The only one in this world.02(09)


 導師の元で導師守護役として働き始めた。
 朝出勤した私はまず導師の体調をチェックし、それに合わせてスケジュールを調整する。
 といっても今の導師の仕事のほとんどは大詠師が抱えているらしく。少しずつ引き継ぎをしている最中らしい。

 導師は最初こそ私だけ側に居ればよいと言ったが、それは駄目だと私が咎めた。
 導師守護役を連れ歩くのは導師の地位を重んじる教団の威信もかかっている。導師守護役を遠ざけるということは導師という地位を軽んじるのと同意義なのだ。
 だから一人の時間を確保するのはいいけれどなるべく守護役達を招き入れるように言えば、導師は俯いてぽつりぽつりと愚痴を零した。なるほど、あからさまに媚びを売ってくる子達が嫌だったのか。
 ならその辺りの調整も私がすべきだろうと、私は未だ自己主張の下手な導師と守護役達の橋渡し役も担うことになった。

 私がクッションになったことで、導師と導師守護役達は少しずつ交流をするようになった。
 特に一等媚びを売っていた子に関しては導師守護役の仕事を与えられたことで弟に薬を買えるようになり、ここを辞めさせられた今度こそ弟が死んでしまうと思って必死だったらしい。
 それを聞いた導師が真面目に仕事をしてくれる方が嬉しいし信頼できると伝えたことで、その子はあからさまに媚びを売ることをやめた。
 他の子達も導師に気に入られたいならば媚びを売るのは逆効果だと理解して、猫なで声で導師に接する子は一週間ほどでいなくなった。
 これによって導師の側に守護役達が侍るようになり、自衛は出来ても護衛には不安がある私は密かに胸を撫でおろしたのである。

 それでも導師は私と二人で過ごす時間が好きらしい。
 休憩時間になると二人で話したいと甘えるように言う導師に、他の守護役もとい同僚達はくふくふと笑みを零しながら退室していく。
 主治医も兼ねることになった私を姉のように慕っている導師を可愛いと思っているそうだ。導師が言う唯一の我が儘だと、微笑ましく思っている者もいるらしい。

 同時にうまく不満を吐き出せない導師から本音を聞きだせる時間でもある。体調のチェックと情報収集も兼ねた時間でもあるため、同僚達は導師が私を贔屓することに不満はないようだった。
 なのでその好意に甘え、お茶と軽食の乗ったワゴンを押して導師と共に私室に足を運ぶ。席に着いた導師が破顔したところで、苦笑を漏らしながらまずは体調チェックだよとくぎを刺した。

「体調はどう?」
「ルビアが来てからは調子が良いんです。他の守護役の子達も気遣ってくれますし、とても過ごしやすくなりました」
「それは良かった。常に誰かが居るのは窮屈かもしれないけど、それもあなたを守るためだから」
「もう解っています。実際守護役の子達を連れ歩いて外に出た時と一人で外に出た時では詠師達の反応が違ったんです。こんなに違うものかと驚きましたが、必要性は理解できました。導師守護役はただの護衛以外の意味も持つのだと。それにちょっと困った時にアドバイスも貰えて助かったこともあるんです」
「導師守護役は導師に諫言できる存在だからね。一人でゆっくりしたい時は言えばあの子達も聞いてくれるだろうから、これからも仲良くね」
「はい!」
「じゃあ舌べーって出して」
「あ、はい」

 すっかり明るくなった導師が慌てて口を開けて舌を出す。
 舌の色だけでなく、爪や唇の血色を見ていく。同時に脈を計り、主治医になってから付け始めた記録に新たに異常なしと書き込みを加える。
 体温、脈拍共に正常。食事もきちんととっているし、夜もちゃんと眠れているようだ。今日もばっちりだねと言えば導師は嬉しそうに笑った。
 体調チェックが終わったところでワゴンからお茶を取り出し、二人でテーブルを挟む。一口ずつ飲んだところで、導師が声を上げた。

「あ、そうそう。実は一つルビアにお願いしたいことがあったんです」
「私に?」
「はい。ヴァンに出された課題についてずっと考えてたんですけど、決められなくて」
「ああ、確か自分の名前を考えるようにって言われてたね」
「そうなんです。けど全然思いつかないので……その、ルビアが、付けてくれないでしょうか?」

 頬を赤らめながら上目づかいでこちらを伺いつつ、導師がそんなことを言いだした。まさかの提案に面食らったものの、すぐに理解は出来た。
 まだまだ導師はオリジナルイオンを模倣することで精一杯なのだ。自由に自分の名前を決めろと言われても、逆に選択肢が膨大すぎて決められなかったのだろう。
 それでもヴァンに出された課題を達成したかったのか、はたまた自分の名前というのがそれほど魅力的だったのか。理由は解らないが、悩んだ末に私を頼ってきたというところか。

「私でいいの?」
「はい。ルビアがいいです」
「そうだね……うーん……」

 導師がいいなら、と私は腕を組んで考える。
 響きがいいものが良い。そこに意味があるなら、なおよい。
 そう考えて頭の中をかき混ぜた結果、私は一つの名前に辿り着いた。

「じゃあ、アルペジオ」
「アルペジオ……古代イスパニア語で天へと歩み続ける者、という意味でしたか」
「うん。頑張るあなたにぴったりかなって思って。あとアルって呼ぶのも、可愛いかなって」

