ガーデンフール04(20)


 頭痛が引かない。朝の出勤時にどんどん酷くなる頭痛に通路の端でうずくまっていたら、アニスに見つかって医務室に連行されてしまった。
 大丈夫だって言っても聞いてくれないどころか、そんな顔色で何言ってんの! と逆に怒られてしまう始末。
 なので恐らく花詰りのせいですぐ治るものではないからといえば更に怒られた。

「花詰りってことはシンクに何かされたんでしょ。仕事も行き辛いんじゃない? 医務室行って、ちょっと距離置いてみたら? それに花詰り自体はなんとかならなくても、痛み止めくらい処方してもらえるっしょ」

 花生みが花詰りを起こす原因の大半はパートナーの花食みの言動だと言われている。
 アニスもそのことを知っていたらしく、ついに反論の言葉を失った私は大人しく医務室に連行されたのだった。
 前から気になっていたトクナガに乗せてもらえて良かった。とポジティブに考えておくことにする。

 医務室では痛み止めを処方され、今ここで飲んで一眠りしていくことを推奨される。花生みでも飲める薬だが、副作用として眠気があるそうだ。
 アニスに連れてこられてから肝心なところは何一つ話していないのに、疲労で倒れるように眠るんじゃなくきちんと心も休息させることで思考をリセットさせてみなさいとも言われてしまった。
 書類と格闘できないのに執務室に行っても意味がないと、お言葉に甘えて医務室で少し休ませてもらうことにした。

 ずきずきと痛む頭を抱えながらベッドにもぐりこむ。衝立があるお陰で寝顔を見られる心配もない。
 自然とため息が漏れて、それが情けなくて、頭まで布団を被る。

 なんか。逃げてるみたいで、嫌だな……。
 そう思うと自分の情けなさにぐっと息が詰まった。

 それからミノムシみたいになって布団にくるまっている内に眠ってしまったらしい。
 次に目が覚めた時は少し頭がすっきりしていて、頭痛も眠る前よりマシになっていた。薬のお陰なのだろう。
 目をこすりながら身体を起こし、うんと身体を伸ばしてあくびを零す。完全に気を抜いていたところで衝立の向こうから人が現れた。

「っと、すみません。てっきり眠っているものとばかり。声をかけるべきでした」
「導師イオン!? 何故こ、あ、し、失礼しました! えっと、ちょうど起きたところなので大丈夫です!」

 上げていた両手を下ろして慌てて姿勢を正す。そんな私を見て導師イオンはくすくすと笑いながらおはようございますとだけ言った。
 大変不敬な格好で出迎えたのにスルーしてくれるらしい。相変わらずお優しい人である。

「アニスから話を聞いて、お見舞いに来ました。眠っているとのことだったので様子だけ見るつもりだったのですが……調子はどうですか?」

 その言葉に導師イオンの背後で椅子を持ってきていたアニスを見る。
 ばちりと視線が合うと、椅子を置いたアニスがごめんと言うように顔の前で両手を合わせた。お前のせいか。
 導師イオンに視線を戻せば穏やかな微笑を浮かべている。この人の場合、本当の本当に善意なのだろう。

「あの、私のような者にまでお気遣いいただきありがとうございます。先生からお薬も処方してもらったので、大丈夫です」
「花詰りは薬では完治しないと聞いています」
「その……まあ、はい」
「ルビアにはお世話になりましたから、僕で力になれることがあればと思って足を運んだんです。といっても話を聞くことくらいしかできませんが……どうでしょう。ルビアが良ければ、貴方の悩みを聞かせてくれませんか?」

 アニスが用意した椅子に腰かけ、導師イオンが気遣いに満ちた柔らかな声で問いかけてくる。
 気を使ってくれているのか、アニスは衝立の向こう側で警護をするようだ。もしかしたら私の視線から逃げただけかもしれないけど。

「えっと……そのお気持ちだけで充分です。私のような末端兵のために導師イオンのお時間をとらせるわけにはいきませんので」
「時間は気にしないで下さい。元々いつもこの時間は体力づくりも兼ねて散歩に出ているんです。執務も終えていますし、この後の予定もありませんから」

 遠回しなお断りはやんわりと回避された。
 気持ちは嬉しいんだけど、導師イオンと関わると絶対師団長の機嫌が悪くなるんだよなぁと内心空笑いを零す。
 と、そこまで考えて気付いた。詳しい話は出来ずとも、花食みの心情を聞くくらいならば構わないのではないだろうか。
 絶対に不敬というか不遜だが、何か一つ相談すれば導師イオンも満足して帰ってくれるかもしれないし。

