The only one in this world.02(08)
「一つ、共有しておきたい情報がある」
引っ越しを終えた後、様子を見に来てくれたヴァンに促されて私達はテーブルを囲むことになった。
使い慣れないキッチンでお茶を淹れて振舞った後、一口飲んだところで早速ヴァンが口を開く。
「私達以外にも前の生の記憶を持っていると思しき人間が居る」
「誰」
ヴァンの言葉にシンクが即座に切り込んだ。
まあおかしくはない。そもそもこの記憶の引き継ぎ現象も原因が解っていないのだ。
私達以外にも記憶を持っている人間が居るのは当然のことだろう。
「アニス・タトリン。ガイ・セシル。そしてティア。少なくとも私が確認できる範囲ではこの三人は確定だな」
「どういう人選なんでしょう?」
「恐らくだが、以前の生でエルドラントに足を踏み入れた者だと思われる」
「エルドラント……ヴァンさんたちが最終決戦の地とした場所でしたか」
「ならアッシュとそのレプリカは?」
「その二人は例外と考えるべきだろうな」
ヴァン曰く、前回の生でエルドラントに突入してきた敵は七人。
神託の盾騎士団特務師団所属のアッシュ。そのレプリカであるルーク・フォン・ファブレ。ヴァンの妹であるティア・グランツ。マルクト帝国のジェイド・カーティス大佐。かつてヴァンの同志だったというガイ・セシル。導師守護役のアニス・タトリン。キムラスカの王女ナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディア。
対してヴァンの仲間だった中でも覚えているのはシンクとリグレットのみ。第一師団師団長のラルゴ、第二師団師団長のディスト、第三師団師団長のアリエッタは記憶を持っていないらしい。
例外であるアッシュとルーク。この二人はなんとローレライと音素振動数が完全に一致しているらしい。
そのためローレライとの交信が可能であるというのだから驚きだ。ユリア以外にもローレライと話せる人間が居たとは。
死んだ後もローレライと意識を共にしていたヴァン曰く、この二人に記憶がない理由に心当たりがあると言う。エルドラント戦後、彼等はローレライと同化した感覚があったというのだ。
つまり吸収されたのだろうというのはヴァンの憶測でしかないが、事実アッシュには記憶がある様子は見られないらしい。
キムラスカに足を運んだ時も、ガイから胡乱気な視線を感じたことはあれどルークは無邪気にヴァンを慕っているとのことだった。ヴァンはルークの性格上、それが演技である可能性は低いとみているという。
「ルビアは現導師の懐柔と補佐のために導師守護役になってもらう予定だが、恐らく記憶にない存在である君をアニス・タトリンは警戒するだろう」
「はい」
「渡せる情報は可能な限り渡す。アニスは既に士官学校に入っているが、裏から手を回して卒業を遅らせる予定だ。その間に導師の懐柔を頼む。記憶との齟齬があるというだけで即座に排除に動かれることはないだろうが、警戒はしていてくれ」
「解りました」
「あんたの妹はどうする?」
「今回ティアを神託の盾に入れるつもりはない。義祖父にユリアの血を残すためにもユリアシティに残留させ、家庭に入れるよう促すつもりだ。それで動きを封じられるとは思わんが、神託の盾の肩書がないだけでも動きやすさは変わるだろう」
「へえ? 殺さないんだ?」
「言っただろう。不用意に敵を作る真似はしたくないと。まず出方を見る。あからさまに敵に回るのならば処分するしかないが、使えるものは使わなくてはな」
シンクの挑発じみた言葉にヴァンは酷薄に笑った。
兄妹で殺し合うことに躊躇いはないのだろうか。私が尋ねれば、ヴァンは妹とはとっくに袂を分かっていると言い切った。
「前の生の記憶があるのならばなおさらだ。ティアは既に私を世界の敵と認識しているようだからな。ティアが私を敵と定めている以上、今更懐柔しようとは思わん」
「そうですか……」
「気にしなくていい。覚悟は前の生の時に済ませている。あちらも同じだろう」
「……はい」
