ガーデンフール04(23)
優しく押し倒される。
ぽすんとベッドが私の身体を受け止める。手首を掴まれ、シーツに押し付けられる。けれど痛くはない。
私が抵抗しないからか手首を掴んでいた手は離れ、するりと手の甲を撫でて指を絡められる。
そんな小さな仕草にさえ胸が高鳴って、肌に直に舌を這わされた瞬間肩が跳ねた。
「甘……」
「えっ。あ、甘いですか?」
「甘い。前から甘くなってはいたけど、一番甘い」
「シンクって、ん、甘いの嫌いでしたっけ……?」
「別に。食事に興味なかったし……でも、悪くない」
その言葉の後に柔らかく歯を立てられる。
私から言わせればシンクの言葉の方が一等甘い。
ぷつり、ぷつりと肌が裂ける度に湧き上がるむずがゆさ。まるで私の心情を表しているようでなんとなく居心地が悪い。
でも縫い留められた手を離すなんて惜しいことはできなくて、一つ息を吐いてなんとか落ち着こうと試みる。
「……僕なんか好きになっても」
「え?」
「幸せになんかなれっこないよ」
花を食む合間に言われた言葉に顔を上げる。身体を捻って振り返ろうとしたけれど、押し付けられた手に力が込められて阻止される。
いくら素顔を知られたとしても、やっぱり顔を見られるのは嫌なんだろうか。
諦めてまたシーツに頭を預ける。ちゅう、と花を食んだ後の肌に口づけられた。何故そんなことをするのか。聞いたところでシンクは答えてくれないのだろう。
「幸せに、んっ、なるかどうかは……結果論、じゃないでしょうか」
「そう思えるのは持ってる人間の傲慢さ。幸福になるには土台が必要だ。それに足るだけの土台が。最初から何も持ってない奴はどう足掻いたって不幸なんだよ。貧民街出身の奴はどれだけ努力を積み重ねようと貴族のような裕福な暮らしなんて出来ないだろ」
「んっ。でも、アニスみたいに……幸運をつかむ子だって、居ます」
「アニス。アニス・タトリンねェ……ハッ。アイツが幸運を掴んだように見えるなら、それはアイツが才能という土台を持っていたからさ。結局人は生まれた時点で全て決まってるんだ。お前が花生えとして生まれて、花食みが居ないとまともな生活すら送れないみたいにね」
花を噛みちぎり、咀嚼する音。その間にも指先が肌を撫で続けている。
見えなくたって感覚だけで解ることは多くて、シンクの指先と唇が触れ続けるものだから私の心臓はずっと早鐘を打っていた。
そのせいで頭の中もぐちゃぐちゃで、つうと舌が這わせられる感覚から必死に意識を逸らしながら言葉を紡いだ。
「確かに、私は花生えで、なんで私がって思ってました。でも……私、今、花生えで良かったって思ってます。花生えじゃなきゃ、あっん。こうしてシンクと、触れ合うこともなかった、から」
「……確かに、そう言われると結果論というのも間違いじゃないかもね。ま、それは置いといて」
花を食べ終えたのか、シンクが私の上にのしかかってきた。身体にかかる重さと温もりに、もう充分ドキドキしていた心臓が更に跳ね上がる。
私の心臓どうなっちゃうんだろう。このままどんどん心拍数が上がっていったりしたら、そのままぽっくり逝ったりしないだろうか。
軽いパニックに陥ったところで耳にシンクの息がかかる。大袈裟なほどに跳ね上がったと思った身体は、しかしシンクの身体が乗っているせいでちょっと跳ねただけで終わった。
「さっきから何で喘いでんの?」
「ちがっ! ち、ちち、違います!! 喘いでません!!」
「嘘つき。痛いから声が出てるわけじゃないことくらい、聞けば解る」
「そ、れは……シンク、が」
「僕が?」
「な、舐めたり、噛んだり……する、から……」
耳に吐息がかかるのを感じながら、含み笑いの中でかけられた言葉になんとか声を絞り出す。
けれど私にとっては必死の弁明も、シンクにとっては拙い言い訳でしかないらしい。
喉で笑う音が聞こえたかと思うと、獲物を嬲るような楽しげな声が耳朶を打った。
「感じちゃった?」
「ひっ!?」
ぞわぞわとした感覚が背中を駆け上がって、引き攣った悲鳴が喉から飛び出る。
まったくもってそんなつもりはないが、私が喘いでいるとしたらそれは絶対シンクのせいだ。間違いない。
ごちゃごちゃになった頭の中で全責任をシンクに押し付けていると、ぐるりと視界がひっくり返る。
仰向けに転がされたのだと気付く頃には、私の視界にはシンクの顔と天井が映っていた。
