ガーデンフール04(19)



 自分の恋心を、袋に詰め込んでその口をきつく縛って。胸の奥の奥の方へと押し込める。
 もう二度と出てこないように。もう二度と溢れないように。

「すみません、みっともないところを見せました」
「……もう一度聞く。なんで泣いた」
「帰りましょう」
「おい」
「仕事、早く終わらせないと。また書類が積み上がっちゃいます」
「……解った」

 顔を上げて。涙を拭って。笑顔を作って。質問を無視する。
 師団長は頑なに答えない私にそれ以上言及することなく、揃って立ち上がり執務室へと戻る。
 隣ではなく後ろを歩いても何も言われなかった。

 その背中を見つめながら考える。
 硬く封じた恋心。胸の奥底に押し込んでも、捨てようとは思えない。なんて未練がましくてみっともない。
 でも捨てられないなら忘れるしかない。だからこの思いが風化するのを待つしかない。
 いずれ埃をかぶった恋心を見つけた時、恋なんてするもんじゃないと笑って思い出せるようになればいい。
 揺れる緑の髪を見つめながら、そんなことを思った。

 だってこれだけ見つめても、師団長は振り向かない。
 それがこの恋の答えだって、痛いくらいに解ってたから。

 それから可能な限り師団長との適切な距離感を保つようにした。きちんと笑顔を作って、部下として一線引いた態度を心がける。
 仕事には手を抜かない。元々花生えでなければこの仕事に抜擢されることもなかったのだ。最初に決意した通り、どれだけ落ち込んでいようが与えられた仕事は全うしなければならない。
 それに仕事と訓練に没頭すれば嫌でも余計なことを考える余裕はなくなるし、夜もぐっすり眠れて無駄に悩むこともなくなる。いいことづくめだ。
 時折師団長からもの言いたげな視線を感じることはあったが、声をかけられることはないので気のせいだろうと流すことを選んだ。

 問題はいずれやってくるであろう、花遊びとタッピングの時間だ。叶わない恋心を抱えたからといって、ヤドリギの関係を解消しようとは言えなかった。
 それは私の未練がましさでもあり、同時に花食みが居ないと花生えは生き辛いという切実な理由もある。
 違うな。体質を理由にして師団長との触れ合える機会を逃すまいとみっともなく今の関係にしがみ付いているだけなのかもしれない。

 そもそもあなたを好きになって辛いから関係を解消したいと言えば、師団長は受け入れてくれるんだろうか。
 そんな面倒な感情を抱かれるのはごめんだと、向こうから関係を切ってくれるかもしれない。
 お前がどんな感情を抱こうが関係ない。契約は契約だと言って現状維持を求めるかもしれない。
 解らない。解らないけれど、どんな返答であれ私はその言葉に傷つくのだろう。

 結局私はこれ以上傷つきたくないんだな、と解ってしまうと余計に辛くなった。物凄く身勝手な人間だ。
 勝手に期待して、勝手に恋をして、勝手に傷ついて。これ以上傷つくのは嫌だと必要以上に怯えてる。
 なんて酷い女なのだろう。そう思うとまた胸がざわざわして、泣きたくなった。

 あれから一週間。
 花は、まだ咲いてない。

「……ねえ」
「はい」

 仕事中、時折マイナスに落ちかける思考を無理やり修正しながら書類と格闘していたら師団長から声をかけられた。
 集中力が切れてしまったせいで忘れかけていた頭痛がまた襲い掛かってくる。
 なんでだろう。確かに仕事を詰め込んではいるけれど、ご飯はしっかり食べて夜もぐっすり寝てるのに。体調を崩すようなことはしてない筈なのにな。
 笑顔を作って顔をあげれば、頬杖をついた師団長がペンを片手にこちらを見ていた。

「最近花が咲いてないみたいだけど」
「え? ああ、そういえばそうですね」
「夜にでも咲いてるわけ?」
「いえ。咲いてませんよ。そういえばこんなに咲かないのは初めてですね。痛くないので私としては嬉しいですが」
「ヤドリギ相手によくもまあそんなこと言えるね」
「あはは。すみません。師団長は花食べたいですよねえ。そのためのヤドリギなわけですし」

 師団長の物言いにずきりと胸が痛んだ。また勝手に傷ついている。面倒臭い女だ。
 同時に頭痛が酷くなる。頭の奥から痛みが響く。熱でもあるんだろうか。朝熱を測った時は平熱だった筈だが。

 へらへらと笑う私に師団長がため息をついて立ち上がった。
 呆れられただろうか。花を生めないならもう関係は解消すると言われるだろうか。

 師団長はぐるぐると考え込む私の前までやってくると、何故か私の手を取ってジャケットの袖を捲り上げた。
 突然の接触にどうしていいか解らず、戸惑う私の腕をぐっと強く握る。痛くはないが、理由が解らない。
 手を離した師団長は私の手首をつかみ、舌打ちを一つ漏らした。

