蓮の花は密やかに咲く(])


 こいつらは僕達も町に住めと言いに来たのだろうか。
 意図が読めなくてルビアを見れば黙って小さく微笑まれる。どうやら会話の主導権はこのまま僕に握らせてくれるらしい。

「なんでわざわざ。僕達になんかさせたいわけ?」
「まさか。ただ選択肢の一つとして提示しただけです。こんな田舎では碌に情報も入ってこないでしょう? 国から謝礼を払うわけにはいきませんが、レプリカ保護のモデルとなった貴方方への私なりのお礼のつもりです」
「被験者のイオンは生まれがマルクトだったらしくてな。亡くなってからそれなりに経つし、顔が似てると言われても親戚だと言えば納得されると思う」
「ダアトに近寄らない方が良いというのは先ほども言った通りですが、グランコクマやセントビナーあたりなら平和に暮らせると思いますよ。移住するというのであれば微力ながら力になりましょう」

 二人の口から説明される内容に僕は口を噤んだ。
 ……悪くないかもしれないと、そう思ったからだ。

「家と仕事の斡旋くらいはしてくれるって思っていいわけ?」
「ええ。お二人が優れた拳闘士であることは解っていますからね。プラネットストームの停止に伴い音素がどんどん減少しています。その身一つで戦えるあなた方の技量は何処でも歓迎されるでしょう」
「軍に入れってこと?」
「まさか。護身術を身につけたい女性はそれなりに居ますし、あなた方がお持ちのサバイバル技術も十分価値がある。ということです」
「サバイバル……」
「まあ間違っちゃいないねぇ」

 僕らの生活がサバイバル扱いされるのはともかく、一応それなりに世話を焼いてくれるつもりではあるらしい。
 黙り込んだ僕にもしその気があるならここに連絡をと言って、連絡先の書かれたメモを渡される。
 それを受け取れば薬草茶を飲み干した二人はそのまま立ち上がった。

「それでは、そろそろお暇させていただきます」
「随分とせわしないねぇ」
「これでも無理やり時間を捻出してきた身でして。それにこの家に泊めてくれるわけでもないのでしょう?」
「小屋の外で野営するなら薪と食料くらいは提供するよ?」
「悪くない提案だが、気持ちだけ受け取っておくよ」

 ルビアの言葉にガイが苦笑を漏らし、二人は出入口へと向かう。
 見送りに僕が立ち上がれば、大佐が眼鏡越しに赤い目を細めた。

「イオン様は、喜んでおられましたよ。貴方が平和な生活を営んでいることを」
「……急に何さ」
「導師という立場上、世界のために働くのはあの方にとって一種の義務でした。けれどそこに貴方の幸せがあるのならばと、何度か口にされていました」
「……そう」
「もしかしたら誰かの代わりではなく、一人の人間として生きていた貴方が羨ましかったのかもしれません」

 その言葉になんと返事をしていいか解らなくなる。
 口を噤んでしまった僕に小さく笑ってから、大佐とガイは山を下りて行った。

「……こうなるって、解ってたわけ? だからあいつと話せって僕に言ったの?」
「まさか。人にはいろんな視点がある。シンクちゃんはイオンちゃんのことが嫌いでも、イオンちゃんはそうじゃなかった。そうでしょう? 例え話した直後は何も思わなくても、成長すれば思い出は色を変えるからね」

 二人の背中を見送ってからルビアに声をかければ、思っていた以上に穏やかな声音で語られた言葉を噛み締める。
 あの時になんら意味を見出せなかった会話は、確かに今の僕にとって色を変えていた。
 社交辞令に心底嬉しそうにしていた導師を思い出す。あの笑顔の意味も、今では解る。

「後悔には、いろんな形があるんだよ」
「……ルビア?」
「何かをせずに後悔するより、何かをして後悔する方がいいと……私は思う。それだけの話だよぉ」

 考え込む僕にへらりと笑うルビアは、何もせずに後悔したことがあったのかもしれない。
 ルビアは余り過去のことを話したがらない。時折漏れ聞くことはあれど、未だにルビアの出身地がキムラスカのどこか知らないし、ルビアの師匠がどんな死に方をしたのかも知らない。
 あまり楽しくない話なんだろうな、ということは簡単に想像がつく。だから深く突っ込んではこなかったし、これからも聞くことはないと思う。
 けれどやらずに後悔するよりやって後悔した方が良いという言葉は、今の僕にはよく沁みた。

