蓮の花は密やかに咲く(Z)



「何者ですか!?」
「それはこっちの台詞なんだけど。軍人交じりの複数人で未成年の少年に寄ってたかってさぁ。ちょーっとお師匠さんとして見逃せないよねえ」

 弓を引いて構える女にルビアが軽薄さに怒りを滲ませながら言い返せば、流石に自覚があったのだろう。
 女はぐっと言葉を詰まらせ、金髪の男が剣の柄に手を添えながら低い声で言う。

「だからっていきなり攻撃を仕掛けることはないだろう」
「牽制のつもりだったんだけどねぇ。仮にも死霊使いジェイドともあろうものがまさか避けられないなんて思ってなかったの」
「これはこれは、ご期待に沿えず申し訳ありません。とはいえ私も槍術は修めてますが、神速の名を持つ貴方相手に近接戦を仕掛けられては流石に」

 肩を竦めながらいけしゃあしゃあと言い放つルビアにいつの間にか槍を片手に持った大佐が立ち上がる。
 ……吹っ飛んだと思ったけど、ダメージは余り入っていない? いや、僅かに体を庇ってる。虚勢か。
 ルビアの登場で少しだけ頭が冷えた。背中に庇われながら口を噤み、警戒だけに専念する。
 ルビアと違って僕は対人戦の経験値が低い。こうして口頭でのやり取りだってルビアに任せた方が良い。そう判断して一歩引いたところで黙って身構える。
 今まで固唾を呑んで見守っていた導師がはっとしたかと思うと、硬い口調で語り始めた。

「聞いたことがあります。神速のルビア。ローレライ教団神託の盾騎士団元第五師団師団長。スピード特化の拳闘士で、譜術を織り交ぜての戦闘では誰もその速度に追いつける者は居なかったと。その強さから十六歳という若さでありながら師団長に抜擢され、そして……その僅か一年後、弟子を取ってから数か月後に休暇に出ると言って帰ってくることがなかった、とも。脱走兵として神託の盾で指名手配されていた筈です」
「導師イオンかぁ。被験者とはちょっとは交流あったけど、君とは初めましてだねえ。あはは、似ても似つかないじゃないか」

 その言葉に僕と導師が同時に肩を跳ねさせた。
 僕はルビアが被験者を知っていた、という事実に。導師は似ても似つかない、という言葉に。
 そんな導師を見てルビアが小さく肩を震わせながら笑う。

「被験者ならわざわざそんな説明する前に兵をけしかけてたよ。引き継いだ知識を取り出すのに時間が必要なのかな?」
「あ……」

 青ざめる導師の前に導師守護役が躍り出る。
 こちらを睨みつける視線を無視しながら、#カナコ#は奴等をぐるりと見渡した。

「マルクト軍のジェイド・カーティス。キムラスカのルーク・フォン・ファブレにナタリア王女。導師イオンにその守護役と、あとそこの子はヴァンちゃんの妹さんかな? 金髪の君は解んないや」
「ヴァ、ヴァンちゃん……?」
「どうして私のことを……」
「ヴァンちゃん、写真立てに君の写真飾ってたからね。もっとおっぱいちっちゃい頃の写真だったけど、見たことあるよ」
「なっ! セッ、セクハラだわ!」
「あははは。で、これどういう組み合わせ? 要件聞いてもいーい?」

 ルビアの飄々とした態度に相手のパーティの緊張感が崩れているのが解った。同時に完全にルビアのペースに巻き込まれていることも。
 相手の心情をかき乱すという意味ではルビアのやり方は非常に有効だ。散々からかわれてきたので身をもって知っている。真似したくはないけど。
 ただ向こうも全員のペースが乱れた訳ではないようだ。未だ槍を持ったままの大佐が質問に答えるために冷静に口を開いた。

