女体化×若返り×ディストレプリカの話(03)



「気分はどうですか?」
「……わかんない。普通?」
「どこにも不調はなし、ということでいいですか?」
「うん」

 結論から言いましょう。記憶粒子の情報を書き換えてシンクの肉体を成長させる試みは一旦成功しました。
 ええ、一旦です。経過観察は必須です。採取した血液をチェックしたらだいぶ音素の結合が緩くなってましたからね。いつ音素乖離を起こして消えていてもおかしくない状態です。
 実験を見に来ていたヴァンは成長したシンクを見て早速訓練を施したいようでしたが、この状態で無茶させたら本当に音素乖離を起こして死にますよ。
 というか事前にヴァンが身体に譜陣を施してなかったら間違いなく死んでたでしょうね。それくらい危ない状態なんですから訓練なんて却下です却下!

「立てますか?」
「馬鹿にしてる?」
「では言い換えましょう。自分の思い通りに手足が動きますか? 思っていたよりも力が入らない。痺れるような感覚がある。あるいはいきなり力が抜ける。そんな状態ではないか実際に立ち上がってチェックしてみてください。以前も話しましたが、今の貴方の身体がどうなっているか私達も予想すら出来ていません。全てゆっくりと、一つ一つ確かめるように行ってください」
「……いくらなんでも慎重にしすぎじゃない?」

 そもそも訓練以前にまず正常に身体が動くかどうかのチェックからです。
 身体機能まで正常に成長しているとは限りませんからね。ベッドに腰かけていたシンクに丁寧に指示を出せば、どうも私達の危機感を理解しているようには思えないお返事。
 それでも実験着を纏ったまゆっくりと足を前に出して立ち上がります。そのまま歩き出そうとしたところで、案の定自分の足に足を引っ掻けて転びました。
 私も受け止めようとしましたが、体格差だけは如何ともしがたく……。つまり巻き込まれて一緒に倒れました。倒れる際に頭だけでも庇えた自分の反射神経を褒めてあげたいですね。

「このように、貴方が普通のつもりでも身体が正常に動くとは限らないわけです。私が慎重になっている理由が解りましたね?」

 想定の範囲内ということでシンクの下敷きにされながら冷静に説明を付け加えれば、私を押し倒したままシンクは呆然としていました。
 ようやく私達の危機感を理解してくれたようで何よりです。

「……感覚が、全然違う」
「そうでしょうとも。その上不具合を抱えている可能性があるわけです。理解したならゆっくり立ち上がって下さい。セクハラは不問にしますので」
「せくはら?」
「貴方が私の胸を鷲掴みにしていることは事故ということで許します、と言っています」

 目をぱちくりさせているシンクはどうやらセクハラという単語を知らなかったようです。
 言い換えた私の身体を改めて見下ろし、自分の掌が私の胸を鷲掴みにしているのを見て一気に顔を真っ赤に染め上げ、声にならない悲鳴を上げながら慌てて立ち上がろうとして後ろにひっくり返っていました。
 ゆっくり立ち上がれって言ってるのに人の話を聞いてないんですかね、この子供は。

「ちょっ、ちが、わざとじゃ……違う!」
「ゆっくり動けと言っているでしょう。人の話聞いてます?」
「なんでアンタそんな冷静なんだよ!」
「事故だと解ってるからですよ。それともわざとだったんですか?」
「違う!! わざとじゃない!!」

 尻もちをついて叫ぶシンクを見ながら立ち上がり、手を差し伸べます。
 シンクは何か言おうと何度か口を開閉させていましたが、どうも言語化が追い付かなかったようで。自分の主張を呑み込み、思い切り眉間に皺を寄せた顔で私の手を取りました。
 重たい身体を引っ張り上げて立ってもらいます。性別が反転しているとはいえ長身のディストのレプリカとして私も百六十センチはあるんですが、シンクはそれよりずっと高いです。いわゆる細マッチョ。重いわけですね。

 立ち上がったシンクの身体はパッと見た限り違和感はありません。やはり後は実際に動いてみてもらうしかないですね。
 私がシンクの身体を観察していると、シンクが気まずそうに視線を逸らしました。

「シンク?」
「……わざとじゃ、ない。から」
「解ってます。だから怒ってないでしょう?」
「……ごめん」
「そう思うならちゃんと指示に従って、慎重に動いてください」
「わかった……」

 ラッキースケベという事故を経たせいか、その後のシンクは素直に指示に従ってくれました。
 ひとまず身体機能に不具合はなし。急成長した身体のコントロールが出来ていませんが、意図しない動きをするわけでもないようですから慣れればまた変わってくるでしょう。
 しばらくは今の身体に慣れることを優先しつつ検査していきましょうと言えば大人しく頷いていました。最初からそうやって大人しくしていて下さい。

「どれくらいで訓練出来るようになる?」
「検査の結果次第ですね。今は体調が安定していても急変する可能性もあります。音素の結合が安定すれば目処も立てられますが、今の貴方はいつ音素乖離を起こしてもおかしくありません。安定しないようなら更に身体に譜陣を刻むなど何かしらの方法で補助を付ける必要があるでしょう。筋肉が落ちないようトレーニングがしたいならこちらで指示を出しますから、勝手に動き回らないように」
「わかった」
「空腹感はありますか? 食事が摂れそうなら準備してきますが」
「食べる」
「じゃあご飯にしましょうか。食べたいものはありますか?」
「ない」
「ならここに持ってきますから、大人しくしているように」

 ベッドに腰かけたシンクの頭をぽんと撫でて部屋を出るために踵を返せば、シンクは不思議そうに自分の頭に触れてました。
 頭撫でられたの初めてなんですか? ああ、初めてかもしれませんね。その辺りも私が色々と先生役になる必要があるのでしょうね。
 ……子育てなんて前世含めて初めてですよ、まったく。

 それからディストと情報を共有し、手早く食事を作りにキッチンに向かいます。食堂からかっぱらってきてもいいんですが、絶妙に遠いですし余りシンクから目を離したくないんですよね。
 ディストに自分の分はないのか聞かれましたが、貴方は健康体でしょう。自分の足で歩いて食堂まで行きなさい。ただでさえ運動不足なんですから。
 仲間外れにされたって拗ねないでください。面倒くさいな。解りましたよ。貴方の分も作りますよ。私が作ったご飯を食べるからにはちゃんと時間通りに食事を摂って下さいよ。洗い物面倒くさいんですから。
 そう釘を指したら食器洗浄乾燥機を作ってくれることになりました。貴方の労力をかける方向性はそっちで合ってるんですか?

