ガーデンフール03(16)



 あ、咲きそう。
 背中が疼くのを感じて執務中にそう気付くのももう何度目か。そして。

「咲きそう?」

 こうしてシンクが気付くのも、随分と早くなった。

「はい。少し抜けますか?」
「いや、今日は忙しいしここでいい。僕もこれを処理したら行く」
「はい」

 席を立ち、窓際に椅子と衝立を用意して上着を脱ぐ。背もたれを抱えるようにして椅子に反対向きに腰かけて、背中に浴びるレムの光の温かさに息をつく。
 時間がある時は、近くにある部屋のベッドの上で。今日みたいに少し仕事が溜まっている日は、部屋の窓際で。それが私とシンクの間で習慣になりつつある。
 そして個人的な好みを言うとしたら……私はベッドの上で花を食べられる方が好きだった。

 花遊びの後のタッピングは、いつだって頭がくらくらする。
 お酒に酔ったらこんな気分なのだろうかと思えるくらいくらくらして、ふわふわして、夢中になってしまう。
 ベッドの上でシンクの重みを感じて、シンクの匂いに包まれて、シンクの腕の中でひたすらに溺れるあの瞬間が嫌いになれない。

 解ってる。私達はヤドリギで、そこに感情は不要だ。
 頭では理解していても、あの時間を重ねれば重ねるほど私はシンクを意識してしまう。もっとシンクのことを知りたくなる。

 これは本当に花生えの本能から来る感情なのか疑問を抱く程度に、私はもうシンクに好意を抱いていた。
 じゃあこの感情が恋なのかと聞かれたら……解らないけれど。

「……っつ、ぅ」

 思考に耽る私を現実に引き戻すように背中に痛みが走った。
 ぷつりと、肌が裂けて花が咲く。裂けて咲いて。裂けて咲いて。裂いて咲いて咲いて裂いて咲いて──咲く。裂き乱れる。

「ぁ」

 痛みから意識を逸らそうと必死になっている間はいつだって無防備だ。
 花が咲き始めた背中に触れる指先を感じて、ようやくシンクがこちらに来たことに気付く。
 振り返らないよう俯けば仮面を差し出される。それを受けとって、その冷たさに縋るように抱きしめて。

「相変わらず、凄い匂いだ」
「んっ」

 胴に回される力強い腕とか。背中に触れる舌と唇の感触とか。
 そもそもこんな風に接触を重ねる時点で、異性であるシンクを意識するなという方が無理なんじゃないか。自分で言うのもなんだが、私だって年頃なのだ。
 痛みとシンクの体温にかき混ぜられた頭でそんな詮無いことを考える。

 くしゃりと背中でシンクが花を食む音がする。
 花の生えていた場所を愛撫するように舐める舌先の感触が妙に熱く感じてしまう。
 鼻にかかるような、上ずった声。これは本当に自分のものなのだろうか。
 噛みつくように肌に歯を立てられると、びくりと肩が跳ねた。

「シ、シンク……」
「ふ。良い反応」
「からかわないでください」
「スキンシップってやつさ」

 スキンシップじゃなくて悪戯の間違いだろう。
 もう、と言葉を零せば密やかな笑い声が背後から聞こえる。やっぱり悪戯に違いない。まあ痛くなかったからいいけど。

 私がむくれていると、部屋にノックの音が響いた。総長から伝令が来たらしい。
 噛まれた時よりも大袈裟に反応する私を置いてシンクが入室の許可を出す。
 てっきりそのままシンクは衝立の向こうに行くと思って仮面を差し出したのだけど、差し出した仮面が受け止められることはなくて。

「シンク様?」
「食事中だ。そこで話せ」
「!?」
「は? は、はい」

 鎧の擦れる金属音が、衝立越しに近づいてくるのが解った。
 咄嗟に立ち上がろうとしたところを、身体に絡みついていたシンクの腕が塞ぐ。
 衝立越しに聞こえる伝令役の言葉が耳を上滑りしていく。だって今この時もシンクは私の花を食んでいるのだ。
 肌を舐める熱い舌先の感触にぞくぞくとしたものが駆け上がる。身体が強張る。逆らえない。

「っ、ぅ」

 未だ私の手の中にある仮面をぎゅっと抱きしめて声を噛み殺す。かと思うとシンクの黒手袋のされた手の平が私の口を覆った。
 今度は肩甲骨のあたりに噛みつかれ、小さくリップ音。私、何してるんだっけ。シンクに何されてるんだっけ。
 羞恥やら花生えの痛みやらが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まって訳が分からなくなってくる。
 奇妙なほどに顔が熱い。塞がれた口から微かにくぐもった声が漏れる中、背中から唇を離したシンクが伝令役の兵士に声をかけた。

「承知した。明日の午後そちらに向かう」
「はっ」
「下がれ」
「失礼します」

 ガシャガシャと鎧の擦れる音が遠ざかり、ドアの向こうに消えていく人の気配。
 パタンと扉が閉まったところでようやく身体の力を抜いたのだが、背中から覆いかぶさるようにシンクの身体が密着してきた。
 咄嗟に振り返りたくなったのを必死で我慢する。そんな私の耳元で、何とも楽しそうな声音でシンクが囁く。

