終わりは聖女の形をしている。(二)
柔らかな女性の声に警戒心が湧き上がるのを感じながら、それでも話す以外は何も出来ないようだと判断してディスプレイと向き合う。
こちらを見えているかは解らないが、睨むように見てもルビア・ジュエは何ら反応をしない。
「答える義理はないね」
『そんな悲しいことを言わないで。二千年ぶりの人間との対話が拒絶から始まるのはいささか悲しいものがあります』
「訳の分からないことを。話したいって言うならこそこそ隠れてないで出てきたらどうなのさ」
『どうやら誤解があるようです。私は隠れている訳ではありません。現在私は移動用の端末を起動していません。現代知識に合わせて言い換えますと、今の私は肉体を持っていないのです。貴方が睨むその画面の向こうに存在する創世歴時代に作成された音機関。それが貴方が話しているものの正体です』
「……つまり、あんたは喋れる音機関だって言いたいワケ?」
『はい。より正確に言うならば、人と対話できるだけの知能を与えられた音機関です。小粋なジョークは言えませんが、スリープモード中にも記憶粒子から現代社会の情報を入手、解析し、おおよそ五百二十回のセルフアップデートを行い続けてきました。故に貴方との対話も問題なく行えていると判断しています』
「生憎とボクは浅学な軍人でね。そんな絵空事みたいなこと言われても信じられないんだよ。人間みたいに喋る音機関? 馬鹿馬鹿しい。あんたがどっかに隠れてるって言われた方が余程現実味がある」
『では、こうしましょう』
前触れもなく部屋の灯りが点いた。
腰を落として警戒する中、目の前のディスプレイ。その横に置いてあった白い皿のようなものに女が現れる。全長が三十センチもない、人形みたいなサイズだ。
しかし人形にはない滑らかさをもって、見慣れぬ衣装を着た女は優雅に腰を折った。
『視覚的に人型を取った方が信憑性があるのではないかと判断しました。立体ホログラムなので触れることはできませんが、いかがですか?』
「これは……一体」
『空中に姿を投影しています。貴方に解りやすく言うのであれば、蜃気楼のようなものです。これが私。OSSAJ049、通称ルビアです。今度こそお名前を伺っても宜しいですか? 未来のお方』
蜃気楼という言葉に試しにルビアに触れようとしてみたが、ボクの手はルビアを通り抜けるだけで何かに触れた感触はなかった。
そのくせボクが触れても霧のように掻き消えるわけでもない。時折混じるノイズと背後が透けるほど薄くなければ、本当にそこに存在するのではないかと疑いたくなるほどのリアル。
なるほど。少なくとも現代においてこんな絵空事じみた技術は知らない。となれば彼女は本当に創世歴時代に創られた喋れる音機関なのだろう。
「……シンク謡士だ。ローレライ教団神託の盾騎士団の参謀総長と第五師団師団長を兼任している」
『ありがとうございます。ようやくお名前が聞けて嬉しいです』
「ただの音機関のくせに嬉しいだなんて、妙なこと言うじゃないか。お前みたいな作り物に感情があるとでも?」
『あら、酷いことを仰る。貴方も導師イオンの情報から作成されたレプリカではありませんか。同じ作り物同士、私達は仲良くなれる。そう思いませんか?』
ひゅ、と息を呑む。
攻撃を仕掛けるために音素を集めようとして、出来ないことに気付く。
音素による筋力強化が出来ない。譜術を扱おうとフォンスロットを開いて音素を取り込もうとするが、こちらも不可。どういうことだ。
決まってる。ボクは何もしていない。なら何かしたとしたら、コイツだ。
「……何をした」
『質問の再提示を求めます。質問が抽象的過ぎて適切な返答ができません』
「音素が使えない。お前のせいか」
『いいえ。この地下空間では特定区域での音素を用いた攻撃は許可されていません。地下に流れる音素は厳密に管理され、人間がフォンスロットに取り込むのは一部例外を除き基本的に許可制となっています」
妙な言い回しのルビアの言葉を頭の中で噛み砕き、理解する。つまりこの地下では攻撃譜術や筋力強化の類は使用不可ということか。
顔を歪めるボクを、ルビアは柔らかな微笑みを浮かべたまま黙って見ている。気色悪い。
どうやら即座にルビアを破壊することは無理らしい。舌打ちをして、それならばと続けて疑問を投げつけることにした。
「ボクのことをどこで知った」
『シンクに解りやすく説明をするには大変時間がかかりますが、よろしいですか?』
「馬鹿にしてる?」
『簡潔に説明するのであれば、アーカイブより参照しました。以上になります』
「簡潔すぎる。誤魔化してるつもり?」
『いいえ。私はシンクと仲良くしたい、と思っています。ですが私とシンクの間には前提知識に大幅な溝があるため、シンクが理解できるように話すのならまずは前提知識の共有から始めねばなりません。故に先程「シンクに解りやすく説明するには大変時間がかかります」と言いました』
なるほど。つまり創世歴時代の技術なのだろう。
そう理解したものの、こちらの知らぬ間に情報を抜かれている仕組みなどとんと想像がつかなかった。
アーカイブという言葉は知っている。情報の倉庫。そんな意味合いだった筈。
しかし現状においては、情報収集の方法を探るには欠片も役に立たない知識。
話を聞く価値はある。情報が洩れているなら、潰さなければ。
そう結論付け、腕を組んでルビアを見下ろした。
「いい。話せ」
『はい。まず初めに、プラネットストームによって世界中に放出されている記憶粒子ですが、あれの本来の役割は情報収集にあります』
「記憶粒子が……情報収集のためにある?」
