ガーデンフール04(21)
アニスと共に出ていった背中を見送り、一つ息を零してぼうっとする。気持ちの整理がついた気がするというのは本当のことだった。
また泣いたせいかもしれないし、導師イオンが背中を押してくれたおかげかもしれない。
どちらにせよ、いつまでもうじうじしてないで当たって砕けた方が良い。と気持ちが固まった。
頬をぺちぺちと叩けば今度は先生が入ってくる。その手には濡らしたタオルがあった。導師イオンに帰りしなに言われて持ってきたらしい。
苦笑しながら礼を言ってそれを受け取り、目の腫れが引いたところで私も医務室をお暇することにした。
私の心情が荒れ狂っていようが何だろうが、仕事は仕事。まだ頭痛はするが、給料をもらってる以上その分は働かないと。
医務室の先生にお礼を言って執務室を目指す。
ノックをして執務室に入れば、師団長が淡々と執務をしていた。昨日と、いや。いつもと変わらない師団長の姿に何故かホッとする。
が、まずすべきは謝罪だろう。
「師団長。遅刻して申し訳ありません」
「いい。体調不良で医務室に運ばれたことは伝令が来ている。どうせ花詰りが原因だろ。復帰できるわけ?」
「はい。痛み止めをいただきました。万全とは言えませんが、執務には問題ありません」
「そう」
そっけない返事に呆れられただろうかと考え、いやいやいつも通りじゃないかと思いなおす。
恋っていうのは面倒だ。こんな些細なことすら気になってしまう。
ひとまずお咎めはなかったので早速仕事にとりかかろうと師団長のデスクから私でも処理できる書類を取ろうとして、それを阻止された。なんで??
「万全じゃないなら今日はいい。帰宅して体調を安定させることを優先しろ」
「え?」
「無駄な出勤、ゴクローサマ。さっさと帰りな」
「え。ちょ、師団長?」
ひょい、と私が取ろうとした書類の束を取り上げられる。
何でそんなことを言われるか解らず目を白黒させてしまう。不調はあるけど仕事は出来るって言ってるのに!
「あの、仕事は出来ます。コンディションを考えると戦闘は難しいですが、書類仕事くらいなら」
「帰れって言ってるってのが解らない?」
「何でそんなに私を帰したいんですか? 働けるって言ってるじゃないですか」
思わず突っ込んだところで、師団長の口が解りやすく歪んだ。
気に入らない。不愉快。苛立ち。口元を見ただけで伝わってくる気配に怯んでしまう。
けれど師団長は怒鳴るわけでもなければ立ち上がることもなく、ただ静かにそっぽを向いた。
「……導師と、パートナーになったんだろう」
「はい????」
「医務室で告白してただろ」
「は……えっ??」
してませんけど????
身に覚えのない指摘に思わずぽかんと口を開けてしまう。
私の反応が気に入らないのか、師団長の口から舌打ちが漏れた。
「好きだって言ってたじゃないか。花詰りの原因もそれだろ? ハッ! そりゃあ僕がどれだけ問い詰めようがも言いたくないわけだよね。ヤドリギとはいえパートナーが居るのに他の花食みに惚れたんだ。僕に触れてる時にも、導師のことでも思い出してた? ま、髪の色は一緒だからね……代わりにするには最適だ。お前はもっと不器用な奴だと思ってたけど、評価を訂正する必要があるかな? 器用なことするじゃないか。僕が周囲に牽制してるって理解して、もう二度と導師に呼ばれることはないって解って意気消沈してたんだろ。それで花詰りを起こしてちゃ世話ないね。それなのに周囲からは僕が原因だって思われるんだ。こっちからすればいい迷惑、」
「ちょっっと待っていただけますか!?!?」
立て板に水どころか土石流のごとく発せられる嫌味の嵐。
何を言われているか解らず呆然と聞いてしまったが、流石にここまで来れば解った。誤解されてる。
思わず大声を出してしまったが、こちらを向いた師団長の嫌味の濁流は何とか止まった。
というか師団長、医務室まで来てくれてたのか。なんだかその事実だけで気分が浮上してしまう。タイミングは最悪だったようだけど。
「なに」
腕を組み、明らかに不機嫌な声。それでもこちらを見てくれた師団長にホッとしつつ、改めて姿勢を正して咳払いをする。
当たって砕けるつもりではいたが、まさかこんな早くに機会が回ってくるとは思わなかった。
跳ね上がった心拍数と熱を持つ頬を感じながら、背筋を伸ばして師団長に向き直る。
