ガーデンフール04(22)
部屋に鍵をかけた師団長は防音譜術まで張って、放り投げるようにして私をベッドへの方へと押しやる。
無様に倒れることこそなかったものの、肩をいからせてこちらを見る師団長にどうしていいか解らない。
その口元は嫌そうに歯噛みしていた。
「あの、」
「一体なんなのさ」
「え?」
「ぐちゃぐちゃなんだよ、全部! なんだよこれ。花を摂取してないせいでメンタルが安定しないだけだと思ってたのに!」
「えっと……」
「お前は導師とパートナーになったと思ってたのに、それが誤解で僕のことが好き? そんな都合のいいことあるわけがない。何を企んでる。吐け!」
詰め寄られていないのが不思議なくらいの怒りようだった。部屋を移ったのは感情が抑えられなくなったからだったらしい。
執務室ではいつ来客があるか解らないから、感情的になる姿を見られたくなかったのだろう。
そして私は怒られているというのに、心臓を跳ねさせていた。
緩みそうになる口をきゅっと意図的に引き結ぶ。だって。
「あの……私がシンクのことを好きだと、シンクにとって都合が良いんですか?」
「は、」
「私の感情は、シンクにとってご迷惑じゃないですか……?」
期待してしまうじゃないか。
泣きそうになるのをぐっと堪えながら恐る恐る問いかければ、そんな返しをされるとは思ってもみなかったというように師団長がしどろもどろになる。
私の気持ちを伝えたところで一考に値しないと、切り捨てられると思っていた。それが怖かった。でも今こうして師団長は動揺してくれている。
例えそれが定期摂取していた花がなくなってメンタルが不安定になっているからだとしても、期待してしまう。
それはただの花食みの独占欲じゃないって、思ってしまってもいいですか。
師団長も──シンクも、私のことを少しは意識してくれていたってことでいいですか。
胸元で両手を握り締めて祈るようにシンクを見れば、シンクは歯を噛み締めてまた悪態を漏らした。流石にそれが私に対する悪態だとはもう思わない。
多分、シンクも自分の感情に振り回されているんだろう。恋心を自覚した時の私みたいに。
ドキドキしながらシンクの言葉を待っていたのだが、シンクはまた舌打ちをすると仮面をむしり取る。
まさかそんな行動に出るとは思わず、驚いた私の眼前に晒されたシンクの素顔に、私は目を見開いた。
「これを見ても、まだ同じことが言えるわけ?」
導師イオンと同じ顔が、皮肉気に笑っていた。
「驚いて声も出ない? ははっ、そうだよね。なにせイオンと同じ顔だ。けど生憎と僕は劣化品。失敗作なんだよ。気持ち悪いだろ。人間ですらない複製品だ。そんな出来損ないを好きだなんて言われたって、信じられるわけないだろ!」
「シン、」
「こんな模造品を好きになるなんて、ご愁傷サマ。百年の恋だって冷める。けどこれが真実さ。後悔しただろ」
「し、してません!」
「嘘だね。同じ顔がいくつもあるだなんて不気味。気持ちが悪い。おぞましい。それが当然の感情だ」
「私はシンクの顔を好きになったわけじゃないです! それに何回も言ってるじゃないですか! 私の好きな人のことを蔑ろにしないで下さい!!」
どこまでも自分を侮蔑するシンクに私も声を張り上げて言い返す。
苛立つように眉根を寄せるその顔はずっと見たかったもので、けれどよく知っているものでもある。
しかし同一視できるかと聞かれれば、余りにも表情が違いすぎた。
「お前は……お前はそう言うけどね。大事になんてできるわけないだろ! こっちは生まれた瞬間から失敗作のレッテルを貼られて、火山に捨てられたんだ! どう大事にしろって言うんだ!! 必要とされなければ息をする権利すら与えられない模造品を好きだなんて言われたところで、」
