいいかという内容に変わっていった。

「結局一番手っ取り早いのは聖なる焔の光を消すことだろ。そうすれば嫌でもND2018の預言は実行できない」
「だがそうするとローレライが解放できないのではないか? プラネットストームを止めて大地を降ろしたとしても、地殻に爆弾を抱えたままになるぞ」
「チッ。地殻で暴れられてまた大地が液状化したら元も子もないか」
「それ以前にバチカルの警備は厳重だ。私やお前が特攻をかければ別だろうが……キムラスカはモースから預言を聞かされているからな、意地でもルークを守り抜くだろう」
「キムラスカは繁栄を詠まれた側だからね、必死にもなるか。いっそ第七譜石の内容を暴露してやったら?」
「現物があればそれも選択肢に入るのだがな。あったとしてもモースあたりは信じないだろうが……」
「もういっそのこと新しい預言を詠んだらどうです?」
「は?」
「新しい、預言?」

 思わず口を挟んだところで、二人が目を丸くして私を見た。
 何故そんな驚かれるか解らず目を瞬かせる。私はそんなにおかしなことを言っただろうか。

「新しい預言とは、どういう意味だ?」
「そのままです、預言を詠み直すんですよ」
「預言は何度詠んでも同じだろ」
「いや……待て、シンク。前提が違う。預言に強制力がないならそれもおかしい」
「あ」

 二人の会話で流石に察した。
 これは病気に対する治癒術が存在しないと言われていた時と同じパターンだ。

「……もしかして預言に指向性を持たせられることも失伝してます?」

 私の言葉にヴァンが緊張の浮かぶ顔で頷く。シンクもまた驚きを顔に浮かべながら私を凝視していた。
 身を乗り出してきそうな二人に私は咳払いをした後、ユリアが惑星預言を詠んだ時のことを話して聞かせる。

 そもそもユリアは最初から今の時代に伝わっている惑星預言を詠んだわけではない。最初のころは散々だった。人類は百年ももたずに滅びるという預言ばかりだった。
 それでも預言に対する研究を重ね、『人類が最も繁栄し存続する未来』という指向性を持たせたことで、ようやく外殻大地を作り上げるという惑星預言が詠まれたのだ。

「中には悪用されると最悪人類が滅びかねない惑星預言とかもあったので、ユリアは今残っている惑星預言以外の譜石を空へと打ち上げたんです。それが譜石帯です。あれは正しくユリアの試行錯誤の末に出来上がったものなんですよ」
「そうだったのか……譜石帯はユリアが詠んだ惑星預言の譜石の集まりだとは伝えられていたが……」
「選ばれなかった未来の譜石も含めての譜石帯だった……か。まあ冷静に考えればそうだよね。いくら二千年分の未来を詠んだ譜石とはいえ、星一つ覆う帯になるレベルの量になるとは思えない。こんな地表から視認できるほどの大量の譜石なんだ。そして選ばれなかった未来とはいえ、惑星預言であることは間違いない。伝承と矛盾はしない」

 シンクが口元に手を当てて冷静に私の言葉を分析するのに対し、ヴァンもまた何か考え込んでいるようだった。
 そして私に預言を詠んだことがあるか確認した後、実際に詠んでみてほしいと言ってくる。
 まあそれくらいなら構わないだろうと、私はヴァンの預言を詠むことになった。解りやすいものが良いだろう。ここ一年程度の預言でいいだろうか。
 一番不運な一年と、一番幸運な一年。解りやすく、そして差異が出やすい。

「いきます」

 席から立ち、ヴァンと向き合う。第七音素を集め、見たい未来を強く思い描く。
 一つ目に詠まれたのは、ヴァンが死んでしまう預言だった。読み解いてみるに、ご家族から刺殺されるという内容だと思う。
 結構衝撃的な内容だと思うのだが、妹だろうとヴァンはあっさりと言う。前回も殺し合った仲らしい。物騒な兄妹である。

