蓮の花は密やかに咲く(\)



 あいつらが去ってしばらく経ってから、事前に知らされていた通り大きな地震があった。長い地震だった。空が遠くなった。
 大地が魔界へと降りたのだろう。お陰で家の中の食器が全滅した。いい迷惑だ。

 大地の降下……あの長い地震で村の方でも被害が出たようで僕達も家や柵の修理を手伝って回った。
 僕のことについても深く聞くことがなかった彼等は、ただ修理を手伝う僕にありがとうと言っていた。

 後からこっそり聞いたのだが、導師と同じ顔をしているせいで大人の思惑に振り回されてしまった子供だとあらかじめルビアが村長周辺に話していたらしい。
 そのためにあいつらが来ても僕を利用しようとした大人の仲間だと村長たちは判断していたようだ。
 守られていたのだな、と思った。子供であることを許されていたのだと、改めて知った。

 それでもこんな田舎じゃ子供でも働かなくちゃならない。
 日々せわしなく生きている内に村の若い奴が結婚して、子供が出来て、その子供が山に入り込んで迷子になる程度の月日があっという間に過ぎていった。
 山で助けた子供が将来僕のお嫁さんになると言ったせいで村人から睨まれたことだけは大変解せないが。

 そんな僕ももうすぐ十八になる。体格も随分と良くなり、ルビアに勝てることも増えてきた。
 なので三本勝負で全部勝てたら一つ言うことを聞いてほしいと言ってみれば、ルビアは快く引き受けてくれた。
 そんなあっさり引き受けて良いのかと思ったが、多分突っ込んでもルビアはこういうのだろう。
 私はシンクちゃんのお師匠さんだからね、って。猫みたいに笑いながら。
 いい加減、ちゃん付けやめてほしいんだけど。

 しかしルビアもあっさりと僕を勝たせてくれるつもりはないらしい。二本は取れることはあれど三本全勝はなかなかに厳しいものがあった。
 なにせルビアは僕の癖も何もかも全部知っている。日々の仕事の合間にしか勝負も出来ない訳だから、毎日挑むわけにもいかない。
 勝てると思ってもひっくり返されることもままある。変に力が入って逆に全敗することもままあった。
 だから初めて三本全部勝てた時、思わず拳を握ってガッツポーズをとってしまったことは当然のことだと思いたい。

「あー、ついに全敗しちゃったにゃー」

 しゃがみこんでガッツポーズをとる僕の前でルビアがむくりと起き上がった。
 互いに立ち上がればそのつむじを見下ろす形になるのも、随分と前からのことだ。

「で、一個言うこと聞くんだっけ? 何かしたいことでもあったの?」
「したいっていうか、まあ、頼みがあるっていうか」
「いいよいいよー。言ってごらんなさい。師匠から三本取ったお祝いに何でも言うことを聞いてあげよう!」

 負けたというのに心底嬉しそうな顔をするルビアに、彼女の中ではいつまでも僕はただの弟子なのだなと再認識させられる。
 勿論、ただの弟子にしては随分と可愛がられていることはもう自覚してるけれど。
 とにもかくにも、言質はとった。僕は改めてルビアと向かいあい、以前から考えていたことを告げようとして……。

「……誰か来る」
「足音からして村の人達じゃないねぇ」

 耳に飛び込んできた二人分の足音。
 狙ったようなタイミングで現れた邪魔者に思わず舌打ちが漏れた。
 ルビアと構えを取りながら迷いのない足取りでやってくる奴等を待ち受ける。
 そうして現れたのは、以前導師と一緒にやって来た奴等の内二人だった。

「死霊使いと……ガイ、だっけ?」
「お久しぶりですね、ルビア、シンク」
「アンタに親しく名前を呼ばれる筋合いはないよ」
「シンクは変わらないなあ。ああ、いや。随分と成長した。もう俺と背も変わらないんじゃないのか?」
「久しぶりに会った親戚みたいな言い方やめてくれる?」
「すまんすまん」

 ジェイド・カーティスと、ガイ・セシル。改め、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
 ヴァン討伐のために旅をしていた内の二人が、旅装束を纏ってそこに居た。

 ルビアの誘導で小屋の中に招き、来訪の目的を聞く。
 どうやら長らくかかりきりだった仕事が一段落したからと、顔を見に来たらしい。

「顔を見るも何も、導師と一緒じゃないか」
「え?」
「ああ、情報が届いていないようですね。イオン様はあの旅の果てに、お亡くなりになりました。現在ローレライ教団は導師が不在のまま運営されてます」
「え……」

