終わりは聖女の形をしている。(三)




「……お前は人間に作られた音機関のくせに、人間を滅ぼす計画に賛同するっていうの?」
『はい』

 耳に届いた自分の声が上ずっているのが解って、冷静になれと言い聞かせる。
 いつの間にか喉がからからに乾いていた。唇を舐め、つばを飲み込む。
 落ち着け。この音機関は今のところボクに従順だ。仲良くしたいと言う言葉から考えても、今のところ敵対意思はないと見ていい。なら情報収集を続けるべきだ。
 腕を組み、蜃気楼のような作り物の身体を見下ろす。穏やかに微笑む姿は、人類の破滅を願っているとは思えない。

「へえ? 理由を聞いても?」
『私の仕事はオールドラント監視システムのアシスタント。より正確に言うのであれば、オールドラントを恒久的な平和へと導くためのメゾットを確立すること。預言に詠まれた必要事項を人類が実現するために、危険を回避する手助けをするために存在します。しかし二千年という時の流れの中で、博士の願いとは裏腹に預言はあり方を変えてしまいました』
「……そうだね。あんたが言うことが正しいなら、本来預言は未来の危機回避に使われるために開発されたシステムだった。けれど今の人類は、預言に従うことを美徳としている」
『はい。ローレライは現在間違った使用方法をされていると言えます。結果、人類はまた滅亡に向かって歩み続けています』
「そーだね」
『しかし人類という種は既に預言に馴染みすぎました。中には中毒症状を起こした末期患者のように、預言が無ければ生きていけない者まで生まれる始末。私は世界を恒久的な平和へと導くためのアシスタントAIとして、このような現状を看過するわけにはいきません。ですがローレライの演算結果によれば、人類が預言からの離脱を選んだとしても、独立に至るまでに世界の方が限界を迎えます』
「……つまり、例え人類が預言を捨ててもオールドラント自体が破滅するってこと?」
『残念ながら』

 ルビアはこの地下空間に眠ったまま、ローレライへのアクセスを繰り返して何度も未来を予測させたという。
 様々な条件を付け加え、幾千幾万というシミュレーションを繰り返した。しかしルビア本人が肉体を得て人類を導いたとしても、どうしても人類は世界を巻き込んで滅ぶ。
 戦争で。飢饉で。危険な実験が暴発して。人は争い、大地は障気によって破壊され、塵と化してしまう。
 人類以外の全ての命を巻き込んで、人は滅ぶ。

「最高じゃん」
『その言葉は賛同できません』

 思わず漏れた本音にルビアは眉をひそめた。
 どうもこの音機関は表情が豊かだ。同じ作り物だとルビアは言うが、ボクよりも人間らしいのではないだろうか。
 いや、人類を存続させるためにレプリカに入れ替えることを賛同している時点でイカれているのは確かだけれども。

「まあいいや。それで、それならいっそ全部レプリカに入れ替えた方が世界は存続するって?」
『はい。人類という種の保存と、オールドラントの存続。その二つを可能とするために、最も確率が高い選択肢だと判断しました』
「オリジナル達を全部殺すのに、種の保存?」
『レプリカはオリジナルの情報を元に作り上げられた新人類です。構成音素の差異はあれど、種の保存と表現するのは適切だと判断します』

 ルビアの言葉に笑みが零れる。口角が上がる。
 無性に笑い出したくなった。腹を抱えて笑いたくなるなど、生まれて初めての経験だ。

 オリジナル達は見捨てられたのだ!!
 かつて自分達が作り上げられた音機関にさえ!!
 こんな喜劇、笑わずにいられるか!!

「……いいよ。面白い。『仲良く』しようじゃないか、ルビア。ヴァンに紹介してあげる。アンタの浮かぶその白い円盤をダアトに持っていけばいい?」
『いいえ。この端末は有線なので接続が切れればただの重いお皿にしかなりません。それよりも現在のローレライ教団の本部に私の移動用端末が一つ眠っています。それの起動をお願いします』
「身体があるんだ? 必要?」
『必要だと判断しました。栄光を掴む者の計画はいくつか修正した方が成功率が上がる点があります。また現人類を滅ぼすまで、私もまた人間として大衆に紛れた方が良いと考えます。シンク達の共感を誘う言い方をするのであれば、動かせる駒は多い方が良いでしょう?』
「はっ、あははっ。解った。どうすればいい?」

 そう尋ねれば、ルビアはダアトに保存されているという身体がある場所への行き方や起動方法などを丁寧に教えてくれた。
 本来ならば鍵がかかっている、とルビアは言う。なのでその鍵を解除する権限を与えると言うルビアに促されるがままに掌をディスプレイに乗せる。
 正直こんなことでどうやって権限を与えるかなどさっぱり解らないが、まあ創世歴時代の技術なのだろう。ボクが考えたところで解る筈がない。

 身体を起こした後は同じやり取りをしなければならないのは少々面倒だと思ったが、ルビアはその必要はないと言い切った。
 何でもルビアの身体はダアト以外にもあちこちに保存されていて、その全ての身体に情報共有はされているのだと。
 まったく、創世歴時代の技術というのはとんでもない。現人類が二千年経っても追い付けないはるか高みにあるというのに、障気を生み出して滅びかけるのだから。笑い出したくなるほど醜悪だ。
 他にもいくつか質問をしてみても、ルビアはボクの問いかけに言いよどむことは一つもなかった。

