信用の代価(A)



「全て私の軽挙妄動が原因です。決してマルクトはキムラスカに対して敵意を持っているわけではございません。ですのでどうかピオニー陛下の平和を願い、民を憂うご意志を信じていただきたく」
「信じられない、と言っている。そもそも貴殿はそのピオニー陛下の名代であろう。貴殿のような名代を立てた。それこそがピオニー陛下のご意志であるとキムラスカは受け止めた」
「ぐ……っ」

 クリムゾンの言葉にジェイドは何とか言葉を重ねようとして、舌を縺れさせる。
 全て自業自得。解ってはいても、焦燥感だけが先立つ。クリムゾンの苛烈な主張はキムラスカの怒りそのものだ。全てジェイドが悪い。

 黙って二人の会話を聞いていたインゴベルトがため息をついた。
 ジェイドがそちらを見れば、インゴベルトは眉根を寄せながら重々しく唇を開く。

「これも理解していないようだから言おう。キムラスカはマルクトがダアトと共にキムラスカを陥れようとしているのではないかと疑っている。そもそもルークがマルクトに居たのも、神託の盾の兵士がルークを誘拐したからだ。その神託の盾は不遜にもクリムゾンの屋敷を強襲し、ルークを攫った。少なくともキムラスカはそのように認識している」
「な……っ!」

 ジェイドが弾かれたようにイオンを見る。
 イオンは今にも倒れそうなほど顔色が悪く、何か言おうと口を僅かに開いては閉じてを繰り返している。
 イオンがこの場に呼ばれていたのか、ジェイドはようやく理解した。

 共謀を疑われている。
 ジェイドの顔もまた、紙のように白くなっていた。

「キムラスカはこれに対し、導師イオンに対して釈明があるならば聞こうと何度も文書を送っている。しかし教団からはのらりくらりとした返答ばかりで、導師イオンからは何の返答もなかった」
「ぼっ、ぼくは……ぼくは……」
「大詠師モースにこれはどういうことかと聞けば、導師イオンは行方不明だと言うではないか」

 がたがたと震えるイオンを気にせず、インゴベルトは冷えた視線でジェイドを見据える。
 ジェイドはもう何度目か解らない後悔に襲われた。自分がイオンを連れ出したせいで、教団まで窮地に立たされている。

 耐え切れなくなったイオンの身体がふらりと傾く。ジェイドは咄嗟にイオンを受け止め、その場に膝をついた。
 同時に自分の膝が震えていることに気付いたが、インゴベルトはジェイドの心情を考慮に入れない。入れるつもりもない。入れる価値もない。

「ところが行方不明だと聞いている導師イオンが、何故かマルクトの和平の使者と現れた。随行員には誘拐犯本人も居たそうだな。疑うな、という方が無理であろう」
「まさか、ティア……!」
「更に導師イオンにお話を聞いたところ、和平の仲介は詠師会より承認を貰っていないとのこと。導師イオンにとって和平の仲介は公務にすら値しないと見える。キムラスカは敬虔な信者ではあるが、このように侮られる理由はない」

 インゴベルトの言葉にジェイドは大変遅まきながらティアとルークの関係を正確に理解させられた。
 彼と彼女は決して友人でも何でもない。犯罪の被害者と、加害者だったのだ。
 その加害者と共に被害者を引きつれてのこのこと現れた和平の使者。信じられないのは当然のことだと言外に告げられる。

「その上鮮血のアッシュは何度もルークに対して殺意を向け、カイツール軍港を襲った妖獣のアリエッタは、王家の人間であるルークの身柄を要求した。これに関してはマルクトの関与することではないかもしれないが、貴殿はルークの身柄を要求された際にダアトの横暴を止めることもなく、「どちらでもよい」と告げてルークを差し出したそうだな」
「違います!」
「では、教団の横暴を止めたのか??」
「そ、れは……」
「その後教団は戦犯である妖獣のアリエッタをキムラスカに差し出すことなく、教団で査問会にかけるといって連れ帰っている。ルークを誘拐しただけでは飽き足らず、幾度となくその身を脅かした。以上の理由から、ダアトはキムラスカに対して敵意ありと見なす。ダアトは和平の仲介役に値しない。キムラスカの怒りがパダミヤ大陸に吹き荒れることになるだろう」
「……はい」
「その上で問おう。皇帝名代殿。マルクトはダアトと共謀しているか、否か」

 静かに問われた内容に、ジェイドはごくりと生唾を飲み込んだ。
 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ぐちゃぐちゃになりかけた頭を必死に回転させる。