「では……その、一つだけ」
「はい」
「花食みは、その、やっぱりパートナーの花生みが花詰りを起こしたら、不快なものでしょうか?」

 アニスが私が花詰りを起こした原因がシンクだと断定したように、花食みは花詰りに対して責められがちだ。
 どう考えても不愉快だろう。師団長だって不愉快だと思う。

 実際、何故師団長があんなに花詰まりの原因について聞きたがったのか? 考えてみたのだ。
 自分を含めた人の感情というものに頓着しない人だったのに、凄く食い下がってきた。疑問を持つのは当然のことだと思う。

 考えた結果、『パートナーに花詰りを起こさせるような花食み』というレッテルを貼られるのが嫌だったのでは? という結論に至った。
 ただ私は花食みのパートナーが出来たのは師団長が初めてで、その他については真偽もあやふやな伝聞でしか知らないので、いっそのこと導師イオンに聞いてしまおうと思ったわけである。

 導師イオンはきょとんとした顔をしたが、すぐに柔らかく目を細める。
 僅かに上がった口角は嫌味のない微笑みを形作った。平和の象徴と呼ばれるに相応しい、穏やかな笑みだった。

「ルビアは、シンクのことが好きなんですね」
「えっ!?」

 断定された言葉に思わず声がひっくり返る。
 驚く私の前で、導師イオンは胸元に手を当ててそっと視線を伏せた。

「僕はシンクの気持ちは解りませんが、花食みとしてなら……不快に思うよりも、まず後悔すると思います」
「後悔……?」
「はい。自分の何が花生えを傷つけたしまったのだろうかと。そして謝りたいと思うでしょう。その傷を癒して、また花を咲かせてほしいと願うでしょう。しかしそれは花が欲しいからではなく、その傷を塞ぎたいからです。傷つけてしまった分、癒したい。僕なら、そう思うでしょう」

 流石は導師イオン。柔らかな声音で語られる内容は噂と違わず慈悲深く、そして優しいものだった。
 しかしそれが師団長の心情と合致するかと言われると、何の参考にもならない気がする。あの人が私に謝罪したいとか、傷を癒して欲しいと願うなんて欠片も想像できない。
 あんまり参考にならなさそうだ。そう結論付けた私は礼を言って話を終わらせようとしたが、視線を伏せたままの導師イオンはそのまま言葉を続けた。

「花食みにとって花生えは特別です」
「とくべつ」
「はい。花を食べることでその人のことをダイレクトに感じることができます。事実、シンクというパートナーを得た後の貴方の花はより輝く大輪となり、甘さを増していました。これはパートナーを得たことで貴方のコンディションが最上の状態にあった、ということでしょう」
「そ、そんなことまで解るんですね……」
「ええ。そしてその花によって、僕達花食みのメンタルは安定します。花食みにとって花生えはなくてはならない存在なんです。貴方たちが居るからこそ、僕たちは心穏やかに過ごすことが出来る。ですからパートナーである花生えが自分と居ることで大輪の花を咲かせたとしたら、こんなに嬉しいことはありません」

 視線を上げた導師イオンは、まるで我がことのように嬉しそうに目を細めていた。
 花がほころぶような微笑み、とはこういうことを言うのだろう。この人花食みなのになんで花生え以上に花が似合うんだろう。
 私が現実逃避じみた思考をしていると、すとんと表情が抜ける。その変わりざまが少し怖くて、反射的に毛布を握り締めた。

「だからこそ、その花が咲かなくなったとしたら僕は僕を許せないでしょう。あれほど咲き誇っていた花が咲かなくなるんです。心の傷は目に見えません。しかし花食みにとって花が咲かないということは正しく心の傷跡です。自分がそれだけ傷つけてしまったという証明。その痛みはどれほどのものでしょうか。後悔するなと言う方が無理です。これはきっと、どんな花食みでも抱く後悔だと思いますよ」
「……そう、なんでしょうか」
「はい、間違いなく」

 今度は私が視線を落とす番だった。
 私の心情を見透かしたように、後悔するのは自分が優しいからじゃなく花食みだからだと言い切った導師イオン。
 けれど自他ともに感情に無頓着なシンクが同じように考えるなんてどうしても思えなくて。でも実際シンクはしつこいくらい原因を聞いてきたわけで。
 ぐるぐると考え込む私の前で、導師イオンが更に言葉を続ける。

「これは僕のお節介ですが……ルビア、シンクのことが好きなんでしょう?」

 再度断定され、震える唇を誤魔化すように下唇を噛む。目の奥が熱くなって、泣きそうになる。
 どうやら私の涙腺は随分と馬鹿になってしまったらしい。恋って涙腺を壊す効果でもあるんだろうか。

