The only one in this world.02(10.5(アニス視点))




アニス

 歴史をさかのぼる。時間を逆行する。
 そんなこと不可能だと思っていたけれど、本当に過去へ戻ることができるとしたら迷うことはなかった。

 助けたい人がいた。それで救える命があるのなら、迷う必要なんてない。
 過去に戻ったのだと理解した時、今度こそ守ってみせるとあたしは誓ったのだ。

 けれど世の中そううまくはいかないらしい。あたしが過去に戻った時には、既にモースの手を取った後だった。
 これは仕方ない。パパとママの借金癖は過去に戻ろうが変わらないし、導師守護役になるならモースに捻じ込んでもらうのが一番手っ取り早い。
 またイオン様の情報を流すよう命令されたけど、今度は渡せる情報を絞ったり、馬鹿なふりをしてとんちんかんなことを伝えたり、イオン様の不利にならないよう出来ることはある筈だ。

 そう思ってモースの伝手で士官学校に入学したものの、徐々に過去に戻ったからといって全てが同じというわけではない。ということが解ってきた。
 まずトクナガの強化に失敗した。前みたいにディストと仲良くなってトクナガを改造してもらおうと思ったのに、ディストはトクナガの改造をしてくれなかった。
 それとなく強請ってみれば、自分の技術は無料で渡せるほど安いものではないと断られてしまった。

 だからトクナガは小さいまま。戦闘では補助にしかならず、あたしは嫌がおうなしにナイフと譜術で戦う術を磨く羽目になった。
 そのせいで士官学校の卒業も遅れてしまい、前は入団時には奏長だったのに今度は響長。導師守護役の中では一番下っ端だ。
 せめて前の世で鍛えた身体もそのままだったら良かったのに、一から鍛え直しをしなきゃいけないのも痛かった。

 次に驚いたのは、イオン様が導師守護役達と良好な関係を築いていることだった。
 前みたいにあからさまに媚びることもない守護役達はイオン様の執務を手伝い、外出時は護衛に徹し、影に日向にイオン様を支えていた。
 少し寂しいけれど、それはいい。イオン様の味方が増えることは良いことだ。

 同時にルビアという見慣れない守護役が居たことも困惑した。
 イオン様と同じ緑色の髪をして、仮面をつけた少女。戦闘は得意ではないものの、医療方面の知識に長けて治癒術が得意ということでイオン様の主治医のような立場らしい。
 これもいい。イオン様は日常生活を送る分には支障がないと言われているけれど、それでも体力方面が劣化しているせいで身体が弱いのは動かしようのない事実だ。
 そこをカバーしてくれる人が居るのは良いことだろう。例えかつてあたしが居た場所で笑う彼女を見て、あたしの胸が痛んだとしても。

 けれど、ルビアが総長の紹介で守護役になった、と聞けば話は別だった。
 総長は前と変わらないカリスマ性を発揮して神託の盾を取りまとめている。きっとまたレプリカ大地計画を実行するために色々と陰で動いているに違いない。
 それだけでも警戒対象なのに、ルビアは既に第五師団に居るシンクの姉だと聞いた。
 イオン様と同じレプリカであるシンクに姉なんて居る筈がない。あたしはルビアが総長の仲間なのだと確信した。

 イオン様から引きはがさなければ。またイオン様が総長に利用されてしまう。
 内心焦りながらそれとなくルビアをイオン様の側から離れるよう誘導してみるも、ルビアは既に主治医として信頼されているらしく、あたしの努力は今のところ実っていない。
 それどころか特殊な治癒術の使い手で、イオン様の健康面を支えているルビアを遠ざけようとするなんて何を考えているのか、と嫌味を言われてしまった。

 いや、普通に考えておかしいでしょ。病気には治癒術は効かないなんて子供だって知ってる。
 特殊な治癒術を受け継いできた家系だっていうけど、信じられる筈がない。それよりレプリカの研究をしていた研究者だって言われた方がよっぽど現実味がある。
 もしかしたらディストの部下だったのかも。ディストがトクナガを改造してくれなかったのも、ルビアが何か吹き込んだのだと思えば納得がいく。

 イオン様はぽやぽやしてるからルビアの怪しさに気付かないだろう。
 イオン様の無事を確保するためにもなんとかイオン様とルビアを引きはがそうとしたけれど、厄介なことになった。
 あたしがイオン様に近づこうとするのが気に入らないらしく、前みたいに守護役達からいじめられるようになったのだ。

 やれ言葉遣いがなってないだの。やれ階級を理解していないだの。そも自分の仕事を理解しているのかとまで言われる始末。
 言葉遣いなんてイオン様が気にしてないなら良いじゃない。そもそもちゃんと敬語使ってるっつーの。
 階級だって同じ導師守護役なのにわざわざ言われる意味が解らない。
 仕事なら守護役達の中で一番理解してるよ。理解してないのはルビアみたいな危険人物を信用している貴方たちの方でしょ。

 まだ嫌がらせには発展してないけど、これでは彼女たちを味方にするのは無理だろう。
 総長の計画のことは話しても信じてもらえるとは思えないし、ルビアを信頼している彼女たちは潜在的な敵だ。
 味方が一人も居ないっていうのは辛いけど、イオン様のことはあたしがお守りしなきゃ。

 今度こそ、守り切ってみせるんだから。

「と、意気込んでみたはいいものの……せめてみんなと連絡が取れれば違うんだけどな〜〜」

 はあ、とため息が零れる。
 一番下っ端だからという理由で、あたしは扉の警護の仕事へと回されていた。解りやすい仲間外れだ。

 とはいえ書類仕事ができるわけでもなく、トクナガが巨大化しないために戦闘力も低い。
 イオン様のために何かできることがあるなら別だけどそうじゃないなら警護に徹しろと言われてしまえば反論できず、渋々扉の外に立って警護に専念している。
 けれど一人で考える時間が貰えたと思えばちょうどいい。現状を打破するためにも、なんとか解決策を捻りださねばならない。