「でも私は大事です! シンクが好きで、大事にしたいんです! 例えシンクがイオン様と同じ顔をしていても、だからシンクが自分のことを大嫌いでも、それでも私はシンクが好きなんです!」
叩きつけるように叫べば、ぐっとシンクが言葉をつまらせる。
私もいつの間にか泣きそうになっていた。もう涙のバーゲンセールだ。やっぱり私の涙腺は馬鹿になっているらしい。
私の目の前でシンクが顔を押さえてしゃがみこむ。今まで見た事がない、辛そうな姿だった。
「もうやめろ。聞きたくないんだよ! ぐちゃぐちゃなんだ。こんな感情知らない。お前の好意を嫌じゃないと感じてるのに信じきれない。でも渡したくない。イオンに取られると思うだけで吐き気がするくらい腹立たしい。だってそうだろ。お前は僕の花生えの筈だろっ! でも所詮僕等はヤドリギだ。感情なんて不要だ。それなのに、なんでこんなかき乱されなきゃいけないんだ……っ」
絞り出すような声は苦悩にまみれていた。
恐る恐る近づいて、私も膝をついて軍服の裾を掴む。顔を上げたシンクの表情は今にも泣きそうで、同時に苦しそうだった。
「ただお前をイオンに渡したくないって、そう思うのは花食みの本能の筈だ。それなのにお前が泣くと腹立たしくて、それが自分のせいだと思うと不快だった。自分が余りにも愚かしいことを見せつけられてるようで嫌だったんだよ! だってそうだろ、こんな劣化品が一丁前にパートナーなんて作ったってうまくいくはずがない。それを見せつけられてるも同義じゃないか!」
「シンク……」
「お前が僕を大事にしろっていうのも、花生えの本能みたいなもんだろ。それ以上の理由なんてある筈がないと思ってたのに……っ。お前がイオンとパートナーになるのも、ある種の当然の結果だとすら思ってた……それなのに、なんでお前は僕を選ぶような発言をする? わざわざゴミ箱に捨てられたものを拾い上げて何がしたいのさ! 同情? 憐憫? お情けをくれるって?? 要らないんだよ、そんなもの! 捨ておけよ、こんな失敗作に手なんて差し伸べるな!」
言葉通り、感情がぐちゃぐちゃなんだろう。喚き散らすシンクは解りやすく混乱しているようだった。
息を乱して、苦悩しながらも睨むようにこちらを見ている。
それなのに私は酷い女だったらしい。それだけ私のことで頭をいっぱいにしてくれてるんだと思うと嬉しいと思ってしまう。
「……例えば、花遊びの時に触れるシンクの体温とか、肌に触れる舌の熱さとか、最初に意識し始めたのはそんなところからでした」
びくりと、シンクの肩が跳ねた。
怯えるように後ずさる姿は余りにもシンクに似合わなくて、距離をとられないよう私もまた詰め寄る。
「タッピングの時、シンクの体重を感じられると安心しました。キスも……恥ずかしいけど、嫌じゃなかった。ドキドキしました。ちょっと意地悪な言葉も」
「……やめろ」
「例え花生えの共有が不愉快だというのが花食みの本能だとしても、シンクが私に独占欲のようなものを見せてくれたのが嬉しかったんです」
「うるさい」
「シンクの事情は、正直よくわかりません。なんでイオン様と同じ顔をしてるのかも。でも……私が好きになったのは、顔も知らない。意地悪で、自分に自信がなくて、自分のことが嫌いなシンクなんです。そんなシンクと同じ時間を過ごしたから、好きになりました」
「黙れ!」
「……本当にシンクが嫌なら、パートナー関係を解消しますよ」
余りにも拒絶されるのでそう繰り返せば、シンクが弾かれたように私を見る。
色んな感情が煮詰まった緑の瞳を揺らしながら私を見つめて、ぐっと奥歯を噛み締めるとそのまま飛び掛かるように押し倒された。
強かに打ち付けた肩が痛みを訴える。見上げれば私の肩を抑え込んだシンクがこれ以上ない程に顔を歪めていた。
