The only one in this world.02(12)



 私が前世持ちであることはイオンも知っているが、ヴァンとシンクが時間を繰り返していることは知らない。
 二人が持つ前の記憶を生かすためにも、ヴァンはこうして私達と密かに、しかし頻繁に話し合いの時間を取っていた。

 お茶を淹れてテーブルを囲む。
 ほうと私が息を吐いたところで、早速ヴァンが最近の動きを報告してくれた。

「ティアが神託の盾へ入団をしたいと義祖父に言い出したようだ。前回よりも一年ほど早いな」
「へえ?」
「まあ義祖父は却下したようだが、私に話を持ってきた。前に伝えた通りユリアシティで家庭に入るよう勧めたものの、あの娘が大人しく言うことを聞くとは思えん。あの町は秘匿されている関係上出入りも制限されているため、即座にダアトへ飛び出してくることもあるまい。しばらくは監視を継続する」

 ひとまず、記憶持ちの一人であるティアはまだ気にしなくていいらしい。

「マルクトは少し厄介だな。ダアトへの密偵が増えた。レプリカの研究を再開しようとしている動きもあると報告を受けている。カーティス大佐もまた記憶持ちの可能性が高いと予測してはいたが、確定と見てよかろう。皇帝に何を吹き込んだか解らないが、ピオニー陛下を引き入れようとするなら間違いなく障害となるという点では一番に厄介だ」
「バルフォア博士がレプリカ研究を再開したら、ディストはそっちにすっ飛んでくんじゃない?」
「だろうな。だが一度封印した研究を再開するなど早々許可は下りないだろう。軍事転用がされていた研究ならなおさらだ。余程正当な理由がない限りまず不可能、個人での研究など言わずもがな。そういう意味でもディストが飛び出す可能性は低いと見ている。研究をする環境は圧倒的にダアトの方が整っているからな」
「そ。あれが敵につかないなら構わないさ」
「ああ、その件でルビアに頼みがある。君の前世のことをディストに話して構わないだろうか?」
「私のことをですか? 信頼できる方であるなら」
「僕は反対だ」

 構わない、と続けようとした言葉はシンクによって遮られた。見れば眉間に皺を寄せたシンクが睨むようにヴァンを見あげている。
 シンク曰く、レプリカは被験者の生まれ変わり足り得るという思想はディストが発生源だと言う。彼は亡き恩師をよみがえらせるためにずっとレプリカ研究を続けているのだと。

「あいつにルビアのことを教えたら実験体としていじくり倒すに決まってる」
「シンク、私が危惧しているのもそこだ。このまま秘密を突き通すにしても、ルビアの身体が導師イオンのレプリカだと知られれば間違いなくディストは興味を抱くだろう。その知識の源はどこなのかと。もしディストが私に内密にルビアを確保し、研究を始めたら何をされるか解らん。それならば最初から話を通し、ルビアは私の管理下にあるのだと牽制しておきたい」

 ヴァンの説明にシンクがぐっと言葉をつまらせた。
 確かにレプリカ研究のパトロンでもあるヴァンが先んじて牽制すれば、ディストも早々に手を出せないだろう。

「ヴァンさんの許可のもとで、危険性のない研究に協力する程度ならば構いませんよ」
「ルビア!」
「全てお預けにするよりも少し餌をあげた方がうまく動かせる。ヴァンさんが言いたいことはそういうことでしょう?」
「理解が早くて助かる。私の管理下の元、決して無理な研究はさせないと約束する。すまないが協力を頼む」

 反対してくれたシンクには申し訳ないが、少しでもリスクを減らせるなら私はそちらのほうがいい。
 先に返答してしまった私にシンクは舌打ちを漏らし、せめてもの抵抗なのか研究の時は自分も立ち会うとヴァンに宣言していた。
 ヴァンとしてもシンクの申し出を退ける気はないらしく、シンクの言葉に真剣な顔で頷いている。

「構わん。むしろ私が居ない時はお前が牽制しろ」
「そのつもりさ。妙なことをしたら遠慮なく殴り飛ばすからな」
「ふっ……随分と姉思いの弟だな?」
「殺すよ」
「冗談だ。キムラスカ方面に関しては、またあちらへ赴いた時に探りを入れてこよう。アニス・タトリンの様子はどうだ?」
「私とアルを離そうとしたせいで部隊の中では警戒されていますね。ヴァンさんから手紙を受け取ったアルも警戒し始めています。それ以外にも教育が足りていないと、導師守護役に選ばれるのに相応しいとは思えないと守護役達からは不評を買っています」