「導師に告白はしていません。相談に乗ってもらっただけです」
「へえ。言い訳にしちゃ杜撰だね」
「私は医務室で、導師イオンにこう聞かれました。『シンクのことが好きなんでしょう?』」
ひゅ、と師団長が息を呑む音がした。
中途半端に開いた唇に幼さを感じて、思わず頬が緩む。
「私は『好きです』と答えました。多分、師団長が聞いたのってそこじゃないでしょうか。お疑いなら衝立の向こう側で警備をしていたアニスに確認を取ってもらって構いませんよ」
これ以上ないくらいに心臓が早鐘を打っているのを感じながら、まっすぐに師団長を見る。
師団長はしばし口を半端に開いたまま無言で居たが、やがてきゅっと唇を引き結んだ。
「言い方に……気を付けた方が良い。それだと、お前が僕のことを好きで……悩んでいたみたいに聞こえる。周囲から誤解されて困るのはお前だ」
「誤解じゃないので、問題ないです」
「……な。はあ??」
「好きです。師団長は自分のこと嫌いみたいですけど、私は師団長が……シンクが好きですよ。花生えだからじゃなくて、仕事に厳しくて、嫌味や皮肉が得意で、人の心情なんてどうでもいいって思ってて。そんなシンクが……恋愛的な意味で、好きなんです」
顔が真っ赤になっている自覚はあった。
それでもまっすぐに仮面を見る。本当は目を見て言いたいけれど、そのために仮面を剥ごうとは思わなかった。
私はこの人を尊重したい。叶うなら、自分を大切にしてほしい。
師団長に歩み寄って、デスクに腰を下ろしたままの師団長の前で膝をつく。
信じられないとでもいうように間抜けに口を開けている師団長にくすりと笑ってから、投げ出されていた手を取った。
「シンクにとってこの感情が迷惑だろうってことは解ってます。私の感情なんてシンクにはどうでもいいってことも」
「は、」
「ヤドリギなのに恋愛感情を持ち込まれるのが嫌だって言うなら、パートナー関係を解消しても構いません。でも一つだけ、お願いがあります」
「……なに、を」
「私の大好きな人を、蔑ろにしないで下さい」
するりとそんな言葉が溢れた。
掌の中の黒手袋のされた手が、びくりと震える。
怖かった。怯えてた。卑屈になってた。切り捨てられたくなかった。
それでも最終的にたどり着いた答えがこれなんだから、馬鹿みたいだ。救いようのない愚か者。
例えふられてもいいから、自分を大切にしてほしい、だなんて。
でも導師イオンが言っていたように、師団長はちゃんと最低限の気遣いはしてくれてた。私に独占欲らしきものも見せていた。
それが例え花食みの本能だとしても……嬉しかった。嬉しかったんだ。
自分の感情に振り回されて見えなくなっていたものを改めて指摘されて、それだけでなんか報われた気がして。
ああ、やっぱり私って馬鹿なんだなあ。それで玉砕する覚悟が決まっちゃうんだから。
「待て」
「はい」
「待って」
「はい、待ってます」
「…………正気??」
「至って正気です」
「……花詰りの原因って、」
「シンクのこと好きになったのを自覚した時、同時に確信したんです。シンクは絶対私に振り向いてくれないって。だってシンクは自分のことが嫌いで、感情なんて捨て置けってタイプの人間でしょう??」
「それは……まあ、確かに類似した発言は、したけど……」
「気付いた瞬間失恋したことでメンタルが降り切れちゃって。私の空回りなんです。シンクのせいじゃないっていうのはそういう意味です。私の独りよがりなんです。だからシンクは悪くありません」
きっぱりと断言すれば、師団長は何かを言おうとして……けれど何も言うことなく口を噤んでしまう。
けれど奥歯を噛み締める姿は何かを堪えているようだった。沈黙が室内を満たす。
師団長が何を考えているかは解らない。
ふられるだろうか。怒られるだろうか。解雇を言い渡されるかもしれない。
ドキドキしながら師団長の言葉を待っていれば、クソッと師団長の口から悪態が漏れた。
それ私に対して言ってます??
クソって言われるくらい嫌われてたの??
そうだとしたら流石にショックなんですけど。
「……来い」
師団長はまた舌打ちを零してから立ち上がると、私の手を掴んで歩き出す。
はいと返事をするよりも先に執務室を出て、向かった先は花遊びに使っていた空き室だった。
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