ガーデンフール(4)
「命を照らす光よ、ここに来たれ! ハートレスサークル!」
第七音素が拡散する感覚と共に前衛を担う騎士達の傷を癒していく。
それをのんびり眺めている暇はなく、他に補助が必要な人が居ないか素早く確認してから馬に向かおうとする魔物に牽制を兼ねてナイフを投げた。
背後ではせわしなく師団長が戦闘指揮をとっている。
大急ぎでダアト二十三区に向かっていた私達だったが、道中の戦闘が思っていたより厄介だった。
ダアトは二十四区に分けられ教団が治めてはいるが、二十三区はローレライ教団やダアト港からかなり離れており、言葉を選ばずに言うならば随分と田舎だ。
人里から離れれば魔物は増えるし強くなる。どれだけ急いでいても集団で襲い掛かられてしまえば相手をせざるをえない。
私は貴重な第七音素士だからと治癒術師として最後衛に居ることが許されているが、それでも決して安全とは言えない。
適性のある音素は第三、第四、第六、そして第七。治癒が最優先ではある者の、適宜魔物を攻撃して牽制したり、時に攻撃譜術を使って補助したりと忙しない。
まあ小隊に居た頃より忙しくても、師団長の指示が的確なのでやりやすさは段違いだけど。
戦闘が終了した後、適宜騎士達を回復していく。
そうしてまた目的の村を目指すのかと思ったけれど、レムの傾き具合を見た師団長の指示で近くの水場にほど近いところで野営することになった。
今から向かっても到着は真夜中になるし、疲れ切った身体で通常とは違う魔物との戦闘は危険だからという説明に全員が頷き、野営の準備に入る。
手早く薪を集め、魔物避けの仕掛けを施す。糧食を食べて補給を済ませる頃にはレムは沈みきっていた。これから複数人のグループに分かれて順番に仮眠をとっていくことになる。
一応師団長付きの騎士兼治癒術師として付いてきている私は怪我を訴える人が居ないか確認した後、師団長と共に就寝だ。
テントなんて持ってきていないので毛布だけ被っての仮眠だったけれど、慣れない乗馬で疲れた身体は地面が固かろうとすこんと眠ることが出来た。
そうしてきちんと仮眠をとりつつも、順番に回ってくる火の番を兼ねた夜警の時間の前に私は目覚めた。
ちゃんと起きれたことを褒めてくれた同僚には内緒だが、空腹を覚えて起きてしまったとも言う。
火の番を交代して仮眠に向かう騎士に手をふってから、師団長と共に焚火の側で腰を下ろす。周囲に転がる騎士達をぐるりと見まわせば全員よく眠っていた。やはり強行軍に疲れていたのだろう。
ぱちりと音を立てる焚火に視線を戻し、時折枝を折って放り込む。師団長が何も喋らないので私も無言でいたのだが、それが悪かったのかもしれない。
ぐうう〜〜という腹の虫の訴えは、二人しか起きていない野営地にとてもよく響いた。
「……腹減ってるわけ?」
「……仕方ないじゃないですか、大食漢なのは花生えの共通の特性なんです」
呆れたような師団長の言葉に半ば言い訳するように言い返せば、そういえばそうだったねとどうでもよさそうに言われた。
花を生やすにはエネルギーが大量にいるのだ。パートナーの居ない花生えはそれを食事で補うしかなく、そうなれば自然と大食漢になる。
急ぎかき集めた糧食では足りないのは明白で、私は配給品が詰めてあった腰のポーチからごそごそと栄養剤を取り出そうとした。高級品のため普段は避けているが、遠征の時はこれを呑まねばやってられない。
が、その前に師団長の腕がずずいと目の前に差し出された。その腕にはいつの間にか傷がついて、血がじわりと滲んでいる。
「ほら」
「えっ」
「足りないんだろ」
「でも、契約と」
「今は治癒術師を減らしたくないって出発前にも言っただろ。二小隊居るのに治癒術師は君一人だけなんだ。さっさと飲んでくれる?」
「……はい」
私は栄養剤を呑むのをやめ、差し出された手首を支えるように手を添えて傷口をちろちろと舐めた。
ただ師団長がそんな私をじっと見るのは何故だろう。仮面で顔は見えなくてもぐさぐさと視線が突き刺さるのが解ってしまい居心地が悪い。
でも同時に血が甘くて美味しい。名残惜しくて滲んだ血がなくなってもぺろぺろと傷口を舐めてしまう。
「足りない?」
「……大丈夫です。一応栄養剤も持ってきてるので」
本音を言うならもっと欲しいが、口にすれば師団長は傷口を広げて飲ませてきそうな気がする。
なので大丈夫だと言って口を放したのだが、師団長は手を引っ込めてくれなかった。
「えっと……回復しますね」
「足りないんだろ」
ばればれだった。
言葉を詰まらせる私の前で師団長が傷口を押し広げた。見ているだけで痛い。