 薬草茶をふるまうルビアを横目に嫌味を零してやれば予想外のことを言われて思わず固まってしまう。
 大詠師に惑星預言を詠むことを強制され、耐え切れなかった導師は乖離してしまったらしい。

「……そう」
「だからシンクの顔を見て、少し驚いたよ。イオンが生きていたらこんな顔してたのか、ってな」
「あっそ」
「ただ大詠師が三番目のレプリカを囲い込んでいましてね。救助された彼はフローリアンと名付けられて今はダアトに居ますから、トラブルを避けたいのなら近寄らない方がいいでしょうね」
「そもそも近寄る気なんてないよ、あんなとこ」
「それはなにより」

 そうか。アイツ、死んだのか。
 成功作のくせに、僕よりも先に。

 目を伏せ、最後の会話を思い出す。
 ただの社交辞令だというのに、心底嬉しそうに笑っていた。

 僅かな時間だけ目を閉じる。
 次に目を開けた時には、ルビアが僕の隣に腰かけていた。

「ありがとうございます」
「は?」
「イオン様の死を、悼んでくれたのでしょう?」
「……そういう、ものだろ」
「ええ。ですが貴方がイオン様の死を悼んでくれるとは思ってもいませんでした。良い師匠が付いているお陰ですかねえ」
「うるさいな。なに、それを知らせにきたわけ?」
「顔を見に来たと言ったでしょう。まあ一応用件はありますが」

 薬草茶に口を付けた二人は、現在の世界の様子を教えてくれた。
 なんでも、大地を降ろした後にヴァンが作った大量のレプリカが世界中に溢れて大混乱に陥ったらしい。
 けれど障気の中和のために一万のレプリカが犠牲になることと引き換えに、国は残ったレプリカを保護することを了承。
 二人はヴァン討伐後、レプリカの保護活動のために尽力していたのだという。

「障気か、そういえばそんなこともあったね……」
「おいおい、随分と薄い感想だな。町は障気で大混乱だったってのに」
「障気が出ようが畑の世話は待ってくれないし、魔物を間引かなきゃこっちは即日死ぬんだよ」
「あっはっは。確かに、シンクの言う通りですね」

 胡散臭い笑い声をあげる大佐はさておき、そういう経緯でレプリカ保護に国家が乗り出した。
 レプリカの生みの親としても責任者となった大佐は、僕達をモデルケースにしたそうだ。

「……どういうこと?」
「簡単なことです。マルクト出身のレプリカはキムラスカに、キムラスカ出身のレプリカはマルクトに。元の顔を知らない人の暮らす場所へ移住していただきました。結構驚いたんですよ? 導師と同じ顔の貴方が当然のように素顔を晒して暮らしているなんて思ってもみませんでしたから」
「それで普通の生活の仕方さえわかればレプリカだって普通に暮らせるんじゃないかって思ってな。実際、かなりうまくいってる。ほぼ自給自足みたいな生活をしてる場所もあるけどな」

 言うは簡単だが、二か国を巻き込んでの一大プロジェクトだ。苦労したのだろう。
 それと同時に今まで黙って会話を見守っていたルビアがああと納得した様子を見せる。
 ルビアを見ればカップを片手に何年か前に山で迷子になったという行商人が来たことを覚えているかと聞かれた。

「覚えてるよ。村に向かってたのにこっちに来た馬鹿だろ?」
「迷ったんじゃなくてわざとなんじゃないかと疑ってたんだけどねえ。そこの二人の計画のために、マルクトに派遣されて私達の暮らしぶりを見に来たんじゃない?」
「え……」
「ご明察です。実際導師イオンと同じ顔をしたシンクが村人たちと普通に交流していると報告されたことが決め手になりました」

 いつの間にか生活を監視されていたのだと聞いて若干気分が悪くなる。
 けれどそれを呑み込めるようになったのはここでの平穏な暮らしのお陰だろう。

「レプリカは今や人々の生活に溶け込んでいます。もちろん、レプリカに向けられる悪意が欠片もないなどと言うつもりはありません。レプリカ情報を抜かれたことで親しい人が亡くなってしまった人の中には、レプリカを憎悪の対象とする人も居ます」
「ただ普通に暮らしている分にはレプリカだと判別する方法はないからな。町にも村にも、あちこちにいるよ」
「だから何さ」
「ヴァンが討伐されてから随分と経ちました。世界的に預言離れも随分と進んでいます。もう世捨て人のように暮らす必要はないのではありませんか?」

 予想外の大佐の言葉に、僕は小さく息を呑んだ。


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