信用の代価(B)



 ジェイドは丁寧にマルクトへと帰された。
 それはルークを不当に扱ったジェイドと違い、自分達はどれだけ怒り狂っていようが貴人を尊重することが出来るのだというキムラスカからの嫌味でもあった。

 ジェイドは重い足取りでピオニーに報告を上げる。ジェイドの話を聞き、キムラスカから届けられた手紙を読んだピオニーは静かに頭を抱えた。
 逆に唾を飛ばしてジェイドを責め立てているのは議会と軍部の重鎮たちだ。ジェイドは黙ってそれを受け止めるしかなかった。

「キムラスカの王族を不当に扱った挙句、第三師団を壊滅させての帰還! お前は自分が何をしたか解っているのか!?」
「これを理由に何を要求されるか解ったものではない!」
「何故第三師団が壊滅した時点でこちらに指示を仰がなかった!? 万が一キムラスカが和平と救助を受け入れたとして、お前一人でどうやってアクゼリュスを救うというのだ!?」

 喧々囂々。自分を罵倒する声を、ジェイドは黙って受け入れるしかなかった。
 ひとしきり罵倒が飛び交った後、ピオニーが手を上げたことで怒号が収まる。しかしそれはピオニーの怒りが収まったという意味ではない。

「ジェイド」
「はい」
「何故は問わん。最早それは無意味だからな。ことは既にお前の首一つで済む問題ではない」
「はい」
「なら次。我がマルクトはどうすべきか、だ。重ねて言うが、お前の首を詫びとして送りつけたところでキムラスカの怒りは収まらないし、アクゼリュスの民は助からない。俺はお前のような使者を名代として立てた愚かな皇帝で終わるわけにはいかない。皺寄せを喰らうのは民だ。俺の愚かさで民を失うわけにはいかない」
「……はい」

 ピオニーの冴え冴えとした言葉に、ジェイドは頷くしかない。
 ピオニーは読み終えた手紙を議会や軍部の者達に伝えるためにかいつまんで話す。
 それはキムラスカがダアトに制裁を加えることに対して手出し不要を告げる言葉であり、同時にマルクトがキムラスカ側に着くのであれば預言士は今まで通りマルクトとの行き来を認めるというものだった。

「預言を質に取られましたか……」
「キムラスカはこれを機にダアトを徹底的に潰すつもりでしょう。パダミヤ大陸はキムラスカの手に落ちると思った方が良いでしょうな」
「アクゼリュスはどうする?」
「地道に街道を復旧させるしか……いえ、いっそのこと人だけでもキムラスカ側に避難するように告げましょう。キムラスカも避難民まで受け入れないとは言いますまい。代わりにマルクトは密かにキムラスカのダアト侵攻を援助するというのはいかがか? どうせしばらくはキムラスカには頭が上がらないのです」
「いっそのことダアトに協力するのはどうだ?」

 議会が活発に意見を交わし合う。
 ピオニーは静かにその意見に耳を傾けていたが、同じく静観の構えをとっていたジェイドが静かに手を挙げて発言の許可を求めた。
 軍部の人間がお前にその権利はないと一喝したが、ピオニーが許可を出す。

「既に神託の盾騎士団を統括する大詠師モースと主席総長ヴァン・グランツはバチカルにて捕らえられております」
「それは確かか?」
「謁見の間でインゴベルト陛下が仰られておりました。導師イオンもバチカルに居られましたので、そのまま身柄を確保されている可能性が高いかと」

 ジェイドからの情報に議会の者達は視線を交わし合う。こうなってはどう足掻いてもダアトが負ける未来しか見えないからだ。
 既に頭は抑えられている。更に六神将はジェイド達から拿捕したタルタロスを移動に使っていることを告げられればその空気は強まった。
 タルタロスなんて目立つもので移動していたら場所の特定は容易になる。戦艦は確かに強大な武力になるが、それ一つで国一つ相手に出来るほど戦争は甘くもない。

