The only one in this world.02(10)
大通りの市で食材を買い足し、二人で帰宅する。
レムは傾きかけている。お腹もすいた。早速食事を作ろうと、軍服から着替えて二人そろってキッチンに立つ。
私の視覚異常を知ってから、火を通さないと危ないお肉やお魚の処理はシンクが引き受けてくれている。
野菜を切りながら話すのは、外では話せなかったアルのことだ。
「そ。名前決まったんだ」
「ヴァンさんへの手紙もあずかってるから、その内渡さないと」
「近々情報共有に来るはずだからその時でいいだろ」
「次いつだっけ?」
「二日後」
「じゃあその時に渡そう」
「で、アイツはなんて名前になったわけ?」
「アルペジオ。アルって呼んでる」
「天へと歩み続ける者? さっさと死んで天に登れてこと?」
「どうしてそんなこと言うの」
「誤解されかねない名前を付けたのはルビアだろ」
「待って。もう姉さんって呼んでくれないの?」
「家の中でまで呼ぶ必要性を感じないね」
お互い手を動かしながら情報交換を兼ねた軽口を叩き合う。
シンクがお出汁をとり、醤油やみりん、砂糖などを加え、更に一口サイズに切ったチキンや野菜を一緒に入れてお汁を作っていく。
お出汁を使う料理は前世ではホド周辺でしか食べられない郷土料理だったが、今世ではあちこちで食べられるようになったようで材料の入手も容易く、シンクも慣れた手つきで作っている。
ちなみに私はユリアに教わった。まああの子の料理はかなり豪快ではあったけども。
「姉弟設定もだいぶ浸透したみたいだし、別に無理に呼ばなくてもいいだろ」
「でも嬉しかったの」
「じゃあ命令すれば」
「もう、すぐそういうこと言う」
市で買ったうどんを取り出しながら拗ねた口調で言ってみるも、しらっとしたシンクは家の中では私を姉と呼ぶ気はないようだった。
うどんを茹でる間に副菜も作り、シンクは更に追加で買ってきた総菜を取り出す。食べ盛りで私と違って身体を動かして帰ってくるシンクの食べる量は多い。
出来上がった夕食をテーブルに並べた頃にはレムも沈み切っていて、お腹もぺこぺこになっていた私達は早速箸をつけた。
「神託の盾では特に疑われてない?」
「何が」
「私との姉弟設定。前にはなかったことでしょう?」
「特には。髪色も同じだしね」
あっけらかんとそう言って、シンクは豪快にうどんを啜る。良い食べっぷりだ。
シンクは感情の抑制がうまいので本当のところは解らないが、まあシンクがそう言うならば大丈夫なのだろうと判断して私もまたちゅるちゅるとおうどんを啜った。
シンクと私はヴァンが拾ってきた、ダアトにある小さな村出身の姉弟という設定になっている。
外界から途絶された空間で病気の治療が可能な治癒術という創世歴時代の技術を細々と受け継いできた、ということで私の治癒術の特殊性を表でも発揮できるようにしてくれたのだ。
しかしトラブルによって両親が亡くなってしまい、子供二人で途方に暮れていたところをヴァンが発見。
両親の弔いや面倒な遺産関係の整理などをヴァンが人を寄越してくれたことで何とか乗り越え、ヴァンへ恩返しするために彼のスカウトを受け入れて共に神託の盾に入団した……ということになっている。
姉弟揃って仮面を付けているのは村の習慣。
私が預言や常識に対して無知なのは、預言士も来ないような閉鎖的な村の出身だったから。
シンクの人当たりがきついのは、第七音素の素養がなかったために蔑ろに育てられ、更に村のトラブルも重なって人間不信になってしまったため。
様々な辻褄を合わせるためのカバーストーリーだった。
アルにもこっそりと説明をして口裏を合わせてもらっているため、今のところ同僚達から不審な目で見られていない。むしろ色々と教えてもらっている。
「ああ、ただ君の治癒術に興味を持ってる治癒術士は何人か居たよ。本当に病気に効く治癒術なんてあるのか懐疑的、という意味でだけど」
「それは仕方ないよ。今の時代じゃ私の方が非常識なんでしょう?」