「……あのさ」
「ん?」
「三本取ったご褒美の話」
「ああ、そういえば途中だったね。何が良い? もしかして町に出たい?」
「そう……だね。その方が都合が良いんじゃないかな、とは思う」
「都合がいい?」

 さっきの僕の態度を踏まえてされた質問に曖昧に言葉を濁せば、ルビアは僕を見上げながら首を傾げた。
 小さなルビア。出会った時はあんなに大きかったのに、今では僕よりも小さい。
 けれど僕を見る目は昔から変わらない。弟子を慈しむ、師匠の目だ。
 その目をまっすぐ見返し、無駄に跳ねまわる心臓を抑えつけながら僕ははっきりと要求した。

「僕は、ルビアと家族になって生きる未来が欲しい」
「……え?」
「僕と、家族になって。あいつらみたいに夫婦になって、子供を作って……君に教わったことを、今度は僕が子供に教えて……そんな風に、生きていきたい。そんな未来が、僕は欲しい」

 顔に熱が集まるのを感じながらルビアを見つめれば、ゆるゆるとその目が見開かれた。
 僅かに開いた唇が震えたかと思うと、何故かその場にしゃがみこんでしまう。
 慌てて僕も隣にしゃがみこめば、両手で覆われたルビアの顔も真っ赤に染まっていた。

「待って……それは、さすがに、予想外」
「い、嫌じゃない……?」
「イヤっていうか……むしろシンクちゃんの方が嫌じゃないの。私、こんなんだし。年上だし」
「年上って言ったって十も離れてないじゃん」
「いや、世間じゃ充分行き遅れなんだって」
「じゃあ僕と結婚すれば問題ないじゃん」
「けっこ……えっ、ちょ……えぇえ?」

 顔を真っ赤にしながらも困ったように眉尻を下げるその表情は初めて見るものだった。
 けれど心底嫌がられているわけじゃないということは解って密かに胸を撫でおろす。
 顔を隠そうとする手を掴んで無理矢理視線を合わせる。僕の手にすっぽりと収まる手首は、筋肉はついていても僕よりずっと細くてやわい。

「もしかして、大佐の連絡先貰ってたのって……」
「……子供産むなら、町のがいいかなって」
「そこまで、考えて……あー! 待って待って! お師匠さん今混乱してるから! 頭の中ぐちゃぐちゃだから!!」
「そこは師匠じゃなくて、一人の女として考えてよ」
「あう……シンクちゃん超クール……」

 照れが限界突破したらしいルビアは今まで見たことない程に混乱している。
 だから片手で腕を掴んだままその肩を抱き寄せて、真っ赤になった顔に限界まで顔を近づければ、魚みたいに口をぱくぱくさせていた。

「……イヤなら、逃げて」

 きっと僕も同じくらい顔が真っ赤なんだろうけど、それだけ告げてそっと唇を押し付ける。
 僕の手は振りほどかれなかったし、重なった唇は思っていた以上に柔らかかった。
 それがルビアの答えだと受け取るのは、絶対に僕の傲慢なんかじゃないだろう。
 唇を離せば、不安げに揺れるルビアの目に僕の顔が映っている。

「町に行けば、もっと可愛い子がいっぱいいるよ」
「知らないよそんなの」
「……本当に私でいいの?」
「僕は家族になるならルビアがいい」
「後悔しない?」
「しつこい」

 何度も確認してくる口をもう一度塞いでやる。小さく漏れる声は今まで聞いたことのない女の声だ。
 何度も何度も口づければ、ルビアの身体から力が抜けていく。
 その身体を抱き寄せながら、あの日この手を取って逃げて良かったと。心の底からそう思った。


前へ | 次へ
ALICE+