蓮の花は密やかに咲く(Y)
片目を隠さず素顔を晒すようになった。それでも村人達の僕への態度は変わらなかった。
このまま穏やかに日々が過ぎていくのかもしれない。追手もきっとうまく撒けたに違いない。
そんな風に思っていたある日、小屋へと村人が走ってきた。珍しい。
彼は背後を気にしながら、薪を割っていた僕を見て警戒を露わに近寄ってくる。
何かあったのだと察した僕が駆け寄れば、村人は声を潜めてこう言った。
「村に妙なやつらが来てる」
「……神託の盾?」
「わからねえ。神託の盾の団服らしい服を着た女も居たが、マルクトの軍人も居た。あと……お前にそっくりの奴も」
言いづらそうに付け足された言葉にヒュッと息を呑む。
目を見開く僕の肩を掴み、男は真剣な顔で僕に言った。
「村長から伝言だ。念のため山に逃げろ。しばらく隠れてりゃ見つからねえ筈だと」
「なんで……」
「お前らが事情持ちなことくらい見てりゃ解る。悪人じゃねえこともな。俺達は学はねぇが、そんな奴等を売り渡すほど落ちぶれてもいねぇ」
「っ、ごめん。ありがと」
「行け。ルビアは居ねぇのか?」
「山に入ってる」
「追え。合流できなくても三日は降りて来るなよ」
「わかった!」
隣人だと認められればもう少し交流が出来るようになる。交流が出来れば交易も出来る。交易が出来れば融通も利かせてもらえる。
いつかのルビアの言葉が脳内でリフレインする。こういうことかと実感しながら、少しだが水と食料が入っているという袋を押し付けられる。
もう一度礼を言ってから、とるものもとらずに山へと向かうために踵を返す。けれどそれよりも早く、聞きなれない足音が聞こえて咄嗟にそちらに視線を向けた。
「おやおや、どこに行くかと思えば。こんなところに人が住んでいたとは」
青い軍服を着た茶髪の男が声を上げた。
一緒に現れたのは男が三人と女が三人。内一人は白の法衣を纏い、音叉の杖を持っていて……。
導師イオン。
七番目のレプリカ。
唯一の成功作。
目を見開いてこちらを見るそいつに、僕の頭は真っ白になった。
けれどすぐにカっと頭が沸騰する。沸々と憎悪が湧き上がってくる。手足がしびれるような感覚がして、ぐっと拳を握りこむ。
同時に常に冷静であれという#カナコ#の言葉を思い出し、僕は村人を背に追いやりながら構えをとった。
「何の用」
「これは失礼しました。私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティスといいます。こちらはローレライ教団の導師イオン。ま、ご存じのようですが」
「導師イオン? ダアトのお偉いさんがどうしてここに……?」
困惑する村人の声を聞きながら、湧き上がる殺気を腹の底に押し込める。
こちらを見てくる他の奴等の視線を感じながら、カーティス大佐を睨みつけた。
ジェイド・カーティス。
ジェイド・バルフォア。
フォミクリー技術の生みの親。
レプリカが産まれることになった元凶。
憎むべき相手が二人同時に現れて更に強く拳を握りこむ。
冷静になれと自分に言い聞かせるも、声に険が乗るのは止められない。
「そんなことどうでもいいんだよ。何の用かって聞いてるんだけど?」
「ヴァン・グランツをご存じですか?」
「知らないね」
「嘘はいけませんねえ。貴方は神託の盾で討伐対象になっていた一人でしょう? 元第五師団師団長の唯一の弟子でそれは見事な体術を使うとか。特に罪を犯したわけでもないのに何故討伐対象に指定されていたのか疑問でしたが……顔を見てよく解りました。それなのに何も知らない、なんて通る筈がないでしょう?」
理路整然と並べられた言葉に舌打ちが漏れる。同時に背後で村人が僕を見ているのが解った。
元々何も知らないとはいえ、これ以上変に情報を仕入れて曲解されたら後々が不利だ。仕方なしに小声で声をかける。
「……村に戻れ。巻き込まれたくないだろ」
「でも」