「何をそんなに震えてるわけ?」
「んっ」
「声出てたもんね。聞こえたかも」
「んんんっ」

 未だシンクに口を塞がれている私は反論が出来ない。
 その代わりに嫌がるように首を振れば、またくすくすとシンクが笑う声が聞こえた。

「それとも興奮したの? お前にそんな趣味があるなんて知らなかったな」

 今度こそ否定の意味を込めてぶんぶんと頭をふる。
 シンクの手が離れたことで流石に文句を言おうとしたのだが、今度は黒手袋のされた指先に視界を覆われてしまう。

「お前の趣味に応えられないのは悪いけど、僕はもう誰かと花生えを共有する気はない」
「私だって共有される趣味はありませんよ!」
「そう。それは重畳」
「いった!」

 シンクが乱暴に花を噛みちぎったせいで痛みが走った。
 完全に油断していたので思わず痛いと言ってしまったのだが、シンクは気にせず花を食んでいる。

「お前の花を食んでいいのは僕だけだ」

 断言された言葉に心臓が跳ねるのに合わせ、脳裏を掠めたのは導師イオンの顔だった。
 また命令が下れば、私はあの人の元に行かねばならない。
 シンクだってそれくらい解ってる筈なのに、こう断言するということは何かしら手を打ったのか。はたまた導師イオンと相性がいい花生えが見つかったのか。

「それは……花食みの独占欲ですか?」
「そうだよ。花生えの共有なんて不愉快以外のなにものでもなかった。二度とごめんだね」
「いたっ、ちょ、シンク、痛い……っ」

 肩口のあたりに噛みつかれ、食い込む犬歯に痛みを訴えるも痛みが引くことはなかった。
 そこが導師イオンに直接食まれた場所だということくらい覚えている。不愉快だと口だけではなく態度でも示されているのだと。
 縄張りを荒らされて威嚇する犬のようだと思うのと同時に、独占欲を抱かれることにほの暗い喜びを覚えてしまう。これもまた、花生えの本能なのだろうか。
 解らない。自分の感情と花生え本能が混ざり合って区別がつかない。

 でもこれが恋だとは思いたくないなかった。だって、絶対に報われない。
 シンクが私に好意を抱いている姿が想像できない。せいぜい今みたいに自分の花生えに手を出されて苛立つ姿くらいだ。
 万が一私が好意を伝えたとしても、花生えの本能を勘違いしているだけだと流されて終わりか。あるいは面倒な感情を持たれるくらいならとヤドリギの関係すら解消されるだろう。

 それくらいシンクは自分の感情に無頓着だ。そんな相手に恋をするなんて不毛すぎる。
 そんな恋したくない。それならこの感情は、花生えの本能だと思う方が余程いい。
 心臓が跳ねるのも、シンクを意識してしまうのも、私達がヤドリギだから。無意識に存在を損なわないように動いているだけ。
 そうに決まっている。そうあってくれ。その上で少しでもシンクが自分を大事にしてくれたら私は満足だ。
 この感情の重さは、きっとそれくらいがちょうどいい。

 肌に食い込む歯が離れていくのと同時に、視界を覆っていた掌もまた離れていく。
 それでも目を瞑り続ける私の耳に続けて届いたのは衣擦れの音。それの正体はもう知っている。だから大人しく待っていれば、リボンが私の視界を覆う。

「あ」

 腕を引っ張られて立たされたかと思うと、乱暴に椅子に座らされる。背もたれに背中がぶつかった。
 膝の上にかかる体重。肩に回された腕。顎を取られて上を向かされる。

「ご褒美をあげる。好きだろ?」

 きっといつも仮面の下から覗くあの唇は蠱惑的な形を描いているのだろう。
 いつも頭が馬鹿になってしまう私をあざ笑うように口端を上げているのだろう。そんな想像をしながら口を塞がれる。
 でもしょうがないじゃないか。脳天を突き抜けるような甘さは快楽に似ている。甘すぎるんじゃなくて、脳を揺さぶるような甘さなのだ。

「シンク、ん」

 シンクの背中に縋りつくように腕を回しながら、タッピングを受け入れるために唇を開く。
 差し込まれる舌先は肌に触れる時よりも熱く感じる。擽るように舌裏を舐められたかと思うと、角度を変えて奥深くまで入ってきた舌が私の舌を掬い上げる。
 舌がからめ取られるのに合わせて思考力がそぎ落とされる。だめだ。くらくらする。頭が溶けていく。もっとほしい。それしか考えられなくなる。

「甘い?」
「あまぁい……っ、ん、もっと、もっとください」
「ほしい?」
「ほしい、好き、もっと……しんく」

 短い会話の合間を縫うようにぺろりと上唇を舐められて、惜しむように自分の唇を舐めとる。
 ぢゅぅ、と強く舌先を吸われる。途端に痺れるような気持ちよさが背中を駆け上がる。
 気持ちいい。甘い。どろどろと理性が溶けていく。餌を求める小鳥のように口を開けて求めてしまう。

「しんく、もっと、もっと」
「ふ。貪欲だね」

 吐息を零すような笑い声と共に囁き声が落ちてくる。
 その言葉に答えるよりも先に、また唇を塞がれた。


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