 最終的に議会と軍部の総意はキムラスカに助力する方へと傾いた。
 全てを黙って聞いていたピオニーもまた、その意見に賛同するように深く頷く。

「マルクトはキムラスカに誠意ある対応をするものとする。同時に金銭・食料・人的援助を申し出る。またアクゼリュスの避難民の受け入れを願い出る代わりに、持ち出した鉱石の類は全て無償でキムラスカに差し出すことを条件とする」

 ピオニーの宣言に軍部と議会が静かに頭を下げた。
 全員の了承が取れたところで、続けてピオニーはジェイドへと視線を移す。

「本来ならばジェイド・カーティスの行いは極刑ものであるが、その死刑は一旦保留とし、軍籍を取り上げ、罪人として牢に繋いでおくものとする」
「陛下!」
「勘違いするな。俺の幼馴染だからじゃない。キムラスカが引き渡しを望んだ場合、生きたまま差し出すためだ。あちらが公開処刑を望むこともあるかもしれない。可能な限りその意に沿いたい」

 ピオニーの言葉に一部が気色ばんだが、ピオニーは顔色一つ変えずに言い返した。そのもっともな言葉に議員たちは納得し、軍部もまた当然だというように頷いていた。
 ジェイドもまた瞼を降ろして自分の処遇を受け入れ、最後にもう一度だけ発言の許可を求め、自分が謁見の間でインゴベルト陛下達と交わした会話を可能な限りその場で伝えきった。
 ピオニーを始めとした議員たちもそれらを全て書き留める。ジェイドは己の不徳を認め、使者としての任を全うしたのだ。

 その後牢に連れていかれるジェイドを、ピオニーは黙って見送った。
 彼は皇帝である。引き留める言葉を発することはできなかった。

 そこからの世界情勢はめまぐるしく変わっていった。
 マルクトからの使者を受け入れたキムラスカはダアトに対して宣戦布告。武力を持ってダアトを制圧。トップを抑えられていたローレライ教団は早々に降伏を宣言した。
 行方をくらませていた六神将がタルタロスを使ってバチカルを襲撃したものの、縦に長い街であるバチカルは守るに易く攻めるに難い。
 彼等自身は一騎当千の実力を誇っていたが、戦艦一つで防衛機構を備えたバチカルの街を落とせる筈もなく、キムラスカ軍は六神将を制圧する。
 その際に多少の死者が出たが、大半はルーク・フォン・ファブレを名乗る鮮血のアッシュを始めとした六神将率いる神託の盾兵の犠牲であった。

 マルクトは陰ながらこれを援助。
 アクゼリュスの土地こそ取られなかったものの、避難民を受け入れる対価、ジェイドの件に関する賠償も含めて多くの金銭だけでなく、関税の引き下げなど数多の条件を受け入れるしかなかった。

 マルクトにとって意外だったことは、ジェイドの処刑を求められなかったことだ。身柄の要求はされたが、生きたままという条件を出された。
 それに対して眉をひそめたところでケセドニアでの会談を持ち掛けられ、これを了承。
 これにより外殻大地の真実とルーク・フォン・ファブレがレプリカであったこと、そして終末預言が密かに共有された。
 これらはキムラスカが確保していたヴァン・グランツと、襲撃を受けた際に拘束した六神将から得た情報である。

 マルクトは驚いたものの、キムラスカ主導で終末預言からの脱却と外殻大地降下作戦が提案され、これを了承。
 合わせてルーク・フォン・ファブレを生かすため、ジェイドはその頭脳を一生ランバルディア王家に捧げることでかろうじて生きることが許されたのである。



「ルーク様」
「イオン!」

 ぱたぱたと軽い足音を立てて執事服を着たイオンがルークに駆け寄る。
 ルークは慌ててイオンを止め、膝に手をついて息をするイオンの背中を撫でた。

「無理すんな。お前身体弱いんだから……それに走ってるとこ見られたらラムダスに叱られるぞ」
「申し訳ありません。ですが、大丈夫です」

 気遣うルークにイオンがゆるく微笑みを浮かべ、深呼吸をして息を整えた。
 ルークはイオンの顔色が悪くないことを確かめた後、改めて用件を聞けばナタリアが来ていると言う。
 それは確かに急いで出迎える必要があるだろうと頷き、二人そろって応接室に向かって歩き始めた。