「戦闘になるかもしれない。君が居ると戦えない。あいつらが僕に集中している内に戻れ」
「っ、わかった。あとで事情聞かせろよ」
「わかってる」
聞きたいこともあるだろうに、全て呑み込んで村へと戻って行った男に密かに胸を撫でおろす。
こいつらが何を言ったのか知らないが、後で何かしら説明をしに村に行くべきだろう。
それでも不審を抱かれてしまったら……また、別の住処を探さねばならない。
せっかく築き上げた信用も、ようやく落ち着いた生活も全て捨てて、似たような場所を探すところから始めなければならない。
沸々と怒りが湧いてくる。
何故僕たちの邪魔をする。
幸いカーティス大佐たちは村人を押しとどめることはなかった。向こうも邪魔者が消えて丁度良かったのかもしれない。
カーティス大佐はメガネのブリッジを上げると、笑みを消して僕を見やる。
赤い髪の男が一歩前に出ると、無防備に両手を広げて声をかけてきた。
「俺達はヴァン師匠について情報を集めているんだ。師匠は戦争を起こそうと……この大地をなくそうとしてる。何か知っていたら教えてくれないか?」
「知らないって言ってるだろ」
なるほど、ヴァンが動いたせいか。情報が入りづらい田舎に引っ込んでいたことが仇になった。
目の前の赤い髪の男はよく見れば緑色の瞳をしている。恐らくルーク・フォン・ファブレ。そのレプリカの可能性が高い。
ただ他の面子の意味が解らない。ピンクの団服は導師守護役のものだし、栗色の髪の神託の盾は恐らく大詠師の情報部所属。その上マルクト軍人まで居る。
……最初は追手かと思ったけど、改めて見ると妙な組み合わせだ。
頭の中で冷静に情報を分析しながら吐き捨てるように言うが、相手は当然のようにそれでは納得してくれなかった。
「おやおや、秘匿するということは貴方もヴァン・グランツの仲間ですか?」
「知らないって言ってるのにしつこいなぁ。マルクト軍人ってのは冤罪をかけるのがお好きなのかい?」
「まさか。ただ私達は残された情報から貴方が何か知っている可能性が高いと踏んで、こうして足を運んできたわけです。少しでも成果が欲しいんですよ」
「生憎と無駄足だったみたいだね。アンタが何を言っているのか僕はさっぱりさ」
「まだしらを切りますか」
「アンタが無駄に疑り深いだけだろ」
「もしあなたが何も知らないとしてもつじつまが合わないんですよ。私とイオン様に向ける殺気にも似た憎悪。ご存じなのでしょう。私がフォミクリーの生みの親であり、イオン様が貴方と同じだということを」
その言葉に腹の内に押しとどめていたどろりとしたものがついに決壊した。
露わになった殺気に他の奴等も武器を構える。
「僕と、そいつが同じだって……? ふざけるな!!」
「そんな悲しいこと言わないでください! 貴方も僕と同じ、」
「歓迎された成功作のくせに!! そうやって大事に守られて、仲間に囲まれて、どこが僕と同じなのさ!!」
「やっぱり、イオン様の……」
「でもおかしいわ。何故こんなマルクトの山奥に……まさか、逃げ出したの?」
「刷り込みをされたレプリカはその分自我がありません。自ら逃亡を企むことなど、ましてや大陸間を移動して身を隠すことなど出来ない筈です。なによりヴァンほどの男がそれを見逃すはずがありません」
言いたい放題の奴等にどんどん頭が沸騰していく。耐え切れなくなった僕が奴等を殺すために腰を低く構える。
けれどそれよりも、奴等の背後から忍び寄ったルビアが飛び出す方が速かった。
カーティス大佐に神速の蹴りを仕掛け、辛うじて防御したものの豪快に吹っ飛ぶ大佐を足場に僕の前に降り立つ。
誰もがそれに反応できなかった。吹っ飛んだ大佐を見て声を上げる奴等を前に、ふわりとルビアの服が風を孕む。
「……私の弟子に何か御用かな?」
怒気を背負った背中に、僕の唇が僅かに戦慄いた。
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