ガーデンフール03(17)
「今更なんですけど」
「何」
「私、タッピングの度に醜態をさらしている気がします」
「本当に今更だね」
食堂に向かって並んで歩く最中、ハッと鼻で笑いながら言われた台詞に肩を落とした。解っていることでも肯定されるとへこんでしまう。
まあそこで花生えの本能なんだから仕方ない、なんて慰めてくれるような人ではないことは解っていたけども。
同時に気落ちした私のために歩く速度を緩めてくれるような人でもない。現にちょっと俯いただけで隣を歩いていた筈のシンクは既に背中が見えていた。
このままマイペースに歩けば、食堂に向かう人ごみに紛れてすぐに見失ってしまうだろう。
お前がついてくるのが義務だろと言わんばかりにさっさと歩くのがシンクだ。同時にそれに合わせて足を動かすのが私の務めでもある。階級的にも、役職的にも。
だから速度を速めてその背中に追い付こうとしたところで、前を歩いていたシンクがくるりと私を振り返った。
「遅い」
「あ、すみません」
「ほら。まだ仕事は残ってるんだ。さっさと食べて戻るよ」
そう言って腕を取られる。ジャケット越しに腕を掴む掌の力は強く、引き寄せられた私の足は軽くもつれた。
まさか振り返られるなんて思ってなかったからちょっと驚いてしまった。
強引だけど、気遣いなんて感じられないけれど、私のことを気にかけてくれたことが嬉しく思えて。
違う。さっさと仕事を終わらせたいだけだろう、と自分に言い聞かせる。
私的な感情を抱くのは不毛な結果しか招かないと思った矢先にこれだ。私は自分が思っていた以上に単純な人間だったのかもしれない。
「馬鹿ですみません……」
「急にどうしたのさ。それこそ今更だろ」
「師団長、事実を指摘されるだけでも人は傷つくんですよ」
「自覚があるだけマシだって言ってほしいの?」
「何の慰めにもなってませんよ、それ」
「なんで僕がお前を慰める必要があるわけ?」
「たまには優しくしてくれたりしませんか。ほら、ヤドリギ特権とかありません?」
「そんな契約を結んだ覚えはないね」
縺れそうになった足を動かして、隣に並んだ私の腕を離すシンクの言葉はいつも通り辛辣だ。
けどきっとこれくらいがちょうどいい。ヤドリギだろうがこの人は私を甘やかさない。ほら、やっぱり優しさなんてない。
軽口を叩いてそれを確認して、心の中で自分の感情が詰まった袋の口をきゅっと締める。
一定の距離感を保つことを忘れてはならない、と自分を戒める。
「愚かな花生えにも愛の手を!」
「それも契約に含まれてないね」
「知ってます。師団長がそういう人だと知ってて契約を結んだのも私なので、言ってみただけです」
「本当にお前は無駄なことが好きだな」
「無駄を楽しめるってことは余裕があるってことだそうですよ。本の受け売りですけど」
「へえ? お前にそんな余裕があるとは知らなかったよ。ならもっと仕事を積んでもよさそうだね」
「いえ、それは充分いただいてるので……やれと言われればやりますけど」
「ヒィヒィ言いながら?」
「そうです。ひんひん泣きながら」
一応休憩中ということも相まってポンポンと軽快なやり取りをしながら足を動かす。実際に執務室で泣かれたら鬱陶しいだけだけだと笑うシンクと共に食堂に入る。
入り口に設けられた黒板で今日のメニューをザッと流し見し、人の流れに沿って食堂のおばちゃんにCセットを頼む。
軍服に付けられたリボンで私が花生えだということは解っているので、何も言わずとも大盛りで出て来るのは本当にありがたい。
小山になったベーコンとスクランブルエッグ。荒くマッシュされたポテトサラダが入ったボウルに、野菜たっぷりのスープがなみなみと注がれた深めのスープ皿。
そして少し硬めのパンを三つとオレンジジュースをジョッキで貰って、シンクと一緒に空いている席に適当に座った。
「相変わらずよく食べる……」
「これでも師団長とヤドリギになって減ったんですよ」
「知ってる」
そう言うシンクの食べる量もそれなりに多い。が、食べ盛りの男子が食べる量としては妥当といったところだろう。
チキンライスにトマトスープ。ブウサギの香草焼きにポテトサラダ。こんもりと盛られてはいるが、一般的な範囲を超えていない。
そこから先は互いにかきこむように食べていく。この辺りは軍人としての性と言っていい。
いつ呼び出しがかかるか解らないから、訓練生時代に早々に食べるように叩き込まれるのだ。
実際、野営中はのんびり食べる余裕などない。急いで食べないとくいっぱぐれることなどザラにある。早食いは軍人の必須スキルと言えよう。