 ライスを柔らかく煮こんで雑炊を作り、鍋ごと部屋まで運びます。まだ身体が不安定ですから、消化に良いものの方がいいですからね。
 ディストも一緒ですから、三人で食卓を囲みます。シンクが何でこいつが居るんだみたいな顔してるのがちょっとだけ面白いなと思いました。

「ゆっくり食べて下さい。吐き気などを覚えたらすぐに食べるのをやめるように」
「ん」

 注意と一緒に雑炊を盛った皿を渡したところでシンクがそのまま食べようとしたので、少し考えた私はもう一つ付け加えることにしました。

「シンク。食べる時はいただきます、と言うんですよ」
「いただきます?」
「はい。どうぞ、召し上がれ」

 私もお皿を前に手を合わせていただきますと言えばディストも隣で同じように手を合わせます。シンクも見よう見まねで手を合わせています。いい子ですね。
 元は日本人の私の習慣ですが、ディストに説明したら彼もするようになりました。変なところでディストは律儀です。
 シンクも首を傾げながらどういう意味か聞かれたので、自分の糧となる命や食事を作ってくれた人などに対しての感謝の気持ちだと説明しました。
 それを聞いたシンクは雑炊を掬い上げたスプーンを持ち上げながら、不思議そうに眼を瞬かせていました。

「いのち」
「ええ、命です。私達はいわば死体を食べてるわけですからね。それが私達の血となり肉となるわけです。そしてオリジナル達もいずれ死んだら土に還って、そこから植物が生えて、それを草食動物が食べ、その草食動物を人間が食べます。命はそのように循環しています」
「僕達レプリカには関係ないじゃないか」
「ではシンクは循環の輪に入らない私達の命を繋いでくれる死体に敬意も感謝も必要ないと思いますか?」

 そう聞けばシンクは少し悩んだ後、こいつらは無駄死にだったってこと? と聞いてきます。
 まあある意味そうですね。否定はしません。でも全くの無駄死にだとも思いません。少なくとも、私は。

「私もシンクも命の循環に入っていなくても、社会の輪には入ります。そこでも命は回ります。なら無駄死にではないと思いますよ」
「社会の輪?」
「貴方も神託の盾に入るんでしょう?」
「まあ……そう、だね」
「どんな形であれ社会に貢献するのであれば、無駄とは言えないでしょう。さあ、冷めない内に食べてしまいなさい。ちゃんと美味しく作りましたから。美味しいものは美味しい内に食べるのが礼儀ですよ」
「ラチアが作ったんだ……?」
「そうですよ。体調がいいなら残さず食べるように」

 私がそう言えばシンクはおずおずとスプーンを口に運んでいました。
 それを見て私も雑炊を口に入れれば程よい塩気が効いたお味がします。うん、味見した時と同じです。
 私が雑炊を咀嚼しているとディストが変なものを見る目で私を見ていました。何ですその目は。

「パパラチア……貴方、情操教育なんて出来たんですね」
「……明日のディストのご飯は無しです」
「何でですか!!」

 失礼なことをのたまうディストがキィキィ叫んでいます。
 地団太を踏むディストを指差しながら埃が立つので真似しないように言えば、シンクはもぐもぐと口を動かしながら黙って頷きました。いい子ですね。

 全員でごちそうさまをした後はシンクの検査です。音機関を使って身体を丁寧に調べます。
 経過観察がしたいので、シンクは研究室にお泊りです。なるべく目を離さないよう、私も同じ部屋にお泊りです。
 まだ身体のコントロールがうまくいかないシンクは一人でシャワーを浴びるのも不安があるでしょう。
 見張りも兼ねて一緒に浴室に入ろうとしたら抵抗されました。別に私まで裸になるわけじゃないんですけどね。

「裸を見られるのが嫌だって言ってるんだよ!」

 そうは言いますが、しょうがないでしょう。シンクまだまっすぐ歩けないじゃないですか。浴槽で溺れたら助ける人がいないと最悪溺死ですよ。
 そう忠告しても絶対に嫌だ、どうしても見張りが必要ならディストにしろと拒絶されました。そんなに私に裸見られるの嫌なんですか。
 渋々ディストに話を通せば私の予想とは裏腹にお風呂の見張りを引き受けてくれました。てっきりシンクの世話は私の仕事だろうと言われると思ったんですがね。

「パパラチア、貴方実は情緒方面の感情が劣化してたんですか?」
「失礼な。人並みの羞恥心くらい持ってますよ。初対面の時にひっぱたかれたのもう忘れたんですか?」
「なら何故食育が出来るのにシンクの羞恥心を理解してあげないんですか」
「仕方ないでしょう。まだうまく動けないんですから」
「それを仕方ないで済ませるから情緒が死んでるんじゃないかって言ってるんですよ」

 ディストからまたもや大変失礼なことを言われました。
 人前で高笑いをする貴方に羞恥心について言われたくありません。


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