「それよりも潜在的な敵が判明したことを僥倖に思うべきだろうな。あちらは私達が前と同じくレプリカ大地計画を行うものとして認識しているのなら多少動きも読める。このアドバンテージをうまく使わねば」
ヴァンの言葉に私とシンクが頷いたところで、これからの予定のすり合わせを始める。
シンクは第五師団に。私は導師守護役部隊に入隊することになる。そのための訓練は始めているし、前世で使っていた武器も調達してもらった。
私の場合は導師専属の医師という側面が大きいために戦闘力はおまけでいいと言われているが、それでも身を守れるに越したことはないとシンクに格闘術も習い始めている。
導師守護役になるまであと数日しかないが、それでも出来ることはしておくべきだろう。
それからヴァンにアニスの情報を貰い、シンクと訓練をしながら数日を過ごし、私は導師守護役の軍服に袖を通した。
仮面をつけ、長く伸びているサイドの髪も含めて髪をハーフアップにまとめる。
迎えに来たリグレットと共に行くシンクと別れ、私はヴァンと共に教団に足を踏み入れた。
「待たせたな。新人を紹介する」
ヴァンの先導の元、たどり着いた部屋は導師の執務室だった。
他の守護役達も集まっていて、私は医療方面に特化した守護役としてヴァンがスカウトしてきた人物として紹介される。最近寝込みがちだった導師の補佐のためということで、守護役達はすんなりと私を迎えてくれた。
私は戦闘に関しては多少の心得がある程度なのでそちらは先輩方を頼りにしていますと笑顔で自己紹介をした後、そのまま守護役達を置いて導師の元へと連れていかれる。
私室で大人しく待機していた導師は、入室してきた私達を見て緊張を露わに立ち上がり、私達を出迎えた。
「イオン様、新しい守護役を入れましたので、ご紹介させていただきます」
「は、はい」
「ルビア奏長です。今日からイオン様の守護役としてお仕えいたします。よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
ヴァン直々の紹介ということで、導師は緊張を隠せていないようだった。
そのことに苦笑を零したところでヴァンが防音譜術を張り、口調を崩して私に声をかける。
「もう仮面を取っても良かろう」
ヴァンの言葉に頷き、私は仮面を取って改めて導師と対面した。
私の顔を見た瞬間ヒュッと息を呑み青ざめる。何故そんな顔をされるか解らない。
本当は違うけど、改めて初めましてと挨拶しようと思っていたのに出ばなをくじかれてしまった。
「イオン様……?」
「僕は……もう、用済み、ということでしょうか?」
あ、これ誤解されてるな。
青ざめた顔で告げる導師に苦笑しつつ、私は女だから導師になるのは無理かなぁと零す。
そのことに目をぱちくりさせた導師にヴァンもまた苦笑を零した。
「ルビアはお前の兄弟と言っても過言ではない。私が助けられた命の中でもその身体の事情を知る数少ない人間の一人でもある。サポート人員として不足はないと思い連れてきたのだが……不要だったか?」
「助けられた……?」
「ヴァンさんはザレッホ火山の火口に廃棄されたレプリカを救えないか、わざわざ火山に足を運んでくれたんだよ」
本当でもないが嘘でもない言葉にイオンは目を見開き、弾かれたようにヴァンを見た。
その唇が戦慄き、くしゃりとゆがめられた顔が私を見る。
「貴方、以外のレプリカ達は……」
「あと一人、助かってる」
「そう、ですか。良かった……本当に、良かった……っ」
今にも泣き出しそうな声をあげ、杖を取り落として両手で顔を覆う導師に歩み寄る。そっと肩に手を添えれば、僅かな躊躇いの後にぎゅうと抱きしめられた。
震える身体は温かく、けれど指先は冷えている。私は導師を抱きしめ返し、その背中をぽんぽんと叩いた。
「僕以外、全員廃棄されたものとばかり……っ! ヴァン、ありがとうございます。僕は、貴方を誤解していたようです」
「その認識は間違ってはいない。私も立場上、やりたくないことをやらねばならず、言いたくとも言えないことも多い。昔は権力を持てば手を伸ばせる範囲も増えると漠然と思っていたが、主席総長という地位についてなお、私の手が伸ばせる範囲は狭く、本音を隠さねば碌に動くことも出来ぬ」
