蓮の花は密やかに咲く([)



「あの……改めて、名前を聞いてもいいでしょうか」

 その言葉にルビアがあれだけ話している中でも僕の名前を一度も呼んでいないことに気付いた。
 なので一応、名乗っておく。

「……シンク」
「良い名前ですね」
「どこが。ヴァンが勝手につけただけさ」
「そうなんですか?」
「ヴァンが僕を拾った時、研究者が言ってたシンクロ値云々の台詞を繰り返してたんだってさ。だからシンク」
「そう、でしたか……すみません」
「別に」

 会話が途切れる。
 導師守護役から睨まれているが無視だ。僕は会話なんて望んでないんだから。

「シンク……その、僕からこんなことを聞かれるのは不愉快かもしれませんが」
「なにさ」
「今は、幸せですか?」
「……ハァ?」

 なんだそれ。

「僕が幸せかどうかなんてアンタに関係ある?」
「ない、かもしれません。でも、思ってもみなかったんです。僕以外の導師イオンのレプリカに会えるなんて」
「そりゃそうだろうね。アンタ以外の失敗作は全員ザレッホ火山の火口に放り投げて処分された。かろうじて生き延びた僕は身体能力が高いレプリカだったから使えると判断されただけさ」
「な……っ」
「ひどい……」

 どうやら何も知らなかったらしい導師は絶句していたが、ふんと鼻を鳴らして終わる。
 同情なんていらない。もし少しでもこちらを気遣う気持ちがあるのなら、放っておいてほしい。
 それ以外何も望まない。ただここで静かに、預言なんて関係なく平和に暮らしていたいだけだ。

「しかし、何故そこから彼女の弟子に……? もしや彼女に救われて?」
「……僕を拾ったのはヴァンだ。身体が癒えてから同志になりたいならルビアの弟子になって戦えるようになれって言われたのさ。まあ、そのあとルビアのこと殺せなくて結局逃げたわけだけど。なに? 情報収集のつもり?」
「いえ、そんなつもりじゃ。ただ貴方が生きてきた足跡を知りたかっただけです。貴方はここでは顔を隠すことなく生きているようでしたから、平和に暮らせているのかと……」
「……こんな田舎じゃ導師様の顔を知ってる奴もいないし、そもそも預言なんて詠んでもらわなくても生きていけるんだよ。預言士だって町の方に行かないと居ないからね」
「ああ、それでイオン様のこと誰も知らなかったんだ……」
「そうでしたか。すみません、僕らは本当に貴方方の平穏を壊しかねなかったんですね」
「まったくだよ。アンタらが帰ったら村に行って事情を説明しないと……村で変なこと言ってないだろうな」
「変なことは言ってないと思いますが……」

 そう言って導師は村での会話をかいつまんで説明する。どうやら僕らの人相を伝えて探している、という説明しかしていないようだ。
 僕のことは緑の頭に仮面の少年と伝えているが、ルビアの方は神託の盾から人相書きも出回っていたらしい。
 ……街に出ることがあれば、ルビアも顔を隠すように言っておくべきかもしれない。まあ本人もそれくらい他の面子から情報収集してるだろうけど。
 ただ村人たちは僕たちのことを知らないとしらを切ったようだ。
 その話をしている最中に村人の一人が念のため僕に逃げるように言いに来て、それを目ざとく見つけた大佐がこっちに足を運んできたってことか。

「そ。ったく、もうすぐ繁忙期だってのに、余計な手間かけさせないでくれる?」
「本当にすみませんでした……」
「ちょっと、さっきから聞いてればイオン様に失礼じゃない?」