『記憶粒子を通じて情報はリアルタイムで入手していますが、現在の私には世界に干渉する方法がありません。故にこう言わせていただきます。ご武運を』
「言われなくても」

 ルビアの言葉を背に、ボクは地下施設をあとにする。
 長い通路を抜け、階段を上がって地上に出れば、空はとっくの昔に晴れていた。

 急ぎダアトに帰還するも、教団に辿り着いた時にはレムが沈み、ルナが浮かんでいた。
 だが人目を忍ぶのには丁度良い。報告も兼ねてヴァンの元へと足を運び、ひとまず同行して欲しいと部屋から連れ出す。
 掃除は終えたがその後もっと面白いものを見つけたのだと。あんたの役に立つ筈さと言えばヴァンは訝しみながらも腰を上げてついてきた。
 向かう先は神託の盾の隠し通路の先にある小さな部屋。小さすぎて密会程度にしか使えない部屋としてボクもヴァンも知ってはいたが、まさかここが更なる地下への入り口だなんて思いもしなかった。

「ここが何だ」
「ちょっと待って」

 怪訝な声を上げるヴァンを待たせ、ルビアに言われた通りに隠し通路の入り口を探す。
 ドアから入って真正面にある煉瓦造りの壁。下から十六番目、左から三番目にある真四角の煉瓦。
 指示通りにそれを強く押し込みスライドさせれば、事前に聞いていた通りのパネルがあった。

「シンク、それは?」
「入口への鍵だってさ」
「誰に聞いた」
「今から本人に会いに行くから、自分で聞きなよ。ボクも自分の頭を疑うようなことばっかり聞かされた。でも真偽はともかく、面白い。事実ならアンタの助けになることも確かだ」
「どういうことだ」
「そのままだよ」

 手袋を外し、パネルに手を乗せる。数度の点滅の後、重い音を立てて壁に擬態していた扉が開く。
 目を見開くヴァンを背に手袋をはめ直し、現れた階段を見て口角が上がる。
 足を動かしている間にもヴァンの視線がうるさかったので、階段を下りながら森の中であったことを話して聞かせた。

「あの森に地下施設があるなど聞いた事がないが……」
「元々はシェルターだったらしいよ。世界に障気が満ちた時、ユリアがフロート計画を提唱するまで空の果てに逃げる計画や地上を捨てて地下で暮らす計画なんかも持ち上がっていて、その一つらしい。あそこ一つで百人程度が地下だけで生きていけるように出来てるんだってさ」
「にわかには信じがたいな……」
「まあそうだろうね。でも、この通り。地下はある」
「……そうだな。それで、そこで出会った人物がこの奥に居ると?」
「正確には人じゃない。作り物さ。ボクと同じ……いや、ボクよりも妙に人間臭かったけど」

 そこまで話したところで階段を下り切ったので、先ほどと同じようにパネルに掌を押し当てて扉を開く。
 そこは丸い部屋だった。ボクらが足を踏み入れた途端、音素灯が自動で点いて部屋の全貌を露わにする。
 壁には使用用途の解らない大小さまざまな音機関が溢れ、触れて良いものなのか、そもそも安全なものなのかすら解らない。

 しかし一番に目が行くのは中心にある棺だった。
 蓋の部分が透明で、その中に誰かが眠っているのが解る。

 生唾を飲み込み、ゆっくりと透明な棺に近づく。中にはヴァンとよく似た髪色をした小柄な女性が横たわっていた。
 しかし胸は上下に動くことなく呼吸が止まっていることを示し、ピクリとも動かない。死んでいるのではないかと疑うほど生気がない。
 けれどよく見れば瞳を閉じてはいるが、あの地下で見た半透明の女と同じ容姿なのは間違いない。

「この女性が、音機関だと?」
「そう聞いてる」

 透明な棺の蓋。その中心部にある丸い部分。そこにも同じように掌を押し付ける。
 途端に大量の空気が通り抜ける音がしたかと思うと、棺の中で女の瞼がゆっくりと持ち上がり……目が合った。

「おはようございます、シンク。約束を守って下さり、ありがとうございます」
「この程度の手間なら構わないさ。それよりヴァンにも同じ説明してやってくんない? ボクが説明するより説得力があるだろうからさ」
「構いませんよ。蓋を開けていただけますか?」

 柔らかな微笑みを浮かべ、滑らかな声で話す姿はとても音機関には見えなかった。
 言われた通りに蓋を外してやれば、ルビアはゆっくりと身体を起こす。
 ヴァンは信じられないものを見るような目でルビアを見ていた。アイスブルーの瞳が交差する。

「初めまして、栄光を掴む者。私はサザンクロス博士によって作成された人工知能『OSSAJ049』。与えられた個体識別名称はルビア・ジュエ。ようやくこうして相まみえることができました」

 透明な棺を椅子代わりに、身体を起こし足を下ろしたルビアが胸元に手を当てて優雅に微笑む。
 一歩後ずさったヴァンに何か言うでもなく、握手を請うように右手が伸ばされる。

「栄光を掴む者。ヴァン・グランツ。未来の話をしましょう。私はそのために起動したのですから。そのための情報提供ならば惜しみません。私はそのために存在するのですから」

 慈母のごとき愛に満ちた言葉を紡ぐ女に、ヴァンの顔が引き締まる。そして後ずさったことで開いた距離を戻し、正面から向き合う。
 世界の存続を願う音機関と、世界の破滅を願う男の手がゆっくりと結ばれる。

 今ここで現人類の滅亡が確定した。
 ああなんとも素晴らしい光景じゃないかと、手を叩いて笑いたくなった。

 ローレライは実体のない音機関だとルビアは言う。
 そんなもの憎んでもしょうがない。レプリカを生み出す音機関を壊すのと同じことだ。
 多少の気は晴れても、根本的な憎悪の解消には至らない。

 ならば全人類を滅ぼすしかないだろう。
 預言の在り方を歪めた全人類に。ボクを生み出す原因となった人類の歴史に。滅亡を。

 笑いが堪えきれないボクの前で、終末の導き手は今、優雅に立ち上がった。



 続きません。


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