「それで、アイツの元に行くわけ?」
「その予定はありませんが……命令されたら、行かざるをえないかと」
「………………イヤだ」
シンクの顔が悲痛に歪んだ。
「お前を好きかどうかなんて解らない。こんなぐちゃぐちゃな感情知りたくない。でも……お前を、ルビアを取られるのは……嫌だ」
懇願めいた響きを乗せたシンクの言葉に胸が高鳴った。
理由は何であれシンクに求められているという事実が嬉しくて仕方がない。
同時に背中が疼き始め、即座に私の変化に気付いたシンクが目を見開いた。
「おま、なんで……」
「すみません、シンクが私に執着してくれてるのが、嬉しくて……」
咲く。
そう感じ取った瞬間、同じように匂いをかぎ取ったらしいシンクは解りやすく驚いていた。
物理的に私の感情がばれている。その事実が恥ずかしくて両手で顔を隠す。
「お前……僕に求められるのがそんなに嬉しいわけ?」
「はい……お恥ずかしながら、ただ切り捨てられるんじゃなくて、こんな風にシンクが私のことを考えてくれてることも嬉しいです。私の気持ちを伝えてもシンクは困ることなんてないって思ってたので」
「そういえば……そんなことも、言ったね……」
長い長いため息をついたあと、シンクはくしゃりと髪をかきまぜる。先程までの癇癪じみた態度が嘘のようにすとんと表情が抜けて、黙って私を見下ろしていた。
何を考えているのかは解らない。けれどじっとこちらを見つめる緑の瞳はまだ感情が煮立っていて、声をかけるのも躊躇われる。
どうしよう、声をかけてもいいものだろうか。うろりと視線を彷徨わせて悩んだところで私の上からシンクが退いたかと思うと、そのまま私を抱きあげてベッドに運ばれた。
「あ、あの?」
「まだ……僕の花だろ」
「……はい。シンクの花です。食べますか?」
「食べる。全部だ」
カッと頬が熱を持った。力強い断言の言葉にドキドキしてしまう。
優しくベッドに降ろされ、二人でベッドに乗り上げる。するりとジャケットを降ろされ、疼く背中に指が這わされた。
「……僕に求められたくらいで、花詰りを解消させるなんて。お前は本当に奇特な奴だな」
「だから好きですって言ってるじゃないですか。好きな人にあんなこと言われたら嬉しいに決まってます!」
「感情なんて余計なものだと思ってたのに……多分、僕はお前の肌にまた花が咲くのが嬉しいと感じてる。こんなの初めてで、処理しきれない。どうしろっていうんだ……」
ぷつぷつと肌が裂ける感触がする。けれど前よりも痛みは少なかった。
どうやら私はシンクの執着を愛情として受け止めているらしい、と解ってしまって更に恥ずかしくなる。
勘違いだったら後から傷つくって解ってるくせに、求められるのがこんなにも嬉しくてたまらないのだ。
「あの……私がシンクのことを好きなのは、私の感情です。だから……えっと、シンクが私の感情に応える義務はないんです」
「……それで?」
「シンクがどうしたいかは、シンクが決めて下さい。私の感情については気にしなくていいですから」
「……わからない。自分が、どう感じてるのか。嫌ではない、とは思う」
「はい」
肌が裂けて、咲いて。咲いて。肌色を埋めて、咲いていく。
そこに触れる指先の感触。いつの間にか手袋を外したのか、感じる指先の体温はいつもよりリアルだ。
ぷつりと花を摘まれる。僅かな痛み。
「お前を……手放したくない。でも、好きかどうかは解らない。こんな曖昧な返答でもお前は構わないって?」
「はい。構いません。それだけでも充分、嬉しいです」
「……愚かしいね。僕も、お前も」
自嘲交じりの言葉と共に、くしゃりと花を食む音がした。
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