「私達はヴァン・グランツの陰謀について情報を集めるためにここに来ました。教団に残された資料からあなた方何か情報を持っているのではないかと判断したためです」
「あらま、ヴァンちゃんついに動いたの。悪いけどヴァンちゃんが何か企んでいたのは知ってたけど、詳細は知らないんだよね。私、邪魔だからって処分されそうになってた側だから」
「……そこの彼も、何も知らないと?」
「この子は仲間にしてほしいなら私を殺せって言われてたんだよ。けど私は生きてる。それが答えだねぇ」
「ふむ。仮に貴方の言い分が本当だったとしましょう。何故その子を連れて逃げたんですか? こういってはなんですが、貴方一人ならともかくその若さでは弟子とはいえまだまだ未熟。逃亡生活には足手まといでは?」
「あっはっは! 流石は死霊使いの名前を欲しいがままにするだけあるね! 死体を漁ることは出来ても人間の気持ちを理解するのは苦手なのかな?」
「ええ、生憎とさっぱりでして。是非ご教授願います」
「……この子は私の弟子だ。師匠が弟子を守るのに理由がいるの?」

 ルビアの挑発にも大佐は動じることはなかった。
 そのせいか、ルビアは声のトーンを落として僕を庇うように片手を僅かに上げる。

「あんた達がヴァンちゃんの計画を阻止しようとするのは勝手にすればいいと思う。だけどようやく得ることが出来た平和な生活を土足で踏みにじったことは許せない。さっさと帰ってくれないかなあ」

 奴等を睥睨するルビアから敵意が滲む。音素が急速に集まる気配と共に闘気が僅かに揺らめく。
 手袋を嵌めたルビアの指が威嚇するようにコキンと骨を鳴らした。

「本当に、何も知らないんですか」
「疑り深いねえ。そうでなきゃ軍人なんてやってらんないんだろうけどサ。何なら尋問でもしてみる? 黙ってやられる気はないけど、数で押せば勝てるかもよ? ただしそっちも死人が出ることは覚悟しといてね」
「そうですねえ。それも手段の一つではあります。なんならマルクトに潜伏していた脱走兵として軍に突き出すという手もある」

 大佐とルビアが睨み合う。
 戦闘になる。ピリついた空気に傍観を貫いていた僕も再度身構える。
 けれど導師が待ってください! と声を上げて僕らの前に躍り出た。

「僕たちの敵はヴァンの筈です! ここでの戦闘は無意味です!」
「イオン様、危ないですよう!」
「ジェイド、彼女たちは本当に何も知らないようです。彼女の言う通り、僕たちは彼女たちの生活に無遠慮に入り込んでいます。これ以上礼儀を失するようなことはしたくありません!」

 導師の言葉に大佐はしばし考えた後、ため息をついてから槍を消した。
 突如姿を消した槍に驚いたが、ルビアは平然としている。絡繰りを知っているのかもしれない。
 大佐が槍を消したのを皮切りに他の奴等も武器を降ろしていく。そこでルビアも構えを解いたため、僕もまたそれに習う。
 導師は僕達を見てホッとすると、僕の方を縋るように見た。

「あの……あなたは」
「……僕はアンタと話す気はな」
「私の弟子相変わらず超クーール! お師匠さん、ちょっとは話してあげても良いと思うけどにゃー」
「……アンタさぁ」

 導師を突き離そうとしたところでルビアが僕の言葉を遮った。
 そのテンションの落差に他の面子がぎょっとしているが、気にしている様子はない。
 にこにこといつもの笑みを浮かべて僕を見るルビアにため息が漏れる。

「僕がこいつのこと嫌いなの知ってて言ってるんだよね?」
「そうだよ。ちょうどいいから多角的に物事を見るってことを知っておいでー」
「はぁ? 何言ってんのアンタ」
「イオン様を教材扱いですか」
「導師は話したいみたいだし、お互いメリットはあるにゃあ」
「まあ確かにそうかもしれませんが……」

 意味が解らない。
 なのにカーティス大佐はルビアが何を言いたいのか理解したらしい。

 ……ルビアは今、師匠として僕に成長を促している。
 不本意だけどそれだけは理解できたので、僕はため息をついて導師を指で呼んだ。
 確かこいつは体力方面が劣化していた筈だから、薪を割るのに使っていた切り株に座るように言う。
 パッと顔を明るくする導師に導師守護役が侍る。他の面子はルビアが相手をするようだ。
 ……あっちはあっちで情報収集したいのかもしれない。

 小屋の壁に背を預け、導師と向き合う。
 で、これと何を話せって?
 ルビアの方を見たけど、僕の視線に気付いても手を振られるだけだった。
 違う、そうじゃない。
 僕はもう一度ため息をついた。


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