The only one in this world.03(13)
ヴァンとシンク立ち合いの元、ディストと面会した。ローテーブルを挟み、互いにソファに腰を下ろした状態で会話をする。
ヴァンからあらかじめ話は聞いていたようで、ディストは私に興味津々のようだった。
魂という、未だ観測されていないものが実在すると仮定する。
私の存在によって、魂には記憶が保存されており、何かしらのきっかけがあれば人はそれを思い出すことが可能である。
すなわちネビリム先生の魂をネビリム先生のレプリカに定着させることが出来れば、それは最早ネビリム先生本人と言える。
ディストはそう仮説を立てたようだ。
ならば魂の研究をしたい。
他のレプリカ達で私が前世の記憶を思い出した状態を再現し、記憶を引き出すメカニズムの研究にも手をつけたい。
そのためにもまず私のデータを余すことなく取りたい。
そう言いだすディストに、私は自分の眉間に皺が寄っていくのを感じた。
仮面を付けていないために私の表情の変化は周囲に丸見えで、それを見たディストは何が気に入らないのかと笑みを浮かべながら聞いてくる。
素晴らしい研究の礎になれるのだから、私は光栄に思うべきだと。そんなディストに口を開こうとするヴァンを押さえ、私は素顔のままディストに向き直った。
「私が以前教鞭をとっていたことはお話したかと思います」
「ええ。治癒専門高等学院でしたか。私は第七音素の素養はありませんが、そちらも大変興味深い」
「ですのでディストさんのお話を聞いて私が着目するのはネビリム先生とやらになります。そのネビリム先生ですが、私塾の教師でありあくまでも公的な役職に就ているわけではなかったという点を差し引いても、理解できない点があるんです。あえて聞かせて下さい。その方は貴方にまともな倫理観を指導することはなかったのですか?」
「……何ですって?」
「ネビリム先生とやらはまっとうな大人でしたか? と聞いています」
「ネビリム先生を侮辱する気ですか!?」
いきり立つディストにシンクが警戒を滲ませる。
怒りのままに立ち上がり、睨むように私を見下ろす彼は本当にネビリム先生のことを慕っていたのだろう。
私はそれを見上げながら再度疑問をぶつける。
「ネビリム先生とやらは数多の命を犠牲にし、その屍の先で蘇らせてもらったことを喜ぶようなお方だと言うのであれば、私は同じ教師としてその方を軽蔑します」
「ネビリム先生はそんな非道なお人ではありません! 何も知らないくせに知ったような口を、」
「貴方が言ったんでしょう! 多くのレプリカを犠牲にしてでもネビリム先生を蘇らせてみせると! 私が言いたいのは、貴方が今していることは蘇った先生に胸を張って正しいことをしたと言えるのかということです!」
声を張り上げるディストに向かって私もまた大声で言い返す。
途端にディストはぐっと言葉をつまらせ、しかしすぐに私に向かって言い返してきた。
「いいえ! ネビリム先生は私を叱るでしょう! けれど私はやると決めたのです! 例えネビリム先生に叱られようとも、先生を甦らせればきっとジェイドだって」
「では言い切れるのですね!? 蘇った先生に、私は何百というレプリカ達の命を使い捨てにしてきましたが、それでも先生に蘇って欲しかったのです。先生の身体はその技術の結晶です、とはっきりと言えるのですね!?」
テーブルに掌を叩きつけながら私も立ち上がり、睨むようにディストを見上げる。
ディストはまた言葉をつまらせ、けれど怯むことなく私を見下ろしている。
治癒術師は人を癒し命を救う仕事だと思われがちだ。けれど現実はそんなに甘くない。
救えるはずだった命を救えず、何度臍を噛んだことか。多くの怪我人を前に救う命を選別しなければいけない重さに何度打ちひしがれそうになったことか。
助けられなかった人の家族に責められるなど序の口で、例え命を助けたとしても障害の残ってしまった人に何故助けたのかと、こんなことならいっそ死んでしまいたかったと言われることとてある。
多くの死を見てきた。だからこそ、どれだけ崇高な目的を掲げようと命を弄ぶディストの研究を肯定することは出来なかった。
「だったら……だったらどうしろというのです! 私は生涯をかけてこの研究に打ち込んできたんです! 今更レプリカ研究をやめろとでも!? 出来る筈がない!!」
「出来る出来ないじゃありません。やるかやらないかです。全ては貴方の心持一つですよ」
「言葉遊びなんていらないんですよ!」
「言葉遊びなものですか。死者に対して胸を張れる生き方をしなさい。貴方には考える頭があり、自由に動く手足がある。それはとても幸運なことで、その上貴方は知識も技術も人一倍持っている。サフィール・ワイヨン・ネイス博士。貴方が出来るのは命を弄ぶことだけですか? 本当に?? いつか訪れる死の間際に、先立ってしまった人々に良い土産話が出来たと言えるだけの生き方など出来ないと、本当にそう言うのですか?」
「貴方に私の何が解るって言うんですか!!」