「解ってるならいい。まあ君に直接突撃することはないと思う。なにせ主席総長が直々にスカウトしてきたんだ。あんたを疑うってことは閣下を疑うのと同義だ。そこまで馬鹿な奴は居ないだろうさ」
大きく開いた口に放り込まれたチキンの欠片は小さく見えた。同じものを食べている筈なのに、シンクが食べるのを見ると縮尺が少しおかしく見える。
理由は簡単で、チキンをカットする時に私に合わせてくれているからだ。それに気付いたのはいつのことだったか。
シンクの年頃ならもっと大きなお肉にかぶりつきたい時もあるよねきっと。と話している内容とは全く関係ないことを考える。
「そうだといいな。たまにだけど同僚を治療する時もあるから、徐々に真実だって広がれば疑う声も消えるでしょう……と、思うのはちょっと楽観視が過ぎるか」
「自覚があるなら大人しくしておくことだね」
「解ってるよ」
「ま、僕等師団兵達はともかく、守護役達はあんたが導師の補佐が出来る限り真偽はどうであれ受け入れるさ。それが仕事だ。アルペジオの色、ちゃんと見えてるんだろ?」
「……うん」
目を合わせないままシンクに確認されたことで、私は口に放り込もうとしていたネギを引っ込めて頷いた。
中身の減ったどんぶりをそっと持ち上げて、お出汁の効いたお汁を飲む。美味しい。
口を離せば、シンクの緑色の瞳が私を貫くように見ていた。
「やっぱりあんたの目はレプリカだけ色づいて見えるみたいだね」
「そうみたいだね。ほんと、なんでかな。時間と施設があれば検査したいんだけど」
「ディストみたいなこと言い出すのやめてくれる?」
「でも原因の究明は大事でしょう? いざという時に対処ができなくなるもの」
少なくとも私が検査したい理由は探求心ではない。だというのにシンクは苦々しい顔をして総菜を口に放り込んだ。
美味しくなさそうに咀嚼した後、ごくんと呑み込んでからぶっきらぼうに言う。
「必要ないだろ。僕が補佐してるんだから」
嫌そうに視線を逸らしながら言われた台詞に、私は目を瞬かせる。
頬が緩むままにふふと笑う。
「そうだね。いつも助けてくれてありがとう」
「あんたの道具をあんたが使う。それだけの話だ」
「でも、ありがとう」
「道具に礼を言うなんて、」
「奇特な奴?」
シンクの台詞を先回りすれば、僅かに頬を赤らめながら睨まれた。
こういうところは可愛いなと思う。
「もうすぐ」
「ん?」
「もうすぐ、アニス・タトリンが導師守護役としてあがってくるはずだ」
「うん」
話題が変えられる。
それに素直に頷きながら、私もまた気を引き締める。
「本来アイツはモースの駒だ。モースも守護役達とも良好な関係を築き始めた導師の動向を探るためにも早く潜ませたいと考えているはずだ。ヴァンも言っていた通り、早々に排除に動こうとすることはないと思う。けど僕との関係を公言していて、この身体の生まれを知っているアイツは絶対にあんたを警戒する」
「解ってる。私も怪しまれないように動くから。これでも人生経験は積んでるからね、うまく立ち回るよ」
シンクの言葉に頷き、またおうどんを啜る。
ちゅるちゅると啜ったおうどんは、シンクが作ってくれたお汁がよく絡んでいて美味しかった。
それから二日後、シンクの言った通りモースに先導されてやってきたアニスが導師守護役部隊に入隊した。
アニスはアルが守護役達と良好な関係を築いていることに驚き、同時に私の存在に困惑していた。
初日こそ普通に話していたが、どうやら私がシンクの姉だと耳にしたらしくある日を境に警戒されるようになった。
あからさまではないものの、アルの側に侍りたがり、逆に私をアルから遠ざけようと動くアニスは瞬く間に守護役部隊の中で密かな警戒対象となった。
考えなくとも解るだろう。私はアルの主治医と言っても過言ではなく、同時にアルと守護役達を取り持ったという実績がある。
導師の環境を整えた立ち役者であり、今も体調管理を任されている私を遠ざけようとするのだ。守護役達が密かに警戒するのは当然の帰結だ。
「そろそろ休憩にしましょうか。ルビア、またお茶に付き合ってくれませんか?」
「畏まりました」
「はいはーい! アニスちゃんもイオン様と一緒にお茶がしたいでーす!」