 私の言葉にアルペジオ、アルがぱあと顔を明るくする。
 血色の良くなった頬ときらきらと光る瞳が、アルが本当に喜んでいることを教えてくれた。

「素敵です! 僕、その名前が良いです!」
「じゃあ今日からアルペジオだね。アルって呼んでいい?」
「はい! 二人の時はそちらで呼んでください! 早速ヴァンに手紙も書かないと! ルビア、ヴァンに届けてもらって良いですか?」
「もちろん」

 喜び勇んで席を立ち、自分でレターセットの準備を始めるアルに私の頬も緩む。
 気に入ってもらえたようで良かったと、早速手紙を書き始めるアルを紅茶を飲みながら見守った。

 それからアルが書き上げた手紙を受け取って、必ずヴァンに渡すと約束をする。この様子からしても、アルはすっかりヴァンを信頼しているようだ。
 そうして休憩を終えてから待機していた同僚達と合流し、一日の仕事をこなしてそろそろ夜勤の子と交代する時間になった頃。私は外の警護をしていた子に声をかけられた。

「ルビア、弟さんが迎えに来てるよ」
「え? シンクがですか?」

 導師の書類仕事の振り分けを手伝っていた私は予想外の声掛けに思わず顔を上げる。
 私の驚きに気付くことなく、声をかけてくれた子は兄妹で仮面を付けてるんだねとからりと笑った。

「あ、はい。故郷の習慣で」
「へえ。軍服を着てるってことは一緒に神託の盾に入隊したの? 髪色も体格もイオン様にそっくりだし、影武者とかお願いできそう」
「難しいと思います。あの子は第七音素の素質がなかったので……家系柄それで色々あって。本人も気にしているので、その辺りは余り触れないで貰えると嬉しいです」
「あ、ごめん」

 影武者をするなら最低限預言を詠めなければダメだろう。
 私が無理な理由を告げれば、守護役の子は失言したと言うように口元に手を当てて謝ってくれる。
 苦笑で謝罪を受け流したところで、話を聞いていたアルがおずおずと口を開いた。

「ルビアは、弟が居るのですか?」
「はい。まだイオン様にお会いできるほどの地位はありませんが、共に神託の盾に入隊したんです」
「ぼ……僕が、会っては駄目、でしょうか……?」

 私の弟と聞いて、アルはシンクが生き延びたもう一人のレプリカだと察したらしい。
 暗に私がまだ会わせられないと告げたことにも気付いただろうに、怯えるような口調でそれでも会ってみたいと言い出す。
 その言葉に私は仮面の奥で眉尻を下げた。アルが自己主張を出来るようになってきたのは喜ばしいが、そんなことをすればシンクの機嫌が急降下するのが目に見えている。
 即答しない私に別の同僚が耳打ちをしてきた。

「ルビア、弟さん会わせるの難しい感じ?」
「とっても不愛想なんです。イオン様にもぶっきらぼうな態度を取るのが目に見えているので……」
「あー、なるほど」

 私の言葉に同僚は納得し、まだ礼儀作法を身につけていない神託の盾兵に会うのは推奨できないとアルの説得に移る。
 礼儀作法を身につけていないということは軍人として教育がされていないということであり、神託の盾においてはそれは導師への忠誠心がないということだ。
 それらを説明した上で、例え神託の盾兵でも危険がある以上守護役として会わせたくないときっぱりと言った。
 その言葉にしゅんとした後、どうしても無理かと縋るように私を見る。諦めきれないらしいアルに私の口から苦笑が漏れた。

「あの子は……昔辛いことがあったんです。才能がないというだけで否定された過去を引きずっているために、選ばれた子達まで嫌っているといいますか……あまり、人を信じることが出来ないようになってしまって」

 遠回しにアルのことを好いていないのだと告げれば、正しくくみ取ったらしいアルは眉尻を下げてまたしゅんと肩を落とした。
 今度こそ諦めたらしく、ちょっと眉尻を落としながらもお迎えが来たのなら今日は帰宅していいですよと私に告げる。同僚達も同意してくれたため、私は軽く引き継ぎをして少し早く退勤させてもらうことになった。

「ではイオン様、ご無理はなさいませんように」
「はい。お疲れ様でした」

 辞去を告げて執務室を出れば、ドアの脇のところでシンクが壁に背を預けて腕を組んで待っていた。
 私が外の警備をしていた同僚に挨拶をし終えたのを見て壁から背中を離し、組んでいた腕を解く。

「姉さん」
「!」

 シンクが私のことを姉さんと呼んでくれた……!
 感動の余り、両掌を口元に当てて今にも叫び出したい衝動を堪える。世界中の人間に教えて回りたい。シンクが私を姉さんと呼んでくれました!! と。

「ちょっと、何その反応」
「だって、シンクずっと私のこと名前で呼んでたでしょう」
「姉さんって呼べって言ったのはルビアじゃないか」

 口角を下げてむすっとしたシンクにごめんごめんと謝りながら歩み寄る。
 一連の流れを聞いていたらしい同僚が笑みを堪えているのを見てもう一度だけ手を振ってから、シンクと共に廊下を歩きだす。

「それで、迎えに来てくれるなんて何かあった?」
「別に。こっちの仕事も早く終わったし、食料の補充もしたいけどキッチンのことは姉さんの方が知ってるから合流した方が効率がいいと思っただけ」
「そっか。確かに色々減ってたもんね。一緒に買い物して帰ろうか」
「ん」
「晩御飯何がいい?」
「麺」
「いいね。おうどん茹でよう」
「チキンも乗せてよ」
「ならチキンの処理手伝ってね」
「ん」

 ぽつぽつと他愛のないことを話しながら帰路につく。
 ゆっくりとした歩みは、いつも通り私に合わせてくれたものだった。


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