 きちんと袋の口を堅く閉じて胸の奥にしまい込んだ筈なのに、導師イオンの言葉に引っ張り出された恋心があっさりと顔を出す。
 ほろりと涙が零れ落ちるのと一緒に、固く引き結んだはずの唇から私の本音もあっさりと零れ落ちた。

「好きです」

 ぐぅ、と喉が鳴る。

「好きに、なってしまいました」

 くしゃりと顔が歪んだ。

 一度零れ落ちてしまえば後は簡単で、堰を切ったように本音が溢れ出す。
 涙が頬を滑り落ちていくつも筋を作り、溢れた感情は私の意思に反して勝手に喉を震わせた。

「でも、きっと私は振り向いて貰えない。それが……とても、辛くて」

 導師イオンは立ち上がり、両手で顔を覆った私の背中を優しく撫でてくれる。
 大きな掌だった。優しそうな見た目からは想像がつかない、柔らかくも細長い指をした男の子の手だった。

「僕はシンクの気持ちは解りません。けれどシンクによって、貴方は見事咲き誇っていました。そのことは間違いなく事実です」
「でも、鬱陶しいって、そんな感情不要だって言われたら……私、きっと、もう立ち直れません。怖いんです」
「シンクがルビアを気遣うことはありませんでしたか? 花生えとして、一度も大切にされたことなどないと?」

 しゃくりあげながら怖いと駄々をこねる私に、導師イオンは穏やかな声音のまま問いかける。
 その質問に少し考えて、ふるふると首を振った。思えば最低限の気遣いはあった。
 導師イオンはその答えを解っていたように頷く。何もかも見透かすような柔らかな緑色の瞳が私を射抜く。

「ならきっと、貴方とシンクの間にも間違いなく育まれているものがある筈です。怖いかもしれません。でも一度シンクにその気持ちをぶつけてみてはどうでしょうか? どんな答えが待っているにせよ、シンクは貴方に誠実に対応してくれると思います。少なくとも、自分のパートナーの精いっぱいの告白を無碍に扱うような花食みではないはずです」
「そう、でしょうか……?」
「ええ。だってそうでしょう? 貴方のことがどうでもいいなら、僕に対して牽制なんて仕掛けてくるはずありません。少なくとも僕に取られたくないと思う程度にはシンクがルビアに独占欲を抱いているのは間違いなく、独占欲を抱く相手をどうでもいいと切り捨てることはまずないでしょう?」

 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。その場しのぎの慰めではなく、明確な根拠が出てきたことに驚きを覚えて顔を上げる。
 にこにこと微笑む導師イオンに目を瞬かせれば、目尻に溜まっていた涙がほろほろと零れ落ちる。
 導師イオンはそんな私にふふと小さく笑うと、綺麗に整えられた爪先でそっと涙をぬぐった。なんとなく恥ずかしくなってまた視線を落とす。

 そっか。自分の気持ちでいっぱいいっぱいになって忘れてたけど、私、なんだかんだ言いつつ花生えとして尊重はされてたっけ。
 少なくとも傷つけられるようなことはされてないし、肌を晒す時はちゃんと人目から隠してくれていた。私の尊厳を守って、花遊びの時も決して乱暴にはされなかった。

「それでシンクにふられたら、導師守護役部隊に来てくれても構いませんよ。ルビアはアニスとも仲が良いですし、僕もパートナーが居ません。貴方の花と相性がいいのは解ってますから大歓迎です」
「……私みたいなへなちょこに導師守護役部隊は分不相応ですよ」

 最後の勧誘は明らかに私を泣き止ませるためのジョークだと解る声音だった。いたずらな笑みを浮かべる導師イオンに肩の力を抜きながら笑う。
 導師イオンもまた私の笑顔にふふと笑って、それならシンクと仲直りするしかありませんねと退路を塞いできた。

 仲直りも何も私が勝手に気まずく思ってるだけなのに。
 でもアニスから話を聞いてお見舞いに来てくれたことを考えても、私が行動を起こさないと本気で導師守護役部隊に勧誘されそうな気がする。
 あ、これもしかして本気で退路を塞がれてる? 私相談相手間違えた??
 一瞬だけ後悔しそうになったが、それでも背中を押して貰えたのは事実。私は改めて導師イオンに向き直った。

「お話を聞いて下さりありがとうございました。だいぶ気持ちの整理がついた気がします」
「それは良かった。では、そろそろお暇するとしましょうか。次会った時は貴方の素敵な笑顔が見れることを期待しています」

 そう言って導師イオンは立ち上がる。
 改めてありがとうございましたと頭を下げながらも、それって折角相談に乗ったんだから、次会った時には仲直りしておきなさいねという圧でしょうか、と内心どきどきであった。
 いや、そんな人じゃないって解ってるんだけどね。相手はほら、教団の最高指導者なので……。


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