同僚である守護役達がアニスを除いて団結するようになってから更に数日。
アルがいつものように声を上げたところで、わざとらしい甲高い声をあげながらアニスが割り入ってくる。
子供らしく可愛らしいと言えなくもないが、同性からは余り好かれないタイプの奴だ。
もう何度目か解らないやり取りに同僚がキッと眦を釣り上げ、腰に手を当ててアニスに注意を飛ばす。
「タトリン響長、前にも言ったでしょう。イオン様がルビアと休憩時間を共にするのは体調のチェックも兼ねているのよ。それを貴方の我が儘で邪魔するのはやめなさい」
「でもでもぉ。わざわざあたし達を排除して二人きりでする必要なくないですかぁ?」
「すみませんアニス。胸の音を聞いてもらう時は法衣を脱がないといけないので、僕が恥ずかしいからと席を外して貰ってるんです」
アニスの主張をアルが苦笑交じりに退ける。導師にそう言われてはアニスも黙るしかない。
ぐっと言葉を呑み込んだアニスは、次はあたしも呼んで下さいねと念を押して他の守護役達と一緒に執務室を出ていった。
それを見送ってから先にアルを私室にやり、私は軽食やお茶の入ったワゴンと一緒にあとを追う。パタンとドアを閉めれば、先に着席していたアルが解りやすく肩の力を抜いた。
「アニスは……なんというか、その。元気な子ですね」
「遠ざけたいなら手を回すよ」
「流石にそこまでではありません。ちょっと疲れるだけで……」
言葉を選ぶアルに苦笑を漏らし、早速体調のチェックを始める。少し爪の色が悪い。本人の自己申告通り、疲れているのかもしれない。
すぐさま影響はないだろうが、長期的にみるとアニスを側に置くのは悪影響かもしれないと仮面の下で眉を顰める。
今日は早めに寝るように言えば、疲れている自覚があるのかアルは大人しく頷いた。
「そうそう、ヴァンさんから手紙を預かってるよ」
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと。お茶を淹れてる間に読む?」
「はい!」
一気に元気になったアルに苦笑しつつ、懐から取り出した手紙を渡す。早速ペーパーナイフを取り出して手紙を取り出すアルの横でお茶を淹れ、私も席に着いた。
最初こそ頬を紅潮させながら手紙を読んでいたが、段々とアルの眉尻が下がっていく。何を書かれていたのかとアルを見れば、手紙から顔を上げたアルが肩を落としてこう言った。
「ヴァンが……アニスは、モースの駒だから気を付けるようにと。ヴァンから情報が洩れていることを周囲にばれないようにするためにも、この手紙も早々に処分するように、とも」
「そっか。名前のことは書いてあった?」
「あ、はい。僕らしい、よい名前をつけてもらったなと。褒めてくれました。名前に相応しくあるよう努力しなさいと」
「良かったね」
「はい」
ネガティブな話題からポジティブな話題にすり替えれば、アルが嬉しそうにはにかんだ。
手紙に関しては私が処分を請け負うことを告げれば、仕方ないですねと眉尻を下げたアルがもう一度手紙を読み始める。
何度か手紙を読み返したところでようやくアルが顔を上げてお茶に手をつけたので、私もまたカップを傾けた。
「ルビア、先ほどアニスを遠ざけたいなら手を回すと言ってくれましたが……具体的には何を?」
「流石に除隊させることはできないから、外の警護に回すとか。それとなくアルの側から離すように他の子達に根回しをする、ってところかな?」
「……お願いしてもいいでしょうか?」
「構わないよ。そうなるだろうと思ってたしね」
「ルビアはアニスのことを知っていたのですか?」
「おかしい、と思ってはいたから納得したっていう方が強いかな? 私とアルを遠ざけようとしていたから。もしかしたらモースに何か言われていたのかもしれないね」
「なるほど」
さらっとモースに罪をなすりつける私の言葉にアルは疑うことなく頷いた。素直で宜しい。
これからアニスの耳に入れる情報は気を付けるようにするというアルに私も頷き、後はお喋りをして休憩時間を終える。
懐柔はうまくいっているようだ。
前へ | 次へ
ALICE+