 イオンは導師の地位から降ろされ、現在はファブレ公爵邸の使用人として暮らしていた。彼もまたレプリカであることが解ったこと。そしてルーク自身がイオンの身を案じた結果であった。
 それに合わせてルークの身の上を知った公爵夫人が同じ境遇の人間が居た方が少しでも慰めになるだろうと、インゴベルトとクリムゾンに働きかけたことも関係している。
 様々な因果が絡み合い、イオンはファブレ邸に引き取られることになったのである。

 イオンはファブレ公爵邸に来た当初こそ身を縮めて過ごしていたが、導師という重圧がなくなったことと、被験者イオンのふりをしなくて良いことが心の枷を外したのかもしれない。
 今は使用人としてせっせとファブレ邸で働いている。ルークと二人きりの時はこっそり気安い態度で話すのを、白光騎士団や使用人たちは微笑ましく見守っている。
 以前まではガイがそのポジションに居た。しかしヴァンを尋問していく内にガルディオス家の生き残りだと発覚したため、屋敷から叩きだされたのだ。
 マルクトに引き渡す話も出たのだが、マルクトがガルディオス家は途絶えていると返答したため、ファブレ公爵は放逐を選んだ。
 イオンの存在はヴァンとガイという親しい人間を二人も失う羽目になったルークにとって、間違いなく慰めであった。

「ルーク!」
「ナタリア。どうした?」
「んもう。どうした? ではありませんわ! 次の慰問は共に行くと言ったではありませんか! その打ち合わせをしましょうと前々から言っていた筈です」
「そういやそんなもんもあったな。ったく、だりぃったらねぇぜ」
「そのような言葉遣いはおやめなさい。貴方は次の国王なのですから」
「はいはい。で、慰問だっけ。確かカイツール近くにある難民キャンプに行くんだよな?」
「ええ。アクゼリュスの住民がそちらに住んでおります。慰問と共に食料と、僅かですが娯楽品なども差し入れたいと思ってますの」

 そう言って微笑むナタリアの顔には僅かに影があった。ルークは明確な言葉に出来ずともその影を察し、話題を変える。
 ルークはメイドの引いた椅子に腰かけながら、資料を取り出すナタリアが話しだした内容に相槌を打つ。

 ナタリアはルークの婚約者ではなくなった。
 モースからの情報により、ナタリアが平民の子であることが発覚したからだ。
 同じく捕らえられていた黒獅子ラルゴが実父を名乗ったことが決定打だった。

 インゴベルトはこれによりナタリアの王位継承権を破棄。ルークとの婚約も白紙に戻されたが、王女の地位だけは維持された。
 それはインゴベルトの情であり、ナタリアもまた当然のことだと粛々とその結論を受け止めたのである。
 今は慈善事業と福祉関連の事業をルークに引き継いでいる最中だ。いずれナタリアの仕事は全てルークの仕事となるだろう。

 残った旅の仲間であるアニスとティアもまた、それぞれキムラスカに捕らえられている。
 しかし旅の同行者とはいえさして仲が良かったわけでもない。その行方に関してルークは然程意識を割くことはなかった。それよりも急遽厳しくなった勉強についていくのが忙しくなったことも原因だろう。
 預言のない世界で国王として生きねばならなくなったルークは、今までの遅れを取り戻すように知識を詰め込まれている。
 平民の子であったナタリアと違い、レプリカと言えどその身に流れる血は間違いなくランバルディア王家のものだ。キムラスカの未来はルークの手に委ねられている。

 イオンの淹れた紅茶を飲みながら、ルークとナタリアは活発に意見を交わし合う。
 預言から外れても、オールドラントの時間は粛々と動き続ける。

 その時間の中で、ルークは確かに生き続けている。


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