涙目になった導師がようやく笑顔を見せてヴァンに礼を告げるが、ヴァンはゆるりと首を振った。
曖昧な言葉はどうとでも解釈できるが、だからこそ相手は都合よく解釈してくれる。導師のように人生経験の少ない子供ならなおさらに。
だからヴァンはその誤解を助長させるように、自嘲じみた笑みを浮かべて懐柔にかかる。
「現に私はこうしてお前達に不自由を強いている」
「でも、彼女を、ルビアを救ってくれたのでしょう?」
「素顔で子供らしく生きていく道を示してやることも出来ないが、な。だが彼女は預言を詠む能力こそお前に劣るが、治癒術特化型だ。きっとお前の助けになるだろう。体調管理などを任せるといい」
「はい! 本当にありがとうございます!」
今度こそ完全に警戒心を解いた導師が破顔したのを見て、私は彼を椅子へと導いた。身体が弱いなら無理をすべきではないだろう。
改めて腰かけた導師を前に、ヴァンは告げる。今回は理由を捻りだして何とか同行できたが、本来ヴァンが導師に近づくのは周囲から余計な疑心を呼びかねないので余りできることではないと。
導師もまた唇を引き結んでその言葉に頷くと、ヴァンもまた頷いてその頭をくしゃりと撫でた。予想外のことをされたとでもいうように、導師は目を白黒させる。
「お前達を生み出すことに加担した私が言える台詞ではないかもしれないが……私はお前達にも誰かの代わりではなく、一人の人間として生きてほしいと思っている」
「え……でも、僕は」
「ああ。イオン様の代わりとなることを求められている以上、そう振舞わなければならないだろう。だがルビアの前でだけなら、お前らしく居られるのではないか?」
ヴァンの言葉に導師が困惑を顔に乗せながら私を見た。にこりと微笑んでみるも、その顔から戸惑いは消せていない。
ヴァンは導師の前に膝をつくと、その両肩に手を乗せて真正面から顔を見合わせた。
「今はまだ難しいだろう。私も表立って助けてやることは殆ど出来ないと思う。だが生きていれば必ず未来はある。励みなさい。それがきっと、いつかお前を助ける筈だ」
「……はい。今は……何を頑張ればいいかも、解りませんが」
「それでいい。少しずつ、世界を知りなさい。生きるというのはそういうことだ。ああ、そうだ。一つ課題をやろう」
「課題ですか?」
「自分の名前を考えておきなさい。人前では導師イオンと呼ぶしかないが、事情を知る者の前ではその名を名乗るといい。お前は確かにイオン様の代わりに導師になったが、それでも間違いなく別の一人の人間なのだから」
そう言って頬を緩めたヴァンがまたイオンの頭を撫でた。
父親のような振舞いをするヴァンの言葉にイオンは眉尻を下げながらも、きゅっと下唇を噛んでぎこちなく頷く。その瞳にまた涙が浮かびかけているのは私の見間違いではない。
ヴァンは力強く、けれど優しく導師の肩を叩いて何かあったらルビアに言いなさい。私に伝えてくれるはずだ。と言葉を添えた。
「ヴァン……その、僕は」
「なんだ?」
「イオン様の代わりとなることが、僕の生まれた意味では、ないのですか?」
「表向きはそうだな。お前らしく生きてほしいというのは、所詮私の我が儘だ。イオン様の代わりとして生きる方が、お前にとっては楽かもしれない。それでも一人の人間として尊重したいと思ってしまうのは、結局は私のエゴなのだろう」
「ヴァン……」
「窮屈な人生を強いた私が言える台詞ではないかもしれないが……私のことは信頼できなくてもいい。だがルビアのことは信じてやりなさい。お前のために知識を詰め込んで、こうしてここまで来てくれたお前の兄弟、いわば姉だ」
「いえ、貴方も信頼できる人だと思います。ありがとう、ヴァン。僕らしくというのはまだよくわかりませんが、まず貴方からの課題を精いっぱい考えてみます」
「一人で無理そうならルビアと相談しながら考えなさい。決まったら教えてくれ。手紙でも構わない」
「はい!」
またヴァンが頭を撫でる。導師は嬉しそうに頬を緩めた。
まったく、懐柔役はどちらかなんて解りやしない態度だ。悪辣だこと。
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