 あたし一人でルビアを今すぐ何とかするのは、多分無理だ。
 ルビアは守護役の子達を懐柔し、イオン様を騙して一番側に侍っている。休憩時間なんて二人で私室でお茶をしているという。
 体調のチェックも兼ねているというけど、本当かどうか怪しいものだ。中で何をしているかなんてわかったもんじゃない。

 こっそり闇討ち……も考えたけれど、ルビアは治癒術特化型と言いながらも戦闘が出来ないわけではないらしい。
 自衛程度ならば問題ないというのが本人の談で、他の子達から洩れ聞いた話を統合するとそれは謙遜。かなりの戦闘力は有しているようだ。

 武器は普段は指輪に偽装しているペンデュラム。戦闘時は収納している糸を伸ばし、振り子のように扱う。
 特殊武器は機動が読みづらいために戦いづらく、同時に譜術の腕前は上級レベルと聞いてしまえば闇討ちの選択肢は消えた。今のあたしには荷が重い。

 以前の仲間たちと連絡を取るのも難しい。
 ナタリアは今のあたしにとって雲の上の存在だし、ああいう王侯貴族の家は手紙に必ず検閲が入るし、そもそも手元に届くとは思えない。
 ファブレ家の使用人であるガイに手紙を送ったとしても、会ったこともない導師守護役からの手紙なんて怪しまれて手元に渡る前に処分されるだろう。無理。

 大佐も同様の理由で諦めた。軍人の元に届く手紙も、やっぱり同じように検閲が入るだろう。
 特に大佐は皇帝の懐刀と呼ばれてる人だ。近づこうとうする人間は警戒されるに決まってる。無理。

 唯一連絡が取れそうなのはティアだが、この時期のティアはユリアシティに居た筈。
 ユリアシティは魔界にある唯一の町にして預言の監視者たちが住む秘匿された町。
 ダアトなら連絡手段があるのかもしれないが、じゃあなんであたしがそんな町の存在を知っているかと言われてしまえば返答に困る。やっぱり無理。

「せめてティアから連絡くれればいいのに……」

 余りにも八方ふさがりすぎて頭を抱えたくなる。周囲に誰も居ないのを良いことに愚痴を零す。
 そんなたいそれたことを願ってるわけじゃない。ただイオン様には、今度こそ生き延びて幸せになって欲しい。それだけのことなのに。

 またため息をついたところで、不意に近づいてくる人影に気付いた。
 緑色の髪に、金色の仮面。特徴的な色合いは以前の生で敵対していた人物。

「シンク?」
「……何、お前。見ない顔だけど」
「何って、見ればわかるでしょ。導師守護役のアニス・タトリン響長」

 つい警戒してしまったものの、冷たい声でお前は誰だと聞かれて慌てて自己紹介を付け足す。
 あたしは前のことがあるから知ってるけど、向こうからすれば初対面なのだ。
 名乗ったあたしにシンクは口端を下げ、機嫌が悪そうに舌打ちをした。相変わらず性格は悪いらしい。

「まあいい。僕が口出しすることじゃないからね……第五師団のシンク謡士だ。導師守護役のルビア奏長を呼んで」
「はあ? なんで」
「僕の姉だ。退勤の時間だろ。迎えに来た」
「え? シンクが?」

 誰かを迎えに来るなんてそんな性格じゃないでしょ。
 そう思って目を丸くしたところで、また舌打ちをしたシンクがもういいと言ってあたしの背中にあるドアを乱暴にノックした。
 殴るようなそれはかろうじてノックと呼べるものだったけれど、中に居る人間を焦らせるには充分な程度に暴力的だった。

「ちょ、何すんのよ!」
「何事ですか?」

 あたしが文句を言ったところで中から警戒の滲んだ声が聞こえる。
 シンクがもう一度名乗ると、意外なことにすんなりとドアは開いた。

「シンク響士でしたか。お迎えですか?」
「ああ。もう退勤の時間だろ?」
「ええ。もう帰りの支度をしていましたから、すぐに出てきますよ」
「そう。ならここで待たせてもらう。それと、本来なら僕が口出しすることじゃないけどね……新人の教育くらいしたら? 所属が違うとはいえ、上官に敬語も使えない。取次もまともにできない導師守護役なんて、導師の沽券に関わるんじゃない?」

 シンクのいやらしい言い方に中から出てきた守護役が眉をひそめてあたしを睨む。
 取り次ぐ前にドアを叩いたのはシンクなのに、なんであたしが睨まれなきゃいけないの。

「失礼しました。重々言い聞かせておきます」
「そ」

 頭を下げる守護役の子にそっけなく返事をして、シンクはドアの横で壁に背を付けて腕を組む。
 そこから一言も発しなくなったシンクは、勤務を終えて出てきたルビアと一緒に帰って行った。
 信じられないけれど、本当にルビアを迎えに来ただけらしい。もしかしたらルビアは総長の仲間達の中でも重要なポジションに居るのかもしれない。

「タトリン響長、話があります」

 二人を見送った後、あたしは他の守護役の子達にこぞって嫌味を言われた。
 それもこれも、全部シンクとルビアのせいだ。
 長ったらしいお説教を聞き終えた後、扉の警護に戻ったあたしは一人拳を握った。

「ぜっったいにイオン様の側から駆逐してやるんだから……っ!」


前へ | 次へ
ALICE+