「ん。それにしても香草焼きも美味しそうですね。次は私もブウサギ頼もうかな」
「今食べてるのにもう次の食事のこと考えてるわけ?」
「他の人が食べてるのってなんで美味しそうに見えるんでしょうね?」
「お前が食い意地張ってるだけだろ」
とはいえ慣れれば会話をする余裕も出て来る。互いに手も口も止めないまま隙間を縫ってどうでもいい会話をする。
仕事の話は執務室の外ではあまりしない。神託の盾本部の食堂とはいえ、どこから情報が洩れるか解らない以上不用意な情報漏洩に繋がる会話は出来ない。
これもシンクの元で働き始めて知ったことの一つだ。スパイなんてどこにでもいる、とはシンクの談である。
「ほら」
だからちょっと気が抜けていたのは否めない。
否めないのだが、シンクがフォークに突き刺した香草焼きの欠片を私の前に突き出してきた理由が解らなかったのは、多分気が抜けていたせいではない。
「え?」
「一口食べれば満足するだろ?」
当然のように言われて、当然のように差し出された一口サイズのお肉の塊。
それが意味するものが解らないほど、流石に馬鹿ではない。
けれどシンクがそんなことをするなんて思ってもみなかったから、未だに脳味噌が理解を拒んでいる。
「ほら」
固まる私を急かすように唇をつつかれ、未だ理解が追い付かないながらも反射的にありがとうございますと言ってフォークを受け取ろうと手を動かした。
が、シンクの手が逃げたかと思うとまた唇をつつかれる。香草焼きの良い匂いが鼻孔を擽るのが、どこか他人事のように感じられた。
「あの」
「なに。腕疲れるんだから早く食べてくれない?」
この程度で疲れる筋力してないくせに何ってるんだこの人。
同時ににまにまと笑うシンクの口元を見て、流石にからかわれていることに気付いた。
とはいえここで拒否したところでシンクはまたフォークを突き付けてくるのだろう。
「……それは、失礼しました」
なので諦めた私は大人しく口を開けてブウサギの香草焼きに歯を立てた。フォークがすっと引かれて一口大のお肉の塊を咀嚼する。
味付け自体は塩コショウのシンプルなものだが、口の中いっぱいに広がる香草の香りが食欲をそそる……筈なのだが、味がよく解らない。
なにせ周囲の視線が痛い。
何やってんだこいつ等、というよりはシンクのとった行動が信じられなくて、自分の目を疑うかのように私とシンクの間で視線を往復させている。そんな視線を無数に感じる。
その視線に気付いていないわけがないだろうに、肘をついたシンクは相変わらずにまにまと笑いながら私を見ている。顔が熱い。
「美味しい?」
「美味しいデス」
「まだ食べる?」
「結構デス」
お行儀悪くテーブルに肘をついて、シンクはにまにまと笑っている。
正直羞恥心から叫び出したかったが、ここで過剰な反応を示せばシンクを喜ばせるだけだし、更に視線を集めてしまう。
無心になって口を動かし、ごくんと呑み込んだ。
「師団長」
「なに?」
「私で遊ぶなとは言わないので、せめて人目ってものを気にしてくれませんか?」
「お前は僕のヤドリギだろ」
私の提示した妥協に返された言葉は欠片も理解できなかった。
ヤドリギだから何だってんだ。タッピングならともかく、給餌される理由が解らない。
「意味が解りません」
「お前を誰かと共有する気はないってことだよ」
「意味が解りません」
「お前が馬鹿だからだろ」
「酷い」
説明してくれる気はないらしい。
ひとまず私で遊んで満足したのか、シンクはまた食事を口の中に詰め込み始めた。
とはいえこうなったシンクがご親切に追加の説明をしてくれるとは思えないので、私も大人しく食事を再開する。
未だちらちらとこちらに向けられる視線を感じながら食事をするのは結構に針の筵だった。
「うう、絶対噂される……」
「無視すればいい」
「私師団長ほど面の皮厚くないので……」
「自覚がないみたいだから言うけど僕にそれを言える時点で充分厚かましいし、何なら上官に花を毟らせようとしていたあたり、お前の面の皮は十二分に厚かったよ」
「酷い」
半泣きになりながら食事をお腹に詰め込む。
結局食事を終えて執務室に戻った後も給餌されたことを思い出してしまい、私はひんひん泣きながら仕事をする羽目になった。
おかしい、仕事量は増やされていない筈なのに何で私は泣いてるんだ。
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