お題箱SS詰め合わせ(労い)


「あ〜〜! 疲れたぁ〜〜!!」

 腹の底から声を出しながらベッドに倒れこむ。
 ちょっと、と声をかけられた気がしたが知らない。聞こえない。だって本当に疲れているのだ。

 合同演習が近いため、各師団長とその補佐官は準備のためにここ数日駆けずり回っていた。
 当然第五師団もバタバタしていて、常日頃から抱えている書類仕事だけでも面倒なのに容赦なく遣いっ走りにされる始末。
 重要度の低いものは師団員に伝令に走ってもらえるんだけど、即座に返事が欲しい交渉や機密性の高いものはどうしても師団長本人、あるいは補佐官クラスが動かないといけない。
 演習に向けて訓練がきつくなっていることも相まって、ここ数日は毎日のようにベッドに倒れこんでいた。

「ベッドのど真ん中で寝るんじゃないよ。僕が寝れないだろ」

 私を遣いっ走りにしている張本人から抗議の声が飛んできた。
 いつもの仮面はなく、むすっとした顔でこちらを見下ろしている。お風呂上がりでほかほかなのに、その言葉はいつも通り容赦がない。

 シンクの部屋にお泊りに来るのはこれが初めてではない。勝手知ったるなんとやら。最初は緊張していた私も今ではこうして図々しくベッドを占領できる程度に自由に過ごしている。
 ほんと距離縮まったよな。最初はあんなに殺さないでって懇願してたのに。

「邪魔」
「ぐえ」

 互いに入浴も追えて後は寝るだけ……なのだが、互いに疲れていることもあってかそういう空気にはならなかった。
 むしろスペースを空けろと言わんばかりに蹴っ飛ばされる。恋人に対して酷い扱いだ。まあそんな粗雑に扱われて泣くような女じゃないって解ってるからだろうけど。

「もうちょっと疲れてる恋人を労ってくれてもいいんじゃない?」
「疲れてるのは僕も同じなんだけど?」
「散々人を遣いっ走りにしてるくせに」
「それが仕事だろ」
「それはそうですけどもー」

 もそもそと移動してシンクが寝転べるスペースを作る。
 師団長なだけあって、シンクの部屋はそれなりに広い。ベッドもそれなりに大きい。少なくとも二人一緒に寝ても不自由がない程度には。

「でも疲れるものは疲れるの。それなりに鍛えてる自信はあったのに、それでもこんなに疲れるって相当酷使されてる証拠だと思わない?」
「思わない。そんなに疲れてるなら仕事変えてやろうか?」
「なんの仕事?」
「僕の部屋の警備」
「私情入りまくりですよ師団長」
「左遷してやろうかって言ってるんだよ馬鹿」

 実際、シンクの部屋の前に警備兵は居る。というか師団長クラスには全員いる。
 部屋の前に立っているだけの簡単なお仕事……に、見えて勤務中ただずっと立ってるだけっていうのは結構辛いのを知っている。下っ端時代に散々味わったので。

 取次役になったり伝令役にもなるので、師団長クラスの私室の警備はただの下っ端では無理な仕事ではある。
 上層部の顔触れは頭の中に入れておかなきゃいけないし、ある程度の礼儀作法も必須だからだ。
 でも今私がその仕事に回されたら明らかに私情が混じっているとみなされるだろう。実際そうなった場合、仕事が終わった途端部屋に連れ込まれる未来しか見えない。

「ったく、文句が多い」
「愚痴くらい別にいいでしょ。訓練とダブルだから余計にきついんだよ」
「鍛え方が足りないだけだろ」
「既に槍術を極めてる私でも筋肉痛になるレベルの訓練を課してる自覚はおありで??」
「最近たるんでたからね、ちょうどいいだろ」
「うそやん……」

 酷い。
 私は槍術一本。つまり物理特化ということで普段から身体を鍛えているからまだ何とかなっているが、実際脱落者は出ている。譜術士達なんかは既に屍累々だ。
 シンクは自分が出来るからといって師団員にも同じレベルを求めないでほしい。

「ほんと文句だけは一人前だな……」
「ぷえ」

 ベッドでごろごろしながら抗議という名の愚痴を垂れ流していたら、ため息をついたシンクにベッドの上で転がされた。
 うつぶせにされたかと思うと、肩のあたりを肘でぐりぐりとやられる。痛いには痛いが、どちらかというと痛気持ちいいという感じだ。
 まさかのマッサージが始まり、驚きながらも突然見せられた優しさと気持ちよさに一気に全身から力が抜けた。

「んあ〜〜。そこ気持ちいい……」
「だいぶ凝ってるね。さては風呂上がりのストレッチさぼったな?」
「さぼってませーん。書類仕事ばっかだとどうしても凝っちゃうだけですぅ〜」
「じゃあ仕事中の姿勢が悪いってだけか。今度背中に定規入れてやろうか?」
「嘘でしょ。そんな幼年学校の生徒みたいなことされるの私」

