The only one in this world.02(07)
「ヴァンから話は聞いたよ」
何度目かに訪れたイオンの部屋で、さあ今から治療をという時になってイオンが口を開いた。
治療後は体力が尽きてしまうから今話したいのだろうと、イオンの手を取ったまま話しを聞く体勢に入る。
イオンがちらりと私の背後に立っているシンクを見たが、すぐに私に視線を戻して話し始めた。
「正直なところ、今でも信じられない。預言が、未来が無数にあるなんて」
「この時代では預言は一つしかなく、それに従うのが当然だと聞きました」
「そう。教団は預言に従うべきだと言っているし、未曾有の繁栄のためというお題目を掲げて預言を実現するためにありとあらゆることをしてきた。そのために命を落としてきた人間は僕が知っているだけでも両手の指じゃ足りないけれど、きっと僕が知らないだけでもっと多くの人間が死んでいると思う」
「預言のために?」
「君からすれば馬鹿馬鹿しいことかもしれない。でも今はそれが当たり前なんだ。預言は順守されなきゃいけないものなんだよ」
そう言って俯いたイオンが自嘲気味に笑う。
イオンもまた、預言のために死ぬことを許容された側だと聞いている。きっと預言に思うことがたくさんあるのだろう。
イオンの手が私の手を握り返してくる。未だ骨と皮だけの薄い掌は、それでも力強い。
「預言によって導師になることを定められていた僕は、生まれた瞬間から未来が決められていた。死ぬ瞬間まで、ずっと預言に支配されて生きていくものだと思っていた。だからレプリカ大地計画にだって賛同した。預言に従うだけの世界なんて、存続する価値もない。なら全部壊したって問題ないだろう?」
「ごめんなさい、私はそれを肯定できません」
「だろうね。でも君が現れて、新しい未来が提示された。僕はヴァンの計画に引き続き賛同する。そのためにも、僕の治療を頼む。絶対に、治して」
顔を上げたイオンはギラついた瞳で私を射抜いた。きっとそこにはシンクと同じ緑の瞳があるのだろう。
私はイオンの言葉に肯定も否定もせず、手を握り返して可能な限り治療をしますとだけ返す。
途端にイオンは苦笑して肩をすくめる。
「君のその愚直な誠実さは嫌いじゃないよ。口だけのおべっかよりずっといい」
「治癒術士として嘘はつきたくないんです。だいぶ治療は進んでいますが……確約できなくてごめんなさい」
「いいよ、許してあげる。治癒術士としてのプライドを持った君なら全力で治療に当たってくれる。そうだろう?」
「はい。それは約束します」
頷く私にイオンもまた頷き返し、そのまま治癒を開始した。
うめき声一つ上げないまま、それでも額に汗を浮かべて苦痛に耐える彼が生き延びることが出来たとしたら、きっと頼もしい味方となるのだろう。
そうして治療を終えた私は、シンクと共にイオンの部屋を後にして暗い通路を歩いていた。
私の視力異常を知ってからシンクは暗がりでは必ずエスコートしてくれる。治療にヴァンが同伴しなくなってからは私一人だと道に迷いかねないのでありがたい先導でもあった。
その腕に掴まりながらフード付きのローブを被ったシンクを見る。
私がヴァンに協力すると決めたことで、必然的にシンクもヴァンの計画に加担することになった。
それに対してシンクは何も言わない。イオンと同志になることに対しても、言及したことはない。
しかし言葉にせずともその内心が粗ぶっているであろうことは想像に容易い。実際、イオンの治療に出た帰りのシンクはいつだって不機嫌だ。
シンクは今どんな気持ちを抱えているのだろう。
「シンク」
「なに」
「シンクが嫌なら、神託の盾に所属せずに裏でサポート役になる道もあると思うよ」
ヴァンと話し合った結果、シンクは前世と同じく神託の盾騎士団に所属することになっている。
前世では第五師団の師団長と参謀総長を兼任していたという。未成年の子供になんて大役を担わせていたのかと驚いたものだ。
恐らく今回ものその流れを踏襲することになるだろうとヴァンは言っていたが、神託の盾に所属すればイオンや七番目のレプリカとも嫌でも関わらざるをえない。
だから嫌なら別の道もあると提示したのに、シンクはフードの奥で歪に笑った。
「僕はもう要らないって?」
「誰もそんなこと言ってないでしょう」
「冗談さ。僕に対する気遣いは不要だ。使えるように使えばいい」
「私はシンクの嫌なことを強制したくないってだけで、」