 シンクの殺気を受け流し、ヴァンは早々に次の話題に移った。
 物騒な話は私もごめんだと、その話題に乗っかる。

「だろうな。大詠師モースがねじ込んだからこそ入隊できたが、本来導師守護役部隊は導師を守護するためのエリートの集まりだ。最低限の教育しか施されていない子供など、疎まれて当然だろう」
「それでも前回は仕事をやり遂げたのでしょう?」
「やり遂げた? 冗談。マルクトの手引きで詠師達の許可もなく導師をダアトから連れ出した挙句、導師とはぐれて単独行動。おまけに何回も導師を誘拐されて、最終的に導師に惑星預言を詠ませようとしたモースに従って、アイツ自ら導師を差し出したんだ。百害あって一利なしさ。アイツが導師守護役を続けられたのは、アイツがモースの駒で導師に気に入られていたからってだけだ」

 吐き捨てるように言われた前の生の所業に私は言葉を失った。
 なんだそれは。どこが導師守護役なんだ。

「導師の願いを叶える、という意味を履き違えているのだろう。お陰で前は動きやすかったが……」
「モースの駒を勝手に処分したらうるさいことになるからまだ処分してないけどさあ……生かしておく意味ある?」
「ほとんどないな。特殊な技能を持っている訳でもなければ血筋が良いわけでもない。利用価値は恐ろしく低いが……万が一カーティス大佐が以前のように導師を連れ出した場合、居場所を探るための情報源になる可能性はある。既にルビアが警戒されている以上、情報源を潰すのは得策ではないだろう」
「チッ。面倒な……」
「シンクの言う通り、モースの件もある。ルビア経由でこちらから情報を流すと言ってもモースは受け入れないだろう。そういう意味でも泳がせておいた方がいい。既に戦力は削った。前のような戦闘力は無く他の記憶持ちとも連絡を取れていない以上、脅威となる可能性は限りなく低い。警戒は必要だが、排除するほどでもない。ならば利用せねばな」
「前の仲間たちと密かに連絡を取ってる可能性は?」
「ゼロだ。そもそもダアトの連絡網と玄関口は私が抑えている。例え誰が相手だろうと、手紙も鳩も届くことはない」

 そう言ってヴァンはニヒルに笑う。つまりアニスはヴァンの掌の上で踊っているだけということだ。
 それでも警戒は怠らないように念を押し、他に共有すべき情報がないことを確認してからヴァンは帰っていった。
 二人きりになった家で私がカップを洗っていると、シンクが私の後ろにやってくる。何かあるのかと振り返れば、ディストのところに行く時は必ず自分を連れて行くようにと念を押された。

「そんなに警戒した方がいい人なの?」
「この身体を作った張本人で、頭がいかれた研究者だよ? あんたはもっと警戒すべきだ」

 不機嫌を露わに言われた言葉は、果たしてどんな心持から出てきたものなのだろうか。
 フォミクリーという技術に対する嫌悪感からか。はたまた私が受けるであろう仕打ちを防ぎたいのか。
 私が考え込んで返答を躊躇っていたら、ますますシンクの眉間の皺が深くなった。

「あんたは僕の使い道を考える義務があるって言ったろ。忘れたの?」
「もちろん覚えてるよ。……心配してくれたの?」

 責めるようなシンクの口調にストレートに問い返してみたのだが、それはシンクにとって予想外のことだったらしい。
 解りやすくぎょっとした後、しどろもどろになりながら言葉を絞り出していた。

「ちが……そ、うじゃなくて。あんたの日常の補佐をするのが、あんたにとって僕の使い道だって、言ったじゃないか。それなら……あんたの安全の確保も、僕の……義務、だろ」

 それどころか言っていて恥ずかしかったのか、視線を彷徨わせ、色づき始めた頬を隠すように腕で顔を覆う。
 ふいとそっぽを向いた目元がほんのりと赤く染まっている。

 ああ、そうか。心配してくれていたのか。
 それがとても嬉しくて、私は身体ごとシンクに向き直るとぎゅっとシンクを抱きしめた。
 広い背中は固く、シンクが鍛えていることがよく解る。

「そっか。ありがとう。シンクが守ってくれるなら心強いよ。でもちゃんと警戒はするね。忠告ありがとう」
「……解れば、いい」

 シンクの額が私の肩に乗せられ、私の腰にもゆるりとシンクの手が回される。見え始めたシンクの情の発露が何よりも嬉しかった。
 けどそれを真正面から指摘すればシンクは反発するだろうと、何も言わずにただ抱きしめる。
 最初は背中に回されていただけの腕に少しだけ力が込められて、シンクに見えないのを良いことに私は小さく頬を緩めた。


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