「あの。師団長……?」
「……何が悪かった」
「え?」
「花詰りを起こすようなことを……僕が、何かしたんだろ」

 花詰り、と言われて目を見開く。
 そこでようやく師団長がしていることの意味が解った。

 花詰りは花生えが花を生めなくなる状態を指す。その原因の大半はパートナーである花食みの言動だと言われている。
 そして常日頃から生み出している花を生めなくなるのだから、花詰りを起こした花生えは当然のように体調を崩す。
 身体がむくみ、続けて頭痛や吐き気といった様々な症状が確認されている。

 そうか。この頭痛は花詰りのせいか。
 痛む頭の片隅で、どこか他人事のように考える。自分のことなのに気付くのが遅すぎる。
 師団長が私の腕を握ったのもむくんでいるかどうかチェックするためだ。私より早く私の状態に気付くって、やっぱり師団長は有能だなあ。

「私が、勝手に傷ついただけですから。師団長は悪くないです」

 ずきずきと痛む頭を抱えながら何とかそれだけ返す。
 何も悪くないと言ったのに、師団長は不愉快そうに唇をゆがめた。

「……僕が、顔を見せないからか」
「え?」
「ヤドリギとはいえ……ヤドリギなのに、僕は優しくすることもできない」
「師団長?」
「……何か。気遣えて、なかったんだろ。だから、傷ついたんじゃないの」

 嫌悪のにじむ声で、けれどどこかたどたどしく零す言葉に少しだけ怯む。
 けどすぐに解った。私が嫌なんじゃない。これは自己嫌悪だ。
 だから師団長の手をとって握り締める。黒手袋のされた手は骨ばっていて固い。前と同じ、男の子の手だった。

「師団長は悪くありません」
「でも、実際にお前は花詰りを起こしてる」
「私が悪いんです。勝手にマイナス思考に陥ってるだけです。ごめんなさい。メンタル管理も碌にできないなんて、軍人失格ですね」
「……そんなに、言いたくないわけ?」

 自分のせいだと一生懸命主張しても、師団長は信じてくれない。
 苛立ちのにじむ声はいつもよりも低く、びくりと身体が震えた。
 咄嗟に引こうとした手を握り返される。捕まった。顔が強張り、また舌打ちが聞こえた。

「……前に、泣いてただろ」
「……はい」
「それ?」
「その……えっと、はは」

 笑ってごまかしながらやんわりと手を引こうとしても、師団長は手を離してくれなかった。
 もう笑顔も作れなくて、恐る恐る師団長を見る。

「言えよ」

 命令口調にぐっと言葉が詰まった。
 これ以上傷つきたくなかった。早く忘れたいのに、私の心をかき乱さないでほしい。踏み込んでこないでほしい。
 ああ、やっぱり私は身勝手だ。

「……師団長は自分の感情なんてどうでもいいって前に言ってたじゃないですか」
「だから何。今はお前の話をしてるんだけど?」
「それと一緒です。私の感情も、放っておいてください。花が咲いたらちゃんと師団長に渡しますから」

 掴まれた手を伝って、師団長の身体が微かに強張ったのを感じた。
 酷いことを言っている自覚はあった。せっかく気遣ってくれたのに、私はそれを拒絶しているのだ。
 余りにも自分勝手。ネガティブになっている自覚はあるが止まらない。頭が痛い。

 師団長の手を振りほどく。頭痛も相まってちょっと乱暴になってしまった。部下としては宜しくないだろう。
 けれどこれ以上踏み込んでくれるなという私の主張は伝わった筈だ。
 仕事に戻りましょうと声をあげようとして、また腕を掴まれた。

「言え」
「しだん」
「お前だって、僕に言わせただろ。今回の件は僕にだって関係のあることだ。なら僕だって同じことをする権利がある筈だ。言え」
「え、」
「僕はお前の感情が知りたいって言ってる」

 師団長の言葉に、以前無理やり師団長の言葉を引き出した時のことを思い出す。
 あの時の言葉が、今私に跳ね返っていた。

 固く引き結ばれた唇を見つめながら目尻が熱くなるのを感じる。
 こんなところで泣くなと自分を叱咤するも、鼻の奥がつんと痛む。
 引きつる喉を唾液を嚥下することで誤魔化して、私の腕を掴む師団長の手に自分の手を重ねる。

「師団長を、困らせたくないんです」
「僕が困る? 余計な気づかいは不要だ。そんなことにはならない」
「でしょうね。だから嫌です」
「は?」
「師団長が困ってくれないなら、言いたくないです」
「……は?」
「そんな、我儘な感情なんです。きっと理解してもらえません。だから放っておいてくださいって言ってます」

 困ってもくれないなんて、その方が辛い。だって一考する価値もないってことだから。
 切り捨てられたくないんです。だから、放っておいて。

 泣きそうな顔をする私に、師団長はそれ以上何も言えないようだった。
 結局別の意味で困らせてしまったかもしれない。
 でもそれ以上、私から言えることは何もないのだ。


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