仮面越しではない素顔を見ているのだと思うだけで、何故か気恥ずかしさを感じて思わず腕で視界を覆う。
「ちょっと、なんで隠すわけ?」
「シンクの素顔を見られるのが、嬉しいやら恥ずかしいやらで、あの、あんまり見ないで下さい……」
「ふうん。つまりイオンとしてるみたいで恥ずかしいってこと?」
「誰もそんなこと言ってませんが!?」
素直に話したはずなのに余りにも曲解して受け取られたものだから思わず腕を上げて叫んだら、そのまま手首を掴まれまたシーツに押し付けられた。
遮るもののなくなった視界いっぱいにシンクの顔が広がる。頬に熱が集まるのが解った。皮肉気な笑みを浮かべる姿は導師イオンとは似ても似つかない。
「じゃあ、何」
「だから、シンクが素顔を見せてくれたことが……です。あと、仮面越しじゃなくて、直に顔を見られるのが、その、恥ずかしいというか……今まで、視界を覆われてましたし。顔を見て、というのが、その、恥ずかしいんです。あ、でも嫌じゃないんですよ? 嬉しくも、あります」
喉奥で絡まりそうになる言葉を何とか口にする。つっかえつっかえ零した言葉を、シンクは遮ることなく最後まで聞いてくれた。
その間もずっと注がれる視線に今すぐ叫んで隠れたい衝動に駆られていたが、腕を掴まれているせいでそれも不可能だ。
挙動不審に視線がうろつきまわることだけは何とか許していただきたい。
「ふーん……どうだか」
「え、ひど……信じてくれないんですか。こんなに一生懸命なのに」
「生憎と人の信じ方なんて教わった覚えがなくてね。けどまあ、苦労はないよ。本音の引き出し方なら山ほど知ってる」
「それってただの尋問方法では??」
「仕事に使える知識さ。便利だろ。だから……お前の本音も、身体に聞けばわかる」
「えっ」
私尋問されるの??
そう思った瞬間、手首を掴んでいたシンクの手がするりとほどけて指が絡められた。ぎゅうと手を握りしめ、シーツに押し付けられる。
完全に動きを封じられたところで、近づいてくるシンクの顔。驚く暇もなく、がぶりと噛みつくようなキスをされた。
「んっ、んんん……っ!」
すぐさま唇を割り入って、甘い舌が入り込んでくる。戸惑う私の舌を絡めとって、ぢゅうと音を立てて吸い上げられる。頭がくらくらした。
何度も角度を変えながら舌を擦り合わせ、吸い上げ、口の中を舐めまわされる。
跳ねる身体はあっさりと押さえつけられ、タッピングによって馬鹿になった頭は抵抗も忘れてシンクの手を握り返す。
頭がぼうっとして、シンクとのキスに夢中になってしまう。甘くて、頭が溶けて、くらくらするようなキスに溺れてしまう。
「ふ。お前はこれだけで馬鹿になる。本音を聞きだしたいならこれで充分……そうだろ?」
「んっ、シンク、もっと……あ、やめないでえ」
「もっと欲しい?」
「ほしい……シンク、シンク、もっと」
「イオンじゃなくて?」
「違う、う。シンクがいい。しんくがいいの! んんっ」
舌足らずにシンクが良いと主張すれば、ご褒美だというようにまたキスが降ってくる。
舌先を吸われる気持ちよさにうっとりする。
キスの合間に振ってくる言葉の意味の大半を理解できないまま、ただただ貪るようなタッピングに息を乱し、溺れていく。
「おかしな話だよね……この感情の正体が解らないまま、それでもお前を独占したいと願ってる。それなのにお前はそれでいいって言う」
「ぁ、ん……ふ、あ」
「こんなにも不誠実な僕を、お前は好きだと言う。やっぱり馬鹿だよ、お前は」
「ぁ、あ……っ、しん、んんっ」
「馬鹿なルビア」
眩暈がするようなキスの雨と耳を打つシンクの声。
前後不覚になりながら、胸を占める幸福感。蕩けていく思考。ふわふわする。くらくらする。
視界も、頭も、身体の中までシンクでいっぱいになったみたいだ。
「シンク、しんく。好き。好きれす」
指がほどかれ、きつく抱きしめられる。
痛いくらいの抱擁に私もまたシンクの背中に腕を回してしがみついた。
涙でぶれた視界では、シンクの素顔も歪んで見える。
「……僕みたいな失敗作には、お前くらいの馬鹿がちょうどいいのかもね」
だから至近距離で私を見下ろす緑の瞳に熱がこもっているように見えるのも、きっと涙で視界がぶれているせいなのだろう。
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