「私にわかるのは、貴方が歩いてきた道には既に多くの屍を積み上がっているということだけです!」
ディストが初めて怯んだ。
拳をきつく握りしめ、奥歯を噛み締めて俯く姿は、まるで迷子の子供が鳴きだすのを堪えているようだった。
私は今とても無責任なことをしている。ここでディストが生き方を変えたとしても、私はディストの未来になんの責任も持てないのだ。
それなのに私の正義感を勝手に押し付けている。とても酷いことだ。それでも、この大きな子供にどうしても言ってやりたかった。
命は、そんな簡単に弄んでいいものじゃない。
「私に、どうしろと言うんですか」
「……先生なら、どう言うと思いますか?」
「……悪いことをしたら、謝らなければなりません。ごめんなさいと」
「そうですね。ディストは……サフィールは自分がしていたことが悪いことだと思いますか?」
「個人的に罪悪感を抱いているかと言われたら、私は罪悪感など持っていません。私は私の研究をしていただけです。でも……先生はきっと、それは悪いことだと言うでしょう」
俯いたディストから漏れた本音から読み取れたのは、彼の倫理観の欠如と、それでも彼の中で疑似的な良心となっているネビリム先生の存在の大きさだ。
ディストが脱力し、頭を抱える。大きな体躯をぎゅうと丸めて、縮こまって。自分の中に籠るように。
「先生は、きっと私を許してくれない……ネビリム先生……っ、僕は、僕はただ……っ」
「じゃあごめんなさいをしましょう。悪いことをしたら、謝りましょう。足りないなら、贖罪をしましょう」
「でも……」
「ネビリム先生は頑張って罪を償った人を見捨てるような人なんですか?」
顔をあげないまま、ふるふるとディストが首を振る。
私はディストに歩み寄ると、そっとその背中を撫でた。
「大丈夫ですよ。サフィールに出来ることはまだあります。今はちょっと見えていないだけで、やれることはたくさんあります」
「本当に……?」
「ええ、本当ですとも。解らないなら私も一緒に考えます。私が持つ知識が役に立つかもしれません」
「でも、でも……私は、先生に会いたいんです。どうしても」
ゆるゆるとディストが顔を上げる。いつの間にかディストの頬は涙に濡れていた。
その感情は誰だって抱くものだ。決して悪いことではない。縋るように私を見るディストに、私はゆるりと首を振る。
「サフィール、過去は変えられません」
「だったら!」
「人は死んだら終わりなんです。私が言うと説得力はないかもしませんね。でも、だからこそ死んだ人間はそっとしておいてほしいと思います。生きることは楽しいことも嬉しいこともありますが、同時に辛くて苦しいこともたくさんあります。生きた人間が死者を甦らせてそれを強制するのは一種の冒涜だと思います。静かに眠らせてあげて下さい」
私の言葉にディストはこれ以上ない程に眉尻を下げると、今度こそ両手で顔を覆って泣きじゃくり始めた。
その背中を撫で続けながら、この大きな子供を慈しんで良心というものを教えたネビリムという教師に敬意を捧げた。
一体どれほど泣いていただろう。
涙も枯れ果てたディストは虚脱状態に陥ってしまい、ヴァンが水を飲ませるも反応は薄く、シンクが蹴っ飛ばしてもピクリとも動かない。
蹴っ飛ばしたシンクは叱ったが、ずっと背中を撫でていた手を引っ込めようとしたところでディストが私の手を掴んだ。
「サフィール?」
「……解らないんです」
「何がです?」
「結局……私はどうすればいいんですか。一緒に考えてくれるんでしょう。考えて下さい」
幽鬼のような声で言われ、目を瞬かせる。ディストの目はぼうと虚空を見ているままこちらを見ない。
このままでは自殺しかねない。なのでディストの手を握り返せば、のろのろとスピネルレッドの瞳が此方を見た。
「じゃあ、ネビリム先生のことを教えて下さいな」
「え?」
「その上で、一緒に考えましょう。ネビリム先生に私はこれだけ頑張りましたと、胸を張れることは何か。それを探しましょう」
私の言葉にディストはゆっくりと身体を起こし、無表情に私を見下ろす。
そのままぽつりぽつりと話し始めてネビリム先生の話は遠い昔のことでありながら同時にとても鮮明で、彼がその記憶をとても愛しんでいたのが解る。
その言葉に耳を傾け、時折相槌を打つ。長い長い話を聞き終えて、それじゃあどうしようかと二人で話しあう間も、ヴァンとシンクは黙って私達を見守ってくれていた。
「……私は未だに、レプリカ研究の何が悪いのか解りません」
「はい」
「でも……先生に誇れる研究者でありたいとは、思いました。あの人も……研究者でしたから」
「そうですか」
「だからまずは、レプリカ研究をもっと良い方向に向けることは出来ないか、世間が素晴らしいと手を叩いてほめたたえるような、そんな技術に出来ないか。それを考えてみようと思います」
最終的にそう結論付けたディストに、私は小さく頷いて微笑んだ。
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