それでもじんわりとまた滲んだ血が美味しそうに見えて、押し付けられた腕にまた舌を這わせる。体に活力が満ちていくのを感じながら、何度も舌先で血を舐めとった。
思う存分舐めた後に今度こそもう大丈夫だと言えば、師団長はようやく腕を引っ込めてくれる。だがファーストエイドは断られた。任務中だからTPの維持に勤めろと言われれば従うしかない。
「その、ありがとうございます」
「次に花咲くのいつになりそう?」
「師団長とヤドリギになってから二、三日に一回のペースに落ち着いているので、早ければ明日。遅ければ明後日でしょうか。最悪戦闘中に生え始めても耐えますから、落ち着いたら毟るの手伝ってください」
「師団長と呼びながら花を毟らせてくるのはアンタくらいだろうね」
「あはは……」
上司相手に良い度胸だと言われてしまえば空笑いを零すしかないが、そういう関係なんだから別にいいだろう。
実際師団長も軽口を叩いているだけだ。その口調は責めているものではない。
また静寂が訪れる。ぱちりと火がはぜる音がする。交代までまだ時間はある。
静寂は心地いい。けれどなんとなく、私は口を開いた。
「……あの、秘匿事項ならば構わないのですが。質問をしても良いですか?」
「なに」
「何故いきなり響長へ昇進出来たのでしょう?」
「……君のことを調べたって言ったろ」
「はい」
そこで師団長の言葉が途切れた。え? 説明それだけ?
私のことを調べたなら、私が昇進試験を何度も落ちてることぐらい知ってるだろうに。
師団長は私がそれだけで納得してないことを察したのか、こちらを見ることなく言葉を続けてくれた。
「君が居た小隊があそこまで戦えたのは治癒術師である君が居た功績が大きいと判断した。そうでなくとも中級の回復譜術が使えて、自衛程度の近接戦も可能。響長に昇進させるには充分だと判断だけさ。そもそも君が昇進試験に落ちてたのは、あの小隊長のせいだしね」
「えっ、そうだったのか……」
あの小隊長、ことごとく私の邪魔しかしてないね??
怒りを通り越して呆れを覚えながら、むしろ何故そこまで嫌われていたのか考えてしまう、やっぱりこの花体質のせいだろうか。
ちなみにあの小隊の人達は近々別の支部に移動させられるらしい。実質のところ、左遷だ。今頃引っ越しの準備でもしてるんじゃないの、と師団長はそっけなく言う。
「ああ、そうだ。僕も聞きたいことがあったんだけど」
「はい」
「君、今まで毟った花をどうしてたわけ?」
「え? 捨ててました。隊でも気持ち悪いって言われてましたし……」
「……ハァ」
何でため息つかれたんだろう。
いかにも呆れましたという空気を隠さないため息に、何か間違っていただろうかとビクついてしまう。
そんな私に師団長は花生みの咲かせた花は一部では高額で取引されているのだと教えてくれた。つまり、売ろうと思えばあの花は高く売れたということだ。
なんてことだ。もっと早く知りたかった。そうすれば栄養剤を買うのに毎月ひいひい言わなくて済んだかもしれないのに!
何でも花食みの間では花生えの咲かせた花をドライフラワーなどにして携帯できるようにする技術が共有されているとのことで。
パートナーの居ない花食みにとってその手の花は貴重で喉から手が出る程ほしいものなのだとか。
その説明を聞いて、私はふいにぽんと教団の知り合いの顔が浮かんでしまった。
「あ、ぁー……だからか」
「何が」
「実はたまに知り合いに毟った花を分けてほしいって言われて、分けてたんです。捨てるのも面倒だし別に良いかなって。綺麗だからって言ってたけど、知らない花食みに融通してお小遣い貰ってたのかも」
「……あるいは売り捌かれてたか」
「否定できない……」
残念ながらツインテールが可愛い知り合いはその言葉を否定できるほど謙虚ではない。
むしろどちらかといえば年の割に金にがめつい方だ。
「ちなみに知り合いって誰さ」
「導師守護役の子です。アニスって名前の」
「……ふぅん。ま、既に僕というパートナーが居るんだ。次からは断りな」
「それは勿論。そういう契約ですからね」
「……そう」
師団長の当然の言葉に私は是と返事をする。体液を分けてもらっているのだから、私の花は師団長に渡すのが筋だ。
そもそも陰で売り払われていたのだとしたら気分も悪い。もう彼女の頼みを聞くことはないだろう。
だから素直に返事をすれば、そっけない返事でありながら焚火に照らされた師団長の笑みは何故かとても歪に見えた気がした。
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