2026年キスの日SS詰め合わせ(賞賛よりも欲求を)
「あの、シンク。一つ聞いてもいいでしょうか?」
「なに?」
それはもう何度目か解らない密かな逢瀬の時のことだった。人気のない教団の裏手で、共に並んでベンチに腰かけている。
とはいえいつ人が来るか解らないからとシンクは仮面を外すことなく、拳三つ分ほどの距離を開けてイオンの隣に座っていた。
シンクと時間を共にすることが出来るのはイオンにとって嬉しいことだ。
けれど一緒に居るのに手を伸ばさなければ触れられない距離を保たれていることが、今のイオンにとっては不満だった。
「シンクはどうして……その、触れてくれないのでしょう?」
「は? 触ってほしいの?」
「それは否定しないんですが、そうではなくて」
「否定しろよ」
「もう少し、距離を詰めてくれてもいいんじゃないかな、と。ほら、僕達は……こっ、こいびと……なわけですし!」
ほんの少しでいい。触れていたい。
恥じらいを覗かせるイオンの主張にシンクはイオンをじっと見つめた後に躊躇いがちに口を開く。
「……イオンはさ、綺麗だよね」
「はい?」
「甘ったれで、世間知らずで、綺麗ごとばっかり言ってさ」
「もしかして僕今貶されてますか??」
「でも、それを信じて貫けるのは……やっぱりイオンが綺麗だからだと思う。ボクがそんなイオンに触れたら……汚れるだろ」
ふいとそっぽを向いたシンクの言葉を理解するのに、イオンは数拍の時間が必要だった。
シンクの言葉を頭の中で反芻して、咀嚼して、そしてムッとする。
先程詰めたかった距離を一気に詰めて、イオンはシンクの手を取った。
「ちょっと」
「綺麗ですよ」
「は?」
「シンクだって綺麗です。この手だって、僕にはない美しさがあります」
「ちょっ、あんた、何して」
イオンがシンクの黒手袋に手をかける。
まさかそんなことをされると思っていなかったのか、シンクは慌てて手を引っ込めようとしたが黒手袋はするりと引き抜かれてしまった。
露わになったのは肉刺があり、火傷の痕もある。イオンの手とは似ても似つかない手だった。
碌な手入れもしていないのだろう。ざらついてささくれの目立つ指先。爪には割れた痕らしきものまで。
シンクから言わせればお世辞にも綺麗とは言えない手をイオンは恭しく持ち上げると、まるで世界で一番尊いものにするかのようにその爪先にそっとキスをした。
「イオ、」
「この通り。僕はシンクが触れたからって、汚れたりしません」
萌黄色の瞳がシンクを射抜いた。その瞳に内包されている強さと煌きこそが、シンクが汚したくない美しさそのものだ。
しかし本人にその自覚はないのだろう。シンクはため息をつくと、掴まれていない手でがしがしと頭を掻く。
そして自覚のない恋人に対して、意趣返しも兼ねてあえてずれた返事をすることを選んだ。
繋いだ手を握り返し、引き寄せる。
驚いた顔でされるがままになるイオンの法衣の襟元を引っ張り、普段は隠されている白い喉に噛みつくようにキスをする。
吐息にも似た嗚咽を漏らし、慌てて身を引くイオン。目を瞬かせながらもシンクを見るその顔は今や力強さは消え、ただ頬を赤らめて呆然としていた。
「イオンはボクを綺麗だって言うけどね、ボクはイオンを汚したい。そういう、汚い男さ。覚えておきな」
「……シンクは、ずるいです」
「そんな男と恋人になったんだ。諦めな」
拗ねたように唇を尖らせるイオンに対し、ふんとシンクが鼻で笑う。
ベンチの上に出来ていた拳三つ分の距離は、いつの間にかゼロになっていた。
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