「その気遣いが不要だって言ってる。道具に感情移入しすぎない方が良いんじゃない?」
私の言葉を切り捨て、嘲笑うように言われた台詞にため息が漏れかけた。
シンクの肩に頭を寄せて僅かに体重をかければ、ぴくりと小さく跳ねる硬い肩の感触が伝わってくる。
「道具は大切に、長く使うべきだと思うよ」
「奇特なことだね、失敗作なんて使い捨てればいい」
「そもそもレプリカを使い捨てなんてしたら費用対効果が悪すぎると思うんだけど」
「それは確かに。違いない。君の言う通り、レプリカの作成費用を考えたら擦り切れるまで使い潰す方が正解だ」
くっと喉奥で笑い皮肉気に吐き捨てるシンクはどこまでも自分を使い捨ての道具として扱う。
やはり一緒に小屋で生活する程度では心を開くにも、自立心を促すにも至ることはないようだ。
「シンクの不満が聞きたいな」
だから私の希望という形で口にすれば、足を止めたシンクが嫌そうな顔で私を見た。こちらを見る緑の目に思わずふふと笑ってしまう。
笑った私に舌打ちを零した後、前を向きなおしたシンクの足がまた動き出す。その隣を歩きながら、ぽつりぽつりと言葉を零し始めたシンクの言葉に耳を傾ける。
「オリジナルは嫌いだ。今でも死ねばいいと思ってる」
「うん」
「七番目も、会いたくない。同志に引き込むなんて冗談じゃない」
「うん」
「世界中の人間をレプリカに入れ替えられないのは……少し残念だと思ってる」
「うん」
「でも新しい計画も悪くないと思ってるのも本音さ。世界中の人間がパニックになって、預言は絶対だと言っていた奴等を糾弾するんだ。同じオリジナル同士で罵り合って、殺し合うんだ。悪くない」
「うん」
「……君と」
また、シンクの足が止まった。けれどシンクはこちらを見ない。
ただ少しだけ、私の方に体重をかけてくる。
そして聞こえてきたのは、こんな人気のない通路でなければ絶対に聞こえなかっただろう、微かな声だった。
「君と離れて働くのは、少し腹立たしい」
「……うん、そっか」
私が相槌を打つと、シンクはまた歩き出した。
私の歩行に合わせたゆったりとした歩調は、エスコートを始めてからずっと同じ速度だ。
「頑張ろうね」
「別に。言われた通りにやるだけだよ。いざという時は使い捨てればいい」
「もう。すぐそんなこと言う」
「事実だ。レプリカじゃなくとも軍人っていうのはそういうものだろ。君みたいな治癒術士ともかく、前衛職なんて使い捨てさ」
「でも私はまだシンクを手放すつもりはないから、命を大事にしてね」
「それは命令?」
「そうだよ。最上級命令」
「やっぱり奇特だね、あんた」
「ふふ。私の手を取った以上はこういうものだって諦めて」
「ハイハイ。ま、精々うまく使ってよ」
話している内に機嫌が直ったらしいシンクと暗い通路を出る。
そのまま小屋に戻れば引っ越しの準備の続きだ。私とシンクは兄弟として神託の盾に席を置くことになるから、この小屋ともおさらばしなければならない。
幸いヴァンの手筈で神託の盾本部にほど近い小さな家を借りることが出来たから、二人暮らしは続行することになっている。
それなのにシンクが離れて働くのが嫌だと思ってくれたことはちょっとだけ嬉しい。自我の発露が見えて、一歩前進できた気分になる。
「あ、そうそう」
「なに」
キッチンを掃除しながらふと思い至った私が声をあげれば、服を木箱に詰めていたシンクもまた顔を上げた。
モノクロの世界の中で唯一色づいている緑を視界にとらえて、疑問を一つ投げかける。
「私とシンクは兄弟ってことになるでしょう?」
「それが?」
「私がお姉ちゃんでいい?」
「は??」
「シンクが弟」
「は??」
「決まり! ふふ、ちゃんと姉さんって呼んでね」
「は??」
解りやすく嫌ですという顔をしたシンクに決定を告げる。
呼んでみて、と促してみれば物凄く間を置いた後に私の名前を呼んだ。どうして。
「別に名前で呼んだっていいだろ」
「えー。シンクに姉さんって呼んでほしい」
「なんだよそれ」
「だめ?」
「命令?」
「違うけどぉ」
「じゃあいいだろ」
「呼んでほしいの!」
「ルビア」
「姉さん! お姉ちゃん、でもいいよ?」
「ルビア」
「もう、意地悪」
意地でも私を姉と呼ばないシンクに頬を膨らませる。
絶対に呼んでやらないというようにそっぽを向くシンクを見て、私はまた小さく笑った。
嫌だって言えるのは、大事なことだよね。
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