女体化×若返り×ディストレプリカの話(01)
「何故!! おかしいでしょう!!」
ぼんやりとした意識の向こう側で、誰かが喚いている。
「ある程度の劣化は許容範囲とはいえ、流石に予測範囲を超えすぎですよ! このディスト様が製作手順を間違えたとでも!? 原因を突き止めなければ! 第七音素不足? レプリカ情報に瑕疵? 音機関の故障? それともただの偶発的な事故でここまで劣化したとでも!? チェック項目が多すぎる!! キィイイーーッ!! ただでさえ仕事は山積みだというのに! ……いえ、この異常事態の原因をつかめればまた新たな一歩が踏み出せるはず。この程度で私の歩みを止められるとは思わないことですね!!」
会話をしているのかと思えば、どうやら一人で喚いているようです。
忙しないというか、やかましい。独り言ならもっと静かに喋れ。
重い瞼をこじ開ける。何度かの瞬きの後、視界に広がったのは見慣れない風景でした。
私、なんでこんなところに居るんでしょう。誘拐?
頭を動かして周辺を見渡してみても見知ったものが殆どありません。
それなのに見慣れない機械が音機関と呼ばれる音素で動く譜業であることが解り、同時に自分の身体がレプリカと呼ばれる複製体であることが理解できるという異常事態。
正直なところパニックになってもおかしくないとは思うのですが、何故か頭はすっきりとしていて自分でも驚くほどに情報整理が容易でした。
「音機関のセルフチェックはオールグリーン。音素の取り込みも問題なし。そもそも先日メンテナンスをしたばかりですし、音機関の不具合という可能性は低そうですね。読み込ませたレプリカ情報に欠けもない。直前の情報が混じったということもないでしょう。なら何故染色体の異常に加えて作成された身体の年齢まで……いえ、このデータ……若返っている? ……間違いない。確かに私と同じ年齢まで作成された上で若返っている! ……なぁるほど。あの個体が異常、ということですか」
試しに身体を動かしてみれば、いっそ不健康に見える白い手足はすんなりと動きました。
軋むこともなければ滑らかに動く関節。自分の手を見下ろせば折れそうなほどに細い手首からすらりとした長い指が伸びています。手タレとかできそうですね。
痛むことがないのは幸いですが、身体にかけられていたのは薄手のブランケットのみ。このままでは風邪をひいてしまいそうです。早急に服が欲しいところ。
何か着るものを探すよりも先に、先程から壊れた蓄音機のように独り言を垂れ流していた男が立ち上がるのが見えました。
誰かは解っています。サフィール・ワイヨン・ネイス。現状はディストを名乗る、私の[[rb:被験者 > オリジナル]]。まああっちは男で、私は女ですけど。
性格はともかくとして頭がいいのは間違いなく、先ほどから一人やかましいのも私という個体がレプリカというのは余りにも彼と違いすぎることに憤っているのだと解っていました。
すぐさま殺されることはないでしょう。
なにせ私は彼の言葉を借りるのならば異常のある個体ですからね。彼の性格上、その原因を突き止めねば気が済まないことくらい解っています。
同時に、私のように刷り込みのされたレプリカが即座に自意識を持っていることがおかしいことも理解しています。
なので咄嗟に瞼を閉じてまだ意識がないふりをして四肢を投げ出せば、案の定オリジナルは私の方へと歩み寄ってきました。
彼は意識のないふりをする私の手をとると、そのまま動きを止めます。手首に当てられた指の位置から推測するに、脈でもとっているのでしょうか。
「ふむ。体温、脈拍共に正常。唇の色が少し悪いのは寒さのせいですか。データから見ても健康体なのは間違いありませんし顔の造形は性差こそあれこの麗しのディスト様のものであることは疑いようはない……髪の色素にも少しばかり劣化が見られますが、まあこちらは予測の範囲内ですし……。やはり性別の反転が一番の要因とみるべきか……?」
ぶつぶつと零れ落ちる独り言と共に身体のあちこちを触られますがここは我慢。耐え時です。
逃げ出すにしても人気のない時にこっそりとすべきでしょうからね。
そう思ってたんですが、ディストの手がブランケット越しに私の胸を揉んだので私の計画はあっさりと崩れました。
具体的に言うとふにっと胸を揉まれた瞬間、反射的に目を開いて目の前の顔を思い切り張り倒していました。
「へぶっ!」
いやあ、うっかりうっかり。つい手が出てしまいましたね。パァンといい音がしましたよ。痛そうですね。ザマーミロ。
仕方ないので頬を押さえて呆然としているディストの前で、バスタオル宜しくブランケットを身体に巻き付けて立ち上がります。
眼鏡の奥でスピネルレッドの目がぱちくりと瞬きをしたかと思うと、すぐに再起動して私の前に立ちあがりました。
「キィイイーー!! 殴りましたね!! この! 麗しい! 顔を! ってそうじゃないんですよ!! どういうことですか!? 貴方自我はあるんですね? 発語は出来ますか? 私が誰か認識できていますか? 胸を揉まれて私をひっぱたいたということは既に羞恥心は存在しているということでしょう。いつから起きてたんです! 自立が可能ということは「やかましい」へぶっ!」
一人マシンガントークを続ける男の顔をもういっぺん張り倒しておきます。