 嫌味を零せば導師守護役が噛みついてきた。
 恐らくアリエッタの代わりに配置された奴だろう。顔は知らないが、事情は少し漏れ聞いている。

「うるさいなあ。僕は預言なんて必要としていないし、ローレライ教団の世話にもなってない。導師を敬う理由なんてないんだよ。そんなことも解らないの?」
「だからって……同じ、レプリカなのに」
「はっ! 同じ被験者同士で殺し合ってるくせに、レプリカには仲良しこよししろって? 馬鹿馬鹿しい」
「それは……」
「アニス、構いません。シンクの心情を考えれば当然のことです。むしろ無事に生きていてくれただけで……それだけで、いいんです」
「イオン様……」

 ウルワシイ主従愛を見せつけられて舌打ちが漏れる。
 本当にこの会話に一体何の意味があるというのか。

「シンク、ルビアはいい師匠ですか?」
「……まあ、悪くはないよ」

 実際修行のペースを落としてからセクハラもなくなったし、生きるための知識を教えてもらうのは少し楽しい。
 未だに一本も取れないが、僕の身長も伸びてきている。体格差が出れば一本くらいとれるようになるかもしれない。

「なら良かったです。彼女は教団でも……その、変り者としても有名でしたから」
「まあ……そうだろうね」
「貴方と彼女を引き合わせてくれたことだけは、ヴァンに感謝しても良いかもしれません」
「ぶー。イオン様お人よし過ぎます!」

 ニコニコと笑う導師に守護役が文句を言う。
 それを眺めながら、確かにその一点だけは感謝しても良いかもしれないと思った。
 きっとルビアに会わなければ、ルビアを殺さないという選択肢を取らなければ、僕はきっとこいつらと敵対していた。
 預言だけを憎んで世界を知らず、命を無駄にしながら生きていたのだろう。ヴァンのことだからあっさりと捨て駒にされていた気もする。

「シンク」
「なにさ」
「もしかしたらこれから先、大きな地震があるかもしれません」
「地震?」
「はい。僕達のしようとしていることがうまくいけば、ですが」
「は? 何それ、どういう……まさか、外殻大地を?」
「ご存じでしたか。いえ、刷り込みの一つにあった知識ですから、貴方も知っていて当然ですね。そうです、僕たちは外殻大地を降ろす予定です。理由は解りませんがヴァンは大地を落とすつもりのようです。そうでなくとも既にパッセージリングは耐用年数を迎えていました。もう限界なんです」
「……そう。つまりアンタたちが勝たなきゃ僕たちは何も知らない内に大地が落ちて死ぬってわけか」
「そうなりますね。ですからシンク、僕たちに協力してくれませんか?」
「……ハァ? 嫌だね。絶対イヤ」
「無理そうですね。仲間になれたらと思ったのですが」

 そう言って導師は苦笑したが、本気で言った訳じゃないんだろう。それ以上勧誘することはなく、ここの生活について話が切り替わる。
 どうでもいい話を適当にしている内にルビアの方も話が終わったらしい。そろそろ山を下りるという奴等も来たことで僕と導師の会話はお開きになった。
 ……本当にこの会話に何の意味があったんだ。

「イオンちゃんは前の導師に顔しか似てないけどさ」
「はい」
「イオンちゃんなりに頑張ればいいと思うよ。あのクソガキと同じようにする理由はないからね」
「く、クソガキ……?」
「あーっ、イオン様に変な言葉教えないでください!」
「あははは、世界救済の旅、頑張ってねー」

 ……被験者ってクソガキだったの?
 どうでもいい知識を得ながら続けて大佐と嫌味の応酬を始めるルビアを見る。どうやらルビアも大佐も嫌いらしい、と今更ながら察した。
 そんな二人を横目に導師が僕の前にやってくる。導師は何故か来た時とは違った晴れやかな顔をしていた。

「シンク、どうかお元気で。また会える機会があるかもわかりませんが……どうか、幸せに」
「……あんたもね」
「! はい、シンク!」

 社交辞令としてそう返せば、導師は心底嬉しそうに笑う。
 何がそんなに楽しいんだか。
 山を下りていく背中を見つめながら、結局この会話から何を得ればいいのかさっぱりわからなかった。


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