 くすくすと笑いながらもシンクは私の筋肉を揉み解してくれる。
 拳闘士なだけあって身体の構造をよく理解しているのか、それともどこかで学んできたのか。とてもマッサージが上手い。
 正直軽口を叩き合ってないければ寝落ちする自信があった。あー、そこ気持ちいい。

「幼年学校の生徒でちょうどいいだろ。上司兼恋人を労うどころかこうしてマッサージさせてるのはどこの誰さ」
「私ですぅ〜〜」

 私の上にお尻の上に跨ったかと思うと背後から腕を引っ張られる。筋肉が伸ばされる感覚がなんとも痛気持ちいい。
 情けない声を上げる私にシンクが鼻で笑った。

「ここまで僕が労ってやったんだ。合同演習が終わるまで精々馬車馬のように働いてもらうよ」
「うぐ、はぁい。頑張りまぁす」
「明日もコキ使ってやるから覚悟しな」
「シンクは本当に人使いが荒い……」
「恋人だからって優遇する気はないって言っただろ。出来るんだからやれ」
「はひ」

 なんとも厳しい物言いに力なく返事をする。
 握られていた腕が離れ、次に肩甲骨の内側を親指でぐぅと押された。おうおうと情けない声を上げる私にシンクが笑う。

 物言いは厳しいが、シンクの言っていることは正しい。
 シンクは私が出来ると思ってるから仕事をふってくる。出来もしない仕事がふられることはない。
 ちゃんと私の出来ることを把握したうえで仕事を積み上げているのだ。ギブアップするぎりぎりのラインを狙ってタスクを積み上げて来るから、こうして愚痴ってるわけだけど。

 それでもこうしてちゃんと労ってくれるし、愚痴も聞いてくれる。
 それはシンクなりの優しさで、同時に恋人だからこその特別扱いだということも理解してる。
 甘やかされてるなぁと思うとじんわりと胸の内が熱くなった。

「足は自分でやりな」

 一通りマッサージを終えたところでシンクが私の上から退き、ごろりと隣に寝転がる。
 肩回りを中心に軽くなった。身体を起こし、腕を回せば随分と楽になったことを実感する。

「ありがと。私もやるよ。シンクほどうまくないけど」
「要らない。それよりさっさと寝て明日に備えるんだね。あと折角マッサージしたんだから身体を冷やすな」
「ぐえ」

 そう言って私の腕を掴んで寝技の要領で寝かされたかと思うと、雑な手つきで毛布を掛けられる。
 甘やかされてる自覚はあるが、もうちょっと丁寧な扱いをしてほしいというのは私の我が儘だろうか。
 音素灯を消し、私の頭を抱えこむようにして抱きしめられ、二人して毛布にくるまる。
 すっかり寝る体勢に入ってしまった。本当にマッサージはいらないらしい。それでも長く息を吐く姿は疲れが見て取れた。マッサージ受けるより早く寝たいのか。

「わかった。おやすみ、シンク。合同演習終わったら一緒にのんびりしようね」
「そうだね。その時はたっぷり君に労ってもらう予定だから。ちゃんと時間空けといてよ」
「え。あ、うん。何? ご飯作る? 買い物行く? 荷物持ちするよ?」
「馬鹿? 本当に幼年学校の生徒にでもなった? そんな健全な労いで僕が満足するとでも? 僕が言っているのはもっと不健全な方」

 不健全な方。
 音素灯の消えた暗い室内。それでもこれだけ密着していればにんまりと笑うシンクの顔がよく見えた。
 終わったら抱くと遠回しに宣言され、カァと頬が熱くなる。

「労うって、そういう……?」
「疲れると溜まるんだよね」

 ぐっと腰が押し付けられる。
 言葉を失う私に噛みつくようにキスをした後、そのまま目を閉じておやすみとのたまった。
 こうやって言いたいことだけ言ってマイペースを崩さないところは本当にシンクだと思う。

 これだけ密着しているのだ。私の心臓がドンドコうるさいのに気付いているくせに、あえて指摘してこないところもたちが悪い。
 馬鹿、と小声で呟けば目を閉じているシンクの口端が持ち上がる。
 聞こえないふりをする恋人に触れるだけのキスをして、私もまた目を閉じた。

 それが嫌だと思わない時点で私の負けは既に確定している。
 なのでご希望に沿って、合同演習が終わったらたっぷりとシンクを労いたいと思う。



 お題箱:しょっちゅう疲れたとぼやきながらその辺でごろついていたら、見かねたシンクにマッサージされつつちくちく刺される夢主


前へ | 次へ
ALICE+