何ですかこいつは。いえ、私のオリジナルということは解っているのですが……口から生まれてきたのかってくらいよく喋ります。
叩けば治るかなと思う自分も居るのですが、刷り込みされた記憶を鑑みるに多少殴った程度では即座に復活するのが解っているので諦めます。
え? つまりずっとうるさいってこと? 面倒ですね。というかその無限ガッツどこで付与されてきたんですか。生まれつき? こわ……。
「なんっっで叩くんですか!?」
「言ったでしょう。うるさいからですよ」
「キィイイーー!! 私のレプリカのくせに生意気な! 私が、オリジナルなんですよ!!」
「だから?」
「だから!?!? だからといいましたか!? 貴方ほんっとーに私のレプリカなんですか!? いいですか? 私が譜業によるフォミクリーの作成を可能にし、且つ私の情報がなければ貴方は生まれることすらできなかったんですよ!? いわば! 私は貴方の創造主!! もっと敬うべきでしょうが!!」
「敬ってほしければもっと敬いたくなるような態度をとって下さい。創造主だろうがなんだろうが裸の女をブランケット一枚で転がしておいて、その上触診のふりしてセクハラしてくる男をどう敬えというんです。そんなことも解らないなんて貴方こそ本当に私のオリジナルなんですか? 私が異常個体だと解っているくせに、私が体調不良でも起こしたらデータ採取にノイズが混じることくらい考えなくても解るでしょう」
「それは確かに。すぐに服を用意しましょう」
「ええ、お願いします」
セクハラの部分はさらっとスルーされましたが、私の服を用意してくれるらしいので許しましょう。
渡されたのは簡易な検査服と少し大きめの毛布でした。まあさっきよりましだとさっさと身に纏えば、席に誘導されて早速問診が始まります。
少し時間が経って落ち着いたらしく、今度は淡々と質問を重ねながらひたすらにカルテに書き込んでいく姿は完全に研究者のものです。
こうして静かにしてれば普通にイケメンなんですがねえ……。
「つまり……貴方は目が覚めた時には既に自我があり、その自我はこのオールドラントのものではない記憶を有している、と」
「ええ。仮にこの自我を魂と呼びましょうか。私の魂がこのレプリカ個体に入ったからこそ肉体の逆行と性別の反転が起こった。私はそう推測しています」
「ふむ。魂、魂ですか……余りにも非科学的だと否定するのは容易ですが、そもそも観測できていないから無いと断言するには私達が有する技術は余りにも不完全と言わざるをえない。貴方の推測を否定する材料が今の私にはありません。しかし根拠はあるのですか?」
「仮にオールドラントでない世界での記憶を前世と呼称しますが……まず、前世での私は女性でした。年齢に関しては時間が置き換えられたと考えればまあ筋は通るでしょう。あちらでは一年が三百六十五日でしたからね。元の年齢を約半分と換算した場合、恐らくこれくらいの年齢になるかと」
「前世の記憶に身体が引っ張られて最適化したとでも?」
「お忘れですか? この身体を形作る第七音素は星の記憶とも呼ばれる記憶粒子が変質したものですよ」
「ふむ……なるほど。記憶、記憶ですか。刷り込みとは違う、貴方の言葉を借りるのであれば魂に刻まれた記憶によって第七音素が変質した……ありえない、とは言えませんね。そもそも第七音素自体、他の音素と成り立ちからして違うものです。刷り込みが可能なのもそもそも第七音素で出来た素体だからと考えれば違和感はない……」
顎に手を当ててぶつぶつと考えをまとめる姿を見て、そもそもディストは自分の思考を口にすることでまとめるタイプなのだなと気付きました。
独り言が多いのはその延長なのでしょう。まあ話し相手が居ないだけかもしれませんが。
ディストの独り言は大変興味深いですが、このままだと私実験体にされそうなんですよね。
衣食住が保証されるなら……と思わなくもないですが先行きが不安すぎるので、ここは先手を打っておくことにしましょうか。
ディストの袖をちょいちょいと引っ張って意識をこちらに向けさせれば、考え事を中断させられたディストがムッとした顔でこちらを見ます。
「オリジナル。いえ、ディスト。サフィール。まあ呼び名は何でもいいですが、私は貴方に二つの選択肢を提示します」
「いきなりなんです」
「一つ。私を実験体として扱う道。レプリカであるこの身体を一個の自我の成立した人間と認めず好き勝手にする、というものです。この道を選んだ場合、私は貴方に協力しません。むしろ貴方が与えた頭脳とこの身体を使って全力で反抗します」
「……もう一つは?」
「私を雇う道です。貴方と同レベルの頭脳を持ち、貴方の刷り込んだ知識を持ち、異世界の発想を持つ異常個体。賃金を払い心身の安全と衣食住の保証をするのであれば私は実験体となることを拒みません。そして知識とアイディアの提供を惜しむことなく貴方を補佐することでしょう。いかがです?」
「雇いましょう。第二師団師団長付き秘書官でいいですか? 準備資金を渡しますから身の回りのものは自分で揃えて下さい。後で女性師団員を呼びます」
「契約成立ですね。契約書の作成をお願いします」
カルテにペペッと書かれた準備資金とお給金に不満はなかったので、契約はあっさり成立しました。
ひとまず衣食住と安全の確保は出来そうです。
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