『はい。ラジエイトゲートより放出された記憶粒子は各地を巡って情報を収集。その後アブソーブゲートに収束して地殻へと戻り、そこに情報を蓄積します。かつてサザンクロス博士が提唱したプラネットストームは世間にはエネルギーの永続供給機関と発表され、開発。設置されました。事実その側面があることは否定しませんが、真の目的は記憶粒子をより効率的に散布し回収することによって世界を監視するシステムを構築することでした』
意味が解らない。
いや、言葉の意味は解る。だが、理解が追い付かない。
「何故、そんなことをする必要がある……?」
『平和のためです。博士が生きていた時代、世界は刻一刻と滅亡に向かって歩み続けていました。故に博士は恒久的な平和をもたらすという理念の元、その第一歩としてパッセージリングを設置しました』
「どうして情報を集めることが平和につながる。いや、第一歩?」
『はい。次に博士は音譜帯に存在していた音素意識集合体をモデルに、≪音素粒子型演算機関:ローレライ≫を作成しました』
「ローレライ? ちょっと待ってよ、ローレライっていうのは第七音素の音素意識集合体のことじゃ」
『はい。それも間違ってはいません。第七音素は記憶粒子が変質したものであるということはご存じでしょうか?』
「あ、ああ。それは、知ってる」
『記憶粒子とは、≪惑星:オールドラント≫によって半永久的に供給されるエネルギーそのものでもあります。故に博士はこのエネルギーを利用し、半永久的に動き続けることが可能な、実態を持たない音機関の作成をしたのです』
「意味が解らない」
『説明不足がありましたか?』
そうじゃない。理解が追い付かない。ボクが知っている常識と余りにも解離しすぎている。
額を抑えるボクを、ルビアが心配そうな目で見ている。作り物だと言うくせに、なんでそんな人間臭い顔をするのか。
「いや、いい。ひとまず全部聞く。質問はあとでする。続けて」
『疑問がありましたらいつでも質問してください。博士が作成したローレライの仕事は、記憶粒子の集めた情報を元に未来を予測することでした』
「まさか、預言?」
『いいえ。そう断言するには少々語弊があります。しかし現代において預言と呼ばれているシステムの原型であると言えるでしょう。演算機関であるローレライが地殻に蓄積された情報を元に正確性の高い未来を予測し、伝えているに過ぎないのです。博士の真の願いは、この未来予測を元に人類が平和な道のりを選び、歩むことでした。しかし問題が発生します。ローレライは大変高性能でしたが、高性能であるが故に、人間側がその情報を受け止めきれなかったのです。故に博士は人間側にも手を加えることにしました。その第一号が、ユリア・ジュエとなります』
ユリア・ジュエは天才譜術士であり、サザンクロス博士に師事して譜業に関しても優れた才能を示したと現代にも伝わっている。
しかしそれも博士の仕込みであった、とルビアは言う。
『第七音素への適正を後発的に付与されたユリアは、第七音素を媒介にローレライへのアクセスを可能にしました。ローレライの予測した未来を人に伝える預言というシステムが、これにより確立されました』
「じゃあ、そもそも第七音素の素養がある奴等っていうのは……」
『博士とユリアによって後発的に第七音素の適性を与えられた者達。その子孫になります。しかし博士の期待とは裏腹に、第七音素への適性が付与された全員がローレライへアクセスできるようにはなりませんでした』
「まあ……そうだろうね。預言士だってピンキリだ。一年先まで正確に詠める奴もいれば、精々半年程度しか詠めない奴もいる」
『はい。人の脳が処理できる情報には限界があります。ローレライへのアクセスも個々の才能に依存しました。第七音素から詠み取れる情報量が多いものほど、より膨大な演算結果を受け取ることが出来るのです。第七音素への適性が付与された者の中でもユリアは飛びぬけていました。故に障気に溢れた世界を何とかすべく、ユリアは≪最も人類が存続する未来≫をローレライに演算させたのです』
「それが……惑星預言」
『はい。貴方がたが星の記憶と呼ぶものの正体です』
相も変わらず、理解が追い付かない。
余りにも常識外なことを言われて呑まれかけたが、そもそもルビアが言っていることが本当かどうかなど解らないのだ。
だからこの際ことの真偽については、横に置いておく。それよりも自分が解る範囲のことを問うのが良いと判断した。
「何故、そこまでボクに話す必要がある。ボクの情報をどこで知った、という疑問に対しての答えは理解した。記憶粒子を経由して地殻にため込まれた情報の中にボクの情報も含まれていて、お前もそれを閲覧できるからだろう?」
『はい。その通りです』
「ならプラネットストームの正体も、預言の真実も、語る必要はなかった筈だ。何故そこまで情報を開示した。何を企んでる」
敵意を隠さないボクの問いかけに、ルビアは一瞬の沈黙を返した。それが意図的なものか、それとも音機関特有のラグなのかは解らない。
けれど質問を受けて真顔になったルビアは、ボクを見上げながら薄い笑みを浮かべた。
『言ったでしょう。私はシンクと仲良くしたい、と思っています。レプリカ大地計画。栄光を掴む者が用意した新しい世界への片道切符。オールドラント監視システムのアシスタントAIとして、私はこの計画に賛同の意を示します』
ルビアの言葉に仮面の下で目を見開く。
ボクは一体何度この音機関に驚かされる羽目になるのだろうか。
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