 この問いの本質は、マルクトとダアトの共謀に対する懸念ではない。ダアトを切り捨てろと言っている。
 キムラスカはジェイドに対しても怒っているが、それ以上にダアトに、教団に対して深い怒りを覚えていた。
 
 ジェイドが生かされているのは、決してジェイドの命を慮ってのことではなかった。最早ジェイドの首一つで収まる事態ではなくなっていた。
 ジェイドが生かされているのは彼が皇帝の名代という地位を持っているからであり、同時にピオニーに対してジェイド本人の口からジェイドの罪を語らせるためであり、そしてダアトを潰すための布石なのだ。
 いくら大国キムラスカと言えどマルクトとダアト両方を相手にするのは分が悪い。だからマルクトにジェイドの罪を突き付けて大人しくしろと牽制し、その間にダアトを攻め落とすと言っている。

 その時に、ダアトを庇うな。
 ダアトを、教団を切り捨てろ。
 インゴベルトはそう言っているのだ。

 ジェイドは理解させられた。
 全ては己の浅慮のせいだ。安易にイオンを連れ出すべきではなかった。どれだけ断られようと、きちんと詠師会を説得して正式な公務としてイオンを連れ出すべきだった。
 きちんとルークに話を聞き、正しく彼を貴族として扱うべきだった。王家の人間という価値がどれだけ高いものか、もっと深く考えるべきだった。

 全ての発端であるジェイドの返答一つで、ダアトの未来が決まる。
 ジェイドは震えそうになる手足を叱咤し、長い瞬き一つの間に心の中でイオンに謝罪した。

「いいえ、マルクトは誓ってキムラスカに対して敵意を抱いてなどおりません。全ては私の浅慮故のこと。ピオニー陛下は間違いなく、キムラスカとの和平を望んでおられます」
「では、マルクトはダアトと共謀などしていない。これは間違いないな?」
「勿論です。そもそもルーク様が誘拐されていたこと自体、知りませんでした。全ては忙しさを言い訳にした私の確認不足です。ルーク様の不遇に気付けなかったことは深く謝罪いたします」

 ジェイドは己の非を認め、あくまでもマルクトはダアトと共謀などしていないと主張した。
 既にキムラスカはマルクトに対して疑心暗鬼になっている。一瞬だけマルクトがダアトと手を組んでキムラスカと敵対するルートも考えたが、世論は間違いなくキムラスカに傾くだろう。正義はあちらにある。

 ならジェイドに出来るのはあくまでも悪いのはジェイド本人であり、マルクトという国が受けるダメージを可能な限り減らすことだけだった。
 そのためならば和平のためにその身に鞭を打って尽力してくれた導師イオンすら切り捨てる。ジェイドはそういう選択をしたのだ。
 ジェイドの返答に、インゴベルトは深く頷いた。

「ならばその点においては、マルクトを信用しよう。ルークからも、襲撃は全て神託の盾のものだったと聞いている」
「はい。わが軍も神託の盾によって壊滅させられました」
「既に神託の盾の総責任者であるモースとヴァンは捕えている。もしマルクトがこの二人に対して問いただしたいことがあるのであれば、キムラスカも考慮しよう」
「格別のご配慮、いたみいります」

 ジェイドは深々と頭を下げる。腕の中で未だ気絶したままのイオンに、もう一度心の中で謝罪しながら。
 キムラスカの軍人が一歩前に出てきて、ジェイドの手からイオンを取り上げる。このまま客室へと運ばれるのだろう。
 それに対して何もできない己に歯がゆさを感じながら、もう一度立ち上がったジェイドはインゴベルトを見上げる。インゴベルトは未だ冷たい視線でジェイドを見下ろしている。

「双方の認識が一致したところで、改めて告げる」
「はい」
「この一週間の間に調べ上げた事実から鑑みても、マルクトは信用に値しない。故にキムラスカはマルクトからの和平の申し出を受け入れることは出来ない。しかしアクゼリュスの救助に関してはその土地をキムラスカに返還するのであれば、最大限の譲歩として救助隊の派遣を約束しよう」

 重々しい宣言と同時に、貴族の一人がしずしずと銀盆を持ってジェイドの前にやってくる。
 ランバルディア王家の印章で封蝋がされた手紙は、ピオニーへの返信だ。ジェイドは恭しくその手紙を受け取った。受け取るしかなかった。

「必ずや、ピオニー陛下にお伝えいたします」
「マルクトの誠意を期待している。これは慈悲であると心得よ」

 インゴベルトの言葉が高い謁見の間の天井に響く。
 ジェイドはそれに対して、ただ深く深く頭を下げることしかできなかった。


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