 気を取り直して二回目を詠む。ヴァンは新たな仲間を迎え、未来を存続させるための第一歩を踏み出すというものだった。
 いずれ栄光を掴む者の名にふさわしい偉業を成し遂げる始まりの年となるだろう、と預言は告げる。
 曖昧で、どうとでも解釈できる内容だ。これだから私の時代だと預言って占い扱いだったんだよな……。

 預言を詠み終えた私は二つの譜石をテーブルに並べ、また席に着く。
 ヴァンとシンクは信じられないものを見る目で譜石を見下ろしていた。

「いまだに信じられん。本当に、一人の人間から別の預言を詠むことができるとは……一体どうすればこうなる? 預言に指向性を持たせると言ったが、何か特別な方法があるのか?」
「いえ、シンプルですよ。こういう未来を見たい、と強く念じるだけでいいんです。ただそれも個人の価値観に依存しますし、私の体感にはなりますが成功率が低い未来ほど曖昧な預言になりがちですね」
「個人の価値観に依存する、とは?」
「解りやすい例を上げましょうか。預言士に幸福な未来を迎えるにはどうすればよいか聞いた貴族が居ました。預言士はその言葉通りに幸福な未来を手繰り寄せるよう預言を詠み、年内に子供ができると告げました。しかし貴族は子供を望んでおらず、しかも出来たのは愛人の子供でした……といった具合でしょうか」
「幸福の尺度は人によって変わる……確かに、個人の価値観に依存するな。解りやすい例だ。私の場合は?」
「一番不幸な一年と、一番幸運な一年を、と念じました」
「なるほど……」
「歴代導師は代々惑星預言を詠んでいる筈だ。それなのにずっと同じ預言を詠み続けたのは……いや、導師が『ユリアの預言』を詠もうとしたのなら同一になるのは当然か。惑星預言=ユリアの預言の方程式が頭にあるなら何もおかしなことじゃない」

 ヴァンが未だに驚きの引かない顔で譜石を凝視し、シンクもまた譜石を眺めながら一人納得する横で私は自分の手を何度も握っては開いてを繰り返した。
 預言を詠んだのはこれが初めてではないが、以前に比べても疲労感が段違いだった。私の身体が導師イオンのレプリカだからだろう。預言を詠む負担が格段に軽い。同じ第七音譜術士でもここまで違うのかと驚いてしまう。

「これでイオン様が無事完治されたら……新たな預言を詠んでいただき、別の未来へと導くことも不可能ではないな」

 腕を組んだヴァンがそう呟く。囁くような声だったが、シンクの耳にも届いたらしい。
 弾かれたように顔を上げたシンクが解りやすく顔を歪めた。

「正気? 教団内が真っ二つに割れるよ、間違いなく」
「ああ。詠まれた預言にもよるだろうが、最悪戦争になるだろうな。だが、確実に未来は変わる」
「別の預言に乗り換えるだけじゃないか」
「そうだな。しかしその上で預言が一定ではない、と世界中に知らしめたら……どうだ?」

 ヴァンの言葉にシンクが考え込み、歪に笑う。
 この世界についてまだ詳しくない自覚はあるが、そんなことは私でも予測は出来た。
 この二人もこれだけ驚いたのだ、それこそ世界中パニックになるのではないだろうか。

「教団は間違いなく潰される」
「ああ。だが、どう潰すか誘導は出来る」

 ニッ、とヴァンが笑った。
 彼の中で何かが決まったのだと解る顔だった。その目はギラギラと輝いていて、強い意志を持つ人間の顔だった。
 そのまま私達を、私を見る瞳はきっと綺麗な色をしていただろうに。私にはもう薄いグレーにしか見えない。

「ルビア」
「はい」
「協力を頼みたい。私には君とシンクの力が必要だ」
「内容によります」

 私の言葉に、ヴァンは重々しく頷いた。


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